ジャスミン革命の波が石油に及ぼす衝撃

北アフリカや中東以外の国に住む人々にとってジャスミン革命は、テレビのニュース番組で専門家たちが、このチュニジアに端を発する革命の波及にフェイスブックやツイッター、グーグルなどが果たした役割を解説する様子を目にする程度の存在にしかすぎない。

反政府運動が中国北朝鮮などの国にも広がる可能性に言及する評論家もいるが、現時点では、アラブ世界の政情不安が他地域の人々の日常生活に及ぼす影響はごく限られている。

しかし、こうした最近の一連の出来事はきわめて重要な示唆を含んでいる。第一に、2008年から2009年にかけて起きた金融危機と同じく、我々はまたしても不意打ちをくらったのだ。チュニジアやエジプトなどで、抗議活動により国家の指導者が失脚することは、ほとんどの識者にとっても想定外だったようだ。このような先見性の欠如が今日のグローバル化された世界において人々をリスクに晒していることを考えると、これは懸念すべきことだ。現状では、事態の進展が吉と出るか凶と出るかさえも定かではない。今後の予測がつかないまま、最悪の場合は石油価格の高騰が新たな不況を引き起こす事態さえ考えられる。

第二に、これら反政府運動が突きつける課題は、食料価格や失業、石油といった問題にとどまらず、民主主義や人権、独裁体制、さらにソーシャルメディアの威力といった要素にまで及んでいる。抗議活動のそもそもの火付け役となった食料価格の高騰や、石油収益の恩恵が行き届かない国々における高失業率などは、独裁者を打倒し、民主的な選挙制度を導入したところで解決できるわけではない。現在しきりに取り沙汰されているのはリビア情勢だが、チュニジアやエジプト、あるいはその他のアラブ諸国で今後も混乱が続くのは必至だろう。まだ根本的な原因解決には至っていないのだ。

限界状態の世界石油市場

ここ数日、石油価格は急騰している。一般的な指標として用いられるウェスト・テキサス・インターミディエイト(WTI)原油価格は、過去2週間のうちに1バレルあたり10ドル上昇し、2008年以来初めて1バレル100ドルを超える値を超える値を記録した。もしリビアとアルジェリアの石油生産が停止するような事態になれば、1バレル220ドルという歴史的な高値もありうる、という懸念さえ囁かれている。

“現在しきりに取り沙汰されているのはリビア情勢だが、チュニジアやエジプト、あるいはその他のアラブ諸国で今後も混乱が続くのは必至だろう。まだ根本的な原因解決には至っていないのだ。”

イエメン、バーレーン、さらに最近ではオマーンと、湾岸諸国で反政府運動が続く中、市場アナリストからは、「サウジアラビアに革命が波及したらどうなる?」という、口にするのもはばかられるような恐ろしいセリフも聞こえ始めた。

同国で、長期に渡って外国滞在中だった86歳になる国王が最近帰国したのも、国民の不満解消策として無利子融資や福祉手当、債務帳消しのために360億ドル相当の財政支出増額を発表したのも、こうした背景が存在するからだ。

サウジアラビアは多くの場合、自然災害や紛争時における石油生産の減少分を補填できる国だと見做されている。そのため、リビア情勢が緊迫化するとすぐにサウジアラビア指導者層はヨーロッパの石油精製企業と緊急会合を行い、予想される石油不足への対応を協議した。

イギリスのガーディアン紙はゴールドマン・サックスのアナリストによる分析を引用し、暴動が中東の大規模産油国に広がるリスクは低いと報じている。だが、この予測が間違っていたら? 我々は石油危機の波に対応できるのだろうか? 政府首脳や国際エネルギー機関(IEA)などの関係機関がこの問題を真剣に捉え、すでに対策を練っていると期待したい。

石油危機の波が示唆するもの

「石油危機の波(oil shockwave)」という言葉は、2005年にアメリカ政府機関で用いられたシミュレーション演習のシナリオに由来する。同シナリオでは、暴動やテロ攻撃などの仮想事態の発生により、ナイジェリアとサウジアラビア、アラスカの石油生産が打撃を受ける。演習に参加した一人、元CIA長官で現在国防長官を務めるロバート・ゲーツ氏は、「アメリカ国民はエネルギー戦略を持っていないために、手痛い代償を支払うことになるでしょう」と述べ、さらに「このシナリオは杞憂などではなく、現実的なものです」と語っている。

ワシントンポスト紙によると、このシミュレーションで明確になったのは、「需給バランスが逼迫しているため、石油や天然ガスの供給が少しでも中断すると、様々な問題を引き起こしかねない」ということだった。

しかし、2005年から今日までのあいだに、こうした脆弱性に根本から取り組む試みはなされておらず、中国やインドなど新興国での石油需要が増加したことで、以前より状況は悪化しているとも言える。「石油危機の波」は、エネルギー安全保障政策の大幅な変更を促すどころか、単なるシナリオとして「世界中で次世代の識者や政策決定者たちが、グローバルな石油危機による経済・軍事・地政学的インパクトへの対応を政府高官の立場でバーチャルに体験できる」トレーニング教材に成り果ててしまった。実質的な行動もないまま6年が経過した現在、シミュレーションで想定された石油危機が実際に起こる可能性はむしろ増加している。

準備はできているのか?

IEAのホームページには、次のような声明が掲載されている。「IEAは、大規模な供給途絶が起き、通常の市場メカニズム経由で石油の提供が困難な場合にも、これまでと同じように必要量を市場に放出できる用意がある」

OECD加盟28カ国で構成されるIEAは、1970年代に起こった石油危機をきっかけに設立され、石油供給が本格的に途絶えた際に諸国を支援することを目的としている。IEAのメンバーでない国は、石油供給が危機的状況に陥ったとしても別の方法で対応せざるを得ないが、IEA加盟国と非加盟国のあいだの協力体制も構築されつつある。

リビアの混乱を受け、現在のところ世界の石油産出量は市場において一日あたり1%未満相当減少している、とIEAは警告している。中東諸国、特にサウジアラビアにも反体制運動が拡大した場合、IEA加盟国は「16億バレルの緊急用備蓄、IEA加盟国の輸入量に換算すると145日分」の備えを活用することができる。

しかし、これは数ヶ月程度の緊急事態に向けた短期的な解決策でしかなく、IEAの見通しには民間の備蓄量が含まれていないと考えられる。こうした中、「需要割り当て」などという用語もメディアに登場し始めた。つまり、IEA加盟国の石油生産が(頼みの綱である余剰生産能力に頼って)劇的に改善されたとしても、現在の需要に追いつくことはできないのだ。

具体的にどのような状況打開策が可能かについては、2010年に発表されたIEAの文書「Response System for Oil Supply Emergencies(石油供給の緊急時対応システム)」に詳述されている。IEA諸国において、石油消費の大部分(半分以上の消費量)を占めるのは、交通輸送だ。「需要抑制策」が導入される場合、そのほとんどは輸送部門が対象となる。「車ではなく、電車を使う」ことを奨励する公共キャンペーンに始まり、警察の監視のもと車両規制を徹底させる事態もあり得るかもしれない。

同様に、IEAが出した2007年の報告には、各IEA加盟国がいかに石油危機に対処し得るかについての記載がある。前回述べたように、日本は石油供給のほとんどを中東諸国からの輸入でまかない、特にサウジアラビア(27%)とアラブ首長国連邦(20%)への依存度が高いため非常に深刻な状況に置かれている。70年代の石油危機時の食品買い占め騒ぎの記憶がまだ残っているためか、日本の政財界の指導者たちは皆、北アフリカおよび中東の情勢を注意深く見守っている。しかし、彼らにできることといえば、反体制デモが平和裏に収束してくれることを祈るくらいしかないのだ。

石油消費を大幅に減らすための方策が求められていることは明らかだ。IEAは2005年に「Saving Oil in a Hurry(急ぎの石油節約)」と題された報告書を発表したが、その中で実践可能な具体例を示唆している。具体策のほとんどは、政府による事前準備なしには、緊急事態発生時にすぐ実行に移すことができない。以下にそれを列挙しよう。
• 省エネ運転の奨励
• さらなる速度制限と取締りの強化
• 公共交通機関の強化と運賃値下げ
• 情報通信を利用した緊急時の自宅勤務体制と勤務時間の変更
• カーシェアリングシステムの構築支援(そのためのインターネット活用)
• ナンバープレートの数字による運転制限(ナンバー末尾が偶数か奇数かにより、運転可能日を規定)

これらが実施されれば、社会や生産性に大きな影響が及ぶかもしれない。しかし最終的な目標は、アメリカの一日あたりの石油消費量が1860万バレルに及ぶことを考慮すると、IEA諸国全体で1日あたり100万バレル以上の石油を節約することだ。

ヨーロッパでは、少なくともスペインが今後も石油価格が継続的に上昇することを見越し、石油消費の抑制策として数々の省エネ政策導入に踏み切った。

だが最大の課題は、一般市民にこれら打開策の必要性を認識させ、進んで受け入れるようにできるかどうかであり、それが可能かどうかは、まったくの未知数だ。IEA加盟国の国民は、石油危機の波にうまく対処できるだろうか?あるいは状況があまりにも悪化して、市民が再び青い革命や緑の革命、紫の革命、あるいは他の色を旗印にした別の革命を始めるような事態に陥るのだろうか?

翻訳:ユニカルインターナショナル

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ジャスミン革命の波が石油に及ぼす衝撃 by ブレンダン・バレット is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

ブレンダン・バレットは1984年からイギリス原子力発電所の環境アセスメントに従事して以来、環境分野に従事してきました。環境スペシャリスト、都市設計者でもあり、コミュニケーションや教育をはじめ環境問題の研究のため、ITを駆使しています。

博士課程を終了後、1997年から国連大学に加わり、2002年に国連大学メディアスタジオを立ち上げました。

IUCN(国際自然保護連合)教育・コミュニケーション委員会のメンバーでもあり、オーストラリア環境研究ジャーナルやサービス・リサーチ・ジャーナルの国際編集顧問委員会のメンバーとして活躍。2002年から2005年には情報社会サミットで、国連大学の中心的役割を果たしました。

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  • Tomoyuki Nakatsuka

    チュニジアにおけるジャスミン革命をはじめとする、中東諸国の最近の独裁国家の崩壊は、非民主的な独裁国家は永遠には続かないと言う事を意味している。
    抗議活動のそもそもの火付け役となった食料価格の高騰や、石油収益の恩恵が行き届かない国々における 高失業率などは、独裁者を打倒し、民主的な選挙制度を導入したところで解決できるわけではない。根本的な解決がなされなければ意味がないと記事にあるが、果たして独裁者の打倒、つまり国家体制の抜本的な変革なくして根本的な解決ができるだろうか。世界中の国々が中東諸国の石油に頼っているのは事実であり、そしてその中東諸国は独裁的な国家が多く、貧富の差が激しいのも事実である。これはすなわち、革命及び反政府運動がいつでも起きるということを意味しており、実際今この瞬間これらが起きているのである。
    石油の多くを中東に頼っている先進諸国及び新興国はただ、石油が安定して供給されることを優先し、中東諸国が本質的に抱えている不安定要素に目をつぶってきた結果が、今の石油価格の不安定につながっているのではないだろうか。反体制デモが平和裏に収束してくれることを祈るくらいしかないのだ、とこの記事にあるが、それは違うのではないかと考える。積極的に中東の不安定要素である、国家体制の変革、貧富の差の解消、中東諸国間の友好関係を促進するとなくして、中東の恒久的な安定化、及び石油の安定的供給はできないだろう。確かに、イラン、イラク、イスラエルなど中東諸国は歴史的にみても非常に不安定な地域であり、安定化は非常に困難ではあるが、今までのように中東の変革よりも石油に重きが置かれる政策を世界の国々が継続することは、新たな石油危機を生む可能性を常にはらむというこを意味するのではないだろうか。