養蜂がキルギスの土地劣化を軽減

キルギスのパミール・アライ山脈には、畏敬の念を抱かせるパノラマに囲まれた人里離れた村々が存在する。周囲は世界屈指の険しい生物物理的環境だ。あっという間の短い夏と、長い冬の休眠期により、生態系と、生態系が支える人々の暮らしが微妙なバランスで共存している。

何世紀もの間、この地域に暮らす人々は主要な収入源として家畜の放牧と農業に頼ってきた。しかしソビエト統治時代に、中央集権的な集団農場を基本とするシステムが多様な生計手段に取って代わり、伝統的な土地管理の形態の多くが失われてしまった。

厳しい気候条件も相まって、元々選択肢の少ない生計手段は環境劣化や地滑りといった災害による影響をますます受けやすくなっている。多くの地域では、何世代にも渡って放牧地の適切な管理が行われてこなかった結果、自然の回復力のスピードを超えて環境衰退を加速している。

「パミール・アライ山脈地域の独特な生態系は、影響を受けやすく繊細です。そのため、小さな変化や干渉が生じれば、それが人為的なものでも自然なものでも、環境はすぐに反応するのです」とキルギス国立山岳地域開発研究センターのマクサト・アナルバエフ氏 は指摘する。

アナルバエフ氏は、パミール高原とパミール・アライ山脈における持続可能な土地活用プロジェクト(PALM)に協力する研究者である。PALMはキルギスとタジキスタン両政府が取り組む国境を越えた統合的イニシアティブで、国際連合大学環境・人間の安全保障研究所(UNU-EHS)とパートナーシップを結んでいる。このプロジェクトは、中央アジアの重要な淡水源の1つであり、かつ豊かな生物多様性を育む地域の土地劣化と貧困の相互関係性の調査に取り組んでいる。

キルギスのMurdash(ムルダシュ)村で、Ulanbek Kasymov(ウランベク・カシモフ)さん は地域の土地劣化の影響を直に体験した。地滑りで自宅が破壊された場所に立ち、彼は崩壊した山の斜面を指さして言った「私の叔父たちは土壌を保護するために木を植えるように人々に頼みました。そうすれば農園もできるし、果実を収穫することもできます。でも土地の所有者たちが許可しなかったんです。『干し草を収穫するから、木は要らない』と言っていました」

PALMの研究者でオシ大学 に所属するAibek Attorov(アイベク・アトロフ)氏 は、カシモフさんの指摘を強調する「ここでは人々は家畜を飼っています。この辺りは村の放牧地として利用されていました。ところが結果として、ご覧のように、放牧地としても、干し草の農地としても、利用できなくなってしまいました」

しかし、目的を絞った生産能力強化とPALMプロジェクトからの助成金によって、変化が生まれつつある。PALMの成功の鍵は、同プロジェクトが支援するマイクロプロジェクトが外部のアドバイザーや官僚のアイデアではないことだ。PALMは、地域社会のニーズや視点から生まれる革新的なイニシアティブの支援を目指している。

「私たちが支援しようと務めているのは、環境に貢献すると同時に地域の人々の経済的状況を改善できるプロジェクトなのです」とアナルバエフ氏は語った。

放牧とハチ

カシモフさんは地元の学校で化学を教えているため、ムルダシュでの生態学的劣化の仕組みを理解しやすいのかもしれない。地滑りで自宅が破壊されて以来、彼は村の生活と環境問題への解決策をさらに熱心に模索するようになった。PALMの小規模助成金制度について聞いた時、彼は近隣の村人を集めて組織し、廃れつつある伝統を復活させるために行動を起こした。その伝統とは養蜂である。

「私は8年生の時に養蜂を叔父と父から教えてもらいました。父たちのやり方を見て覚えたんです。子どもだった私たちは大人の後を追い、薫煙器や木枠を運んだものです」とカシモフさんは回想する。

しかし彼が子どもだった頃から養蜂のような生計手段は徐々に二の次になり、その一方で、ほとんどの世帯が大規模な家畜の群れを飼い続けた。こうした状況は、集団農場が閉鎖され、キルギスが独立した1991年以降の高い失業率や、収入源がほとんど確保できないことに影響された結果である。カシモフさんの家族も例外ではなかったが、PALMプロジェクトを通じて彼や村人たちは、村の周辺で何十年も過放牧してきたことがいかに環境と土地の劣化を引き起こしたのかを理解した。

カシモフさんの家族は家畜の数を減らし、蜂蜜生産を増やすことに決めた。その決断は実を結び、カシモフさんやムルダシュ村の増え続ける養蜂家たちに持続可能な解決策をもたらした。

「この商売から得る収益は、私たちの(養蜂)グループの参加者に食料や洋服や金銭的な補助として配分されます。たくさんの人たちが関心を寄せていて、中には養蜂に携わりたいと考える人もいます。彼らは養蜂で収入を得て、もっと裕福になれると考えているのです。そういう人が巣箱を持参すれば、私たちは喜んでミツバチを差し上げますよ」 とカシモフさんは語る。

アイデアの集合体

PALMが成功している要因は、まさにこの知識と資源をコミュニティ主導で共有する形態にある。この地域は厳しい環境条件下にあるだけでなく、遠隔地でもある。現代的な通信手段の利用が限られているため、プロジェクトの調査結果をコミュニティに周知させることはPALMの抱える中心的な課題である。しかしこの課題も、すでに地元に根付いているネットワークと人間関係を通じて克服されつつある。

PALMの地域プロジェクトコーディネーターを務めるUNU-EHSのニベリーナ・パコーバ氏 は次のように説明する「ラジオとテレビは持っていても、インターネットを利用できる人はほとんどいません。知識は、親戚や農業従事者や友人のネットワークを通じて伝えられます。あらゆるマイクロプロジェクトには地域動員の要素が欠かせません。このプロジェクトは個別のイニシアティブというより集合的なイニシアティブを支援しています。それこそが集合的変化を引き起こす関係性と能力を強化する要因なのです」

カシモフさんや彼の仲間が飼育するミツバチの巣のように、PALMが育むアイデアの集合体は中央アジアの生態系と暮らしを守る鍵となるかもしれない。

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上記の養蜂ネットワークは、パミール高原とパミール・アライ山脈における持続可能な土地活用(PALM)プロジェクトの支援を受けています。PALMはタジキスタンのCommittee on Environment Protection(環境保護委員会)およびキルギス国立山岳地域開発研究センターが実行し、地球環境ファシリティとその他の資金提供者から資金を提供されています。国際連合環境計画は同プログラムの実施機関であり、国際連合大学は国際的な実行機関です。

PALMプロジェクトの成果の概要については、国連大学ポリシーブリーフ『Toward sustainable land management in the Pamir-Alai mountains(パミール・アライ山脈における持続可能な土地管理に向けて)』をご覧ください。

翻訳:髙﨑文子

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養蜂がキルギスの土地劣化を軽減 by ダニエル・パウエル is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

ダニエル・パウエルは国連大学メディアセンターのエディター兼ライターであり、Our World 2.0担当エディターに名を連ねている。東京の国連大学に加わる前は8年間、東南アジアを拠点に過ごし、農業、生物多様性、水、市民社会、移住など、幅広いトピックを網羅する開発・研究プロジェクトに携わっていた。最近では、USAID(米国国際開発庁)がカンボジア、ラオス、ベトナムの田園地帯で行った水と衛生に関するプログラムにおいて、コミュニケーション・マネジャーを務めた。アジアで活動する前は、米国林野局に生物学者として勤務、森林の菌類学および地衣学の研究を行っていた。

2002年より国連大学メディアスタジオに勤務。環境問題に関するビデオドキュメンタリーやオンラインメディアの制作を担当している。

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