2,000ワット社会

エネルギーの80%を輸入しているスイスでは、今日の増え続けるエネルギー消費の問題に取り組むために、科学者たちが「2000ワット社会」という総合的政策を考案した。

ワットとは、我々が使用するエネルギーの率を表示する電力単位である。現在、平均的な欧州人が年間約6,000ワットを消費するのに対し、米国では12,000ワット、中国では1,500ワット、バングラディシュでは300ワットを使用している。そして、平均的なスイス人のエネルギー使用量は現在年間5,000ワットとなっている。

スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)が1998年に考案した構想に基づき、「2000ワット社会」政策は1人あたりの年間目標を2,000ワットと定めている。そうすれば長期的にスイスのエネルギー消費を3分の2削減することができると考えられる。

このようなエネルギー効率を高める緊急対策の必要性は、2030年までにエネルギー部門で二酸化炭素が45%増加すると予測した最新の世界エネルギー展望により立証されている。そうなれば地球の気温は、今世紀末までにさらに6%上昇するだろう。

2,000ワット社会は実現可能か?

この2000ワット社会構想は、生活水準や人と物の流動性を妥協することなく、2050年までにエネルギー使用を年平均2000ワットに抑えることを目標としている。しかし、容易ではないだろう。これはマスコミにも広く取り上げられたが、長期的方向性に関しては「現実的なビジョンというより理想郷だ」とする批評家もいた。

しかし、「必要な技術はすでに存在する」とスイスのモーリッツ・ロイエンベルガー環境相は2007年のEU/G8エネルギー効率に関する会議で述べている。

「これらの基準を実施するにあたり問題なのは技術面ではありません。このビジョンを現実化するためには政治的意志が必要なのです。例えば、導入計画、エネルギー効率プログラム、ゼロエネルギー住宅、熱ポンプ、バイオガス、低エネルギー車、ハイブリッド車などのコンセプトの促進があげられます。この構想を実行するのは我々の政治的責任です」

持続可能性へ向けた変化

このようなエネルギー効率の高い社会づくりに向けた総体的アプローチは、社会面、経済面、政治面のすべての領域での取り組みが必要である。ETHZが行った調査では、このような移行が持つ抜本的意味合いを強調している。

基本的な変化が求められているのは、太陽熱を利用した住宅やゼロエミッション建物がすでに進歩している建築部門だ。最もエネルギー削減を期待できるのは、道路輸送や貨物物流の部門で、燃料電池自動車や高度なテレマティックスを使い効率を高めることができるだろう。

しかし、最も重要な変化は人間行動に起きなくてはならないだろう。収入や消費の増加に伴い、住宅用エネルギー消費はここ数十年間で拡大し、またライフスタイルの変化は住宅戸数だけでなく、大量に電力を消費する家電製品の使用も増加させた。

出典: ザ・ニューヨーカー誌

出典: ザ・ニューヨーカー誌

先進国では、そして次第に途上国においても、物の所有(「資源の消費」とも言い換えられる)が個人の社会的地位を示す主要な指針となっていることを我々は理解している。人々は社会的地位が上がるにつれて、身体的欲求よりも精神的欲求を満たし始め、それまで手の届かなかった物が日常的に手に入るようになる。このような行動は消費社会に深く浸透しており、家庭エネルギーの大量消費を促している。

2,000 ワット社会構築に向けたあらゆる政策には、持続可能な発展をうながす国策の一環として、社会規範、価値、慣行の抜本的改革と、新しい革新的なシステム(調査方針、教育、基準、インセンティブなど)の導入が求められている。

都市実験室

2001年、ETHZは2,000ワット社会構想の実現化に向け、2つのスイス連邦機関、研究所、地方自治体、企業、個人と共に、Novatlantisプログラムを立ち上げた。スイス北西部に位置する人口約20万人の景勝地バーゼル市の中心部で、エネルギー効率向上の技術、再生可能エネルギーの供給、クリーンな交通手段、持続可能なライフスタイルのコンセプトに基づいた4つの都市開発プロジェクトが計画されている。

スイス企業による暖房設備なしの建物が数件計画され、チューリッヒ2,000ワット病院のような公共施設も開発されている。スイス連邦水科学技術研究所の本部であり、ゼロエミッション建物の基準となっているForum Chriesbachでは、太陽光と雨水を用いて気温を一定に保っているため、一年中冷暖房が不要である。

「実験的空間移動」プロジェクトでは、天然ガスを用いたクリーンエネルギー自動車と交通機関の検証を行っている。このような様々なプロジェクトの調査結果は、公的機関あるいは個人関係者や投資家のネットワークで常に共有され、採算性を保障している。

チューリッヒやジュネーブ周辺のようなその他の都市でも同様の動きがあり、この研究ネットワークの恩恵を受けている。最終的にはバーゼルで培ったノウハウを生かし、独自の都市型2,000ワット開発プロジェクトを導入することが期待されている。

エネルギー政策は気候政策

2,000ワット社会構想は、新技術、都市開発、科学的調査への巨額な総合投資が必要だが、このような金融面あるいは経済面の意志決定を積極的に行おうとする政府は少ない。近年ほとんどの国々で、エネルギー効率の伸び率が年間1%以下なのも驚くに値しない。実際、安価な石油のためにエネルギー消費は大幅に上回っている。

しかし、エネルギー部門は温暖化ガスの60%を排出していることからも、エネルギー効率の向上は、気候変動問題に取り組むにあたり非常に重要な役割を担っている。

「エネルギー政策は気候変動政策と同じです」と先月パリで開催されたエネルギー効率に関するグローバルフォーラムで、国際エネルギー機構の田中伸男事務局長は述べている。この会議の最も重要なメッセージは次の発言に総括されている。 「エネルギー効率向上の必要性とその機会が、今日ほど高まったことはありません」

Creative Commons License
2,000ワット社会 by カレ・ヒューブナー is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.
Based on a work at http://ourworld.unu.edu/en/2000-watt-society/.

著者

ライプチヒ大学(ドイツ)でスラブ研究と政治学で修士課程を修了。現在、国連大学サステイナビリティと平和研究所(ISP)のインターンとして勤務。ドイツ学術交流会からカルロ・シュミット奨学金を受けている。開発戦略、政治倫理と持続可能な生活に興味を持っている。