命を与えるバングウェウル湿原の朝

Human Dimensions』は、国連大学の地球環境変化の人間・社会的側面に関する国際研究計画(UNU-IHDP)が年2回発行する広報誌である。UNU-IHDPは『Human Dimensions』誌上で、若い学者を対象にテーマに即した論文コンテストを毎号開催している。2013年1月に発行された第2号のコンテストのテーマは「生物多様性と生態系サービスの人間的側面」である。今回掲載する記事は、第2号「House of Cards: The perilous state of global biodiversity(トランプで作られた家:世界の生物多様性の危機的状況)」で発表されたコンテスト優勝論文だ。

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Mwenda Chishinge(ムウェンダ・チシンゲ)は高齢の男性だ。風雨を堪え忍んできた彼の体は、かつての屈強な男の面影を残し、背中は硬く曲がっている。彼は静かに丸木舟をこぎ、草が茂る浅瀬を進む。聞こえてくるのは、さおがリズミカルに水をかく音だけである。幅の狭い丸木舟をこぐ動きは、力みを感じさせない。彼の筋張った腕は自動的に動いているようであり、膝を少し曲げた強じんな脚は、1本の木の幹から切り出された、危険なほど狭い舟のバランスを取っている。

彼は生涯、舟をこぐという日常的な仕事の腕を磨いてきたため、漁網までの長い距離をぼんやりと考え事をしながら移動する。水草で作られた島の上に建つ草の小屋の集落を後にすると、夜の寒さで冷え切った彼の手足を朝の日差しが温め始める。人々が暮らす小さな浮島の上では、子供たちが日差しの下で身を寄せ合い、鶏は忙しく動き回っている。彼は狭い水路の方向にカヌーを向けた。この水路を進めば、漁網と釣り針が仕掛けられた浅瀬にたどり着くのだ。

彼は滑るように舟を進めながら、日の光に照らされた澄んだ水のことを考える。緩やかな水の流れが赤や緑色の鮮やかな水生植物を揺らしている。カヌーの前方で、小さな魚の群れが植物の間を素早い動きで出たり入ったりしている。今年は大雨が降って、氾濫が早い時期に起こった。魚にはいいことだ、と彼は考える。よい産卵期を迎えられるだろうし、温かくて浅い氾濫原で幼魚はすぐに大きくなるはずだ。

漁業を営む家族たちにとって雨は恵みだが、雨漏りのしやすい草の小屋での暮らしは悲惨になる。しかし間もなく、長い乾期が始まって水面レベルも低くなる。彼は数日後、家族を呼び集め、魚を捕るヤナの修理を始める予定だ。女たちは、わなとして使うかごを作るためにアシを切り、男たちは低い土壁の割れ目をふさぎ、水があふれてしまった個所は高く作り替えなくてはならない。彼はすでに自分の家族が所有する地区を調べてきたが、そこにはかなりの数の魚がいた。彼らの仕事は、ほとんどの魚が外に逃げ出さないようにすることである。そうしておけば、乾いた風が吹き始める頃、その年の魚たちがヤナに仕掛けたアシ製のわなに移動するのだ。

彼は精神的指導者であるChipupila(チプピラ)が、今年の家族のヤナに恵みをもたらしてくれることを願った。しかし、彼はそうならない気がした。あの若者は亡くなった叔父から学んだ儀式を行うことよりも、漁師たちから貢ぎ物をもらうことに熱心なようだからだ。族長は年老いて体も弱くなりすぎたため、部族の様子を自ら調べることができないが、彼も貢ぎ物を受け取るのだろうか?

水路を通り抜けると、ムウェンダは背の高いアシの茂みにたどり着いた。向こう岸にいたブラック・リーチュエの小さな群れが彼に驚いて逃げ出した。浅瀬を飛び越えていったので、水しぶきが光る壁のように空中を舞う。リーチュエの長いひづめは浅瀬の柔らかい泥の上を走るのに役立ち、屈強な後ろ脚はもっと深い水辺でスピードを上げることができる。遠くでリーチュエの群れは立ち止まり、白い耳を前に向けて彼を見ている。薄黒い色をした雄のリーチュエが鼻を高く持ち上げて、彼の匂いをかごうとしており、湾曲した長い角が背中の上で優雅に伸びている。ムウェンダは、かなりの数の子どものリーチュエが雌の後を追っているのに気づく。リーチュエの数は確実に増えているのだ。

彼は子どもの頃、樹皮繊維で作った大きな網の音を聞いたのを覚えている。それは部族がリーチュエを捕まえるのに使っていた網だった。しかし今ではもう長い間、リーチュエは保護されている。人々は今でもこの地域にやって来て、食用に動物を殺していく。政府の狩猟取締官に捕まり刑務所に入れられるリスクも顧みない。彼の部族はずっと漁業に携わってきており、生物保護の役所とのトラブルはなかった。遠くの木々のてっぺん辺りに、観光客向けのキャンプがうっすらと見える。時々、彼は水路でキャンプの船とすれ違うのだが、その船には必ず、観光客の持ち物が山のように満載されている。観光客たちはとても遠くからやって来るのだと彼は聞いていた。彼らが来た所には動物がいないのだろうか? 彼らは自分たちの沼や川に何をしてしまったのか? 彼らの街やビジネスや「持ち物」が、すべてを台無しにしてしまったのか?

彼は最初の漁網にたどり着くと、カヌーの上で座ってひと休みした。身を乗り出して漁網の上部を持ち上げると、森の木の樹皮で作ったコルクが網の動きに合わせて上下に動く。浅い網を手から手にたぐり寄せると、粘土をボール状にして焼いた重りが丸木舟の横にゴツンと当たる。なかなかの大漁だ。もう1つの網にも同じ量がかかっていれば、家族が食べるのに十分なばかりか、何匹かを薫製にして売ることもできる。

ムウェンダは再び舟を出し、スイレンで覆われた水域の端へ向かった。彼は釣り針の付いた長い釣り糸を結びつけた場所に緑のアシの茎で印しをつけておいた。カモの一群が頭上でバタバタと音を立てたが、彼は家計の礎である薫製の魚のことを考え続けた。

漁業は様変わりした。今では新しい漁法と漁具が数多くある。昔は数週間をかけて、根皮の繊維で漁網を編んだものだ。今では網が安い。彼が今、気づいた大きな変化は「ビジネスのための漁業」だ。彼は捕まえた魚の量を心配していなかった。心配しても仕方がない。豊漁かどうかを決めるのは雨と氾濫だけなのだ。彼は、広大な湿原がすべての人に十分な魚を常に与えてくれると信じている。

問題はお金だ。昔は近隣の部族との友好的な物々交換で、必要な物品はすべてそろったものだ。今ではお金が必要な場合が多い。例えば学費、ビール、自転車、つまり生活をほんの少し楽にしてくれる、店で売られる様々な物だ。彼は若い頃、自転車を借りて、低木地帯を抜けてカッパーベルト鉱山への15日間の旅に出たことを思い出す。鉱山は恐ろしくて、よく分からない新天地だった。彼は釣った魚を売り、新しい自転車を買うことができた。自分の自転車の荷台に、借りた自転車を載せて、誇らしげに村に乗り入れた時の記憶を思い出して、彼はほほ笑んだ。そう、確かにいろんな物を手に入れるのは楽しい。しかしお金は対立も生んだ。

今では、人々が一番よい漁場をめぐって対立するほどだ。湿原は常に恵みを与えてきたが、人々が強欲になり、もっと大きなビジネスと、もっと多くの物を欲しがるようになったのだ。きっかけはライオンだった。これは彼が父親から聞いた話である。ライオンの襲撃に脅えて逃げてきた近くのキャンプに住む人々に対し、彼の先祖は親切に避難場所を提供した。逃げてきた人々は結局、元のキャンプには戻らず、今では彼の家族よりも人数が多い。彼の家族の土地は、みんなで共有するには十分な広さだが、人々はすべての土地が自分たちのものであると強硬に主張している。族長は妥協点を見いだそうとしたが、ムウェンダよりもさらに年老いた族長にも、変化が部族社会に到来しつつあることが分かった。

釣り糸に手を伸ばすと、彼の思考は現在に引き戻された。釣り糸がピクッと動いたので、彼は淀んだ水の中にうっすらと見える糸の先を目で追った。「バシャッ!」さほど狙いもせずに、彼は釣り針に掛かったナマズの背骨をめがけて、細いやすを投げた。ナマズは一瞬で動かなくなり、彼はずっしりと重い獲物を難なく舟に引き上げることができた。引き上げるのに手間取れば、店で買った安物の釣り針は魚の重みでまっすぐに伸びてしまっただろう。彼は一瞬、陸地の鍛冶職人が干物の魚と交換するために持ってきた丈夫な鉄製の釣り針のことを思い出した。釣り糸の先には、あと数匹のナマズが掛かっていたので、それらも彼はやすで捕った。夕方になると、彼は再び釣り針にえさを付けるために漁場へ戻る。えさは孫たちが集めたミミズだ。漁網に掛かった小魚の一部に加えて、6匹のナマズも捕まえられた。だから薫製にする分もある。息子を湿原の端まで薪を取りに行かせておいてよかった。

ムウェンダは最後の漁網までの短い道のりを舟で進んでいった。スイレンに覆われた水辺を横切る時、明るい色の服を着た若い男がカヌーですれ違った。彼は小さなラジオで最新のヒット曲を鳴り響かせている。ムウェンダはほほ笑んだ。この男は求婚に向かう途中かもしれないと思ったのだ。いずれにせよ、ムウェンダは豊漁だったおかげで何を見ても愉快な気分である。あと50歳、若返ることができればいいのに、とムウェンダは思った。彼は次の浅瀬に到着した。そこは、氾濫した小道沿いの草の合間に漁網を仕掛けておいた場所だ。カヌーの中で身をかがめ、立てたさおを肩に当てて体を支えると、彼は漁網を持ち上げて獲物を外した。

彼はしっかりと立ち、さおで網を整えながら草に沿って仕掛け直した。彼は手を止めて、四方を見回す。透き通った大空は雨雲に覆われ、様々な種類の鳥が四方八方に飛び回っている。彼はここ最近、ハシビロコウを見かけていないことに気づいた。あの大きな鳥が草の茂った水路の脇に静かにたたずみ、魚が来るのを待っている様子を見るのは常に心地よいものだった。不思議なことに、大きなくちばしと重たそうな額のせいでハシビロコウはどこか人間的だった。厳格だけど笑顔を浮かべているようなのだ。ムウェンダの息子の1人が出稼ぎ先の街からもうすぐ帰郷する。彼は息子がハシビロコウを見たがることを知っていた。息子からの手紙には、カメラを買ったことが記されていた。ムウェンダは頭を振りながら、カヌーを押し出してアシの茂みに向かって進む。茂みの向こう側の水路を通ってキャンプへ戻り、昼食をとるのだ。そよ風が水辺とアシを超えて遠い地平線に向かって吹いていた。果てしなく広がる浅瀬のところどころに生えた長い草の茎の合間をそよ風が吹き抜けると、1羽のハシビロコウが不動のまま、まばたきをしていた。

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本稿は『Human Dimensions』誌とUNU-IHDPのご厚意で掲載されました。

翻訳:髙﨑文子

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著者

カール・ハックゼマイヤー氏は南アフリカの小さな山里、ライデンバーグで1988年の春に生まれた。代々、獣医の家系の息子で、彼と2人の兄弟は自然と人間への深い敬意を育む環境で育った。

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