深海の山脈に見る豊かな生物多様性

ここ半世紀で、海洋生物学は飛躍的な進歩を遂げてきた。海洋の生命過程の機能や気候条件との関連というような基本的なことから研究が始まり、ついで、食料生産や環境保全の問題、汚染や気候変動などの影響といった問題の解決法を模索するようになった。

しかし、研究の大部分は沿岸や沖合の海に集中してきた。深海を含めた外洋に関する研究は非常に限られたものであったが、それにも関わらず、深海は核廃棄物の投棄や鉱物資源の開発などといった人間の活動の影響をかつてないほど受けやすくなったと思われる。

だが科学者たちの話によると、これまで生態系に最大の影響を及ぼしてきた原因は、漁業の範囲が深海の底にまで拡大されたことにあるという。生息地が荒らされたり、混獲(漁業対象外の魚などが一緒に漁獲されること)が行われたりすることによって、その影響は漁の対象となる魚のみならず、他の種にまで及んでいる。

危機にさらされるオアシス?

紺碧の海の底には山々がそびえ立っている。しかし海面からは分からないので、外洋について基本的なことしか知らない人がこの事実を知れば驚くことだろう。このような山は海山(かいざん)と呼ばれる。世界の海には、「構造的なオアシス」という魅力的な名を持つものがあまた存在するが、海山はその主要な一種である。

このような急峻な地質的特徴を持つ場所は、生物の多様性と繁殖のホットスポットとして知られている。そのため、海洋食物網の中で大きな役割を果たしており、商業用の魚として人気のあるマグロのような回遊魚や、クジラ類、海鳥、サメ、ひれ足動物(カワウソのようにひれのある足を持つ哺乳動物)が引き寄せられてくる。また海山には、数多くの甲殻類や、オレンジラフィーやキンメダイのような深海魚が生息しているが、これらは業者にとって大きな魅力となっている。

The Global Census of Marine Life on Seamounts(海山に棲息する海洋生物のグローバル・センサス)(IUCN)の推定によると、世界にはおそらく1,000メートル以上の海山が10万以上あり、1,000メートル以下の海山は10万数千以上あるという。しかし、そのうち研究が行われたものはほとんどない。

これは、漁業界による研究を除いた場合の話である。しかし、漁業界は情報の共有にあまり熱心ではない。魚介類への世界的需要が高まり続ける一方で、沿岸部や大陸棚に住む獲りやすい魚はほぼ獲り尽くされてしまったので、漁業界では外洋で高効率の漁を行う技術を開発してきた(国連食糧農業機関によると、3分の2近くが乱獲されるか獲り尽くされてしまっているという)。そして、大部分の業者は、海山の与えてくれる豊かな恵みを利用し続けることを熱望している。

しかし、現在は限られた数しか存在していない海山関連の動物相の研究では、多くの種は成長・繁殖に時間がかかり、そのため、底曳き網漁や乱獲に対してひじょうに脆弱だということが示されている。

インド洋での調査

国際自然保護連合(IUCN)が昨年、多くの機関 と共にSeamount Project(海山プロジェクト)を開始したのは、まさにこの問題のためである。このプロジェクトの目的は、どの国の管轄にも入らないインド南部の生物学的に重要な海域において、漁業管理に対して、(1つの漁業に焦点を当てた方法とは逆に)生態系的視点からのアプローチを確立することだ。

この海域の重要性にもかかわらず、現在有効な唯一の協定が適用されているのは、マグロや同類の種の保護・管理に対してのみである。外洋の海底での漁業に関しては、多国間で同意された保護基準は存在しない。協定によると、海底での漁業行為は不法とはならないが、これらの行為は規制も報告もされていない。2003年、Southern Indian Ocean Deepwater Fishers Association (SIODFA)(南インド洋深海漁業協会)に加入している深海漁業の業者たちが、協会への漁獲量の報告を始めた。しかし、彼らの情報は一般には公開されていない。

とくに海山に関しては、この海域は「世界の海山の生態系と生物多様性に関する現在の知識の中でもっとも欠落したところ」のままである。唯一存在する大規模な保全構想は、2006年にSIODFAによって立てられたもので、11の任意のBenthic Protected Area(海底が保護された海域)から成る。

IUCNは、SIODFAの取り組みを前進への重要な一歩と見なしているが、一方で、海山プロジェクトが目指すのは、科学者たちが生物多様性や漁業保全に対するBPA(海底が保護された海域)の有効性を評価するための、正確かつ独立した基準データを提供すること、そして、透明性のある意思決定と公に入手可能な情報に基づいた、効率的な管理・実施を開始することである。

明らかになる謎

海山プロジェクトの第一の目標(外洋の生物多様性および海山周辺の漁業を監視、評価、分析するのための科学的知識の増大とそれらを行う能力の向上)の達成に尽力するため、2009年11月、様々な科学者たちから成るチームが、6週間の調査航海に乗り出した。インド洋南西の海嶺にある6つの海山の調査が目的である。

この調査では、海洋生物のサンプルが集められただけでなく、(海山周辺の海流に関する知識を増やすために)海洋学的データと音声データが採取され、海鳥や哺乳動物の観察が行われた。調査チームが公開したブログでは、作業の様々な様子が語られ、応答機を取りつけたクジラの骨をいくつも海底に沈めてきたことなど、興味深い話の数々を知ることもできる。調査チームのメンバーの一人が、クジラの骨を残してきた理由を次のように説明している。

「忘れないように言っておくと、これをした目的は、[2011年に予定される第2回調査旅行のときに]クジラの骨に棲みついているはずの生物群集を調査することなんです。特に、snot flower worm(スノットワラワーワーム)と名付けられたワームですね。インド洋ではこのワームに関しては何も知られていませんから」

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“2011年に再びこの海域に戻ってきたときに調査する予定のsnot flower worm(スノットフラワーワーム)が棲みつくように、調査チームは一袋分のクジラの骨と木片を海底に残してきた。”

Photo © Adrian Glover.

調査から1年たった先月、7カ国からやって来た科学者と学生21人が、South African Institute for Aquatic Biodiversity(南アフリカ水生生物多様性研究所)に集まり、先の調査航海で集められた7,000の標本を同定した。

「熱意あふれる参加者たちは、研究所の機器の使い方になじんだあと、それぞれの顕微鏡の後ろに貼りつき、威圧するようにずらりと並ぶ、魚やイカ、動物プランクトンなどの興味深い生き物たちがつまった入れ物を片っ端から片づけ始めました」 海山プロジェクトのブログには、このように書かれている。「標本の多くはみな似通っているので、科学者たちはこれらを区別するために、筋肉の位置や消化器官の長さといったような精密な形態学的特徴を照らし合わせなければならないのです」

慎重に行われた彼らの仕事は、しっかりと報いられた。ウラジーミル・ラプティコフスキ博士が、ユウレイイカ科に属する新種のイカを発見したのだ。

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「ユウレイイカ科のイカは、通常、長くてほっそりとしており、見事な生物発光を行う能力があります。中には、腕のわきにクラブのような発光器を持っているものもいますが、これは獲物をおびき寄せるための疑似餌として機能すると考えられています(チョウチンアンコウに類似)」

今回のワークショップで同定されたサンプルには70種以上のイカが含まれるが、チームの話によると、これは世界のイカの種の20%以上を占めるという。

“ユウレイイカ属の新種を見せるウラジーミル・ラプティコフスキ博士。先日行われたワークショップで、調査チームは先の調査航海で採集された70種のイカを目録に記録した。”

Photo ©IUCN/Rainer von Brandis.

連携と生存

海山プロジェクトの第2回目の、そして最後の調査航海は、2011年に実施される。次の調査では、昨年のように海中に漂う生物ではなく、海山の山肌に生息する生物群集を調査する予定だ。

科学者たちが知りたいと望んでいることは、なぜ商業的に重要な資源が、このプロジェクトの対象海域で(そして他の場所で)見つかるのか、また、海山は鳥やクジラを含む他の海洋生物にとってどれほど重要なのか、ということだ。

「私たちの仕事の本当の目的は、インド洋南部の海山の生態系を観察し、測定し、計測し、最終的には理解して、この海域の管理と保全のために、確かな科学的基盤を提供することです」 先日開催されたワークショップのまとめ役を務めたカースティー・ケンプ氏はいう。

「理想的なのは、これによって、政策立案者と利害関係者(漁業、鉱物開発関係者)のあいだに、開発を行うことができないMarine Protected Areas(保護海域)をつくるための支持と同意が生じることです。保護海域として正しい海域を確実にはっきりと示すためには、現在棲息している個体群がどこで産卵するのか、その回遊パターン、繁殖のタイミング、現存する個体群同士の(遺伝的な、あるいはそれ以外の形での)連携、個体群同士が生存のためにお互いどのように依存し合っているのか、ということを理解する必要があるのです」

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海山プロジェクトは、以下の機関から提供された資金と専門技術によって支えられています。 :国連開発計画、地球環境ファシリティ―、ロンドン動物協会、EAF-Nansen project(EAF-ナンセンプロジェクト)、 Institute of Marine Research(海洋調査研究所)、 Agulhas and Somali Current Large Marine Ecosystems Project(アガラス・ソマリ海流海洋生態系プロジェクト); the Marine Ecology Laboratory(海洋生態学研究所)、 University of Reunion(リユニオン大学), the African Coelacanth Ecosystem Programme(アフリカシーラカンス生態系プログラム)、Total Foundation and Censeam(トータル・ファウンデーション・アンド・センシーム)

翻訳:山根麻子

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深海の山脈に見る豊かな生物多様性 by キャロル・スミス is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

キャロル・スミスは環境保護に強い関心を寄せるジャーナリストで、グローバル規模の問題に公平かつ持続可能なソリューションを探るうえでより多くの人たちに参加してもらうには、入手しやすい方法で前向きに情報を示すことがカギになると考えている。カナダ、モントリオール出身のキャロルは東京在住中の2008年に国連大学メディアセンターの一員となり、現在はカナダのバンクーバーから引き続き同センターの業務に協力している。

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  • Yo Hazuma

    海洋の生物多様性の豊かさを供与しているのが「構造的なオアシス」の一つである海山である。しかし海山は世界に10以上存在するというが、これまで研究されたものはほとんどない。いまだ十分に解明されていない海山関連の動物相の研究では、漁業の拡大に伴って、底引き網や乱獲などが行われれば海山に生息する多くの種が悪影響を受けることが明らかになっている。
    私はこの記事を読んで外洋の深海に海山と呼ばれる山脈が存在し、海洋の生物多様性に大きく寄与していることを初めて知った。また、2009年にインド洋で始まった海山プロジェクトによって明かされた海洋の生物多様性と、漁業が海洋生物に与える影響を知ることは、今後の日本の漁業にとっても重要なことであると感じる。
    近年の漁業では、漁獲量を保つために底引き網や網の目を細かくして多くの魚を獲るなど、以前と比較して海洋生物に与える悪影響が大きい手法を使っている。海山のホットスポットに生息しているマグロに関して言えば、日本は世界最大の消費国であり、供給のほとんどがインド洋などからの輸入マグロに依存している。しかし、近年では乱獲などの影響により、日本近海以外の地域でもマグロの数が減少していることが明らかになっている。マグロの漁獲枠に制限を設ける国際的な取り決めが合意したものの、規制を守らない乱獲により、マグロは依然として絶滅の危機に瀕している。さらにマグロの漁獲量は、価格の高騰を招き、日本人の食生活に影響が及ぶことが予想される。(社団法人 責任あるまぐろ漁業推進機構(OPRT):http://www.oprt.or.jp/top.html)海山の恩恵を受ける者として、漁業が海洋の生物多様性に脅威を与えているという実態を知らないことは問題である。
    漁業界(実務)は外洋への漁業を拡大しており、海山について相当の知見が蓄積されていると思われるが、情報公開に積極的ではない。海洋における生物多様性を保全し、私たちの生活への影響を最小限に抑えるためには、海山プロジェクトによる海洋研究が促進され、研究成果が公開されることのみならず、漁業界からも積極的な情報公開が行われることが必要であると考える。