気象科学は オープンソースとなりうるか

16世紀後半から17世紀初期にかけての科学革命は、オープンサイエンスの概念と実践が土台となっていた。

これは、スタンフォード経済政策研究所のポール・A・デイビッド経済学名誉教授の説である。彼は、オープンサイエンスは「自然の不思議を解明するためにそれまで主流だった秘密主義を脱し、新たな規範、動機、組織構造を形成し、新しい知識の迅速な開示に対する科学研究者の責務をより強固なものにした」と主張している。

2009年末の「クライメイトゲート事件」に絡み、現在の閉鎖的な風潮に対する批判が出たことから、フリー/オープンソース・ソフトウェアのコミュニティや、オープンコンテンツの動きと同様、気象科学も開示性の原則をしっかり守ることでより恩恵を受けることができるかどうかについて考えてみたい。フリー/オープンソース・ソフトウェアの概念は、創造的知識の生産と共有をうたい、個人は著作権の制限なく自由にリソース(コンテンツまたはソフトウェア)を作り出し、適応または編集し、二次的著作物を作成できるという考え方である。

気象科学の新たなモデルへの移行を提案することは、気候変動が現実に差し迫った危機ではないとか、現在の気象科学機構や科学者たちの整合性が信頼できないと示唆しているのではない。そうではなくむしろ、フリー/オープンソース・ソフトウェアのプロジェクトやコミュニティの機能から学ぶべきことを学べば、より効果的で、グローバル、国家的、および地域的な気候変動への対応を生み出すきっかけになるのではと訴えたいのである。また、現在の気象科学が閉鎖的であることを示唆しているわけでもない。そんな気は毛頭ない。最近のインタビューで、ジェームズ・ハンセン氏は次のように述べている。

「NASAの気温分析はイースト・アングリア大学のものと合致しています。また、NASAのデータも、その分析を行うコンピュータプログラムも全て一般の利用が可能です。こう考えてみてください。もし誰かが地球温暖化曲線は間違いだと証明できれば、その人は有名になりノーベル賞を受賞するかもしれません。全ての観測データが閲覧可能なのですから」

我々の疑問は、気象科学を今よりはるかにオープンにすることは可能か、そしてそれにより、より多くの恩恵は得られるかの2点である。その一方で、どのようなアプローチを新たに採用するにせよ、多くの人々に政治的にきわめて難しいとみなされる可能性があることも十分承知している。新たなアプローチをとるには、まず、国連が共催する「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」を介している気象科学の現状を徹底的に点検する必要があるからである。

しかしながら、私たちが提案するのは順を追った漸進的変化である。それも同様に難しいものではあるが。目標は、気象科学を今よりはるかにオープンなものにする可能性を探ることだ。例えば、まず気象科学や研究者は、研究に対するオープンライセンスを採用してみてはどうだろう。その次に協力体制を見直し、新たな能力主義の形を模索するのである。次に気象科学者は、専門分野の知識を(オープンなピアレビュー〈同分野の専門家による査読〉プロセスを通して)生み出し、共有する方法を探るべきである。

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2007年、スラヤマン・K・ソウエとその同僚たちが著した『Emerging Free and Open Source Software Practices(新興のフリー/オープンソース・ソフトウェアの実践)』にはフリー/オープンソースの原則と手法が50年以上前にどのように整えられたのかを解説している。

これに関連してだが、科学界において開示性は何も異質な概念などではない。むしろこの概念は科学の正しいあり方として理解されるべきだろう。このことは、おそらくCERN(ヨーロッパ合同原子核研究機関)のような組織が好例である。CERNはフリー/オープンソース・ソフトウェアを使用し、データや実験を誰でも利用できるようにした。2010年7月、CERNはクリエイティブ・コモンズのライセンスの下、大型ハドロン衝突型加速器実験の最初の結果を公開すると発表した。

その際、CERNのオープンアクセスの責任者、サルバトーレ・メーレ氏は「CERNはクリエイティブ・コモンズを支持する。これによって科学界のコミュニケーションが加速され、研究者が研究内容を共有する方法が簡素化されると信じている」と述べた。

こうした動きをみても、2005年に研究、データ、資料を探し出し、使用しやすくするためにサイエンス・コモンズが設立されたのは必然だったことが分かる。サイエンス・コモンズの提携先にざっと目を通してみると、その大部分はバイオテクノロジーと生命科学の分野が占めていることがわかる。しかしながら、そこに気象学者は見当たらない。

ご存知かもしれないが、クリエイティブ・コモンズは2001年に「著作物をある種の使用、条件の下に利用することを認めるか、パブリックドメインにする」という目標の下に設立された。クリエイティブ・コモンズは制約の多い著作権の垣根を越えようとする試みである。これもお気づきかもしれないが、このOur World 2.0の記事やビデオ(ガーディアン紙など第三者によって作成されたもの以外)は、ウェブ上での共有を簡素化する目的で、クリエイティブ・コモンズのライセンスを採用している。

CERNといえば、イギリスのコンピュータ科学者、ティム・バーナーズ・リー氏がワールドワイドウェブを考案した場である。評論家、ドン・タプスコット氏とアンソニー・D・ウィリアムズ氏は、著作『ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ』の中でウェブは「サイエンス2.0」の登場を支援するものだと述べている。「サイエンス2.0」とは、例えばヒトゲノム配列を知るため国際的努力がされたときのような、オンライン上での科学的マスコラボレーションである。「ウェブをマスコラボレーション空間に変えた技術的パワーに触発され、新しい科学のパラダイムが今にも点火されつつある」と彼らは説く。

彼らはこう続ける。「……ウェブは科学における出版、データ管理、組織間の協力体制を完全に刷新しつつある。組織の壁は崩壊し、オープンな科学ネットワークがとって代わるであろう。世界中の科学データと研究が、無料で、偏見や負担なくすべての研究者に等しく利用可能となるのだ」

しかし、まだそこには到達してはいない。この変化が起こるためには、より多くの科学者が他の分野でいかに開示性がうまく機能しているかを知るべきだ。最たる例はオープンソースソフトウェアのコミュニティまたはオープンコンテンツコミュニティである。

オープンソースソフトウェア方法論

ダネーゼ・クーパー氏は2004年に非常に興味深いプレゼンテーションを行っている。オープンソース開発方法論の本質を伝えるものだ。クーパー氏によると、それぞれのオープンソースプロジェクトは、合意によって統治され、評判の指導力に基づき、大々的な(希望者は誰でも参加できる)公のピアレビューが行われ、テクノロジーに焦点を置いたもので、その透明性のあるプロセスが特徴であるという。そのため、ある程度は伝統的なビジネス慣習を崩壊させるものになることは避けられないそうだ。

ただし、クーパー氏によると、この方法論には原則的な部分での難題もあるという。なぜなら、この方法は統制がきかず、予測も立てられないという点で既存の経営法にはそぐわないからだ。科学者は統制がきかないことに難色を示すかもしれない。また、多くの気象学者のコミュニケーション能力が低いことも何度も取沙汰されている。

クーパー氏は、オープンソースプロジェクトは「無政府状態」になるわけではないと力説する。コードをコミットできるのは評価の高い人々に限られるからである。さらに、大々的なピアレビューは効果的な品質管理として機能し、さらに高度な過程は、関わる人々の期待度合いの指針となるロードマップによってさらに強化されている。フリー/オープンソース・ソフトウェア(FOSS)方法論は下の図に分かりやすく説明されている。

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コード/コンテンツへのフリーアクセスとFOSS開発プロセスの開放性は適切な技術を持った人なら誰でもプロジェクトにアクセスし、作成に参加できることを意味する。そうやって手を加えたり、二次的著作物となった作品をレポジトリ(データ保管システム)に提出すれば、再び次のコミュニティメンバーが批評し改良を加えてくれる。このような「知識のバトンリレー」は作成中の作品の漸進的な技術革新や改良につながっていく。

知識の特許体制に対し、FOSS知識と作品はコミュニティをベースにした共同生産物である。人々は脱退しようが、別の方向に進もうが、「新しい」バージョンの作成を続けようが自由である。アクセス権のある人は誰でもプロジェクトのレポジトリからコードを取得、または調べることができ、ソフトウェア開発プロセスに参加できる。ソースコードにアクセスするだけで、プロジェクトの活動には参加しなくてもかまわない(Exit 1)。コードを改良したり、バグを修正したり、機能を追加するなどして開発プロセスを続けてもよい。

プロジェクトの開発や管理方法に不満がある参加者はサイクルを離れ、モディファイド・コードだけを使って独自の「ミュータント(変異)」版を作成しても構わない(Exit 2)。アクティブメンバーはプロジェクトの知識レポジトリの作業にコミットすることによってプロジェクト参加を続けることが可能だ。しばらく作業に参加した後、辞めてしまうメンバーもいる。開発プロセスは永続的だ。コミュニティの次世代メンバーが引き継いで「新しい」知識の生産物を創造していくのである。

興味深いことに、クーパー氏はこの流れを気象科学に当てはめられる部分があると指摘する。インターネット内では安全性がないとして規制が過剰評価されているが、受身でデータを保護しようとすることはセキュリティ対策としては非常に難しく、積極的にデータを開示する方がよい。イーストアングリア大学の気象研究ユニットは、例のメール流出や漏えいが発見されたとき、この事実を実感したに違いない。

IPCCはオープンソースになりうるか?

IPCCは意外にも、控えめな予算のごく小さな組織で、事務局には10人の従業員しかいない。彼らは自らを次のように定義している

「IPCCは巨大な組織でありながら、実はごく小さな組織である。世界中の何千人もの科学者たちがIPCCでの作業にボランティアベースで、執筆、執筆協力、査読に貢献しているが、IPCCは彼らに対し一切報酬を支払っていない」

IPCCのボランティア性はブログラマーたちがオープンソース・ソフトウェアプロジェクトに自らすすんで時間を費やす様子とある程度は似ている。

ただし重要な違いも忘れてはならない。IPCCの執筆、執筆協力、査読を行う人々や専門家は「政府や参加団体から推薦を受けた人々のリストから、作業部会の議長団」が選出した人々である。これは参加の可否が選別される閉鎖的な過程である。例えば第5次評価報告書は2014年9月に発行される予定だが、3000人の候補者の中から831人が選ばれている。

IPCCへの参加をオープンにすることは可能だろうか?批判が相次いでいる今、すぐにIPCCの全過程を開放するのは無謀だろう。だが段階を追って開放していくだけの余地はあるだろう。ある組織が厳しい監視と攻撃にさらされているときに、改革を行うことは難しい。よって今日の環境では、気象科学へのアプローチに関する大々的な改革、実験、創造性の余地はあまりないといえる。

IPCCプロセスと手順に関するインターアカデミーカウンシル(IAC)の2010年10月のレビューにはこのジレンマがつづられており、IPCCを開放することについての言及はほとんどない。ピアレビュープロセスについては次のように書かれている。

「査読過程をオープンにすれば、監視の目が強化され、視野の幅も広がって評価報告書を改善できる可能性もあるが、同時にそれは査読のコメント数が激増することも意味する。第4次評価報告書には9万件の査読コメントが集まり(1章ごとに平均数千件)、主執筆者が熟考した上で返答する能力を超えそうになった。より的を絞ったコメントにのみ返答することで、確実に最重要な論点のみが取り上げられ、また、現在すべてのコメントに返信することになっている執筆者の重荷を減らすこともできる。」

オープンソース・ソフトウェアコミュニティなら、このような状況にあった場合どのように対応するだろうか。コードに9万点の間違いや論点があったような場合である。最終的な決定はどのように行うのか、意見の相違にはどう対処するのか、データや分析の責任は誰が持つのか、誰が最終責任者なのか、など、まだ多くの課題がある。だが、例えばウィキペディアは、完璧とはとても言いがたいとはいえ、このような課題にどう対処するかを教えてくれる1つのモデルだと考えることができよう。

IPCCが前進するための1つの手段として考えられるのは、特定のトピックに関して実験的な作業部会を新たに設立することだ。そこでオープンソース方法論に基づいた真のオープンサイエンスアプローチを採用してみるのだ。第5次評価報告書の作業を行っている既存の作業部会と平行して行うとよい。この実験から学ぶところは多々あるだろうし、またその教訓を第6次評価報告書作成の際に活かすことができるだろう。

あなたの見解は?IPCCにとってオープンソース方法論はどのように映るだろうか。気象科学は、新しいオープンソースに基づいた科学的革命の最先端に立つことはできるだろうか。

翻訳:石原明子

Creative Commons License
Could Climate Science Become Open Source? by Sulayman K. Sowe is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

スラヤマン・K・ソウエ博士は、ギリシャのアリストテレス大学でコンピュータ科学の博士号(2007年)、中国の四川大学にてコンピュータ科学の修士号と高度専門士(1997年)、英国ブリストル大学で科学教育の学士号(1991年)をそれぞれ取得した。現在、横浜の国連大学高等研究所(UNU-IAS)にて、日本学術振興会(JSPS)とUNU-IASの支援のもと、ポストドクトラルフェローとして研究を行っている。また東京の政策研究大学院大学(GRIPS)の客員スカラーでもある。専門分野はフリー/オープンソース・ソフトウェア開発、知識管理と共有、情報システム評価、人間とコンピュータの相互作用、社会的協業的ネットワーク、ソフトウェア工学教育、デジタル・デバイド、持続可能な開発の情報通信技術(ICT)である。

ブレンダン・バレットは1984年からイギリス原子力発電所の環境アセスメントに従事して以来、環境分野に従事してきました。環境スペシャリスト、都市設計者でもあり、コミュニケーションや教育をはじめ環境問題の研究のため、ITを駆使しています。

博士課程を終了後、1997年から国連大学に加わり、2002年に国連大学メディアスタジオを立ち上げました。

IUCN(国際自然保護連合)教育・コミュニケーション委員会のメンバーでもあり、オーストラリア環境研究ジャーナルやサービス・リサーチ・ジャーナルの国際編集顧問委員会のメンバーとして活躍。2002年から2005年には情報社会サミットで、国連大学の中心的役割を果たしました。

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  • Midori Takeda

    ウィキペディアを始めとするオープンソースソフトウェアは、多くの人が情報にアクセスすることができる。さらに、異なる視点をもつ人々の意見を取り入れ改編を重ねることで、情報の質を高められる可能性がある。しかし、一方で、オープンソース化に伴い激増するコメントに逐一返信するとなると、執筆者の負担は著しく大きくなる。また、情報に著作権がないため、時間と労力を費やすインセンティブが失われかねない。
    筆者は、このようなオープンソース方法論のメリットとデメリットを踏まえ、IPCCの全過程を開放するのは困難としながらも、気象科学の漸進的なオープンソース化に期待を寄せている。
    科学的情報を受け取る側にとっても、同分野の科学者により十分に議論された質の高い情報の方が信頼できるため、気象科学のオープン化は好ましいと考える。私達は専門的情報が信頼できるかどうかを判断する術がない一方で、気候変動問題に対する危機感を抱くのも、その危機感を行動に移すのも、結局のところ、科学的情報に頼らざるを得ない。つまり、気候変動問題における的確な意思決定は、根拠となる科学的情報があらゆる科学者からお墨付きを得た信頼できるものであるという前提の上に成り立っている。記事にあるように、政府や参加団体が提出したリストの中から作業部会がIPCCの執筆や査読を行う専門家を選出するという閉鎖的な過程では、各国政府や参加団体が自身の意に随順する者を選出することもあり、IPCC報告書の専門的記述は少なからず政治的影響を受ける。科学的真実が政治的操作に翻弄されてしまっては、私達は何を信じたらよいか分からない。したがって、IPCCの発する情報は包括性・客観性の高いものでなければならず、そのための透明な研究・査読過程が必要であると考える。予測困難な自然を相手にするだけにデータの信憑性が度々問われる気象科学の分野だからこそ、閉鎖的な研究過程を解放することで透明性を追求し、専門分野の知識を共有する方法を探るべきである。