コペンハーゲン気候変動会議:エミッション・インポッシブル

気候変動の研究に関する二人の先駆者が、現代における最も重要な政治会議の成功と失敗について語る。

ニコラス・スターン氏

今世紀最大の課題は、気候変動への対処と貧困の克服の2つである。どちらか一つの対策に失敗することは、もう一方の失敗を意味する。コペンハーゲンで開催される国連気候変動会議で、世界は難しい選択に直面するだろう。

私たちは、気候変動の破壊的なリスクを断固として減らし、低炭素の経済成長がもたらすチャンスをすばやく広げられるような、強力な政治協定を実現するために協働するのだろうか。そのようにして、貧困を克服し、繁栄をもたらす足掛かりを掴むのだろうか。あるいは、ごく限られた目先の利益、小競り合い、熱意の欠如や遅れなどに負けてしまい、気候変動のリスクが、貧富に関わらずすべての国々の発展を妨げるほど、大きく危険なレベルに増大するのを許してしまうのだろうか。

未来の世界平和と繁栄が危機的状況にある今、世界のリーダーたちは、コペンハーゲン会議が現代の最も重要な国際協議の場であることを認識しなければならない。強固な政治協定をコペンハーゲンで締結することは実現可能であり、必要不可欠である。失敗は決して許されない。

最近では、世界の国々が相次いで温室効果ガス排出削減への意欲を見せている。もし各国が協力し、この取り組みを拡大していく方法を見つけることができれば、世界はしかるべき方向に歩み出すだろう。今やっと、効果的、効率的で公正な協定の実現に希望が見えてきたのだ。そして、このような協定に基づいて、私たちは、気候変動の最大のリスクを回避し、世界の貧困を克服することができるのだ。さらに、魅力的で安定した経済成長、持続可能で低炭素な成長が、すばらしい繁栄の新時代をもたらすだろう。

今後の数十年間は、環境に優しくエネルギー効率の良い技術に革新をもたらし、投資を行うことで、経済の低炭素化が進み、経済史において最もダイナミックな成長期となるだろう。そして、私たちが生み出す低炭素社会は、今よりも平穏で、クリーンで、安定したエネルギー供給と種の多様性が守られた世界となるだろう。
このような社会の実現のために、今、緊急に必要とされるのがリーダーシップなのだ。とりわけ先進国は、経済発展と気候変動の両方に対して責任を負わなければならず、抜本的な変化と多額の資金が必要とされている。

協定の実現に向けた気運は高まりを見せており、私たちはこれまで以上に強い熱意を分かち合っている。富裕国が自らの責任を果たせば、開発途上国も迅速に行動し、私たちは国際協調に辿り着くことができるだろう。そして、世界の国々は、これまでとは違う形で協働していくことになるだろう。

コペンハーゲン会議で、参加国が効果的かつ公正な枠組みに合意するには、3つの課題が鍵となる。第一に、地球の平均気温が、工業化以前のレベルと比較して2℃以上上昇しないように(50%くらいの確率で)確実に抑制するためには、現在、二酸化炭素換算で500億トン弱に相当する世界の年間排出レベルを、2020年までには平均440億トンにまで削減しなければならない。さらに2030年までには年間350億トンにまで大幅に削減し、2050年には200億トン以下にする必要がある。これは、別の言い方をすれば1990年レベルの50%以下ということになる。

第二に、各国の削減目標を納得のいく公正なものにするためには、EU諸国、日本および米国は、2050年までに温室効果ガス排出量を1990年レベルの80%以下にまで削減する必要がある。中国やインドを含む開発途上国もまた、経済成長と貧困撲滅の目標に見合った方法で、排出量の増大を制限し、いずれは削減していかなくてはならない。

第三に、富裕国と貧困国の相対的な格差や、富裕国が過去に大量の温室効果ガスを排出した責任、さらに早急な行動の必要性を考慮すると、富裕国は、開発途上国の気候変動対策に対して、確実で十分な援助を与えなければならない。これは、排出量削減計画を実行するためにも、また、貧困撲滅政策が、気候変動のために新たに直面する課題を克服していくためにも必要である。

先進諸国は、2015年までに年間500億ドルの資金を提供し、自らのコミットメントを示していかなければならない。さらに、効果的な低炭素および適応プログラムの計画および実施のために、2020年には1000億ドル、2020年代には2000億ドルに資金を増やす必要がある。

大切なのは、財政支援が、既存の公的開発援助の追加という形で行なわれなければならないということだ。これは非常に大きな負担にも見えるが、実際のところ、500億ドルというのは、2015年の富裕国における予測GDPの約0.1%にすぎない。そして、これは、私たちが強力な国際協定を締結し気候変動に対処しなかった場合発生するコストに比べれば、とても小さな金額だ。支出の分配において最優先すべきは、森林伐採の中止、アフリカや、気候変動の影響を受けやすいその他の国々の適応支援、そして、開発途上国における技術進歩のサポートである。

コペンハーゲン会議に求められるのは、正式な条約よりも、むしろ強い政治的コミットメントに基づいた組織的な枠組みだ。正式な条約は、枠組みさえ明確になれば2010年にも締結されるだろう。しかし、最高レベルで決められた枠組みがなければ、条約や同様の協定まで進むことは不可能である。今こそ政府首脳たちが責任を果たす時なのだ。このような協定を形にできるのは彼らだけなのだから。

私たちは、不信感、悲観主義、熱意の欠落のせいで大きな危険を招くのを避けなくてはならない。その代わりに、先進国と開発途上国の両方が真のビジョンとリーダーシップを掲げ、コペンハーゲン会議が与えてくれるチャンスを掴まなければならないのだ。私たち自身、私たちの子供たち、そして未来の世代の人々のために。

ジョージ・モンビオ氏

「真に抜本的であるということは、絶望を納得させるのではなく、希望を可能にするということである」と、レイモンド・ウィリアムズ氏は述べている。

私もこれを実践しようと努力している。しかし、今、希望はなかなか見えない。

コペンハーゲン会議において法的拘束力のある協定を締結するのは不可能だろう。枠組み合意が精一杯だろうし、これはさらに来年話し合われることになる。しかし、それさえも、米国上院のコンプライアンスに懸かっている。現在までのところ、米国上院は、効果的と思われるすべての取り決めに強硬に反対しているからだ。私が以前から言っているように、バラク・オバマ米国大統領は、いまだ米国の温室効果ガス排出量の数値目標を提示していない。上院の承認を得ない限り何も確約できないのだ。そして、上院が仮に気候変動法案を承認するとしても、春まで待たなければならないのだ。

私が米国の役割を強調するのは、気候問題に関する強い協定を締結する上で、この国が唯一の障害となっているからではなく(私たちはカナダの動きにも注目しなければならない)、むしろ、これまで米国は、他のどの国よりも、国際的な行動の実現を阻んできたからだ。1997年の京都における交渉は、アル・ゴア氏が率いる米国代表団によって完全な決裂を迎えた。

EUは、2010年までに、1990年レベルと比較して15%の排出量削減を提案していた。米国はこれを2012年までに5.2%の削減にまで譲歩させ、さらに、あらゆる免責条項(排出権取引、共同実施、クリーン開発メカニズムなど)を持ち出し、この弱腰な目標さえも無意味にしてしまった。米国は協定をすっかり骨抜きにしてしまったのだ。そして、クリントン政権はこの協定を批准せず、ブッシュ政権に至っては完全に白紙撤回した。

しかし、これはゴア氏の責任ではない。米国上院は、この時すでに、先進国と同じ条件が開発途上国に課されない限り、いかなる協定をも否認すると95対0で議決していたのだ。上院議員たちは、このような条件が貧困国にとってはとうてい受け容れ難いものであることを知っていた。それこそが狙いだったのだ。このような政治的妨害は、1997年の提携を不可能にしたが、状況は今日もほとんど変わっていない。

米国が包括的な選挙資金制度改革を行わない限り、いかなる進歩的政策も実現されることはない。米国上院は、現代の民主主義国家の中でも最も腐敗した政治機関である。現職議員の多くが、多額の企業資金調達によって議席を確保しており、その見返りとして、資金提供者に対し便宜を図るっているのだ。協定をまとめるには、まず政治家の既得権を排除しなければならない救いようのない状態にある。

たとえ法的拘束力のある協定がコペンハーゲンで締結されたとしても、京都議定書の期限が切れる2012年までにそれを批准し、実施するのは無理があるだろう。そして協定が来年以降にまで遅れるとすれば、今後のスケジュールはかなり厳しいものとなる。これまで積み上げてきた必死の外交活動にもかかわらず、世界のリーダーたちが今年中に合意できなかったものを、来年ならできると期待してもいいのだろうか。

私が気がかりなのは、気候の協議が、ドーハでの貿易交渉と同じ道を辿ることだ。この貿易交渉は2001年に始まった。それから8年が経過したが、いまだに解決の兆しは見えていない。初期に設定された期限が過ぎ、レッドカーペットが片付けられてしまった時、政府の関心は薄れ、方向性が失われてしまった。代表団は、コペンハーゲンで交渉がまとまらないという前提で、来年メキシコで行なわれる会議に協議を持ち越すことをすでに話し合っている。

これと同じことがドーハで起きたのだ。貿易交渉はメキシコ海辺の都市、カンクンで再び行なわれたが、その後どこかに消えてしまった。外交において「メキシコに持ち越す」とは、問題放棄を意味する婉曲表現なのだろうか。

そして、気候変動にはより重要な期限があるにも関わらず、またしても守られそうにない。温暖化を2℃以内に抑えるわずかなチャンスが消えようとしている。包括的な合意が遅れれば遅れるほど、より急激な排出量削減で環境の崩壊を食い止めなければならなくなる。そして、ある地点を越えてしまえば、このような急激な排出削減は政治的、経済的、技術的にも実行不可能となってしまう。そしてその「ある地点」はすぐそこまで迫っているのだ。

先送りの影響は直接的な影響をもたらす。例えば、確実な市場があると信じない限り、誰も低炭素技術に投資しなくなる。そして、化石燃料が利益を生まなくなると思わなければ、誰も化石燃料への投資をやめないだろう。新たな協定が実施される前に京都議定書が期限切れになってしまうと投資家たちが考えれば、省エネや代替技術の市場は崩壊し、何年も前の状態に逆戻りしてしまうのだ。

では、世界のリーダーたちが、危機感を取り戻す希望はあるのだろうか。もし気候崩壊の可能性が彼らを突き動かさないとすれば、他に何が原動力になるというのだろう。おそらく、すがることのできる藁が一本くらいはあるかもしれない。国際エネルギー機関(IEA)の「世界エネルギーアウトルック」によると、新しいエネルギー需要を満たし、古い設備の交換や、使い尽くされた石油埋蔵量のためには、世界は2030年までの間に25兆6000億ドルの投資をしなければならない。さらに、工業国は石油やガスの供給を維持するためにOPEC加盟国に対して多額の支払いをし続ける必要があるだろう。IEAの予測では、産油国の収入はこの頃には現在の約5倍の30兆ドルにまで膨れ上がる。もし石油供給がピークに達すれば、収入はさらに増大するだろう。

低炭素経済への移行が実現し難いならば、高炭素経済の維持も同様だ。いずれの道を選ぶにせよ、膨大な資金の投入が必要とされる。資源の確保が以前よりも難しくなり、一握りの国々に集中する今、枯渇や制限とは無縁の環境エネルギーにお金を使うべきだと、世界のリーダー達を説得するのはそれほど難しくないはずだ。

残念ながら、それが今私にできる精一杯である。

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この記事は2009年11月30日月曜日にguardian.co.ukで公表されたものです。

翻訳:森泉綾美

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著者

ジョージ・モンビオ氏は、「The Age of Consent」、「A Manifesto for a New World Order and Captive State」、「The Corporate Takeover of Britain」、および調査旅行記「Poisoned Arrows」「Amazon Watershed」「No Man’s Land」など数多くのベストセラー執筆している。

ニコラス・スターン氏は英国出身の経済学者で、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス経済学・政治学部教授、および同学のグランサム気候変動・環境研究所所長を務める。

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