インドで世界初 「自然の価値」を算定

経済を測るモノサシであるGDPと同様に、国の「自然の財産」である植物や動物や水などについても価値を算出し公表するという世界初の試みで、インドが注目されている。

このインドの声明は、世界中で問題となっている生物多様性の破壊を食い止めるために、日本で開かれる生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で出される予定であり、めざましい経済発展の中心的存在によるこうした動きに、他の国々も賛同していくことが期待されている。

また生態系の価値や生態系が人間に与える「働き」など(例えば、自然から得るリラクゼーション効果、清浄な空気、肥沃な土壌といったものも含む)を計る共通基準を承認する作業が世界銀行によって進められようとしている。世界銀行は10~12の国々と契約を交わし、遅くとも2015年までに結果を公表できるとしている。

こうした動きはCOP10で発表される、国連の研究報告書「生態系と生物多様性の経済学(TEEB)」で述べられている重要な要求の1つに応えるものとなるだろう。

この報告書は2007年にG8プラス5カ国によって委任されたもので、自然界を救うため経済強国の政府に働きかけて行動を促した気候変変動に関する報告書ロード・スターン・レビューのような成功を収めることが期待されている。

“自然資本は巨額な資産であり、開発途上国が所有する最大の財産なのです。その国のバランスシートからこの資産の計上が洩れていたり、同資産の損失が勘定されないのは、道理に合いません。”

経済専門家でTEEB研究リーダーのパバン・スクデブ氏

イギリスのキャロライン・スペルマン環境大臣はこの報告書を歓迎した。「TEEBはスターン氏が気候変動で与えたインパクトと同じぐらいの影響力があると思います。生物の種と生息環境の損失を食い止めるための有益な手段となるでしょう。経済的観点から、自然環境の損失によるコストが膨らみすぎる前に、それを回避する行動をとることが求められているのです」

また経済専門家でTEEB研究リーダーのパバン・スクデブ氏は次のように述べている。「自然資本は巨額な資産であり、開発途上国が所有する最大の財産なのです。その国のバランスシートからこの資産の計上が洩れていたり、同資産の損失が勘定されないのは、道理に合いません」

インドとその諸州が世界初の生態系の算定基準を採用することを表明したが、今後3~5年の間にこの算定方法を導入する国が20~30カ国は増えるだろうとスクデブ氏は期待している。

「これに賛同しない人々は、取り残されていくでしょう」と、スクデブ氏は続けた。「192カ国すべての賛同を得られないことはわかっています。しかしそれがどうしたというのでしょう?重要なことは、一定期間における国の経済活動の全体像を統計的に表示するための方向性を確立することなのです」

TEEBは政界と経済界と国民がすべき活動とその経済的側面について、過去2年間にわたり中間報告書を発表したり特定の事柄に関する文書を公表したりしてきた。そして今、これらの統合版である最終報告書を公表したのだ。

過去の報告書は森林などの個々の生態系を例にとってその莫大な価値について説明していたが、今回の最終報告書は全世界の生物多様性について具体的な見出しを掲げてその価値に触れることはしていない。そして現在スクデブ氏は自然界の持つ数兆ドルもの価値に値する重要性について語っている。

しかしながらこの報告書は、国あるいは地方の政府、企業、個人が生物多様性へのダメージやその保全について考える場合に決定を下す方法を抜本的に考え直すべきだとし、それに関する十分な根拠があると主張している。

「TEEBのアプローチをとれば経済の指針をリセットすることができます」とスクデブ氏は述べる。「行動を起こさなければ、現在と未来における社会への数兆ドルの価値を持つ恩恵を失ってしまうだけでなく、貧しい人々をより一層貧しくし、未来の世代を危険な状態に追い込むことになります。生物多様性を無視し、現在の慣習的な考え方となっている富の創造と発展に固執する時代は終わったのです。私たちはグリーン(環境の)経済に向かって道を切り開いていかねばなりません」

報告書の提案の1つは、従来の金融勘定と並行して、国家や企業が自分たちの自然資産の価値を算定し、前年比の増減について公表するべきだとしている。こうすれば、会計ルールにおける現状の問題点を解決するのに役立つはずである。例えば今のルールでは、流出した汚染物質の浄化は(清掃業者による)経済活動として換算されるが、長期的に見た場合に自然が受ける被害額については計上されていない。

またこうした包括的な基準を採択することで、他にも改善が望まれている点について好影響が期待できる。例えば生態系の保全や再生活動に対してお金を支払ったり、森林伐採の回避や、化学肥料や農薬の使用を減らした農民へのお金の払い戻しなどが考えられる。この他にも、より良い認定法を作ることによって、飲食の製品やサ-ビスを環境に優しい方法で提供する人々が正しく評価され、彼らが環境保護のために余計に支払った費用も含めた価格の設定が可能となるだろう。

また報告書は、鉱業や集中農業のような環境に被害をもたらす産業に対する補助金を廃止するよう求め、環境問題を悪化させる公害を生み出す行動に対し厳しい罰金を科し、適切な復旧活動に資金を投じることを要求している。

“TEEBは、各国が政策決定をする際に、単に短期の収益だけを考慮するのではなく、持続可能で包括的な発展の基礎を築くような判断するよう強く促すことを目的としています。”

インド環境大臣 ジャイラム・ラメシュ氏

TEEBの発起と自国の発表における声明文の中で、インドの環境大臣であるジャイラム・ラメシュ氏は以下のように述べた。「TEEBは、各国が政策決定をする際に、単に短期の収益だけを考慮するのではなく、持続可能で包括的な発展の基礎を築くような判断するよう強く促すことを目的としています」

研究報告チームによって集計された数字の1つに、森林伐採によって世界経済が負担を強いられる額は、今世紀中ごろまでには現在のレートで年間2~4.5兆USドル(1.27~2.86兆ユーロ)になるという試算がある。その一方、オーガニックなどの認定農産物のマーケットは2020年までに2100億ドル(1330億ユーロ)の規模になると見積もられている。またロンドンのTrucost社が出したTEEBにある別の見積もりによると、2008年に世界の大企業上位3000社が引き起こした環境被害の総計は少なくとも2.2兆USドルにも上ることがわかった。

「TEEBをきっかけに、自然から得られる恩恵やサービスは、一般的な資産をはるかに超えることはなくても、それと同等に、貧困層を含めた各国の資産の中枢をなしていると世界中が注目するようになりました。2050年までに世界の人口は90億に達するとされていますが、地球の資源には限界があるということからも、自然資源が重要な財産であるという事実がますます現実的になっていくでしょう」と、国連事務次官でもあるアヒム・シュタイナー国連環境計画事務局長は述べた。

数字で見るTEEB

500億USドル―現在行われている世界中の漁場における乱獲が原因で1年間に失われた漁業の機会を算定した額。高額な補助金を得て産業化した漁船団の間で競争が起こっているが、これに対する取り締まりは甘く、現行のルールはほとんど機能していない。そのため商業的に価値がある魚資源の乱獲が行われ、より持続性のある漁業を行った場合と比較してみると、全世界での海洋漁業における収入を年間500億USドル減らしている。(World Bank and FAO 2009)

1530億ユーロ―送紛する昆虫は数10億ドルに値する自然資源の供給者である。2005年に行われた昆虫の受粉媒介による経済的価値の総額は1530億ユーロと見積もられた。これは世界中の人間が消費した2005年の農業生産高の9.5%に値する。(Gallai et al. 2009)

300~1720億USドル―サンゴ礁から人間が得た1年間の便益の価値を算出した額。サンゴ礁は、世界全体の大陸棚の1.2%にしか存在しないにもかかわらず、海生魚類の4分の1以上を含む100~300万種の生き物の生息地とされている(Allsopp et al 2009)。 沿岸地域や島のコミュニティーに住む3000万の人々は、食糧生産、収入、暮らしといった生活の基盤を全てサンゴ礁からの資源に頼っている。サンゴ礁が人間の福祉に与える便益の見積もり額は年間300億USドル(Cesar et al 2003)という数字から1720億USドル(Martinez et al 2007)としているものまである。

2000万~6700万USドル(4年間総計)―キャンベラ市における植樹から得た便益。オーストラリアのキャンベラ市地元当局は、400,000本の植樹を行った。これによってその地域の気候が安定し大気汚染が緩和されたことにより都市大気の質が向上し、二酸化炭素の回収と貯蔵にかかる費用や室内空調にかかるエネルギーの費用を削減することにつながった。これがキャンベラ市にもたらした利益と実際に達成された貯蓄について見ると、この植樹による便益は2008年~2012年の4年間に2000万~6700万USドルの価値になると見積もられた。(Brack 2002)

65億USドル―キャッツキル水系の水質保全のための投資によって、ニューヨーク市が節約した総額。この投資費用は10~15億であったのに対し、浄水場を作るという人為的な解決法を選んだ場合には設置に60~80億USドル、運用費として年間3~5億USドルもの費用がかかるとされていた。(Perrot-Maitre and Davis 2001)

50―インドのヒワレ・バザールにおいて、劣化した70ヘクタールの森林を再生した結果、(ルピーの)大金持ちになった人の数。現地の生態系サービスを充実させることによって、周辺の鉱泉地の数が倍増し作物の生産量や農業収入が増えた。(Teebの例は主にNeha Sakhujaを基にしている)

TEEBの取り組み、結果、提案の統合版(PDF)はここからダウンロードできます。

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この記事は2010年10月20日水曜日、英国標準時7:00にガーディアン紙のウェブサイトguardian.co.ukに掲載されたものです。

翻訳:伊従優子

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