気候変動による経済的損失

日本の指導者や政策決定者の間で、気候変動は将来、日本にそれほど大きな影響をもたらさないだろうという意見が浸透している。しかし彼らは間違っている。
2009年5月に発表された報告書の予測が、多くの人々を不安にさせた理由の一つである。報告書は、早急に対策を講じなければ、今世紀末までに日本の気候変動の経済コストは17兆円(1760億米ドル)に達するだろう予測している。

茨城大学・地球変動適応科学研究機関長の三村信男教授が指揮する14研究機関が4年間にわたり共同研究をしてきた結果、環境省は地球温暖化「日本への影響」の調査報告(日本語のみ)作成のための資金提供をした。

先日、国連大学で行われた気候変動適応のための高等教育の役割についてのシンポジウムで、国連大学副学長の竹内和彦が、基調講演者の三村教授に研究成果について尋ねた。(ビデオをご覧ください)

複合的な被害に見舞われる

この研究は、日本が同時に起こる様々な被害に対応せざるを得なくなることを示唆している。

日本のように、常に深刻な自然災害(特に地震活動と台風)に見舞われやすい地理的、地形的、気候的条件を持つ国に住む人々は、気候変動の更なる被害に対する回復力も早く、落ち着いて行動する可能性が高い。

日本は、洪水や地震の監視、準備、対応策に関する専門知識や技術レベルが高いことで知られており、多くの国々はその例に倣おうと模索している。[OECD報告日本の危機管理政策:大規模な洪水と地震をご覧ください。(本文を読むためには申込が必要)].

しかし、日本は今後50年間で人口の3分の1が高齢化するという大変な時代に突入した。また、日本は深刻な食糧安定の課題を抱えている。食糧輸入に大きく依存しているため、日本の食糧自給率は40%にとどまり、先進国で最下位となっている。

さらに悪いことに、洪水に見舞われやすい都市部は、より人口が密集してきている。農村が衰退するにつれ、これまで都市住民に食糧を提供してきた地方の生態系が荒廃してきている。気候変動が及ぼす非常に深刻な課題や、少なからぬリスクを考慮しても、日本の将来の見通しは不透明で非常に複雑である。

地球温暖化影響・適応研究委員会により作成された2008年の報告書「気候変動への賢い適応」(環境省の委託による、三村教授が座長を務めるプロジェクト)によると、気候変動はすでに日本に影響を及ぼしている。気温の上昇によりコメの出来高と品質が次第に悪化している。大豆も成長期が短縮し、害虫の被害が増えており、収穫量が減少している。2007年の夏、熊谷市と多治見市で気温が摂氏40.9℃に達し、日本で過去最高気温を記録した。

予測される被害

将来について、5月の報告書では一連の厳しい被害を示唆している。たとえば、2050年ころまでに、近畿・四国地方のコメの収穫量は5%減少し、北日本(北海道と東北)では26%増加するとしている。(地図をご参照)国内のブナ林生育に適した地域も2031-2050年の間に30-56% 減少すると予測している。

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特に西日本の沿岸部では、130万人が高潮による洪水の被害を受け得るだろうとの予測がある。健康に関しては、低い確率で熱中症で死に至る可能性がある人の数は2100年までに2倍となり、確率が高い人々においては5倍に跳ね上がる。

日本がプラスの影響(コメの収穫量増加など)を活かしながら、どのようにマイナスの影響を抑えるために適応するのかが、今後の重要な課題となるだろう。この点において、三村教授は楽観視しており、「地方自治体を活性化し、また同時にそれを安全で回復力あるものへと構築する必要がある」と主張している。

これらの課題は、小規模な都市計画、農業システムの活性化、自然と共生する自治体の構築などの多くの分野で変化をもたらし、日本社会の活性化につながるだろう。(里山についてのビデオをご参照

適応力のある日本

インタビューの中で竹内副学長は、日本の気候変動適応策に関する技能や知識が、特に途上国などの諸外国で非常に役立つ可能性に着目している。

三村教授はこの点に賛同しつつ、国によって諸事情が異なるため各国は互いに情報を共有すべきであり、さらには気候変動がどのような影響を及ぼすか、そしてそれに対する対応策を注意深く考えなければならないと指摘している。

「気候変動への賢い適応」についての報告書によると、気候変動は多様な方法で様々な分野に影響を及ぼすため、1つの策で適応することはできないとしている。対策には、インフラのようなハード面(洪水のための堤防など)から、乾燥に強く、水や肥料をそれほど必要としない種を栽培するなどのソフト面での選択肢、土地利用の指導や自然災害時に避難誘導するための災害予測地図などの法的政策手段を含む包括的な選択肢を含むべきである。

しかし、資源が限られている上、世界的な金融危機をかんがみると、適応策はその他の国家的優先課題や確立したプログラムの要として位置づけられるべきである。これが「メインストリーミング(社会主流化)」すれば、適応策がそのまま持続可能な発展活動の延長となるだろう。

米国は我々の側にいる

興味深いことに、アメリカも現在、国内で起きている気候変動の影響に関する報告書を発行した。報告書には、将来起こる得る気候変動の影響や適応策も盛り込まれている。

この報告書は、13の省庁を含む米国地球変動研究プログラムを代表する専門家たちによって作成された。主な結果が日本の2009年5月の報告書と非常に似通っているのは偶然ではない。

すでにアメリカや沿岸海域で観察されている気候変動の影響は、アラスカや西部の州の山々の雪塊の後退、沿岸部で見られる海水上昇や高潮に及んでおり、特に大西洋やメキシコ湾沿岸で侵食や洪水のリスクを増加させている。報告書で予測される健康被害に、熱中症、水にかかわる伝染病、大気汚染、異常気象、虫やねずみを媒介とする伝染病などがあげられている。

公衆衛生のインフラ強化はマイナス影響の可能性を縮小させるが、報告書はこれらの予測についての経済的コストを記載していない。私たちは試算が発表されるまで待つしかないだろう。

困難な課題

一方、我々はより多くの国々が同様の研究を始めるのを待って、気候変動という大きなジグソーパズルに取り組む必要がある。気候変動への理解を深め、効果的な対応策を模索している間にも、残された時間は少なくなってきている。

現在、気候変動の影響と経済コストについての包括的な評価は2〜3の報告書が発表されているのみで、主に先進国からである。卓越したスターン報告書と2008年9月に発表されたオーストラリアのGaurnat Reviewの2つがその例だ。

しかし、適応策はどうだろうか?OECDによると、先進国は適応策の計画や実施に向けた積極的な手段を講じていないという。通常「環境対策の先駆者である」ヨーロッパ人も、適応策に関しては遅れをとっている、と今月発表された新報告書「気候変動に適応する西欧-国別適応策比較」は記している。

国際社会が適応策に投資していない主な理由に、しばしば資金不足があげられる。炭素削減目標などの緩和策や途上国の問題だとする考えが、適応策に影を落としているという課題もある。

しかし、適応策はもはや、緩和対策のおまけのような存在ではいられない。我々が明日の(温暖化ガス)排出を食い止めようとすれば、昨日排出されたガスが今日、影響をもたらしていることを見逃してしまう。だからこそ、我々は適応しなくてはならない。そして、気候変動への適応策を成功させるために、同時に緩和策も必要である

ギリシャ神話のシーシュポスのように、気候変動は今日における真の課題である。罰として、シーシュポスは険しい丘(の頂上)まで大石を持ち上げなければならなかった。しかし、頂上に辿り着くまでに大石は再び麓に戻ってしまうので、また持ち上げなくてはならなかった。適応策が成功するか否かは、効果的な緩和策にかかっている。緩和策がなければ、気候変動の速度はシーシュポスの大石のように増し、我々に予測よりも深刻な被害をもたらすかもしれない。

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気候変動による経済的損失 by アルバ・ リム and ブレンダン・ バレット is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

アルバ・リムは国連大学サステイナビリティと平和研究所の地球変動とサステイナビリティの研究者である。それ以前は、オーストラリア財務省の経済政策アナリストとしてオーストラリア政府に勤務。思いがけずアナリストから気候変動の活動家に転身し、気候変動の適応対策と社会、道徳、世界経済の実態についての課題に取り組んでいる。日本の国立政策研究大学院大学 (GRIPS)で公共政策の修士学位を取得し、オーストラリア・シドニー大学では経済学(優等学位)を取得。

ブレンダン・バレットは1984年からイギリス原子力発電所の環境アセスメントに従事して以来、環境分野に従事してきました。環境スペシャリスト、都市設計者でもあり、コミュニケーションや教育をはじめ環境問題の研究のため、ITを駆使しています。

博士課程を終了後、1997年から国連大学に加わり、2002年に国連大学メディアスタジオを立ち上げました。

IUCN(国際自然保護連合)教育・コミュニケーション委員会のメンバーでもあり、オーストラリア環境研究ジャーナルやサービス・リサーチ・ジャーナルの国際編集顧問委員会のメンバーとして活躍。2002年から2005年には情報社会サミットで、国連大学の中心的役割を果たしました。

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