環境移民:数の問題ではない

エジプトやその他の中東諸国と並びシリアでの政変は、国際社会を巻き込み、グローバル・ガバナンスの重大な試金石としての役割を果たした。国際連合人権高等弁務官によれば、シリアの政治的困難はトルコとの国境へ続々と避難する難民問題を引き起こし、宗派の対立をさらに激化させ、地域での人権問題を悪化させる原因になったという。

シリア政府の集中的なメディア規制にもかかわらず、シリアにおける地域的安全保障や人道的問題に関して新たな情報が伝えられている。しかし、あまり伝えられていないのは、2006年以来シリアを悩まし続けている壊滅的な干ばつについてだ。一説には、この干ばつによって農村部から150万人以上の人々が食料や経済的安定を求めて都市に押し寄せた。

さらに問題を悪化させているのは、食料と燃料に対する補助金削減につながった同国のいわゆる市場改革である。シリアの政情やバシャール・アル・アサド大統領の今後の動向は相変わらず不確実ではあるが、長期にわたる大きな政情不安の原因は、干ばつと資源不足が引き起こす移住に関連した、収束の兆しが見えない問題にあると考えられる。

ジャスミン革命以前の小麦

チュニジアとエジプトで今年初めに起こったジャスミン革命のずっと前から、近隣の国シリア(小麦や大麦の生産地)は家畜や作物の深刻な損失に悩まされていた。黄麻布やプラスチック製のボロボロのテントに妻と12人の子供たちとともに住んでいたシリアの農民、アハメド・アブドル氏は、現在の政治的混乱が始まる1年以上も前、アメリカ人ジャーナリストに次のように語った。「私はかつて400エーカーの小麦畑を所有していましたが、今では砂漠になってしまいました。私たちは土地を離れざるを得なかったんです。今の私たちはゼロ以下からの出発です。お金も仕事も希望もありません」

アハメド・アブドル氏と彼の家族のような人々は、残念ながら他にもいる。国際連合の食料への権利に関する特別報告官であるオリヴィエ・デシューター氏は今年、ある報告書において次のような見解を示した。

「こうした度重なる干ばつに起因する損失は、同国の北東部、特にラッカ県、デイル・ゾール県、ハサカ県に住む人々に顕著な影響を及ぼしている。総計130万人の人々が被害に遭っており……、そのうち80万人に深刻な被害が及んでいる。被害者のほとんどは小規模農業の従事者であり、2010年、黄砂が軟質小麦の生産に被害をもたらした結果、彼らの多くを取り巻く環境はさらに悪化した。また、小規模の牧畜業者たちの多くは2005年以降、家畜の80~85%を失った」

“一部地域の雨量は今世紀中旬までに最高で50%減ると予測されている。その結果、多くの地元住民の暮らしが低迷し、慢性的な飢餓のリスクが劇的に高くなるだろう。”

シリアの現状は多くの点で、国際社会が将来直面する問題の縮図である。すなわち、気候変動や水不足への懸念が引き起こす移住の問題や、その他の複雑な人道的問題をどう対処すべきかが問われている。

ケア・インターナショナルによる2009年の報告書「In Search for Shelter: Mapping the Effects of Climate Change on Human Migration and Displacement(避難場所を求めて:人の大量移住と避難民に関する気候変動の影響のマッピング)」によれば、気候変動はすでに強制退去や移住を引き起こしているという。メキシコや中央アメリカ諸国はすでに気候変動のネガティブな影響を受けており、雨量の減少だけでなく、ハリケーンや洪水といったより極端な天候にも見舞われている。一部地域の雨量は今世紀中旬までに最高で50%減ると予測されており、「その結果、多くの地元住民の暮らしが低迷し、慢性的な飢餓のリスクが劇的に高くなる」と考えられている。

気候変動によって、サイクロン、洪水、干ばつといった自然災害の頻度と強度が増せば、一時的に強制退去する人々の数は増加するだろう。そうした傾向が特に顕著になるのは、災害リスクの軽減に今、投資できない国々や、災害に対する政府の取り組みが薄い国々だ。

数字の意味は?

強制退去した人々の現在の人数や予測される人数は大きな論点である。国際移住機関(IOM)の推計によれば、現在、数百万人の「環境移民」が存在し、この「数字は今後20年以内に数千万人に、50年以内に数億人に膨れ上がる」という。

気候変動に誘発された移住者の実際の人数や、「環境移民」と呼ばれる人々の人数は数百万人なのか、あるいは数千万人なのかは定かではないが、そうした実際の数字は、私たちが人の移住と環境的条件の間の複雑な社会生態学的関係をより深く理解することに比べれば、(報道メディアのヘッドラインとは異なるが)それほど重要ではないのかもしれない。

その理由を幾つか挙げてみよう。まず、人の移住や強制退去を引き起こす環境や資源にまつわる誘因の例は、数多く検証されている。地球温暖化と人の移住に関する2004年の分析から、注目すべき事例を下記に示す。

・北米で1930年代に起こった砂嵐は、乱開発された農業システムが引き起こした。
・中央アジアのアラル湖の消失は、ソビエト連邦の大規模な水利計画による分水が主な原因だった。
・サヘル地帯(サラハ砂漠南縁部に広がる地帯)の干ばつと凶作によって、広大な乾燥地帯は極度に脆弱な地域に変貌した。
・農村部からの人々の流出が世界中の工業国と非工業国の両方で見られる。これは長期にわたって環境的に誘発されたプロセスであり、多くの場合、経済の不安定化や気候変動に関連している。
・アフリカの角における政情不安は、砂漠化、干ばつ、土地をめぐる争い、戦争、経済および政治的不安定が根底にある複雑な緊急事態だ。

気候移住マニア

さらに、気候変動や資源不足が誘発する人の移住プロセスについての多くの重要な疑問(例えば、気候変動に誘発されて移住した者は国際法において、他の事例とは異なる特別な法的保護を受けるべきか否か)に対する答えはいまだに見つかっていないが、人の移住と強制退去の環境的側面については、現代的な学術的研究がしっかりとなされている。

実際、気候変動に誘発された移住や強制退去として後に知られるようになった現象の現代的な概念は、1970年代中旬に、ワールドウォッチ研究所の創立者であるレスター・ブラウン氏が共同執筆した世界人口に関する論文で初めて登場した。国際連合環境計画の元事務局長のモスタファ・トルバ氏は、1989年の『Bioscience』誌に掲載された論文で「世界が持続可能な開発を支援する行動を起こさなければ、5000万人もの人々が環境難民になる可能性がある」と記した。さらに、イギリスの環境論者であるノーマン・マイヤーズ氏は1990年代に多くの報告書、学術論文、書籍を執筆し、最近では気候変動に誘発された移住と強制退去という増大しつつある問題について記している。

“干ばつや資源不足は、アハメド・アブドラ氏のような農民の家族をプラスチック製のテントでの生活に追い込み、未来の希望を奪い、人道的災害を生み続け、アフリカの何百万もの人々に影響を与えているのだ。”

ケニアのトゥルカナの牧畜民たちは、現地の歴史上で最も長い干ばつに見舞われている。写真:オックスファム・インターナショナル

ケニアのトゥルカナの牧畜民たちは、現地の歴史上で最も長い干ばつに見舞われている。写真:オックスファム・インターナショナル

「環境移民」という用語が世界の政策課題として一気に広まるきっかけとなった重要な発展の1つに、2001年に国際赤十字・赤新月社連盟が発表した世界災害報告がある。その報告書によると、平均2億1100万人が自然災害によって死亡あるいは被害を受けたという。この数字は、1991年から2000年までに従来の軍事紛争や政治紛争で死亡あるいは被害を受けた人の1年あたりの人数の7倍だ。

もう1つの重要な政策展開は、IOMが一歩踏み込んで、環境移民を「極端な環境の変化によって強制退去した者だけでなく、環境条件の悪化に誘発されて移住した者」と定義したことだ。とはいえIOMは、「環境難民」という用語の使用は控えるべきだと明言しており、同組織は現在、国際難民法において何ら法的地位を有していない。

今、ここで

本論では「環境難民」という言葉を使用する英知を検討し、気候変動に誘発された移住や強制退去の将来的な事例数は数百万になるのか、それとも数千万になるのかを論じてきた。しかし、シリアの農民、アハメド・アブドラ氏と彼の家族をプラスチック製のテントでの生活に追い込み、将来に対する有意義な希望を失わせた干ばつや資源不足は、人道的災害を生み続け、例えばジブチ、エチオピア、ケニア、ソマリア、ウガンダといったアフリカの広い範囲で1000万人の人々に影響を与えているのだ。

ソマリアのような国では、食料価格の高騰、不安定な内政、そして干ばつが複雑な相互作用を引き起こした結果、現在、国の南部に住む250万人以上の国民(そのうち3人に1人は子ども)が人道的緊急支援を必要としている。

気候変動がシリアやアフリカの角における複雑な人道上のジレンマをさらに激化させる「要因」であるとする科学的事例は確かに強力だが、直接的な因果関係を立証するのは不可能ではないにしても難しいだろう。また、気候変動と移住や強制退去の関連性を証明する、DNA鑑定のように議論の余地のない確証を得る可能性は、非常に少ないように思われる。

現場レベルで考えれば、世界の貧しい人々を助けようとする国際社会の意欲は、緊急食料支援を提供しているかどうかよりも、アハメド・アブドラ氏のような農民やアフリカの角にいる彼の同朋を支援し、食料や資源の自給性や復興への希望を与えているかどうかで測ることができる。

例えば、干ばつ保険のような気候リスク管理の対策を2007年時点で採用していれば、事態は救われていたという強力な論証がある。2007年といえば、干ばつの問題が悪化し、飢餓のリスクをアフリカの角での本格的な大飢饉にしてしまう可能性が生じる前のことだ。

医療分野には、薬と毒薬の大きな違いは投与量だという古い格言がある。つまり、心臓病を抑える薬は、用量を間違えれば患者を簡単に殺してしまう。同じように、気候変動への持続可能な適応策と持続不可能な適応策の違いとは、採用された政策アプローチの種類だけではなく、適応支援策が問題サイクルに取り入れられる時期にあるのかもしれない。つまり、問題を早期に、かつ正確に診断するということだ。結局のところ、予防は治療に勝るのだ。

翻訳:髙﨑文子

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著者

ジェイコブ・パーク氏はアメリカ・バーモント州のグリーンマウンテン・カレッジでビジネス戦略・持続可能性を専門とする准教授である。

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