気候と開発に脅かされるカナダの河川流域

国連大学水・環境・保健研究所による最近の報告書で簡潔に記されているように、「(もし)水の市場価値が、多くの人々が考えるよりも高いとすれば、水の非市場的価値は単純に膨大なものになる」

「川の流域は地球上の生命体を文字通り生かし、豊かにするという恩恵を提供する。流域の非市場的価値には、水の供給、ろ過作用、生態系のサポート、水文学的安定化、炭素貯留、有害生物の防除、気候調整、先住民社会への文化的恩恵、幅広い土地利用者への娯楽の恩恵と機会などがある」

マッケンジー川は北アメリカで北方向へ流れる最大の川であり、カナダでは最長の川だ。カナダのほぼ20パーセント、すなわちフランスの5倍の面積の流域を流れる。長さ1800キロのマッケンジー川から北極海に流れる水の量は、1秒当たりオリンピックプール4つ分だ。

マッケンジー川流域は、北アメリカで最も手つかずの大規模な生態系の1つである。渡り鳥や水生生物の重要な繁殖地だ。流域の63パーセントは亜寒帯林に覆われ、20パーセントは湿地である。

この流域は比較的、生態系が損なわれていない。しかし「気候温暖化と、炭化水素や再生可能ではない鉱物の採掘および水力発電所の計画による開発の圧力」によって、流域にはリスクが生じている。こうした報告は、アメリカを拠点としたRosenburg International Forum on Water Policy(水政策に関するローゼンバーグ国際フォーラム)が招集した専門家パネルによる新しい報告書に記されている。

“マッケンジー川はカナダのほぼ20パーセント、すなわちフランスの5倍の面積の流域を流れる”

同地域の気温はすでにセ氏2度以上、上昇しており、永久凍土層が解けて道路や橋や家に損害を与え、地表をひずませたり水流を変えたりしている。報告書は、永久凍土によって土壌に貯留されている大量のメタンが放出する危険があると記している。氷河面積は過去25年間で25パーセント縮小し、春にはカナディアン・ロッキーの積雪が約1カ月早く消失するようになった。

「こうした変化の大きな影響が、マッケンジー川流域の生態学的な健全性と重要な環境的サービスの供給力を脅かしている。さらに、食料、衣服、水、その他の生活必需品を土地と資源に依存する先住民族の人々にとっては、故郷としての流域の役割も脅かされている」

こうした警告が発表されたのは、カナダ石油生産者協会が同地域でのタールサンドからの石油生産を2030年までに2倍にする計画を発表してから、わずか数日後のことだ。

報告書によれば、マッケンジー川は非常に重要であるため、地域住民だけでなくカナダ全域や西半球の人々、さらには世界の人々にもある程度の恩恵を与える存在だという。マッケンジー・デルタは、他の亜寒帯地域と同様に二酸化炭素を吸収する。さらに報告書は、マッケンジー川の淡水の流れと北極海の海流の間には明らかな関連性があると述べている。こうした現象は、地域的および世界的気候の安定化に寄与していると考えられる。

「この観点から、マッケンジー川流域は世界的なコモンズ(入会地)の一部として捉えられなければならない。コモンズとしての地位と、地域住民ではないステークホルダーを認識する必要性によって、流域の保護と同地域の資源や環境的サービスの保全という課題は、さらに複雑になる。流域に住む人々と当該政府が流域の管理責任を率直に引き受けない限り、コモンズの諸問題に効果的に取り組むことはできない」

解決策の課題

課題は複雑ではあるが、マッケンジー川への脅威に取り組むことは可能であることを報告書は示している。

マッケンジー川が流れる広大で隔絶された森林とツンドラ地帯は、その全域がノースウエスト準州(NWT)にある。ところが、その支流は3つの州(ブリティッシュコロンビア州、アルバータ州、サスカチュワン州)と2つの準州(ユーコン準州とNWT)と、数多くの独立した先住民族の政府機関の管轄地域を流れているため、マッケンジー川は「司法的に込み入っている」。1997年、A Mackenzie River Basin Transboundary Waters Master Agreement(マッケンジー川流域の越境的水域に関する基本的協定)が署名されたが、その管理のために設立されたMackenzie River Basin Board(マッケンジー川流域委員会、MRBB)の拘束力が弱いと、専門家たちは断言する。

さらに専門家たちは、マッケンジー川は世界の主要な河川ほどの幅広い調査が行われておらず、流域に関する実際的な知識は限られていることを明らかにした。

「マッケンジー川の保護と保全活動や、その資源をバランスよく開発する取り組みでは、既存の科学を網羅的に活用するだけではなく、追加的な調査を行う必要もあるだろう。第一に、無期限で、強固で、十分な資金を投入した包括的なモニタリング計画が必要である。この計画の実施に関する責任はカナダ政府に委ねるべきである」

最後の項目は期待しすぎかもしれない。なぜならカナダの現在の保守政権は同地域の資源経済を高く評価しており、資源開発を脅かしかねない科学を抑圧しているとの非難を受け、国際的な批判を集めたからだ。

もちろん、流域の管理と保護を担当する独立組織としてMRBBを活性化させるのもよいと、報告書は推奨している。そうすれば、MRBBが包括的かつ全体的なガバナンスと管理計画を作成することが可能になる。科学的不確実性の問題に関しては、モニタリング計画を支援し、「予防原則」(科学的確実性の欠如は、環境に対する深刻あるいは不可逆的な損害の予防措置を遅らせたり延期したりする正当な理由ではないとする原則)を適用することによって、問題に直接対処できると報告書は述べている。

また、MRBBを適切な方向に導くために、考え得る最良の科学を活用し、調査事項の整理と優先順位化を進めるには、MRBBは独立した国際科学諮問委員会の支援を受けるべきである。

“科学的情報は完全に共有されるべきであり、 一部の利権者は喜ばないかもしれない調査結果の 徹底的な審査も必ず含まれるべきである”

報告書は、委員会には先住民族の人々の代表者が参加することを強く勧めている。なぜなら、流域の先住民族の住民が持つ伝統的知識を収集し、最大限に活用すべきだからだ。あらゆる階層のステークホルダーから情報を収集すべきであり、「科学的情報は完全に共有されるべきであり、一部の利権者は喜ばないかもしれない調査結果の徹底的な審査も必ず含まれるべきである」

徹底性については、報告書はさらに1歩踏み込んで次のように記した。「価値の問題と評価についても、流域における政策と計画の作成段階で取り組む必要がある。そのような評価を科学だけでは完全に形成することはできないが、透明性を持って率直に評価を行う必要性を無視する根拠にはならない」

専門家たちが取り組む必要があると考える、より深い問題例は次のようなものだ。(1)伝統的文化の持つ価値と哲学は、バランスの取れた管理政策の中でどのように尊重されるべきか? (2)流域と、流域の特性を持った地域にとって、どの程度の経済成長が適切か? (3)資源採取産業と水力発電開発は、どのように規制されるべきか?

最後に、報告書はイエローナイフ市近くのジャイアント・マイン金鉱の実体験から出たと思われる強い勧告を記している。この金鉱は50年以上にわたり操業していたが、1999年に操業を停止し、2004年に採掘会社が破産を宣言した。その結果、(採掘活動の高温によって)解けつつある永久凍土に含まれる、地下水に入り込む恐れのある数十万トンもの三酸化ヒ素を除去するために、納税者が10億カナダドルの費用を負担することになった。

「重要な契約履行証書あるいは同類のインセンティブの義務化を怠れば、劣化した環境や有毒廃棄物やその他の廃棄物という遺産が威力を弱めることなく続くことはまず間違いない。そして本来なら採掘業界が持つべき費用を納税者が負担することになるのだ」

まさにそのとおりだ。

翻訳:髙﨑文子

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気候と開発に脅かされるカナダの河川流域 by キャロル・スミス is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

キャロル・スミスは環境保護に強い関心を寄せるジャーナリストで、グローバル規模の問題に公平かつ持続可能なソリューションを探るうえでより多くの人たちに参加してもらうには、入手しやすい方法で前向きに情報を示すことがカギになると考えている。カナダ、モントリオール出身のキャロルは東京在住中の2008年に国連大学メディアセンターの一員となり、現在はカナダのバンクーバーから引き続き同センターの業務に協力している。

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