日本の伝統を守る海女たち

本島から離れた島々にはその地に根づいた知恵の宝箱がある。能登半島では、海女(あま)とはかつて北東アジア海域で漂流生活をしていた人々だと言い伝えられている。

民族歴史学者たちも、海女はアジア大陸から日本の南部へと海流に乗って流れ着き、そこで大きく2つの漂流する集団に分かれたのではないかという意見に賛同しているようだ。そのひとつは太平洋岸へ行き、もうひとつは日本海沿岸を北上したというのだ。言い伝えはさらに続き、ある集団は台風によって北へ流され船が難破したため、日本海の能登半島の岩礁海岸に打ち上げられたのだと続く。

上のビデオで見られるように、今日に至っても難破船の海女の子孫たちは季節ごとに移動する半漂流者的生活を送っている。冬の間は本島の海岸近くに滞在し、ナマコや牡蠣を獲るため海に潜る。

春が来ると、年配者のうち数人は半島の海岸から50キロ沖の舳倉(へぐら)島へ移る。若い海女たちは6月末の梅雨の時期に移動し、古くから認められた権利に基づき1年に3ヶ月は舳倉島付近でアワビを獲る。地元の歴史文献には、この権利は徳川時代(1603-1867)に前田藩主によって、現在の海女の女性の先祖たちに与えられたものだと記録されている。

世界の多くの辺境の地がそうであるように、舳倉島の海女社会には変化の波はほとんど届かなかった。

1867年に封建時代が終わり、西洋の思想、法律、科学技術が日本列島を席巻していった。しかし、世界の多くの辺境の地がそうであるように、舳倉島の海女社会には変化の波はほとんど届かなかった。集団主義と親戚関係に基づいた地域の取り決め、漁業の権利、資源管理方法は廃れることはなかったのだ。

過去と同じように今でも集団主義が島の生活に溶け込んでいる。全ての決定は住民全員によってなされる。海女たちがどこで、いつ、何時間潜ってよいかは全員で決定すべき事項である。

テクノロジーとプラグマティズム(実用主義)

地域社会に根ざした資源利用と管理方法に関する決断に加え、ほかに課題となるのはテクノロジーと生活様式に関してである。舳倉島の海女コミュニティでは自動車、自動販売機など島の生活に影響を与えるテクノロジーがここ数年の議題となっている。年配の海女たちが言うには、新たなテクノロジーを受け入れるかどうかについて話し合うことは、昔は新鮮な議論だったが、現在では当たり前になっているという。

技術革新はこれらの身体的能力を減退させてしまうのではないかという点が海女たちにとって疑問だった。

優れた視力、肺活量、そして漁師としての勘の鋭さが海女の特性だ。技術革新はこれらの身体的能力を減退させてしまうのではないかという点が海女たちにとって疑問だった。海の資源を確保するために、どこまで身体的能力を(テクノロジーの力を借りて)高めるべきなのか。そうする事によって、自分たちの生活を支える資源そのものを枯渇させることにつながりはしまいか?

こういった疑問が最初に挙げられたのは、20世紀への変わり目にダイビング用ゴーグルが紹介されたときだった。このゴーグルをすると視力がよくなるため乱獲につながるのではという不安の声が上がり、当初は1日に1時間の使用に限られていた。しかし時が経つにつれ、ゴーグルは素もぐりの際の標準装備となった。

次の技術革新にまつわる議論はウェットスーツ、そして足ひれであった(現在はどちらも使われる)。ゴーグル同様、海の資源への影響に対する懸念は時間と共に薄れていった。さらに次の議論は酸素ボンベの使用の可否についてだった。集団投票の結果は「否」だった。その決定から既に50年が経つが、舳倉島の海女たちが再びそのことを疑問として挙げたり、方針転換を求めたりしたことは一度もない。

彼女たちの声には誇りが混じる。上記の決定に至ったのは、酸素ボンベを使用することが乱獲につながり、やがては地域を支える海の資源の枯渇につながるかもしれないといった科学的な理解に基づいてというより、彼女たちの素潜りのプロとしての誇りのおかげではないだろうか。舳倉島の海女たちが集団で出した「否」という決断に、どれだけ文化的自己認識が関わっているかは明確ではない。

それでも母から娘へと引き継がれてきた伝統は、単に肺活量や海流を読む能力や最高のアワビがどこで見つかるかなどといった技術的なことばかりではない。彼女たちは進歩の名の下に新しいテクノロジーをやみくもに採用することによって生活様式が一変してしまうかもしれないということを常に考えるよう教え込まれてもきたのだ。酸素ボンベの使用を拒否するという決断は、海で生きる命との関わりの中で、海女の心に深く染み込んだ自然との共生の意識が下したものと言ってよいのかもしれない。

このビデオブリーフは国連大学メディアスタジオのブランドかおりが国連大学高等研究所と共同で製作したものです。

翻訳:石原明子

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著者

国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット所長。1980年代後半から日本の農山漁村のフィールド調査に携わる。