ジャーナリズム論で教鞭もとるフリーランス・ジャーナリストで、Pulitzer Center on Crisis Reporting(危機報道のためのピューリッツァセンター)の奨学生である。2009年から水へのアクセスや自国における最近の鉱業ブームといった環境関連報道に携わってきた。
幅が広く、赤色のでこぼこ道の先にあるのは、ブラジル中央部のマットグロッソに新設された大規模農業の最前線だ。その光景には、息をのむしかない。道路の片側は牧草地で、少数の牛が、車が通るたびに頭をもたげている。その反対側には、大規模に栽培されている大豆の畑が地平線まで伸びて、完璧な幾何学模様を作り出している。風景の単調さを破るように散在する森林が、この地がかつて世界最大の熱帯雨林だったことを思い出させてくれる。
世界の熱帯雨林の3分の1を占めるアマゾンの熱帯雨林の伐採は、ブラジルが中南米最大の温室効果ガス排出国になった大きな要因でもある。長年、ブラジルの森林伐採率は世界最悪だったが、国際社会からの圧力と国内での運動により、ようやくブラジル政府も対策に乗り出した。
ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ前大統領の政権が、長い間無視されてきた森林保護法による取り締まりを始めたのだ。同法により、彼は森林伐採を阻止しなかった州への資金を凍結し、違法伐採地域産の製品の販売を禁止することができた。政府は衛星からの画像で違反者を監視し、警察を派遣して違法伐採者を検挙し、最悪の森林伐採記録をもつ地方自治体のリストを作成した。この戦略は功を奏した。6年間で森林伐採率が70%低下したのだ。
アマゾンのマットグロッソ州にある大豆生産地ケレンシアの街で、「まるで天地が逆転したようかのようでした」と語るのは、大豆農家のヴァルミール・シュナイダーさんだ。
「この地に来るように頼まれたのに、生産性を高めたことで、今では悪者扱いされているのです」
シュナイダーさんは、政府の支援のもとで植民政策が実施された1980年代に、ドイツからの移民が多い南部のリオ・グランデ・ド・スル州からここに移り住んだ。当時、森林伐採は、政府が非生産的な過疎地と見なしていたアマゾンのジャングルの人口を増やすための国家政策だった。アマゾンのあちこちに住む先住民は未開の人々として、ブラジル国民としての扱いを受けていなかった。
30年後、マットグロッソでは徹底した森林伐採と農業ビジネスの弊害が表れている。
「シングーは変わりました」と語るのは、州の主要な水源でアマゾン川の支流であるシングー川沿いの先住民の町に住むイアヌクラ・カイビ-スイアさんだ。
「水は濁り、魚の種類も減り、ほとんど釣れなくなりました」と彼は語る。
シングー渓谷は国立公園に指定されているにもかかわらず、保護区を取り囲む大豆農場や牛の放牧場は増えつづけている。農家は河岸を削り木々を伐採し、シングー川へと注ぐ水源を枯渇させてきた。
2004年に、保護区内の水源を頼って暮らしている地元の先住民6000人が、活動家や地元当局に助けを求めた。いくつかの団体が、農家や地主に植林と法の遵守を促すプロジェクトに乗り出した。
シュナイダーさんは、プロジェクトに参加するよう説得された農家のひとりだ。彼は、地元の自治体が連邦政府のブラックリストに載り、当局が法に従わない者たちに圧力をかけ始めた後に参加した。彼は2000へクタールの所有地のうち、森林として保護されているのが25%に過ぎないことを認める。現行法は50%と定めているが、農家の10人中9人は、シュナイダーと同じように違法している。
ブラジルの化粧品会社ナトゥーラが、30年契約で、種子を買い、植林に資金を提供することによってシュナイダーさんの所有地の森林再生を支援している。
「私にとっては、森林を守ることでお金がもらえるなら、もっとありがたいのですが」とシュナイダーさんは語る。「長い期間、契約を守り、大きな責任を負うにもかかわらず、私にはあまり得るものがないのです」と続ける。シュナイダーさんは炭素市場について耳にしたことはあるものの、その仕組みについては曖昧な認識しかない。
金銭的なインセンティブがない中で、他の要因が一役を担っている。森林再生プロジェクトを牽引するNGO、Instituto Socio Ambiental (ISA:社会環境研究所)のナタリア・ゲリン研究員は、「彼らは必ずしも、自然を愛し、環境に配慮するから行動しているのではなく、そこから利益が得られ、訴追や罰金が避けられ、そして絶対的に必要な水を守れるから行動するのです」
森林再生により、新たな市場が開かれた。放牧地用に伐採された土地では、牛さえいなければ木はまた育つ。時間とフェンスが究極のテクノロジーになるのだ。しかし、農産物を大規模に植えた土壌からは、自生の種は取り除かれるか生育できないよう処理されているため、植林が必要になる。
「ほら、これがジャトバで、これがグアナンディです」と語るサンティノ・セナさんは、よく日に焼け、節くれだった手をもつ男だ。彼は、マットグロッソの自治体、カナラナのジャングルで、湿地の表面に浮かんだ在来種の種子を集めている。
彼のような種子コレクターが300人いて、成長中の市場に種を提供している。2007年から2010年までに、植林用の種子の売上は4倍に増えた。農家が種子を買い、地元の自治体が種苗場に助成し、売買のあっせんもしている。
「以前は考えもしなかったことですが、今では木を切るときには心が痛みます」と、以前は伐採で生計を立てていたセナさんは言う。彼は種子の販売から得た収入の一部で、家とフィアット、オートバイを購入する代金を賄った。年に最大1万レアル(6000米ドル)も稼げるのだ。種子市場は今ではインターネットに移行しつつある。
在来種の種子需要が拡大しているのは、政府からの圧力によるものだけではなく、テクノロジーのお陰でもある。ゲリン研究員が働くInstituto Socio Ambientalでは、必要な労働を軽減しプロセスをスピードアップするため、大豆の種植え機を使って森林の種を植える技術を実用化した。
しかし、数百万ドルもの資金によるビジネス拡大のスピードと比べれば、植林のペースは遅々としている。ブラジルは世界最大の牛の輸出国で、大豆の輸出では米国に次ぎ第2位だ。農業はブラジルのGDPの22%を占めている。今日では、食料生産のコントロールと安全保障は、石油や核弾頭の所有と同じくらい戦略的な意味をもつ。専門家の試算では、シングー渓谷を再生させるためには30万ヘクタールの植林が必要だが、現段階で再生されたのは、わずかに約3000ヘクタールにすぎない。
農家から植林に対する支持を新たに取りつけたとしても、ブラジル議会が採決する予定の森林法が打撃になるかもしれないと、環境運動家たちは恐れている。まだ正式には審議前の同法は、「Ruralistas(農業推進派)」として知られ、大規模農業の利益を守ろうとする有力な政治家団体、が推しているものだ。彼らは、同法をブラジル経済の成長に沿った、より現実的な法律だとしている。
しかし、かつてのマリーナ・シルヴァ大統領候補のような環境活動家は、同法は保護区を減らし、過去の伐採者を免罪とすることにより森林伐採を促進するだけの法律だと主張する。「ブラジルは重要な岐路に立つことになります」と彼女は言う。
「1965年以降、ブラジルには森林を保護する法律がありましたが、新たな森林法はそれに逆行するものです。これは農業を推進する法律なのです」
• • •
本記事の原文は、 Panos Londonに掲載されたもので、インターニュース、IIEDおよびパノスによるイニシアティブであるClimate Change Media Partnership(気候変動メディア・パートナーシップ)のフェローシップの一部として、ロレンゾ・モラレスが執筆しました。
翻訳:ユニカルインターナショナル
アマゾンの植林を脅かす政治 by ロレンゾ モラレス is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.