電気に頼らない愉しさを追求する非電化生活

私たちの暮らしが数多くの家電製品に囲まれるようになったのは、それほど昔の話ではありません。現在の洗濯機の原型といわれる噴流式洗濯機が、日本 で最初に発売されたのは1953年。家事労働を軽減する便利な商品として爆発的な人気を博します。この年には本格的なテレビ放送も開始されました。さまざまな家庭電化製品が普及し始める先駆けともなった年で、のちに「電化元年」と呼ばれるようになります。

なかでも、電気洗濯機、電気冷蔵庫、そして白黒テレビは「三種の神器」と呼ばれ、当時の庶民にとって憧れの的でした。高度経済成長による所得向上を背景に、人々は次々とこうした家電製品を買い求め、元年から20年もしないうちに、ほとんどの家庭に普及していきました。

日本の電力消費は、このころから着実に増え続け、オイルショックのあった1973年から2008年までの35年間でおよそ2.5倍に拡大しました。 特に民生・運輸部門で大きく伸びています。家庭における増加については、世帯数の増加といった社会構造の変化に加え、テレビなど家電製品が大型化するとと もに、「一家に一台」の時代から「一人一台」という「個電化」の時代を迎え、ますます利便さと快適さを求めるライフスタイルの変化が大きな影響を与えてい ます。

非電化工房の誕生

こうした社会にあって、あえて電気を使わない暮らし、「非電化」を提唱するのが工学博士の発明家、藤村靖之さんです。「非電化」とは少し耳慣れない 響きですが、単に電気を否定する「否電化」とは違います。電気に頼らなくても、ほどほどな快適さと便利さを享受しながら、愉しく豊かに生きる道があるので はないか―そうした思いが込められた言葉です。

藤村さんは、大学院博士課程まで物理を学んだのちに大手機器メーカーに入り、プラズマ加工機やコージェネレーション、ガスヒートポンプなどの先端技 術の開発に携わるエリート技術者でした。そんな藤村さんが大きく方向転換するきっかけになったのは、生まれたばかりの息子さんがアレルギー性の喘息にか かったことです。1980年代当時、子どものアレルギーが思いのほか増えていることを知った藤村さんは、いろいろ調べるうちに環境問題に行き着きました。 科学技術の進歩に邁進し、便利さと快適さを求め続ける高度経済成長を遂げた裏で、子どもの健康を損なうような環境の悪化が進行していたことに気づいたので す。

そこで新しいライフスタイルを実現するため、藤村さんは2000年に非電化というテーマに取り組み始めました。2003年には「非電化工房」を設立し、数々の非電化製品の開発に取り組んでいます。

現在の非電化工房は、栃木県北部、日本有数のリゾート地である那須高原のふもとにあります。東京から北に約150km、東北新幹線を使えば約1時間半と、交通の便がいい立地です。

“さまざま試作品をつくるアトリエや母屋の中には、興味深い非電化の家電製品があります。たとえば非電化冷蔵庫。電気を使わなくても冷やせるのはなぜでしょうか? ここで利用されているのは、「放射冷却」と「水の自然対流」という現象です。”

約1ヘクタールの敷地は、電気に頼らない「オール非電化生活」の展示場といった趣です。グラスウールなみの断熱性を持つ籾殻を最大限に活用した非電化ハウス、微生物の力で排泄物を分解し肥料にする非電化バイオトイレ、太陽熱、薪、ゴミのどれでも燃料に使える非電化風呂小屋などが、池のほとりに点在しています。

電気がなくても冷やせる冷蔵庫

さまざま試作品をつくるアトリエや母屋の中には、興味深い非電化の家電製品があります。たとえば非電化冷蔵庫。電気を使わなくても冷やせるのはなぜでしょうか? ここで利用されているのは、「放射冷却」と「水の自然対流」という現象です。

放射冷却とは、物体の表面から赤外線が放射されることで物の温度が下がることです。よく晴れた夜には地面から赤外線が空に向かって放射されるため気温が下がります。乾燥した砂漠で夜の冷え込みが厳しいのはこのためです。「水の自然対流」とは、暖かい水は上昇し、冷たい水は下方にたまるという、誰もが経験的に知っている仕組みです。

冷蔵庫の貯蔵室(容量200リットル)は熱伝導率の高い金属でつくり、その周りに大量の水(約250リットル)を蓄えます。この水が保冷剤の役目を 果たします。冷蔵庫上部には赤外線を放射するための放熱板を貼り、板の内側が保冷剤の水と接するようにつくられています。貯蔵物の熱は貯蔵室の金属を介し て周囲の水に伝えられ、その熱は自然対流で上部に移動します。次に放熱板に伝えられ、放射冷却の仕組みで熱が外部に放射されるのです。

“グラスウールなみの断熱性を持つ籾殻を最大限に活用した非電化ハウス、微生物の力で排泄物を分解し肥料にする非電化バイオトイレ、太陽熱、薪、ゴミのどれでも燃料に使える非電化風呂小屋などが、池のほとりに点在しています。”

放射冷却の効果は、大気中の水蒸気が少なく、よく晴れた夜間に大きくなります。実際には曇りの夜もありますが、晴天の夜が3日に1日以上あれば、真 夏の日中でも冷蔵庫内は7~8度程度に維持できるといいます。こうして、電気がなければものを冷やせない、という私たちの常識を打ち破るような冷蔵庫が生 まれました。

「快適、便利、スピード」より大切なもの

もう一つ、非電化工房の中でも人気の製品に、コーヒー豆の手煎り焙煎器「煎り上手」があります。アルミ製の箱型の容器に取っ手が付いた片手鍋のよう な形状で、この容器にコーヒーの生豆を入れ、コンロの上で3~5分左右にふるだけで、ムラなくおいしく、そして浅煎りから深煎りまで、自分好みの煎り方が できます。

生豆を煎り、少し冷めるのを待ってミルで挽き、ようやくカップに注ぐ―ここまでおよそ25分。何かとスピードが求められる現代、一杯のコーヒーにこれほどの時間をかけたがる人は多くないかもしれません。実際、藤村さんも販売当初は大して期待していなかったそうです。

ところが、この製品は6年前の発売以来、すでに8500台も売れています。非電化工房のウェブサイトの片隅で紹介しているだけで、大々的にPRした わけでもないにもかかわらず、です。「プロセスを楽しむ人が増えてきたということではないでしょうか」。藤村さんはこう見ています。「これまでの日本は、 快適、便利、スピードを追い求めてきましたが、必ずしもそこだけに幸せがあるわけではないはず。何でも速ければいいわけではない、という考え方が生まれて いる証拠だと思います」

持続性を損なわない技術とは?

この製品、とてもシンプルな構造ながら、実は開発に半年かかっています。煎りムラが出ず、かつあまり時間がかかりすぎないような熱伝導率の高い素材 を選び、ごく軽くふるだけでも生豆がうまく回転するよう、容器内部の形状を工夫しました。さらに、豆が転がる音も心地よいものになるようこだわりました。 そんな工夫を重ねていたら半年もかかってしまった―藤村さんはそう言って笑います。

“実は、ハイテク製品よりローテクのほうが開発に時間がかかることもあります。でも、「技術」というと先端的な科学技術ばかりが連想され、ローテク なものをバカにする風潮があるんじゃないでしょうか。”

非電化工房の設立者、藤村靖之博士

「実は、ハイテク製品よりローテクのほうが開発に時間がかかることもあります。でも、『技術』というと先端的な科学技術ばかりが連想され、ローテク なものをバカにする風潮があるんじゃないでしょうか」。そうした考え方の末、行き過ぎた科学技術、そして便利さと快適さを求める私たちの欲望が、地球環境 に大きな負荷を与え、エネルギー問題など、危機的な状況を招いてきたのでしょう。

一方で、藤村さんは技術自体を否定するのではありません。問題なのは持続性を損なう技術なのです。ときおり開かれる非電化冷蔵庫の製作ワークショッ プでは、「文化系のお母さん」と小さいお子さんが優先的に参加できるようにしています。お母さんでもつくれるほど、シンプルな技術が使われているのです。 自分でつくれば、壊れたときも自分で直せます。先端的な科学技術の一方で、誰もが使える技術を取り戻す。それが科学や技術の暴走を防ぐブレーキになるだろ うと藤村さんは考えています。

豊かさを問い直そう

藤村さんの提唱する「非電化」とは、単に「電気を使わない暮らし」にとどまりません。エネルギーやお金に頼らなくても、技術をうまく使いこなして愉しく豊かに生きていこう、という哲学が背景にあるのです。

藤村さんの夢は、非電化工房を愉しさや豊かさ、そして幸せの選択肢がたくさんあることを見せるテーマパークにすることです。特に住宅。素人が建てて もステキで頑丈、健康にもよく、エネルギー消費ゼロという非電化ハウスを住宅展示場のように見てもらい、そうした家づくりがタダ同然の建築費でできること を示せれば、持ち家を諦めている若い世代に勇気が生まれるだろうと考えています。

世界的にエネルギー危機への認識が高まり、日本でも3.11以降、多くの人が電力供給のあり方に疑問を抱くようになった今、非電化に取り組む意義がますます重要性を増していると言えるでしょう。

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この記事は2011年10月18日に ジャパン フォー サステナビリティで公表されたものです。

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電気に頼らない愉しさを追求する非電化生活 by 小島 和子 is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

大学卒業後、出版社勤務を経て、2003年より環境パートナーシップオフィスでNPOや企業、行政の協働推進事業に従事。2006年、環境NGOジャパン・フォー・サステナビリティによる「ダイワJFS・青少年サステナビリティ・カレッジ」プロジェクトの立ち上げに参加。4年間プログラムコーディネーターを務める。2010年より、日英両言語によるコミュニティサイト「未来(ミラ)クル・MIRACLE―こども未来創造プロジェクト」(http://miracle-kids.net/ja/)の運営を通して、世界の子どもたちをつなぐ次世代育成プロジェクトを推進。フリーランスのエディター&ライターとしても環境問題への取り組みを深めている。

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