牧草地減少に苦しむ キルギスの羊飼いたち

キルギスの遊牧文化は数千年の時をかけて育まれてきた。そして、遊牧民たちはその長年の経験から自然と調和する生き方を学んだ。なぜなら、自然資源の枯渇は彼らにとってコミュニティや生活様式の崩壊を意味するからだ。

遊牧社会の構造、習慣、手工芸の技術、伝統的な知識、日々の暮らしといった彼らの生活全般のルールは、季節や放牧地の状態に合わせた移動と移住に基づいて営まれてきた。そして、放牧地で育てる家畜は彼らの生活の糧である。

遊牧民の移住は無秩序に行なわれていたわけではなく、むしろ厳密に取り決められたものだった。各家族が牧草地や耕地の場所を定め、複数の家族が村(アイル)を形成していた。アイルとアイルの関係、アイル内部の関係、もしくは人間と自然との関係は、すべて伝統知識に基づいて定められた慣習法(アダト)に従っていた。

愚かな羊飼いは牧草地を一日で家畜に食い荒らさせてしまう。

キルギスの遊牧民は、かつて牧草の状態や気候の変化を肌で感じる術を知っていた。古代において、彼らはすでに重要な気候の移行や自然の周期と関連した11-12年のサイクルに気付いており、このような周期が東洋の暦の基盤となった。

複雑な草原

草原の生態系は複雑で、そこには異なる特徴を持つ様々な種が生息している。雨が多く寒い年にはある種類の植物が茂り、乾燥した暖かい年には別の植物が繁殖する。この複雑さのお陰で、気候が変動しても相対的な牧草の量は変わることなく種の多様性が保たれてきた。

しかし、過放牧は土地の劣化を招き、生態系が湿気や気温の変化に適応する力を奪ってしまう。

降雨量の変化や氷河の損失など、今日の気候システムの変化は明らかに悪い方向へ向かっている。2009年に発表されたKyrgyzstan’s Second National Communication to the United Nations Framework Convention on Climate Change(国連気候変動枠組条約に関する第2次キルギス報告書)によると、「気候シナリオで予測される最も可能性の高い変異」の全てにおいて、著しい減少が指摘されている。実際に、同報告書はキルギスの氷河地域が今後100年間で64%-95%失われると予測している。

現在、キルギスでは草原の荒廃化が進んでいる。このネガティブな変化は根深く長期的で、羊飼いの間では懸念が高まっている。半世紀以上前は、草は背丈が高く密集しており、種類も多様であった。そして、そのような牧草を食べる牛は成長も早かったのだ。

牧草地の衰退は牛の放牧が過剰に行なわれたソビエト時代に始まった。今日では短くまばらな草地が多く、牛の食糧には不向きな種類の植物も多く含まれている。牛の数は減ったものの、もはや牧草地の回復は難しい。

「昨年は山に氷河を見ることさえできなかった」と羊飼いのドゥートカシー氏は言う。

自然との共生ルール

この記事と共に紹介されているビデオ映像では、キルギスの天山山脈の高原牧場に住む羊飼いサリエフ・ドゥートカシーと妻アナルクルが、自分たちの見てきた気候変動と、変化への適応について語っている。彼らは降雨量の減少を感じ、氷河の後退を目の当たりにしている。

「昨年は山に氷河を見ることさえできなかった」とドゥートカシー氏は言う。

大気が乾燥すれば動物用の食糧が減少し、ロバなどのミルクも減ってしまうことになる。さらに、人間はずっと昔に自然との共生ルールを破ってしまい、この時から牧草地や森林における生態系の荒廃が始まっていたのだと彼らは指摘する。

古くからの知恵に基づく伝統的な習慣や独自のルールは草原の生態系を守ってきた。例えば、尚早な放牧を禁じる伝統は、冬が過ぎ去った後、草の根が育つには十分な時間が必要であり、早すぎる放牧は牧草地を駄目にし、家畜の餌となる草が少ない泥ばかりの土地に変えてしまうという知識に基づいている。

ドゥートカシー氏は放牧の時期を厳密に守り、伝統的な知識を重んじている。しかし、全ての羊飼いが古くからの知恵を尊重できているわけではない、と彼は言う。なぜなら、それは技術的に未熟であり、人々は経済的なプレッシャーを抱えているからだ。現在、ドゥートカシー家族はより遠くまで移動し、頻繁に牧草地を変えることで家畜と自分たちの食糧を得ている。

降雨量の減少により、キルギスでは今後100年間で放牧に不向きな乾燥地域・半乾燥地域が急増すると考えられている。天山山脈のような地域の遊牧民たちは、この先も減少する生物多様性や生産性の低下に悩まされるだろう。

Aleine Ecological Movement(アレイン環境保護運動)は、羊飼いたちが土地の劣化に対応し気候変動に適応していくための支援を行っている。季節に合わせた牧草地や放牧時期の選択、草の種類や量など、遊牧民族の伝統的な知識を見直すことで、農業生物多様性を増やすことを目指しており、この取り組みが遊牧民コミュニティの生活を支えるであろう。

このビデオ映像はAleyne Ecological Movement of Kyrgyzstan(キルギス・アレイン環境保護運動)およびクリステンセン基金の協力を得て、国連大学メディアスタジオのキット・ウィリアムズが製作した。

翻訳:森泉綾美

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牧草地減少に苦しむ キルギスの羊飼いたち by エミル・ シュクロフ is licensed under a Creative Commons Attribution 3.0 Unported License.

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著者

エミル・シュクロフ氏は天山山脈奥地のモノルドー族出身であり、International University of Central Asia (中央アジア国際大学)の教授およびAleyne Ecological Movement (アレイン環境保護運動)の理事長である。シュクロフ氏は地理学および生物学の博士号を有しており、生態学、生物地理学、環境保護、教育、文化および伝統に関心を寄せる。

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