自然を味方に

各時代における環境問題への懸念が、波となってウェンデル・ベリーの元に押し寄せているようだ。ベリーは60年代にニューヨークでの教職と執筆活動を断念すると、ケンタッキーに戻り、ポート・ロイヤル近くのレーンズ・ランディングで小さな農場を始めた。それ以来、その地での暮らしに根ざすものごとについて書くことに専念してきた。

読者が求めているのは、絶え間なく続く環境破壊や産業化した食料生産に打ち勝つための彼のインスピレーションだ。ベリーは、ある種のオルタナティヴな生き方を象徴する存在である。私は、著者と顔を合わせ、その暮らしぶりを実際に見ようと訪れた人たちが数多くいることを、レーンズ・ランディングを訪れた時に知った。

ベリーを最も有名にしたのは、彼の土地への関心の向け方だ。ベリーは土壌から気候のパターン、その地での人々の歴史に至るまで、詳細にコミュニティを理解し、故郷を知り尽くすことにこだわる。私が最初にベリーの著作を知ったのは、Southern Agrarians(サザン・アグラリアンズ)を通じてだった。Southern Agrariansは12人の南部出身者からなる団体で、1930年に「I’ll Take My Stand(私は自分の立場を明らかにする)」を出版した。これは北部の産業主義、そして夢を持ち、地にしっかり根を張った農家の暮らしの喪失に反対の意を表したマニフェストだった。資本主義者による進歩の定義へのベリーの抵抗は、米国の都市化や機械化、極度に進む移動性の増大に疑念を呈してきた知識人層の長い伝統と相通じるものがある。彼の1973年の著作、「Manifesto: The Mad Farmer Liberation Front(マニフェスト:怒れる農家解放前線)」の冒頭は、根を絶やされ、商業化に向かう現代のイメージから始まる。

好きになるべきは、手っ取り早い儲け、年次昇給、
そして有給休暇。もっと欲しがるべきなのは、
すぐに使える出来合いのもの。怖がるべきは
隣人を知ること、そして死ぬこと。
そうすれば、あなたの頭に窓ができる。
自分の未来さえ、もはや神秘でなくなる。
あなたの心は穴をあけられ、カードに入力されて
小さな引き出しにしまい込まれる。
彼らがあなたに何かを買わせたくなれば
呼び出しが来るだろう。彼らが利益のために
あなたに死んで欲しいときには、そう知らせてくるだろう。

彼は市場社会を痛烈に批判しながらも、Agrariansの著作で未解決のまま残された深い葛藤を探求している。それは、人はどうしたら、ルーツを失うことなく、家父長制度や人種差別などからもっと自由になれるのか、という問題だ。The Hidden Wound(隠された傷)では、ベリーはケンタッキーの農場で育った自身の体験を通して人種問題を探った。そして「Feminism, the Body, and the Machine(フェミニズム、体とマシン)」といったエッセイの中で、彼は自由を生産的な家庭経済との関連で捉えた。彼にとってのフェミニズム、そして男性の自由は、独立した世帯における完全かつ自由な雇用であり、コモディティへの依存が最小限の状態を意味する。

ベリーの影響はAgrariansにとどまらず、自然の生態学的、そして宗教的理解にまで辿ることができる。彼は、どうしたら私たちが自らを取り巻く環境への理解を深め、その限界を尊重しながら生活を営んでいけるのかと問いかける。だから、彼は一方を純粋なまま保ち、他方で略奪するという国立公園型の自然保護には反対だ。「自然を利用する農業は」、と彼は著作で書いている。「自然対話上手なやり方で世界に向き合う。……どこの農場でも、農家はその場所について責任を持って学び、『その地の特質を見極める』のだ」。

こうしたこと全てが、農業認識論とでもいうべきものへの深刻な疑問を浮かび上がらせる。テクノロジーによる解決が期待できないのであれば、私たちはどうやって限界を見極められるのか? その地の特質を見極めるとは、どうすることなのか? ベリーはこの疑問に、農家の生活に関する議論を通じて、また時には宗教や詩を通して向き合っている。彼の最新の著作、「The Poetry of William Carlos Williams of Rutherford(ルーサーフォードのウイリアム・カルロス・ウィリアムズの詩)」は、ベリーが自らの地を詩的に探究するのと同じ感性と理解を持ってニュージャージー州パターソンを探索した詩人に捧げたものだ。

これらはすべて、あまりに抽象的に聞こえるかもしれない。だが、水が入ったグラスの次にベリーが私の手に置いたのは、50年農場法案だった。彼の友人であるLand Institute(ランド・インスティテュート)のウェス・ジャクソンが中心となり、「農業の段階的な構造改革」のために発案したものだ。提案の中核となっているのは土地の自然な生物多様性の再開発で、ベリーはロビー活動のためにワシントンに出向いていた。ベリーはケンタッキー州の石炭業界への反対活動にも積極的で、最近ではケンタッキー大学がバスケットボール・チームの寮建設費として石炭業界から資金を受け取った後、同大から彼の論文をすべて取り下げた。

現在77歳のベリーはその作品で多くの賞賛を受けてきた。彼は今年、人文学分野で米国連邦政府が与える最高の栄誉とされるJefferson Lecture in the Humanities(人文学分野におけるジェファーソン講義)の講師に選ばれた。世界的に著名なマイケル・ポーラン も、彼にしばしば公式に敬意を表している。だが、ベリーが執筆を始めた頃と比べ、米国や世界の生態系はずっと深刻な状況になっている。

ベリーの農場の母屋は、ケンタッキー川、そして彼が長年にわたって「知らなかった頃を思い出せない地」と書いてきた土地を見おろす急な丘の斜面にある。ベリーが賞賛され、彼の作品が引用されるのは勇気づけられることだが、ベリーは私たちに、農業のプロセス全体、つまり、土地から労働者、さらには、この特集欄でさまざまな著者が議論してきた、重なり合う経済のすべてを気にかけるように呼びかける。素早い対処が求められる環境危機を前にして、彼の呼びかけに応えることは簡単ではない。ベリーとの対話は、食料ひとつとっても、もっと世論で大きく取り上げてしかるべきだ、という嘆き節から始まった。

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ウェンデル・ベリー氏(以下WB):食料について論じるのであれば、同時に土地や土地利用、土地政策、土壌や農場インフラの維持管理について議論しなければ意味がありません。フェンスを撤去して、つまり農業から動物を排除した状況から、どうやって最良の農業や最良の食料を得ようというのでしょうか? 動物がいなければ、農家の頭から何か本質的なものが欠けることになります。トウモロコシや豆の農家は、残念ながら極めて特殊な頭をもっているようです。

サラ・レオナード(以下SL):ご自身の農場の運営については、どうお考えですか?

WB:(英国の農業科学者の)アルバート・ハワード卿なら原生林の管理について、そして(ランド・インスティテュート創設者の)ウェス・ジャクソンなら原生草原について、こう言うでしょう。家畜のいない農業は、自然には存在しないと。そして、人の介入のない生態系で営まれる自然の「農業」についての彼の理解は、有機農業の科学的土台でもあります。耕せる限りの面積でトウモロコシと大豆を二毛作している中西部の大規模農場と、植物や動物の秩序ある多様性が保たれている良質な小規模農場との違いは構造的なものですが、これは決定的な違いなのです。トウモロコシと大豆の二毛作に構造的な複雑さは皆無です。そして、人と土地との関係は危険なまでに単純化され、主に技術的なものとなっています。

SL: そして食肉の生産はさらにグロテスクですね。

WB: あなたがおっしゃるのは、動物を一カ所に密集して閉じこめ、その餌は別の場所、それも多くは遠く離れた場所で育てるという産業システムのことですね。これは生殖のサイクルを壊し、持続可能な農業と信頼に足る食料供給の土台となる自然の法則すべてに反するものです。農業における動物の正しい役割は、農場の生態系を完成させる一助となり、放牧により人間に食料をもたらすことです。特に放牧は、主に、または完全に放牧のみに適した地で行われるべきです。

「心が麻痺するほど退屈な仕事」という表現をご存じですか? これは昔から、農業をけなすための慣用句でした。経済政策によって農家をその土地から離れさせれば、喜ばしいことに「心が麻痺するほど退屈な仕事」から彼らを救うことができる。特に小規模の農場に関しては、そう言われてきました。けれど、数千エーカーものトウモロコシ畑を持っていれば、朝起きてから1日中、耕作機や種蒔き機、コンバインで来る日も来る日も全く同じような列が並ぶ畑を行ったり来たりすることになるでしょう。これこそ退屈で、頭を麻痺させることではないでしょうか。ところが、あなたが100エーカー、あるいは150エーカーの土地で、25頭のジャージー牛を飼い、犬が数匹、庭もあり、花も至るところで咲き、家畜小屋の壁の向こうは崖になっていて、あなたの子供たちが駆け回って遊んでいるとします。これは退屈ではないはずです。もちろん重労働は必要でしょう。ですが同時に、継続的な注意や知性も必要です。そこで得られる楽しみも多いですし、そこで最も重要なのは、お分かりでしょうが、愛情です。

SL: そうした仕事で幸福を感じる人は多いと思いますか?

WB: 多くはないかもしれません。……でも、あなたは話題を、天職についての質問に変えましたね。誰もが農家を天職だと考えるのは間違いでしょう。アーミッシュの世界を見ても、農業コミュニティには技術者や製造者(私たちが作らないもので彼らが必要とするものもあります)、蹄鉄工、馬具工、馬のブリーダー、大工なども必要なのです。私は、誰もが農家になるべきだなどとは一度も言ったことはありません。しかし、誰もが、破壊的にならずに役に立ち必要とされる仕事をすべきだ、とは主張します。単なる「職」を天職の代わりにするのは悲惨なことです。

SL: なぜ、都市農業にこれだけ多くの関心が集まっているのでしょうか?

WB: 都市農業には得るものばかりだからです。でもそれは、農場と同一視できるものではありません。たとえば、ケンタッキー州ルイビルで、ガーデニングだけで食料確保はできません。都市では生産できない牛乳や肉も必要です。ルイビルで誰かが食べられる植物を植えることは、私たちにとっても大きな意味があります。都市のガーデナーたちが、生物学や芸術、食べ物を育てることの難しさを知るにつれ、田舎での農場暮らしに想像を膨らませます。こうしたことや、地産の食べ物への関心から生まれる都市農業主義は、とても意義のあることだと思っています。

SL: どうして都市の外ではなく、都市部の農業にこれだけ重点が置かれるのでしょうか?

WB: そうですね、都市生活者は安価な石油その他の助成によって、自らを孤立した、独立者であるかのように考えることを許されてきました。これを、古代ギリシャにおける都市の考え方と比較することもできるでしょう。中心部に都市を構築し、周囲がそこに属するという構造です。古代ギリシャの都市や町には、穀倉も家畜小屋もありました。収穫された穀物は都市に運ばれ、家畜は安全のために夜は都市に移されました。そこには都市と田舎との直接的な接触がありましたが、今はそれが失われています。ルイビルにかつてあったバーボン・ストックヤードも食肉処理場の多くもなくなりましたが、多くの住民はそれを進歩だと思っているようです。私はケンタッキー州レキシントンにあったストックヤードの近隣への移転を支援したことがありますが、誰も受け入れようとはしませんせんでした。肉は欲しいが、生きた動物や排泄物はいらない、というわけです。それは無理な要求ですし、馬鹿げています。経済的正義(ある種の公平感)を実現するには、原野から森林、都市までを網羅する根本的な経済構造全体を考えなければなりませんし、世の中には屈辱的な仕事などありません。たとえば不幸な魂が、大規模な食肉処理場で1日中、牛の頭を叩かなければならないとしたら、それは関係する誰にとっても屈辱なのです。

けれど、どんな種類の苦役もひどいものです。苦役とは、選択の余地もなく、天職という実感もなく、ボスの定めに従い、同じ作業ばかりを長時間続けることです。ここで誰もがタバコを栽培していた頃に、どこか郊外や都市から来た事情を知らない人が収穫期にここに来たら、そのひどさに慄然としたことでしょう。非常に困難な作業でした。暑い中、長期間にわたり、夜明け前から日没後まで重労働が続くのです。ですが、1年中続くわけではありません。そして私たちは近所の人たちと、賃金もなしにそれをやっていました。(誰もが終わるまで誰も終わりにならない、というのが昔の掟でした。)これは苦役ではありませんでした。

SL: 若い世代での流行の1つに(復活というべきかもしれませんが)、旅をしながら一定期間、有機農場で働くという、WWOOFing(世界に広がる有機農場での機会)があります。参加農場のリストは本にもなっており、今ではネットでも見ることができます。若い世代が農場に出かけ、働いているのです。滞在期間はまちまちです。一ヶ所にとどまらない農業で、旅行の一種として行われているようです。

WB:本当に効果を上げるためには、1年間は見習いをする必要があるでしょう。1年間の巡りのなかで、すべてを把握するのです。

SL:農場で働くのは、充足感を得るためではないかと思います。セラピー効果もあるのです。

WB:全体像を見なければなりません。死んだ家畜を処理したり、伝染病に対処したりするために農場に来る人はいません。私はたまたま、自分でやるのが好きなのですが、フェンスの繕いのために来る人もいません。ひとつひとつの仕事がどうやって大きなパターンを作り出すのかについて、感覚で捉えられるようになる必要があるのです。

SL:農業ビジネスの支援者に限らず、多くの人々が、小さな農場だけでは、今のように世界の人口に十分な食料を生み出せただろうかと疑問に思っています。

WB:いいえ、その質問に、絶対的な答えはありません。まず、未来についてはまったく分かりません。また、あらゆる場所で通用する「小さな農場」の定義はありません。重要な点をたくさん明らかにする必要があります。悪い小さな農場というものがあるのでしょうか? 良い大きな農場は? 多くの例を調べて評価しなければなりません。利益の大きい穀物市場があり、どの農家も、トラクターや化学肥料が使えるすべての土地で大豆やトウモロコシを栽培することになれば、その代償として、汚染は地元の水源に、そしてミシシッピー川、メキシコ湾——いわゆるメキシコ湾のデッドゾーンに広がるでしょう。それは明らかに良くないことです。この仕組みは、長期間の食料供給を保証するものでは全くありません。土地資源も、土地のコミュニティも、さらに土壌そのものをも破壊するやり方です。土壌は土地のコミュニティの一部です。そこからすべてが始まるのです。そしてだからこそ、50年農場法案もそこからスタートします。食料生産ではなく、土壌流出や有毒性、地元コミュニティの農業文化の破壊といった、農業の問題を取り上げているのです。土地や地元コミュニティを壊し、水系を汚染することで人々の食を満たし、さらにその代償を持続可能性なコストだと考えるのは、正常な頭を持つ人のすることではありません。

このことは、経済と文化に対する、よりよい批判が必要なことを私たちに教えてくれます。考えるべき重要な問題は、ウェス・ジャクソンが「目の数と、土地の広さ」と呼ぶ比率です。その土地をきちんと世話するためには、土地を管理し見守るのに十分な人数が必要なのです。産業化した農業では、ごくわずかな人数で、広大な土地に大きな機械と大量の化学物質を投入して「農業」を営んでいますが、その結果は私が先ほど説明した通りです。それが、数十億の人口の多くが今や都市部に住む「世界の食を満たす」と一部の人々が考えている大規模農場です。そうしていられるのはごく短い期間だけでしょうが、私たちは長期にわたりずっと食料を供給しなければなりません。私の立場から言えば、より複雑で長期的な構造を持つことは可能だ、といえます。自然に倣い、すべてがすべてを助けるような農耕文化をもつことは可能なのです。知り合いの良き農家がよくこう言っていました。「自然に働いてもらえるのは良いことだ。最低賃金で働いてくれるのだから」。自然を尊重し、そのやり方に従うなら、自然はとても強力な味方なのです。

今のように自然に反して行動するなら、自然は私たちに背くでしょう。その代償はとても厳しいものになるかもしれません。

農業の産業化を支持する人々は、彼らにとってはレトリック上の質問を、私たちに投げかけています。「もしもあなたの原則に従って農業を営むのなら、餓える者を決めるのは誰か」、と。私たちは彼らに次の質問を返したいと思います。「耕作可能な土地を汚染しつくし、土壌がすっかり流出してしまい、世界中で土地に根ざした農耕文化を破壊しつくした後で、餓える者を決めるのは誰か」、と。

SL: Southern Agrariansは自然の営みを、力強く制御不能で神秘的な、何か宗教のように見ているように思います。

WB: 自然は詩の伝統においてとても高い位置を占めています。宗教について私が主張したいのは、その精神性ではなく、経済性です。宗教の信仰は経済的なのです。そのことは聖書でも触れられています。デューク大学のエレン・デイヴィスはその著作「Scripture, Culture, Agriculture(教典、文化、農業)」でこのことに触れています。

SL:もし米国で、企業によらない農業の仕組みを作るとしたら、その変革の規模はとてつもなく大きく、政治の力が必要になるのではないでしょうか。

WB:私は米国農務省にあてた50年農業法案の実現に努力しています。私の最後の使命のひとつといえます。もしも、ワシントンに来て法案を支持する活動をしてくれと頼まれたら、私は行くつもりです。

SL:それは実現しそうなのですか?

WB:そうですね、(アイオワ州立大学レオポルド持続可能農業センターの)フレッド・カーシェンマンとウェス・ジャクソン、そして私は実際に法案をワシントンに持参したのですが、農務省で(農務副長官の)キャサリン・メリガンと彼女のスタッフが、丁重に受け取ってくれました。上院議員やそのスタッフも数人いました。それ以来、法案への注目度も高まり、少し勢いも出てきたようです。大きな変革の始まり、といえるかもしれません。

ですから、私は政治に反対ということではないのです。私は山頂破壊反対運動にも注力しています。この活動は確実に拡大し、注目も集めています。しかし、この州の政府は石炭業界に大きく支配されているのです。企業に所有されている人々に影響を与えるのは容易なことではありません。

SL:良質の農業、または適切な規模の農場は、資本主義や自由市場と共存できるとお考えですか?

WB:良い農業を含め、土地をよりよく利用しようとすれば、何らかの制限が必要となります。資本主義はこの制限を認めないのです。それが、私たちが限りある世界で無制限の経済成長を果たせるとされている理由です。良い農業には規則があります。規則がなくても制限は設けられますが、制限がなければ規則は存在できません。国中を見渡して、困難な時期にも成功している小規模農家がいるとすれば、その成功は制限を受け入れたからこそなのです。そして、構造を複雑化することで、生産を増やしたのです。

しかし、良い農業は地域コミュニティの事業でもあります。アーミッシュが繁栄し、高い利潤も得られているのは、ひとつには彼らが互いに良き隣人同士だからです。アーミッシュの偉大な資産は隣人関係なのです。それは、自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさいという、宗教上の原則です。同時に、それは経済的資産でもあるのです。隣人がいれば、助けあえます。しかしそれは、新たな制限をも意味します。隣人がいれば、無制限に経済成長を続けられません。隣の農場を所有することよりも、隣人を持つことを選ぶということですから。産業資本主義と良い農業の生態学的・社会的原則は、根本的に相いれないのです。産業化の目的は常に、人を機械やその他のテクノロジーで置き換え、生産コストを可能な限り低下させ、製品をできる限り高く売り、富をより少数の人間の手に集めることでした。人々は、まるでそれが産業経済の目的であるかのように「雇用創出」について語りますが、かつて産業革命に反対して機械を破壊した ラッダイト運動こそが正しかったのです。本当の目的は、人を機械に置き換えることでした。

SL: あなたは社会主義者なのですか?

WB: 私が読み聞きしたところでは、社会主義と共産主義は、資本主義と同程度、産業化の原則を尊重しています。私はまず政治的な考え方や理論ありきで土地や人々に考えを巡らせるタイプではなく、土地や人々、地域の生態系や地域経済との調和の必要性から考え始め、そこから50年農場法案のような保護政策を考えるのです。

SL:その点で良いと思える政治家はいますか?

WB:いません。この問題に立ち上がった政治家はいません。誰もいませんね。新聞や雑誌でよく見かける著名な経済学者たちも、土地や土地経済については全く触れていません。

SL:マイケル・ポーランは、食料について語りますが、農業についても少し語っています。この重荷を背負った人々は、あなたと同じほど、農業について懸念しているのでしょうか?

WB:分かりません。他人がどれほど懸念しているかをどう測るのですか。マイケル・ポーラン、エリック・スクロッサーといった人々も、産業化した食品生産の何が間違っているかは知っています。農業もその一部です。農業について書いている若く有能な書き手も何人かいます。あまり口には出しませんが、彼らにはとても感謝しています。

農場に戻り、そこで働こうという人々の多くは、農場体験が最も少ない層なのかもしれません。農場で育った若者の多くは、自分の家族のような経済的制約から逃れるために、他の産業や別の職を選びたがります。家族が彼らに「農業からは離れろ」と言うのですが、彼らを責めることはできません。私はケンタッキー州中部で、農場育ちの子供たちに農業を継がせることの重要性について人々に話したことがありますが、聴衆のひとりは、「大学を卒業する頃には、負債が大きくなりすぎて農場をやっていけなくなるのです」と言いました。私は「では、子供を大学に行かせるべきではないのです」と言いました。

SL:あなたをとりまくある種の本質的な価値観、あなたのノンフィクションや詩に常に登場するテーマについて考えているのですが、それは「感嘆」とでもいうべきものでしょうか。

WB:「感嘆」は適切な表現です。原生林や草原、耕作地、池、小川といった多様な風景の中で暮らし、働くことは、新たな発見の連続です。予期しないことばかりで、常に興味深く、素晴らしいことも多いのです。しばらくすると、それは終わりのないことだと分かります。ここは本質的に面白く、際限なく美しく、素晴らしい場所なのです。このことを知ると、あなたはまだ十分満ち足りていない、あなたの生活には不足があるといった絶え間ないセールストークに煩わされなくなります。この問いへの正しい答えは多くありません。最良の答えのひとつは、この場所が授けてくれた生活を注意深く観察することから生まれます。ありがたいことに、私の人生はとてもうまくいっています、ということです。

SL: 「I’ll Take My Stand」の中でアンドリュー・ネルソン・リトルが同様のことを書いています。あなたはTwelve Southerners(12人の南部出身者)についても書いていらっしゃいますね。農業を考える上で、地域について考えることは役立ちますか? あるいは、地域は土地や農業についての考え方を曖昧にするものでしょうか?

WB:私は南北戦争についてのエッセイでそのことについて語りました。南部は一地域ですが、主にそれは、政治的な意味においてです。地理的、生態学的、そして歴史的に見ても、南部は多くの地域に分かれています。ケンタッキーにも、多くの地域があります。しかし、そうしたことを考えても、農業のやり方は分かりません。私が言いたいのは、農場や耕地に合った農業をしよう、ということなのです。……ジョン・トッドが次のような一文を書いていますが、これは私やウェス・ジャクソンにとってはとても重要なことでした。「洗練された解決策は、その場所の独自性に根ざしている」。現代農業の不思議のひとつは、農業科学が他の科学と同様に、生物進化論を基本としていることです。進化論は、どんな種にとっても地域への適応が絶対に必要な条件と見ていますが、私たちはなぜか、人間を例外視してきたのです。

SL:他に付け加えたいことはありますか?

WB: 私たちの時代の農業は悲劇といえます。20世紀中頃に、アルド・レオポルドが「land community(土地コミュニティ)」や生態系に沿った土地管理について書き、出版しました。アルバート・ハワード卿とJ・ラッセル・スミスは、農業の必須要件としての自然原則について書いています。これは科学的にも評価の高い作品です。それを無視して第二次世界大戦の終わりに、政治家や農業官僚、大学の農学部と農業ビジネスの企業がよってたかって農業を産業化し、土地からまずは人を、そして動物を追い払い、工場に送り込みました。これは間違いであり、しかも土地と人の両方を大規模に攻撃するものでした。その代償の全貌は未だ明らかではなく、まして支払われることなど期待すべくもありません。

本記事は、Dissent 59:2 (S12) pp.42-47に掲載された原文を、University of Pennsylvania Pressの許可を得て掲載しているものです。

翻訳:ユニカルインターナショナル

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