気候変動が 人の想像力へおよぼす影響

気候変動に関するすべての見解が出尽くしたように思われた時、マンチェスター大学の博士研究員、ステファン・スクリムシャイヤー博士が3年間の研究成果を発表した。Beyond the Tipping Point?(「転換点は越えたか?」)というタイトルの25分間のドキュメンタリー作品である。

この映画は著書Future Ethics: Climate Change and Apocalyptic Imagination(未来倫理:気候変動と黙示録的想像)と共に発表され、いわゆる対話形式で構成されている。対話をするのは、ナレーター、視聴者、そして、気候変動に対する社会の反応や態度を左右する哲学的、倫理的問題を研究する25人の著名人(活動家、専門家、社会正義運動家など)である。

答え以上に多くの問いを投げかけながら、映画は私たちの未来や気象災害、市民や気候活動家の反応に対する見識を見直す貴重な機会を与えてくれる。

この映画についての議論をすすめる前に、まず「転換点」の概念と最近の気象科学の進展について簡単にまとめておいた方がいいだろう。

凍結する転換点の発見

近年、気候変動に関する科学文献に、劇的な、さもなければ恐るべき変化が起きている。「人間活動が果たして気候変動を引き起こしているのかどうか」は、もはや大問題ではなくなった。むしろ、争点は次の段階に来ている。すなわち、「地球気候システムの復帰不能な限界点はどこで、人類がそこを越えてしまうまでに、あとどれくらいの猶予があるのか」という問題だ。

著名なNASAの科学者、ジェームス・ハンセン氏によれば、それは危険なほど近いという。気候はすでに危機的な転換点を越える瀬戸際まで来ており、「世界規模の大変動という『破滅的事態』を引き起こす要素は整っている」と、同氏は警鐘を鳴らす。

気候システムの転換点を懸念する科学的警告は古気候観測に基づいている。地球の歴史において、氷期・間氷期の移行は多くの場合、急速に非線形で進行した。ここで言う急速とは極めて速い、まさに電光石火である。

北グリーンランド氷床コア掘削計画で掘り出された深層氷床コアは、氷河期への突入・脱出が驚くべき速さで起きることを明らかにした。およそ14,700年前、わずか50年の間に2度の5.5℃の気温急上昇が起こり、北半球が最後の氷河期から一気に抜けていたという事実を、グリーンランド氷床の底に凍結されていた記録が示したのである。

“気候システムの転換点を懸念する科学的警告は古気候観測に基づいている。地球の歴史において、氷期・間氷期の移行は多くの場合急速に非線形で進行した。”

この突然の気温上昇期はおよそ1,200年間続き、再度地球は急速冷凍状態に戻る。その後再び、劇的な気温上昇が起こるのだ。プロジェクトリーダーのドッテ・ダールイエンセン氏は、北半球におけるこの時期の劇的な大気循環「再編成」は、気温の急激な変化によるもので、個々の再編成はわずか1~2年の間に生じていると報告している。

このような不規則な気温の変化は、正のフィードバックループが原因だとされている。事実、現在北極圏やヒマラヤ山脈などで起きている急速な氷床溶解は、この現象によるものに他ならない。今や海氷や氷河は、熱を吸収する海水に変わり、岩肌を露呈させ、溶融過程をさらに加速させるという悪循環に入り込んでいるのだ。(氷はその白さで太陽光を反射するが、より暗い色である水はそれを吸収する)

前提の誤り

グリーンランド氷床での発見は、それまで国際社会の話し合いの根底にあった、気候変動がゆっくりと着実に起こり予想可能であるという前提に疑問を投げかけた。事実、過去数年間の国際交渉はどれも、保守的な適応や緩和戦略に重点を置き、2001年IPCC第三次評価報告書が、「なだらかで規則的な移行が標準ではなく例外であることが、長期観測や実験的洞察により実証された。」と明文化しているのにもかかわらず、国際社会は恐るべき責任放棄を許したという印象を与えている。

つまり、Natura non facit saltus(ラテン語で「自然は急変しない」の意)の概念に則った根拠と秩序を重視しがちな、私たちの科学的世界観はすべて間違っていたようなのだ。自然には実に多くの爆弾が仕掛けられているらしい。私たちが巧みに作成したパワーポイント資料に見られる、エスカレーターのようになだらかな曲線とグラフの通りには、自然界の気候変動は起きてくれないというのが厄介な事実なのである。

その上、この地球にいくつの転換点があり、現代の炭素社会がそれらにどれくらい近づいているのかを、いかなる精度においても科学者には予想することができないということも強調しておかなければならない。

上記の意味で、転換点は地球気候システムにおけるブラックホールだと考えると良いだろう。そこにあることは知っているが、踏み入れるまでそれらはほとんど目に見えず、ジェームス・ハンセン氏が警告するように、その先に「贖罪は無い」のである。

凝り固まった考え方と取り組みの先に

過去に地球が気候期をわずか1~2年の間に激変させたという証拠は、私たちの気候変動に対する認識に根本的な課題を投げかけている。

Beyond The Tipping Point ?(「転換点は越えたか?」)は、そのまま引用すると、「転換点の科学的研究ではなく、それら限界点が人間の想像力に与える影響を研究するものである。転換点がいかに私たちの未来に対する考え方を形成し、その考え方が私たちの現在の行動をどのように方向付けるかを調査する映画である」

この映画に描かれているように、転換点の概念は実にさまざまな感情や反応を誘発する。すべての映像が実際の出来事やインタビューによって構成され、多方面の活動家、社会学者、神学者、またさまざまな分野の研究者たちが繰り広げる断片的な会話が収録されている。これらのほとんどは昨年12月にコペンハーゲンで行われたCOP15で撮影され、気候の危機を解決へと向かわせる歴史的協定に期待を寄せて世界中から集まった市民の哲学的熟考が収められている。

“短編にもかかわらず、この映画は、漠然とした黙示録のイメージ、死亡率、人間の条件、現代文明、気候問題活動、そして宗教と、目覚しい数のテーマを取り上げているのだ。”

果敢にもストレートかつ現代的に、映画は学問の世界と前線で活動する草の根運動家たちの橋渡しも買って出ている。短編にもかかわらず、この映画は、漠然とした黙示録のイメージ、死亡率、人間の条件、現代文明、気候問題活動、そして宗教と、目覚しい数のテーマを取り上げているのだ。

スクリムシャイヤー監督自身がナレーションを担当し、一連の会話は質問ごとに区切られ、その中で個々の考えやその分野における見解が共有される。すべての人々を考えさせる重大な質問が投げかけられるにつれ、視聴者は必然的にそのやり取りへの参加を要求される。「どうして私たちの行動は、危機感に応じて変わって行かないのか?」そして、「転換点を証明する社会運動とは何だろうか?」

これを受けて、活動家で政治風刺画家のポリープ氏は、人々が気候危機の真の副次的影響について、完全に理解することには限界があるという洞察を述べている。「時間スケールの概念を受け入れることが、人間にとってどれほど困難なことであったか、私たちはもはや忘れてしまっている。ある意味、私たちが求めている変化は、考えるという生物学的進化をしてこなかった人間について、考えることなのだ」

ポリープによる風刺画

ポリープによる風刺画

すべての緩和努力が無意味になるという転換点の黙示録的概念には、人々に無力感を与え無関心にさせることとは真逆の効果があると指摘する活動家もいる。

「これまでに、人間や自然を可能な限り救い、苦しみを減らすためのさまざまな適応努力が行われてきた。だから、主要な転換点は越えてしまったと指摘する研究論文があろうとも、私は活動を止めたりはしない」

包括的で完結した対話とは程遠いが、映画の上映を通して、より大規模な議論のきっかけを作ることが、この映画の狙いである。

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Beyond The Tipping Pointの上映を希望される方は、ウェブサイトにて映画の無料コピーの申請が可能です。あなたのお名前、住所、所属団体名をまでお送りください。

翻訳:上杉 牧

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気候変動が
人の想像力へおよぼす影響
by グレゴリ―・トレンチャー is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

グレゴリ―・トレンチャー氏は、日本の企業に向けて気候変動に関する教育を行う環境ラーニング研究所(http://www.k-learning.jp)の創設者である。現在は、東京大学大学院博士後期課程で気候変動問題・持続可能性の危機に取り組む高等教育機関の可能性について研究している。将来の夢は、日本のアルゴアになり、もらった以上の恩を地球に返すことだ。

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  • http://twitter.com/laugh_yuka 折居 由加

    起動変動に関して漠然とした知識と危機感しか抱いていなかった私にとっては、本記事は衝撃的な内容だった。
    個人的には、「無気力」になるというよりは、より具体的に「転換点」について理解したくなり、その必要性を感じた。
    ポリープ氏の「考えるという生物学的進化をしてこなかった人間について、考えることなのだ」という言葉に対しては耳の痛い想いと共に、共感を覚える。

  • Yuka Orii

    気候変動に関して漠然とした知識と危機感しかなかった私にとっては衝撃的な内容だった。
    個人的には無力感というよりも、「転換点」についてより深く理解したいと思い、専門家だけではなく一般的な生活をする多くの人が議論すべき内容だと感じた。
    また、ポリープ氏の「私たちが求めている変化は、考えるという生物学的進化をしてこなかった人間について、考えることなのだ」という言葉には耳が痛かったが、共感する。