リアル・フード実現に必要なもの

あなたが部屋にいるところを想像してほしい。そこは約9メートル四方の部屋だ。床は石畳みで、壁と天井は石とセメントで作られている。それらが少し湿っていることは臭いで分かるが、見えるわけではない。部屋の中は真っ暗で、唯一の光と言えば鉄の扉がはめられたアーチ形の低い出入り口から入り込む光だけだ。暗闇に目が慣れてくると、細長く伸びる海岸と、その向こうに広がる青と灰色の海が見えてくる。

この出入り口は、西アフリカのエルミナ砦にあるDoor of No Return(帰らざる扉)だ。地下牢から連れ出された奴隷が、待ち受けていた船へ向かう時、この扉は最後に触るアフリカだった。

私は数年前ガーナに住む家族を訪問した際に、この扉の前に立った。ここは悲しみと苦しみの場所である。数え切れないほどの人間がここを通り、海上で悲惨な死を迎えるか、新世界で奴隷の一生を送った。彼らは自分の村の近くで奴隷狩りによって捕まえられた。家族と、慣れ親しんだすべてのものから引き離され、首に付けられた鎖で他の奴隷とつながったまま沿岸までの長い道のりを歩かされた。そして、すし詰め状態で悪臭のする地下牢に放り込まれ、次の奴隷船が到着するまで場合によっては何カ月も閉じ込められたままだった。しかし、それは旅の始まりでしかなかった。

この扉は多くのことを象徴している。人間がどれほど残酷になれるのかを示すと同時に、どれほど強くなれるのかも示している。この扉をくぐり抜けた人々の子孫の多くは、生き残っただけではなく、「新世界」そのものを建造するに至った。私がアメリカで得たすべての機会は、彼らが道を開いてくれたおかげであり、彼らの物語を知れば私たちの誰もが強くなれると思う。

しかし、この扉は始まりも示している。すなわち、現代の食料システムの始まりだ。

あなたが18世紀までさかのぼり、大西洋沿岸の全域を見渡せるとしたら、ブエノスアイレスからボルティモアまで、切れ目なくつながったプランテーション(大農園)が見えただろう。この一連のプランテーションで奴隷たちは、イギリスの紅茶のためのサトウキビや、西インド諸島で消費されるコメや、ニューイングランドの繊維工場に送られる綿花を収穫した。大規模な単一農法を行うプランテーションは、労働者の体を壊し、土壌の質を劣化させた。しかし一方では、農場主と商品を売る大企業を儲けさせた。

“産業システムの論理が利益に基づいているなら、本物の食料の論理は尊敬とバランスの上に築かれる。”

ここに現代の産業食品システムを支える論理の原形が見える。それは、人間と環境の幸福よりも、利益を優先させるという論理だ。エルミナ砦が建設されてから400年の間に、多くの変化が起きたが、この原則は消え去らなかった。プランテーションの論理は、今日の産業食品システムの論理なのだ。

このシステムでは、農民を搾取しコストを外部化することが中間業者の利益になる。中間業者とは、食料の加工と販売を独占する大企業のことだ。この産業モデルが役に立つ分野もあるかもしれない。しかし食料には不向きなモデルであることを、私たちはそろそろ認めるべきだ。

それはフロリダ州でトマトの摘み取り作業をするルーカスにとっても役に立たないモデルだ。彼は夜明けから夕暮れまで、保障も健康保険もなく、あくせく働いているのに、今でも貧困から抜け出せない。さらに、モンサント社によってその存在すら危うくされたイリノイ州の農民たちにとっても、役に立たないモデルだ。

ブルックリンのティーンエージャーたちにとっても同様だ。彼らに、自分自身が糖尿病か、糖尿病の人を知っているかどうか尋ねたところ、教室にいた全員が手を挙げた。そして、高騰する医療費を押しつけられた99パーセントの国民にとっても、もちろん役に立たないモデルだ。

本物の食料を望む(そして必要とする)誰にとっても、現在の産業食品モデルは役に立たない。本物の食料とは、地球とコミュニティの滋養となり、それを食べる人も育てる人も養える食料のことだ。

産業システムの論理が利益に基づいているなら、本物の食料の論理は尊敬とバランスの上に築かれる。本物の食料は利益と対立はしないが、私たちを養うために最も懸命に働く人々がその利益を公平に享受できない場合は対立する。「帰らざる扉」は私たちの敵を象徴している。それは、500年かけて作られた、人と土地の両方を搾取する世界的な産業食品の経済だ。

しかし、扉はもう1つ存在する。ロンドンの賑やかな通りにある木製の扉で、その上には「印刷所」と書かれた手書きの看板が掛かっている。通りすがりの人なら恐らく見逃してしまうだろう。1787年のある朝、あなたがその扉の近くに立っていたなら、12人の男たちが中に入っていくのを見たはずだ。彼らの多くはクエーカー教徒で、集会にやってきたのだ。

その集会がきっかけとなり、英国反奴隷制協会が発足し、奴隷制に反対する初めての市民運動を引き起こした。会員たちは嘆願書を集め、議会でロビー活動をし、ブックツアーを展開した。こうした活動は私たちが今日でも利用している、社会運動の戦略の先駆けだった。12人の男たちがあの扉をくぐり抜けた時、全世界の経済は奴隷の労働力によって支えられていた。

“当時、奴隷制のない世界を想像することは、今なら石油のない世界を想像するようなことだ。そんな世界を提案するほどクレイジーな人はいるだろうか?”

写真:Bruno

写真:Bruno

12人のグループは、10年後には数十万人にふくれあがった。そしてわずか数十年で、彼らは考えられないことを実現させた。大英帝国の全域で奴隷貿易を終わらせたのだ。

当時、奴隷制のない世界を想像することは、今なら石油のない世界を想像するようなことだ。そんな世界を提案するほどクレイジーな人はいるだろうか?

ところがわずか1世代で、奴隷制のない世界は実現してしまった。当時の活動家に未来の知識があったわけではない。彼らは何が正しく、何が間違っているかという信念を持っていたのだ。

この第2の扉が意味することを言葉であらわすと、それが事実であり真実だと証明されなければ陳腐な決まり文句に聞こえてしまうだろうがう、それは、信念を持った人々の小さなグループが実際に世界を変えることができるということだ。

これこそ、Real Food Challenge(リアル・フード・チャレンジ)を生んだ精神だ。リアル・フード・チャレンジは、社会変革の道具としてカフェテリアのトレーを別の角度から想像するプロジェクトである。それは、公正で持続可能な食料経済を強く求める、より大きな運動の1面でしかない。

2006年、私は各キャンパスで活動する大学生たちと集会を開き始めた。彼らは地産食品を推進し、フェアトレードのコーヒーや有機栽培の食料を求めていた。ブラウン大学からカリフォルニア大学サンタクルーズ校まで、国中の仲間と議論を交わした結果、私たちが力を合わせれば、もっと大きな成果を挙げられるかもしれないと気づいた。

アメリカのカレッジや大学は、学生の食事に年間50億USドル以上を支出していることが明らかになった。そのお金の使い方を変えることができたら、どうなるか? 最大で最悪の食品企業に私腹を肥やさせるのではなく、小規模農家や社会的責任を果たしている企業を支援したらどうか? 本物の食料の経済に投資したらどうか?

私たちはそのような転換は現実的に可能かもしれないと考えた。なぜなら大学にお金を払う顧客は学生だからだ。しかし、転換を実現するには、学生自身の強いリーダーシップが必要である。

リアル・フードの公約

アレックス・スリガーは、ワシントン州の農村部で育った。彼が子供の時、父親は農場を失い、近くにあった家畜の飼育場で働くことになった。アレックスの兄弟は2人とも軍に入隊し、イラクとアフガニスタンで勇敢に軍務を果たした。アレックスも同じ道に進む予定だったが、彼は別の方法で国に仕えることを思いついた。それが食料に関する運動だった。イースタン・ワシントン大学の3年生の時、彼はキャンパスに地産食品を増やすキャンペーンを開始した。自分の父親のように一生懸命働く人々が、尊厳を持って農業を続けられるようにするためだった。

アレックスは、モハマド・オマーという仲間を得た。モハマドはソマリア出身で、それまで自分自身を活動家と見なしたことは一度もなかった。しかし現在、彼の母国は飢饉に襲われ、アメリカでは自分の家族が健康や食品の問題に直面している。モハマドは食べ物の入手は「今、僕の人生で最も重要な問題」と認識するようになった。

“アレックスとモハマドと仲間たちは、大学での食品の購入に関する透明性を要求し、カフェテリアの記録を開示させることに成功した。”

アレックスとモハマドと仲間たちは、大学での食品の購入に関する透明性を要求し、カフェテリアの記録を開示させることに成功した。現在、彼らは学長に「リアル・フード公約」への署名を求めている。この公約は、大学の食品関連の予算のうち少なくとも20パーセントを、地元で採れた、有機農法による、フェアトレードの食品の購入に充てることを約束する。

リアル・フード・チャレンジは発足から3年後、アレックスとモハマドのような学生5000人からなる、350校以上に拠点を持つネットワークを作り上げた。リアル・フード・チャレンジの支援を受けた学生たちは、4500万USドル分のリアル・フードを購入する公約を取り付けた。その中には、カリフォルニア大学システムに参加する全ての分校による公約が含まれている。私たちは、10年後には10億USドル分の公約が成立していると予測しており、そうなれば大学以外の組織でも運動を展開する前例を示せるかもしれない。

注目すべきは、その金額だけではない。現場で起こっている変化だ。

アランの例を挙げよう。彼はロードアイランド州のリンゴ農家で、ブラウン大学との契約を取り付けた。おかげで彼は農業を続けることができ、今では小学校にもリンゴを売っている。

さらにイライザの例もある。彼女は、工場式養豚の中心地であるノースカロライナ州の養豚業者だ。工場式農場では、豚は狭いケージに詰め込まれ、フンのぬかるみの上に置かれている。一方、イライザの豚は牧場で放し飼いにされている。ノースカロライナ大学の学生たちの活動により、大学は彼女から豚肉を購入し始めた。イライザは現在、大学とは別に、さらに5つの組織に豚肉を販売している。イライザやアランや、彼らのような農家は、来るべきリアル・フード経済の中枢だ。

こうした方法は、食料システムに変化を起こす最も速い方法の1つかもしれない。既存の予算を活用すれば、問題の複合的な原因を絶つことが可能だ。需要が細分化している場合には、それを組織化すればいい。問題が明確に見えない場合は、透明性と説明責任を創出すればいい。方針が行き詰まった場合は、新しいリーダーシップを育成すればよいのだ。

“私たちはボイコット(不買運動)ではなくプロコット(良い商品を積極的に購入する運動)を仕掛けている。それは、社会的、経済的、環境的な正義を推進する食料システムに戦略的に投資することだ。”

これは今までにない行動主義だ。1ドルで意思表示するのではなく、10億ドルで意思表示する。私たちはボイコット(不買運動)ではなくプロコット(良い商品を積極的に購入する運動)を仕掛けている。それは、社会的、経済的、環境的な正義を推進する食料システムに戦略的に投資することだ。

もし私たちが成功したら、食料の生産方法や消費方法に大規模な変革が起きるのを目撃するだろう。空き地は生き生きとした菜園に生まれ変わる。家族経営の農場も食事に関する伝統も繁栄する。勤勉さは公正に報われる。地球の気候と環境は私たちを支えてくれる。すべての人々が栄養のある食べ物を手に入れるようになる。

私は、食料はすばらしいものだと思う。食料ほど、人を人に近づけ、人を地球に近づけ、何よりも私たちを健康と伝統に近づけてくれるものは他に思いつかない。

アルキメデスはこう言った「私に十分な長さのテコと支点を与えよ。そうすれば地球を動かしてみせる」。リアル・フードは、まさにそのテコだ。行動を起こそう。

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本稿はYes Magazineに掲載されたものです。

翻訳:髙﨑文子

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著者

アニム・スティール氏はThe Food Project(TFP)の国内プログラム・ディレクターであり共同創立者である。TFPでの活動以前、スティール氏はEconomic Development Assistance Consortium(経済開発支援協会)のコンサルタントを務めた。彼は1997年度公共事業に関するコロー・フェロー・プログラムに参加し、現在は2010年度ハント・プライムムーバーズ・フェローである。最近、エコーイング・グリーンの社会起業家に選ばれた。本稿は2011年バイオニア会議でのスピーチの翻案である。

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