真の繁栄への道

Enough is Enough: Building a Sustainable Economy in a World of Finite Resources(もうたくさん〈イナフ〉だ:限りある資源の世界で持続可能な経済を築く)』(アメリカではBerrett-Koehler社、イギリスではラウトレッジ社が出版)の著者ロブ・ディーツ氏とダン・オニール氏 の許可を得て第一章からの抜粋を掲載します。

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チェッカーのゲームが、この世界での複雑に絡み合う環境や社会問題を解くためのヒントなどを与えくれるはずがない。少なくとも私はそう思っていた。ある時のゲームで私の対戦相手は無謀にも駒を次々と危険な場所へ動かした。私が最初の駒を飛び越え、その駒を取った時 、ひょっとして敵のわなにかかったのではないかという思いがよぎった。だがそれも一瞬のことだった。結局のところ対戦相手というのはたったの5歳だったのだから。

対戦相手とは私の娘だった。私は幼稚園から帰宅したばかりの娘に、限りある技の中から戦略のアドバイスをしていた。娘の動きは少しはましになったものの、しばらくすると私たちはどちらもこのゲームに飽きてしまった。それにチェッカーではもっと楽しい遊びだってできるのだ。例えば、駒を積み上げできるだけ高いタワーを作るとか。

最初は2人とも勢いよく好きなように駒を積み上げていった。時には2、3個の駒をいっぺんに置いたりした。だがタワーが高くなるにつれてやり方を変えねばならなかった。そっと、しかも正確な手の動きで外科手術チームのごとく、私と娘は交代で1つずつ駒を積み上げていった。この時点で、それまでは直立していたタワーは心もとなく傾き始めた。そしてさらに高さを増そうとしたその時、ついに不可避の転換点が訪れ、壮大な駒のタワーはがらがらと崩れ落ちてしまった。実況中継するレポーターよろしく娘はこう言った。「大きくなりすぎたものは、壊れてしまうことがあるのね」と。

チェッカーの駒が散らかる床を眺めながら、私はソファにもたれて笑った。シンプルな観察とほんの8つの単語で、娘は人類に差し迫った環境や社会問題の根本的要因を言い当てたのである。これらの問題は、ごく一部を挙げてみるだけでも随分重苦しい。

人々はこのような問題を解決しようと必死である。だが私たちのほとんどが根底の問題を見逃している。つまり我々の経済は大きくなり過ぎたのだ。経済のタワーはそれ自身の重みで倒れかけている。その上、チェッカーボードそのものも競技者の健全さも脅かされている。経済は、それを内包する社会的、生態的システムにとって巨大になり過ぎたのだ。

これは経済成長に対する強烈な批判であるが、しかしその批判は環境や社会システムの科学的研究によって裏付けられている。より大きな経済の追求はこの惑星の生命維持機能を弱体化させ、生活の向上に役立っていない。なんとも由々しき事態である。しかもこの事態をさらに深刻にしているのは、適切な対応策がないことだ。教室や役員会や報道室から出てくる計画は、駒を積み上げるための策ばかりだ。

「モア(より多く)」のモデルは環境的にも社会的にも崩壊しつつある。にもかかわらず誰もがそれを支援しているのだ……一番高い建物の屋上から叫び出したくなる。「もうたくさん(イナフ)だ!」

この叫びは私たちが直面する一見手に負えない環境問題や社会問題に対する強烈な欲求不満の表現なのだが、と同時にこれらの問題への基本的な解決策も示している。「経済の生産と消費において、それが十分(イナフ)になった時にさらに追い続けるのではなく停止すれば、環境的健全さを復活させることができ、幸福も広まる。それは希望に満ちた内容だが、それによってあらゆる疑問も湧いてくる。この経済はどんなものになるのか。どんな新しい制度を必要とするのか。どのように雇用を確保するのか。この本はそれらやその他関連した疑問に答え、「モアの経済」からシフトするための詳細な政策や戦略を挙げつつ「イナフの経済」の青写真を提供しようとするものである。

あなたもおそらく環境や経済について私たちと同じような懸念を抱いていることだろう。私たちは悲観主義者ではない。だが私たちに突きつけられた憂慮すべき事実を思えば、将来を不安に思わずにはいられない。しかしそのような不安の中にも希望はある。成長に対する執着を捨てれば、よりよい経済構築に力を注ぐことができるのだ。定常経済会議でティム・ジャクソン氏(『成長なき繁栄』という名著の著者)はまさに私たちが必要としていた次のような呼びかけを行った。

「今、我々は制度が間違っている時代にいる。経済はその目的にそぐわなくなっている。この経済システムの成果は屈折している。だがこれは絶望の賛歌ではない。希望をあきらめるべき時ではないのだ。これは不可能性定理 でもない。不可能は、現在我々が持つ原則が機能していると信じていれば現実になる。しかしその仮定を手放してしまえば、あらゆることは可能となる。

この本は私たちに役立つ新しい原則を提供しようと試みている。世界のあらゆる正しくない物事を正すための正確な指示を出すなどと誤解を招くつもりはない。経済と、それを包む生態系というのは極めて複雑だ。だが私たちは、人類がよりより未来へ向かうための経済プランは持っている。そこでは経済成長ではなく、持続可能で公平な人類の幸福が経済の目的である。この計画をうまく導入するには3つの要件がある。

1 — 私たちの地球が有限であるということの認識。人類(そしてその他全ての種)は限りある資源から命と快適さを得ている。この事実を認識すれば、自然と私たちの関わり方を変える必要性、特に経済制度内での変革の必要性が分かる。

2 — 定常型経済を達成するための実用的な方針。よく練られた定常型政策は、私たちが現在使っている、もはや古臭い成長志向の政策に勝っており、とって変わるだろう。だがこれらの新しい政策を心から受け入れるには、それに対する強力な必要性を感じなければならない。

3 — 行動する意志。必要な経済の変革は自然に実現することはない。私たちは破壊的で不公正な経済を生み出した現在の制度と政策を解体しなければならない。同時に必要な変革を開始し、育成しなければならない。

この本は、以上3つの要件を中心に構成されている。もしあなたが既に1つ目の要件を満たしているなら、次の2つの章にある考え方は馴染みのあるものかもしれない。そうであっても、「十分(イナフ)」という結論に飛びつく前に、「過剰」の問題について熟考してみる価値はある。だがこの本の目的は(そして、それがこの本が別の本とは一線を画す点なのだが)、繁栄しながらもいかに非成長経済を築くかということを説明している点である。これは問題に焦点を絞るばかりで解決策は最後の数ページに押し込めてあるような本ではない。

とは言ったものの、パート1の「Questions of Enough(イナフの疑問)」では「どのように」より「なぜ」についてを取り上げている。ここでは継続的な経済成長の追求を糾弾する科学的証拠をまとめている。またパート1は何をもって望ましい人口と消費のレベルとするのかを検討し、そこから定常型経済の特徴を述べ、定義しながら「どのように」の方向へシフトする。

パート2の「Strategies of Enough(イナフの戦略)」では解決策を提示している。パート1で述べられた永続的な成長のわなからの脱出ルートである。ここでは定常経済の下では私たちが「どのようにして」以下を達成できるかを説明している。

これらをまとめると、パート2で述べられた政策は経済の目的を「モア」から「イナフ」に移行するための課題を示している。だがこれらの政策も、イナフの経済を達成するための大々的な支援と協調した行動が伴わなければ、棚のお飾りとなってしまうだろう。

パート3の「Advancing the Economy of Enough(イナフの経済を推進するために)」では行動を呼びかける。この部分では消費主義文化を越え、成長の縮小と定常型経済の上昇について公の対話を始め、国家間の協力を拡大するための提案を述べている。これら全ての議論は、定常型経済を構築するのに必要な要素とステップをまとめる経済的青写真の提示へとつながる。

この青写真は、今私たちが必要としている希望を与えてくれる。私たちの時代の深遠な環境問題と社会問題に対応する実現可能な方法を提供する。絶えず聞こえてくる「我々はこうすべきでない」という話は聞き飽きたし非生産的だ。今は何をすべきかを考える時なのだ。私たちはより良い経済を築くことができる。

私たちは、自分たちのニーズを満たしながら地球を大切にすることができる。時にはチェッカーをする余裕のあるバランスの取れた生活を送ることは可能だ。これが私たちのチェッカーボードであり、古いルールでプレーする必要はない。さあ始めよう。もうたくさん(イナフ)だ。

翻訳:石原明子

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著者

ダン・オニール氏はリーズ大学のエコロジー経済学講師、Center for the Advancement of the Steady State Economy(定常型経済振興センター)のチーフエコノミストを務める。非成長経済を成功させるために必要な変革や、GDP以外の進歩の測定方法について研究している。地域計画、エネルギー管理などの分野で公共部門と民間部門の両方で働いてきた経験がある。リーズ大学にてエコロジー経済学の博士号を、ダルハウジー大学にて環境学の修士号を取得した。

ロブ・ディーツ氏は人と地球を救う、より良い経済の構築を目指す作家、研究者、活動家である。エコロジー経済学の第一人者ハーマン・デイリー氏にちなんで名づけられた人気のオンライン出版Daly Newsの編集者を務める。またCenter for the Advancement of the Steady State Economy(定常型経済振興センター )の初代事務局長でもある。この組織は当初、資金のない新規事業組織だったが今では国際的な尊敬を集める新しい経済思考のリーダー的存在へと成長した。ディーツ氏は経済学と環境科学双方の教育と経験から導き出した考えについて定期的に記事を書き、公のプレゼンテーションも行っている。既婚。娘が1人。オレゴン州コーバリス在住。

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