産業型農業の代わりを模索する中国

中国の近年の経済成長は目覚ましいが、それは均一なものではない。その影響を最も強く受けているのが小規模農家やそのコミュニティといった社会的弱者だ。不均衡な開発によって、都市と農村地帯の収入格差は拡大し、産業と農業への政府支援は偏っている。東沿岸部で開発が集中する一方、西部の農村地帯は軽視され、環境保護より経済成長が優先されている。

これが原因で農村部は深刻な貧困、社会経済的不平等、農業人口の女性化と高齢化、深刻な環境劣化と生物多様性の大幅な減少といった、大きな課題を抱えることとなった

中国では食の確保も新たな課題だ。食不足は主に中国西部、中部の多くの地域で長びいており、1億3000万人が食不足または栄養不良だとされる。その多くが北西、南西の山岳地帯に住み、その生態系はぜい弱で、インフラやサービスが整っていない。最近の研究によると、およそ1億5000万人が貧困ラインの1日1.25米ドル以下の生活をしており、1日2米ドル以下の人の数となると4億7400万人に上る。

不均衡で不平等な変化

食不足の根底にはいくつかの要因がある。急速な近代化の過程にある中国は、全国の耕作地の6.5%にあたる830万ヘクタールの耕作地を失った。そのほとんどは都市化と産業化に栄える、本来は最も肥沃な土地だ。水の確保に関しては、質、使用、供給のいずれも重大な問題であり、今後は土地問題よりもっと深刻なものとなるかもしれない。

供給側に関する問題だけが、中国農業が直面する課題というわけではない。1990年以降、特に都市部での収入の増加は、主食以外の肉、魚、果物、卵、乳製品といった消費を飛躍的に増大させた。高所得者数の急速な伸びが予測されているが、そうなれば主食以外の需要も増え、国の食料供給に対する圧力も高まるだろう。例えば1996年〜2007年にかけて、食肉は50%、卵は30%、牛乳は200%生産量が増加した。

需要と生産増加とともに、環境公害、危険な食材など様々な問題も浮上した。例えば、汚染ミルクによって乳児や幼児の死者が出た際は世界中から非難を浴び、国内乳製品作業の発展が妨げられることとなった。

1978年に改正が行われて以来、中国が「極度の」貧困を減らすことに関して大きな成果をあげたことは、広く認められている。しかし、深刻な貧困者の絶対数は高いままであり、中国北西部、南西部の高地の小規模農業者は平均して0.2ヘクタールの土地しか持たない最貧層だ。彼らは食不足の影響を最も受けやすい。土地使用権は保有しているものの、その土壌の質はあまりにひどく、生計を支えるだけの生産高を得ることはできない。多くの貧しい農家は足りない食料を買わざるをえず、改正が行われて以来、食料価格上昇の打撃を受けている。

“中国北西部、南西部の高地の小規模農業者は、土地使用権は保有しているものの、その土壌の質はあまりにひどく、生計を支えるだけの生産高を得ることはできない。”

改正による主な変化は農村部から都市部への移住で、特に貧しい地域からの移住が多い。移住者のほとんどは男性である。このため過去10年間で農業の女性化が進み、貧しい西部、南西部では農村地帯の省のほとんどで農業の労働力の7割〜8割を女性が占めている。そして彼女らのほとんどは中高年であり、限られた教育しか受けていない。

こうして農村部での女性の役割が増加しているにもかかわらず、主要な意思決定者たちがそれを考慮に入れることはめったにない。彼らはたいてい都市に住みながら農村開発を担当しており、医療、教育、サービスの提供、市場規制(価格と補助金)、賃金などを決定する。技術設計、開発、普及の過程(例えば新種の穀物開発や代替農業生産方法開発において)、女性特有のニーズ、関心、知識などはほとんど無視されている。その結果、最も困窮した地域のニーズを無視した農業政策が出来上がることになる。

従来型農作物研究で軽視されてきたもの

中国の従来型の農作物研究は良好な結果を生み、食不足と貧困を大幅に減少させた。ここ15年の間に中国の農業中心地は改良作物種から農業投入材(無機肥料、機械、道具など)に至るまで目覚ましい変化を遂げている。これらは農業税引き下げ、投入材、生産物への補助金、市場・インフラ整備などに支えられて可能になった。

だが、中国南部の広西チワン族自治区、雲南省、貴州省の山岳地域を含む耕作に不向きな地域はあまり恩恵を被っていない。これは植物育種家による主張が理由の1つだと思われる。彼らの主張はそのまま農業開発関連の意思決定者にも支持される。その内容とは「農業主は育種家ほど知識が深くない」、「品種選定は最適な条件下でなされなければならない」、「栽培品種は一様で、広い地理的条件に適しているものでなければならない」、「在来種 (栽培植物が自然作用を経て生息する自然環境に適応した特有の種となったもの)と開放受粉種(南西部で今でも見られる)は、国家の食の確保のため、なんとしてでも生産量の多い種に植え替えなければならない」といったものだ。

農業生物多様性、農民の多様な生活様式、農民による種の保存と改良への貢献などはほとんど無視された。種の生産が民営化されると、交配種や他の現代種に焦点が絞られるようになり、伝統的な作物や未活用種に対しては、ほとんど目が向けられなくなった。残念ながら、ほとんどの交配種は、広西チワン族自治区やその他の南西部の省で見られるような不安定な気候条件(干ばつや洪水など)を持つ遠隔の山岳地帯の環境には適さない。また交配種は病気や害虫にも弱い。これらの地域の農民は交配種に移行することができず、今でも在来種に依存している。とはいえ、多くのコミュニティでは耕作地自体が減少してきている。

相乗効果

中国の農村部にはびこる複数の課題に対処するため、1999年、女性農民のいくつかの団体、数多くの農村部の村、2つの植物育成組織、中国最大の公共農業研究機関である中国農業政策研究所(CCAP)によって中国の新たなイニシアティブが立ち上げられた。

研究は南西部の広西チワン族自治区で始められた。1つ目の調査はこの自治区のほとんどを覆う山岳地帯で行われ、農民たちは急斜面の小さな窪みや平原の岩の間にトウモロコシを植えた。この地形では、かんがい用水は少なく、また雨が降れば洪水が起こり作物は流されてしまう。道路はなく、市場へのアクセス方法も少ない。トウモロコシは自分たちで消費するためのものだ。この地方の昔からの主食であり、数多くの在来種がある。

2つ目の調査地域は、比較的環境の良い、谷や平地のコミュニティが対象だった。人々の教育水準も高めで、市場経済にも溶け込んでいる。トウモロコシはかつては人々の主食だったが、現在ではブタの飼料として使われるほうが多い。村の住民のほとんどにとって、養豚が主な収入源だ。

CCAPの主任研究員である宋一青氏氏がこのイニシアティブの開発者である。イニシアティブは、輪作や有機肥料など大胆な計画を実行した。オランダのワーゲニンゲン大学で農村部開発の博士号を取得した宋氏率いるチームは、農民と育種家の相乗効果をもたらすよう参加型リサーチを行い、従来と現代の知識や方法の最良のものをうまく組み込んだ新しい独創的な方法を模索している。

“農民を含む研究チームの作業は、地元の女性農民が長年に渡って築いてきたトウモロコシ栽培の経験に基づきつつ、品種改良に関する公式の研修を受けた育種家の専門的知識も取り入れている。”

主な目的は、協同組合を設立し、正式な種子システムと農民によるシステムの補完的関係を作り上げることだ。農協は農民(特に女性)の権利を保証するために必要だった。努力の核となっているのは農民参加型の品種改良と呼ばれるアプローチだ。プロの育種家と農民育種家が科学的、伝統的知識を持ち寄り、品種改良の努力を共同で行っている

農民を含む研究チームの作業は、地元の女性農民が長年に渡って築いてきたトウモロコシ栽培の経験に基づきつつ、品種改良に関する公式の研修を受けた育種家の専門的知識も取り入れている。専門家の助けを受けながら、農民が様々な交配技術と品種選定を駆使して、品種改良が行われた。

育種家はさらに、南寧市にある広西トウモロコシ研究所(GMRI)の畑でより複雑な方法を試した。これらの実験によって、多収穫品種が生まれたが、それらは害虫、疫病、干ばつなど、生物ストレス、非生物ストレスの双方に強い。実験には80種以上の品種が使用された。10年に及ぶ実験に基づき、農民が好んだ4種が選ばれ、研究対象の村に広められた。また対象の村を越え、隣接する雲南省と貴州省でも似たような実験が行われ、種は広まった。

新種による恩恵を共有するため、研究チームは農民や育種家に、育種材料や種の生産方法などの知識を交換し合う公式の協定を結ぶよう提案した。このような協力はまだ新しく、習慣を定着させるには双方の時間と努力が必要である。この新しい政策決定の方法には農業省と環境保護省も関心を寄せている。生物多様性条約や食料農業植物遺伝資源条約といった国際協定が有意義であることを示す具体例だといえよう。

広がりを見せるグリーン農業

また、イニシアティブは地元の作物を市場に乗せるための新たな努力も行っている。地元の農民が立ち上げ、研究チームが援助を行う2つの有機(グリーンな)農業協会は南東部広西チワン族自治区の横県でますます知名度が上がってきている。

また、中国では環境に優しく、認証を受けた有機農業は様々な形で急速に発展してきている。多くの地域では、この形の農業は産業投入物に依存するこのではなく歴史的に培われてきた農業システムに基づいている。少しは環境の良い中国中央部や沿岸部も含めた他の地域では、緑の革命による手法から根本的に脱却しようと、新しい形態が発展してきた。

政府による財政的、技術的支援は多くの場合に重要だが、主に農民が中心となって行う例も多くある。公の研究機関は、初期・開発段階にある農民を技術面、管理面で支援するため、国際的に認められる認証制度の確立などにおいて重要な役割を担っている

有機農業への転換が最初に行われたのは1990年代初期のことである。2002年には大都市の大型スーパーで有機野菜が購入できるようになった。国内外の需要はいずれも増加している。2005年には50万ヘクタール以上が認証作物の栽培に使われ、1000以上の企業が参加した。それ以来、有機農業は生産面積、生産高、生産品種数(茶と竹を含む)全てにおいて中国全土で増加している。

“2005年には50万ヘクタール以上が認証作物の栽培に使われ、1000以上の企業が参加した。それ以来、有機農業は、生産面積、生産高、生産品種数の全てにおいて中国全土で増加している。”

広西チワン族自治区の最初の有機食品である米とコールラビ(見た目はカブに似たアブラナ科の野菜)は、産業投入物なしで生産され、南寧、柳州、さらに遠く離れた香港の顧客にも喜ばれた。南寧市にある新しい有機食品のレストランは2つの有機取引協会から従来の農作物に比べて値段もそう高くない材料を調達している。首府で初めてのこのレストランはあっという間に人気となっている。

この2つの有機取引協会は陳塘と三岔の村にあり、2005年に設立された。費用がかさみ危険を含む産業化した農業形態から有機農業への転換の動きが始まった後のことだ。最初はわずか10人の農民で始められ、まもなくPartners for Community Development (PCD、コミュニティ開発パートナー)から技術指導と財政支援を得るようになった。PCDとは香港を拠点にするNGOで中国南部の省で貧困軽減と草の根開発の活動を行っている。

2006年、PCDスタッフがCCAPとGRMIのチームメンバーと地元の作物品種を改良するため共同作業に乗り出した。これら有機団体は農業技術を改良し有機農業の利点についての理解を促進するためメンバー内の日常的なコミュニケーションを促進している。小さなグループが互いに化学肥料や農薬を使用しないよう監視し合う。農民たちが徐々に有機農業に使用する土地を拡大するにつれ、地元の肥料だけでは需要に見合わなくなってきた。そして自家製の肥料は、有機農業の厳しい品質管理に見合うため、団体は自家製肥料の原料となるブランや骨粉入り餌などを購入するようになった。彼らは会員に対し最適な材料の配合や、有機肥料の最も効果的な量を決めるため色々と実験してみるよう勧めている。

有機団体の成長には、課題がなかったわけではない。リーダー、特に会長(2人とも男性)はこの団体のために活動を組織したり市場調査をしたりするため、多くの時間を割き、報酬を受けることなく、自腹で費用も払ってきた。彼らは自分の家族を養っていかなければならないため、そのボランティア精神による努力は長い目で見て持続可能なものとはいえない。団体の収入は会員の年会費と有機製品の売り上げのほんの数パーセントだけで、オフィスの必要経費をぎりぎりで賄える程度である。

別の課題は、この団体への高まる関心に対して、どのように適切な対応をおこなうかという点である。会員数が増えるにつれ、有機農業の基本技術やスキルをタイミングよく、適切に研修することが難しくなっている。組織をいかに専門的なものに育てるかが課題なのである。だがこの課題を前向きにとらえることはできる。つまり、これらの団体は重要な機能を果たしているということなのだ。

今後の道のり

10年にわたる取り組みにより、コミュニティベースの研究と、政策や政策決定プロセスをどう結び付けるかという点においての成功点と問題点が明らかになってきた。中国経済を急速に転換させようと猛烈に進む中、政策決定者、研究者、農村部開発担当者たちは、農村地方における伝統的知識や土着の植物遺伝資源といった重要な側面を軽視してきたのだ。

市場経済の導入以降、この状況は悪化している。大規模な民営化と商業化の結果として、正式な種子生産システムは、利益を優先し激しい競争の影響を強く受けるようになった。交配繁殖や雑種種子生産は、政府、民間いずれにとってもこれまでにない注目の的であり、努力が行われている。それにより生物多様性と農村部の生活環境改善に関してはほとんどが後回しとなっている。

広西の山岳地帯のように、社会から取り残された場所では、農民たちの種の保存の方法は彼らの様々なニーズを満たすために現在も重要な役割を占めている。このようなシステムは進化しつつ課題にも直面しているが、それでも農業を維持するために必要な生物多様性は保たれている。気候変動や天災などの影響を受けやすい現在と未来の植物育種はこのシステムに依存したものでなければならない。

ダイナミックかつ実践可能なこの種子育成システムが、トウモロコシ(その他食料)生産維持、種の改良、地元の環境の変化への適応に欠かせない。中でも、女性農民らは組織を作り、種子育成や流通の資格を取ることを率先して行っている。新たな組織形態も現れ、このような努力を後押ししており、関連する政策部門において既に変化が起こりつつある。新しい技術や市場に関する有益な情報の欠如が農業生産における最大の問題点の1つだが、農民の組織化により、このような問題を解決するための新たなリンクが設立され始めたのだ。

宋一青氏は最近のインタビューでこう話している。「広西での研究により、私たちは、 多くの分野の科学者や様々なレベルの利害関係者と協力しなければならないということが分かりました。また、農村部の複雑な現状を1つ1つ理解していけば、具体的な活動による技術革新はより実りの多いものとなります。それには時間がかかりますが、可能です」

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本記事はSolutionsのご厚意により掲載しました。

翻訳:石原明子

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産業型農業の代わりを模索する中国 by ロニー・バヌーイ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.
Based on a work at http://www.thesolutionsjournal.com/node/1058.

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著者

ロニー・バヌーイ氏は農村開発社会学者で、特に農業的生物多様性と天然資源管理に造詣が深い。ここ20年間でニカラグア、キューバ、ホンジュラス、中国、モンゴルなど数多くの国々で参加型リサーチを管理、推進してきた。共著で生物多様性管理と保全に関する書籍や記事を発表しており、最新のものはマニュエル・ルイツ氏との共著「The Custodians of Biodiversity: Sharing Access and Benefits of Genetic Resources(生物多様性の保護人:遺伝資源のアクセスと利点の共有)」がある。

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