環境に優しいシステム:有毒な雨水集水

一匹のギンザケが川面で苦しそうにはねている。別のギンザケは目が回るほど円を描いて泳いでいたかと思えば、力なく下流に流されていく。また別の一匹は横腹をみせて、口をパクパクさせヒレを広げている。

米国海洋気象局北西区水産研究所の研究者たちによれば、シアトル市のロングフェロー川では5匹中4匹のメスのサケが腹に卵をいっぱい抱えたまま死んだということだ。卵は産卵の前に息絶えていた。

このストーリーにおける犯人は、数ある悪党の中でも実にありふれた存在である。犯人は雨なのだ。雨水が屋根や舗道を流れるときに、石油、油脂、不凍液、重金属など自動車から排出された有害物質と混ざり合っていく。また水生昆虫や魚には致命的な殺虫剤や、藻を増やすことになる栄養分、石鹸、ペットや家畜から排出されたバクテリアも雨水と一緒になって流れていく。

この強い有害物質は、大雨によってそのまま川や湖などに運ばれてゆき、小さなニシンから、この美しいアメリカ太平洋岸北西部の象徴ともいえるシャチに至るまで、あらゆる生き物を脅威にさらしているのだ。

“PCBなどの雨水に含まれる有害物質は、連邦政府によって保護されている絶滅危惧種であるシャチにとって、最も危険とされる脅威の1つである。”

雨水は従来の公害のイメージとは違う。そこには産業廃棄物を吹き出す工場の煙突も、有害な廃水をぽたぽたとたらし続けるパイプも存在しない。しかし雨水はその見かけと違い、雨水は強烈な一撃を持っているのである。北西部の川や湖や湾に流れ込む石油などの有害化学物質を生み出している諸悪の根源は産業界とされてきたが、舗道や高速道路からあふれ出した雨水は、これをもしのぐ元凶なのだ。また最近では、もし雨水による環境汚染をこのまま野放しにすれば、都市や郊外などでサケの遡上が一掃されてしまう地域が出る恐れがあると科学者たちが言い始めた。

このように環境を犠牲にする上に、豪雨による雨水の流出には高い代償が伴う。洪水や地すべりを引き起こし、何百万ドルという価値の物的損害をもたらすのである。Association of Washington Cities(ワシントン州協会)によれば、ワシントン州の市や郡では、地中に浸透せずに流れる汚染された雨水を、管理、浄化するために年間2億5千ドル以上が費やされているということだ。雨水が原因で水道の水が飲めなくなったり、海でとった貝が安心して食べられなくなったりするわけだ。

この地域の雨水が引き起こす問題にきちんと取り組むには、相当な額の出資金、建築基準法の現代化、無秩序に広がった開発に対するより強い規制が必要となるであろう。このうち、すでに進められているものもある。州はすでに雨水規制の更新に着手しており、一連の修正を検討している。これによってワシントン州には、国の中で最も厳しい雨水規制がいくつか導入されることになるだろう。

過去数年の間に、ワシントン州は36の市や街や郡に対し、豪雨によってあふれた雨水の減少化や浄化のために、宅地建物の規定を更新するなどの支援を続けてきた。地方自治体は、雨水の有効処理や環境保護を目的としたシステムの設置を希望する土地所有者に対し、費用の一部を負担する計画に着手している。

しかしこういった取り組みに潜在する真の力を理解するために、私たちはこの地域が直面している現実を検証していかなければならない。

大量に流れる雨水

水であふれそうなバスタブ10個分―これは比較的激しい土砂降りの間に平均的な大きさの一軒の家に降る雨の量だ。ピュージェット・サウンド湾一帯の中心地では、一軒の家から年間およそ26,600ガロンの雨水が樋から小川へと流れ込んでいく。(この州には150万件以上の家があり、それ以外に共同住宅、マンション、倉庫、事務所、小売店、その他さまざまな建物が数え切れないほどあるのである)

一軒の家の屋根から、敷地内の私道から、歩道から、芝生から雨水は流れ出し、迷路のような雨水排水インフラへと流れ込んでいく。シアトル市だけで何マイルもの長さの排水管が何百とあり、排水溝や排水枡は何千とある。排水管や樋から止むことなく流れる雨水は川の支流や主流へ流れ込み、湖や湾へと到達する―ほとんどの場合、この間に何らかの処理が施されることはない。

“排水は頭の痛い問題だが、「雨庭」はこれを解決するクリエイティブな方法である。”

地中に浸透せずに流れる雨水の排水システムは、一部の地域で実際に下水道と合流する。土砂降りの雨が降っている間に流れ出た雨水は下水管の許容量を超えてしまい、処理されないままの汚水が川や湖や海に流れ込むことがある。例えば2009年11月に港町のポートアンジェルスで、いくつかの下水管が結合した大きなパイプから2,500万ガロンを超える汚水と雨水が湾に流れ込んだ。

あふれた雨水の排水インフラは、時として道路や地下の氾濫を引き起こすことがある。シアトル市の最近の調査で、600以上の私有地が氾濫のリスクを負っていることが判明した。このリスクは私有地への損傷だけにとどまらない。2006年にはマディソン・バレー近郊に住む1人の女性が溺れ死んだ。土砂降りの雨が降っている間に、突如として彼女の家の地下室が不潔な雨水であふれたのだ。2009年には同じ地域で相当数の住宅所有者が市を相手に訴訟を起こした。地中に浸透せずに流れる雨水は、汚水、水銀、ヒ素、そのほか有毒で危険な物質で汚染されているが、こうした雨水が何度も氾濫を引き起こしているのに、シアトル当局は防御策を講じるのを怠ったとして訴えられたのだ。

豪雨による雨水は、犠牲の大きい有毒カクテル

空から降ってきた雨は、死に至る危険をもはらむ化学物質を溜めこみながら、ピュージェット湾に流れ着く。この地域で豪雨によって流れる雨水に含まれる汚染物質のうち、最も大きな被害を及ぼしているのはガソリンである。しかし雨水には、ガソリン以外の化学物質もたっぷりと含まれている。例えば自動車のブレーキから出る銅や、屋根や芝生に撒かれた殺虫剤は、非常に低濃度であってもサケにとっては脅威なのだ。

有害な化学物質はまだ他にもある。例えば鉛や水銀やフタル酸エステルと呼ばれる可塑剤だ。長い間環境破壊の主因と信じられてきたのは大きな産業施設であったが、こうした化学物質が原因となり、今や雨水が環境破壊の元凶となっている。重金属、難燃剤、ダイオキシン、石油、潤滑油など、さまざまな汚染物質が合計およそ1,400万ポンドも毎年入り江に流れ込んでいる―そしてこの数字は控えめに見積もったものにすぎない。

カナダ人科学者たちの話では、この極めて有害な化学物質がミックスした雨水のせいで、この地域に生息するシャチは「世界で最もPCB(ポリ塩化ビフェニル)に汚染された海生哺乳類」という極めて不名誉な呼び名を与えられたそうだ。含有禁止化学物質は環境の中に残存し、長期間にわたって野生生物の中に蓄積されてゆき、免疫機能、生殖作用、脳の発達に悪影響を与えていく。PCBなどの雨水に含まれる有害物質は、連邦政府によって保護されている絶滅危惧種であるシャチにとって、最も危険とされる脅威の1つである。

“雨水が屋根や舗道を流れるときに、石油、油脂、不凍液、重金属など自動車から排出された有害物質と混ざり合っていく。”

汚染された雨水によって、飲料水の供給も危機にさらされている。地中に吸収されずに流れる雨水が危険な化学物質を含んでおり、ベリングハム市の飲用水を賄う唯一の水源であるワットカム湖を汚染する第一の原因となっているのだ。湖の周りに新しい家が次々と出現し、地中に浸透せずに流れる雨水の量は急増しているが、市のリーダーたちはこの状況に遅れず対応するのに四苦八苦している。ベリングハム・ワットカム郡では豪雨による雨水に関係した主要な設備に500万ドル以上を投資し、加えて開発を制限するための土地の買収に2,000万ドルを費やした。しかしそれでも湖における水銀とリンの含有量は危険な水準に達してしまう。

ピュージェット湾の採貝業は世界的にも有名であるが、今では危機に瀕している。これもまた豪雨による雨水が原因だ。2007年にはカキや二枚貝などの貝を収穫する事業を営む95ヵ所のうち3分の1以上で糞尿の廃棄物が増えた。この廃棄物の原因をたどると、ほとんどの場合は豪雨によってあふれた汚い雨水や、タンク式の汚水処理設備でうまく処理されなかったものに行きつく。2008年のデータでは、10年前と比べワシントンの採貝業の収入は概算で3分の2となる5,500万ドルまで落ち込んだ。ワシントン大学の調査によれば、採貝業の衰退は公害によって貝を採る場所が閉鎖されていったことが主な原因であるということだ。休日に海の恵みの収穫を楽しむことも難しくなっている。潮干狩りは北西部の家族にとって長い間親しまれてきた伝統であるが、保健省当局によれば人々が多く住む65マイル以上続く長い海岸線は、浜辺で遊ぶ人々が安心して貝を採れる場所ではないということだ。

豪雨による雨水や汚水処理施設は海岸線を激しく汚染してしまった。こうして開発が無秩序に広がり続け、それに伴って豪雨による雨水がより多く排出され続けている今、雨水から貝を守るために力を尽くすことが急がれている。

「しかし、そういった努力は堤防の漏れ水を指でふさいで守っているのと同じことです」と述べるのはワシントン州保健省貝・水質保護部長のボブ・ウーリッチ氏だ。「堤防を守り続けても、止めるべき水は際限なくどんどんと流れてくるのですから」

LID:豪雨であふれた水への対策

シアトル市の2番通り北西部をぶらぶらと歩くと、まるで公園を散歩しているようだ。住宅街の中、少し婉曲した道路の両側には、野生の草や低木や木々などがある緑地帯が続いている。道路の路肩に沿って、駐車スペースの間に見えるのは小さな池や凹面状になった土地だ。傾斜は緩やかだが、土砂降りの雨になると、ここが水で一杯になる。泥水やゴミで一杯になったドロドロの排水溝や、車道の脇を覆っているはずの乾いた黒いアスファルトはどこにもない。

この道路は「天然の排水システム」に関連した北西部で初めての試みの1つである。10年前に作業員が空気ドリルでコンクリートブロックに穴をあけ、豪雨による雨水を本来自然に行われているのと同じ方法で吸収し浄化できるように作り替えたのだ。森では、雨水は枝や葉に落ちながらゆっくりと蒸発するか、地中に浸透したのち植物に吸い上げられる。「SEAストリート」と呼ばれるこのプロジェクトは成功を収めており、土砂降りの時でさえ雨水があふれることがほとんどなくなったのだ。

“LIDの論理は雨水が自然環境の中で処理されていく方法を再現することだ。”

天然排水システムは、北西部でゆっくりと広がりをみせている。「環境に優しい開発」または「LID」と呼ばれる活動の一部である。LIDの論理は雨水が自然環境の中で処理されていく方法を再現することだ。つまり普通なら水をはじいてしまう表面―例えば屋根や私道など―を、吸収性のあるものに作り替えるのだ。例えば州都オリンピアにあるエバーグリーン州立大学の複合施設の屋上のように、屋根や屋上を土や植物で覆って緑化し、雨水を吸収させるのも1つの方法だろう。

他にも縦樋を天水桶や貯水タンクにつなげ、流れて行ってしまう水を溜めたり、また縦樋を「雨庭」に流れ込むように設置する方法もある。「雨庭」には水が地中に浸透するよう砂利や土を深く層にした池が作られている。その他にもべリンガム市のバウンダリー・ベイ・ブルワリー(ビール会社)に設置されている駐車場のように、建物や車庫へと続く私道を格子状に舗装して土の部分を残したり、の街には多孔性のコンクリートを使った路地もある。

“排水は頭の痛い問題だが、「雨庭」はこれを解決するクリエイティブな方法である。”

豪雨によってあふれる雨水を一掃するのに、LIDには従来からある道路際の排水溝より低コストでより大きな効果が期待できる。アメリカ環境保護庁は、雨水対策計画に関して、LIDの技術を利用した場合と従来から続けられている戦略を使った場合にかかるコストを比較調査した。その結果、北アメリカ全体のさまざまな地域12件のうち、11件でLIDを利用した方が15~80%も低いコストで収まることが分かった。

環境に優しい開発は最近人気を得ている。しかしまだ乗り越えねばならない障害がある。自分たちが周知している従来の方法にしがみついている方が良いと考える開発者はまだ多くいる。また、市の建築法規でさえ従来通りのインフラを求めている場合が多く、駐車スペースに加え救急車両用スペースもとれるよう道路を広げよと義務付けたり、道路際に緩やかな凹面の緑地帯をつくった方がよほど雨水を上手に低コストで処理できるというのに、実際には雨水用の排水管の設置を指示したりしているのだ。

何度もの豪雨による死

ピュージェット湾が危機に瀕しているのは切り崩しが原因なのではなく、何度も降る豪雨のせいである。大雨の度にあふれ出る汚い水が、ワシントン州の大切な内陸の海に流れ込んでいるのだ。この先もずっと釣りをしたり、ビーチコーミングを楽しんだり、海鳥やシャチを観賞できるピュージェット湾を持続させるには、長期にわたってこの問題と係わっていく必要があり、また道路や家や庭の作り方を劇的に変更しなければならない。

豪雨であふれた水が汚染物質と一緒になり川や海に流れ込んでいく過程には無限の原因があるために、解決するにもさまざまな方向から問題に向き合うための多角的なイニシアティブが必要だ。ワシントン州のリーダーたちは、「環境に優しい開発」をより社会に広めるための重要な対策を講じ、世界中の地域の手本になる役割を担う機会を与えられているのである。

例えば雨水マネジメントに対しての財政支援を検討できるだろう。雨水があふれ出すのを抑制するための開発で、また特に費用効果が高く環境に配慮したものが必要だ。環境局は現在、市や郡がどこでどのようにLIDを利用すべきかを明確にした一連の規約を作成している。もし環境局が強固な基準を確立し、それによって早急にLID戦略が抜け目なく広く採用されていけば、ピュージェット湾とそこに流れ込む排水路は低コストで大きな利益を得ることができるだろう。北西地方はLIDの技術が世界中で利用されるための性能試験地域となり得るのだ。

もしこの地域の人口が2020年までに今と比べ約13%の上昇となる500万人以上に推定通り膨れ上がれば、豪雨による雨水の問題はより悪化していくとしか考えられない。

「時間は私たちに味方してくれません」と述べるのは、雨水とLIDの専門家であり、環境局に助言をして協力しているトム・ホルツ氏だ。「単にぐずぐずしていたことが原因で、この戦いに負けてしまうかもしれないのです」

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このレポートはSightline Institute(サイトライン協会)によるもので、同協会の許可を得てここに掲載しました。オリジナル版のCurbing Stormwater Pollution協会のウェブサイトにてご覧ください。

サイトライン協会は非営利の調査とコミュニケーションが目的のシンクタンクであり、ワシントン州シアトル市に本拠地を置く。1993年アラン・ダーニング氏によって設立され、その任務は持続可能性をもたらすことと、健康に長く続く繁栄を定着させることだ。同協会が現在注目しているのはカスカディアや北米大陸の大西洋側北西部である。

翻訳:伊従優子

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環境に優しいシステム:有毒な雨水集水 by エリック・ドゥプラース and リサスティフラー is licensed under a Creative Commons Attribution-NoDerivs 3.0 Unported License.

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著者

上級研究員。サイトライン協会の気候エネルギー政策に関する部門を率いており、特に公平さと温室効果ガスの評価に焦点をあてる。キャップ・アンド・トレード、西側の気候のイニシアティブなどの他、気候政策に関して幅広く執筆。メディアに登場して助言することも多く、また政策立案にも携わる。カスカディア・スコアカードという環境保護を指標化するプロジェクトに貢献し、調査や執筆を行う。またデイリー・スコアというブログを持つ。財産権、運輸、都市開発などに関するサイトラインのプロジェクトにも調査で協力。サイトライン協会での活動以前は、北西部地域財団でコミュニティーの経済発展戦略を支援する仕事に従事していた。

サイトライン協会で調査と編集を行う。かつてシアトル・ポスト・インテリジェンスの環境記者として活躍し、ピュージェット湾の状態調査で受賞歴を持つ。

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