COP11の反省、楽観主義、現実世界

インド辺境の部族地域の奥深くにある丘の頂で、私は同国屈指のエコ建築家と握手をしていた。私たちの後ろには、手でこねた赤泥レンガで作った村の集会所が半分出来上がった姿を見せており、村に住む部族の人々が、何が起きているのかを見るため、次々とやってきていた。

それはまるで、ハイデラバードとは別天地のような光景だった。その前日、私は生物多様性条約第11回締約国会議(CBD COP11)が開かれているハイデラバードにいて、会議センターのクーラーのきいた会議室で震えていたのだ。

だが、COP11に集まった数千人もの代表団も、へき地の丘の上で働く一握りの人々も、きわめて重要なパズルを構成する大切なピースであることにかわりはない。このパズルは、未来の世代のためにこの地球を守り、また人々の生活の向上をはかることへの楽観的な考え方と責任の共有を土台に、作成が進んでいるものだ。

愛知ターゲットを受けいれる

10月8日にハイデラバードで行われた最初の総会では、出席者が見守る中で、日本政府の代表者が、COP議長職のしるしである小槌をジャヤンティ・ナタラジャン氏(インドの環境森林大臣)に手渡したが、COP10の成功と過去2年間の進展の後だけに、期待が高まっているのは誰の目にも明らかだった。何といっても、日本が議長を務めたCOP10の主な遺産には、2011-2020年の生物多様性戦略計画(20項目の愛知ターゲットなど、5つの戦略目標から成る)と機会と利益の配分に関する名古屋議定書が含まれているのだから。

COP11に出席した約6,000人の代表団は頭の中で様々なことを考えていたに違いないが、特に、「地球・地域・国レベルで、貧困緩和と地球上すべての生物の便益のために、生物多様性の現在の損失速度を顕著に減少させる」という、2010年生物多様性目標を達成できなかった苦い失敗が頭をよぎっていたことだろう。

締約国がCOP10で採択された文書を支えてきたという証拠はあるのか。それとも、2012年のハイデラバード会議は、結局2020年に同じように残念な発表で終わるための一里塚にすぎないのか。

開会式では、CBDのブラウリオ・フェレイラ・デ・ソウザ・ディアス事務局長2が愛知ターゲットの達成に向けて資源とエネルギーの結集を促し、すぐさま会議の雰囲気が出来上がった。たしかにハイデラバード会議では、戦略計画が受け入れられていたばかりか、個々の目標達成に向けた大きな進歩がすでに着々と進んでいる証拠がそこかしこに見られたのだ。

会議の期間中、これらの目標への資金調達と達成に重点を置いたサイドイベントや集会がいくつも開催された。Our World 2.0で何度も紹介してきたSATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップも、この機をとらえて相乗効果を高めるために、COP11に引き続いて「愛知ターゲット達成への貢献」というテーマで第3回世界会議を開催していた。

目標をひとつずつ達成する

勇気づけられるサクセスストーリーはいくつもあるが、そのひとつが、愛知ターゲット11の達成に向けた取り組みである。愛知ターゲット11は、「沿岸域及び海域の10%が、管理が効果的かつ公平で、生態系を代表していて、保護地域間の連結が良好なシステムを通じて保全される」ことを掲げている。過去10年で、世界の海洋保護区域(MPA)の総面積は10倍に増えた。現在、沿岸域および海域のうち830万平方キロ、およそ2.3%が保護下にあると推算されている

10%という目標にはまだほど遠いと思われるかもしれないが、勢いは加速しており、太平洋では昨年、クック諸島とニューカレドニアによってそれぞれ110万平方キロと140万平方キロがMPAに指定された。このようなサクセスストーリーこそ、「早く行きたければ一人で行け、遠くまで行きたければ一緒に行け」という現地のことわざにぴったりといえよう。太平洋地域環境プログラムの事務局長であるデビッド・シェパード氏が、COP11の夜のイベントで、戦略計画を中心とする太平洋地域の主要優先区域を明らかにした覚書をCBDと取り交わした際、このことわざを引用したのは、実に言い得て妙であった。

困難な時の楽観主義

憂鬱な気分に打ちひしがれた時、音楽家のレナード・コーエンはかつて、こう言明した。「悲観論者というのは雨が降るのを待っている人のことだと思います。そうすると、私は全身びしょぬれになった気がするのです」

私はこの言葉を初めて読んだとき共感を覚えたが、時が経つにつれて、この中に、楽観主義と現実主義が少しばかり隠されていることを確信するようになった。迫りくる危機や差し迫った大惨事についての記事は多いが、おそらく最も健全な第一歩は、今後どれほど多くの難問が待ち受けているかはともかく、今すぐ対処しなければならないことが山積しているということ――嵐はすでに来ていることを、きちんと認識することなのだ。

たしかに、もはや一刻の猶予もなく行動せねばならない。国連環境計画のアヒム・シュタイナー事務局長は、2012年9月の国際自然保護連合(IUCN)世界自然保護会議での講演で、このような大きな国際会議の後に何の行動も起こさなければ、このままCOPやリオ+30、リオ+40と開催を続けても「地球の絶滅を記録する」だけになってしまう、と強調した。様々な国際会議でどれほど慎重に言葉を選んで決定や誓約を策定しても、行動しなければ、それらはただの言葉にすぎない。

写真: Akane Minohara, UNU-IAS

写真: Akane Minohara, UNU-IAS

私がCBD COP11の第一週目に開かれた様々なイベントの出席者の献身的な活動や取り組みに心から感銘を受けたのは、こういったことがすべて頭の中にあったからだ。また、週末になって、会議場を離れて仲間と共に空港へ向かっていたとき、心からほっとしたのも同じ理由からだった。私たちはこれらのアイデアを行動に移すために、人々が実際に働いているところへ赴こうとしていた。カリカットへ飛行機で2時間半、それから車で何時間もかけて、西ガーツ山脈の奥深くにあるワヤナドへ向かうと、たちまち全く違う世界が見えてきた。

私たちは翌朝、MSスワミナタン研究財団コミュニティ農業生物多様性センターの支援を受けている部族コミュニティに到着した。森の中に植えられている何列もの茶の木のそばを通るとき、子どもたちとすれ違った。この子たちの多くは、「Every Child a Scientist(子どもはみな科学者)」プログラムの一環として、地元の生物多様性の価値と重要性を学んでいる。

私たちは熱心な地元のスタッフの案内で、茶やコーヒー、カルダモン、カボチャ、バナナ、コショウなどの木を見て歩きながら、村人たちが農業生産の開発に力を入れ始めた様子を目の当たりにすることができた。女性にキノコ栽培の技術を教えることで、女性の社会的権限を高め、その生活を支援する計画も進行中である。

さらに丘の頂では、環境に配慮した建築方法と周囲の土壌組成に関する地元の知識を利用して、村の集会所が泥レンガで実際に建設されていた。この村では、自然との調和的関係を基盤として、より高いレジリエンスを持つ未来に向けた次の対策をいくつも計画しているが、数か月後にはこの集会所が重要な会合場所として役立つようになるだろう。

私の頭の中は、前日までの会議の、ターゲットだの、戦略的目標だの、指標だの、さらには次から次へと映し出されるパワーポイントのプレゼンテーションでまだ一杯だったが、周りを見回すと、そのピースがすべてぴったりあてはまっているのが見て取れた。地元の活動は、COP11のような会議の対話から生まれ、慎重に策定された行動枠組を指針としていた。行動を伴わない言葉はただの言葉にすぎないが、指標となる枠組と共通の目標の中で取られる行動には、さらに大きい影響を与える可能性が秘められている。

最後の数時間

翌日、私たちはCBD COP11の残りの日程に参加するにハイデラバードへ戻った。最後の総会は、10月19日金曜日の午後に開かれた。2週間にわたる集中討議で、33件の決定案が作成されていた。時には1つの文節、1つの文章、また場合によっては、ただ1つの言葉について、長い時間をかけて協議が行われ、多くの締約国がその役割をいかに真剣に受け止めていたかは明らかだった。

資金調達の協議が最後に行き詰まってしまい、COP11議長は合意形成のため、最後の総会開始から約1時間後に会議を一時中断した。会議はその後7時間以上たって再開され、資金調達目標についてようやく合意が得られたが、COP議長がその小槌を振り下ろして会議の閉幕を告げた時には、土曜日の午前3時2分をまわっていた。

その数分前に日本の環境省を代表して、星野一昭氏が閉幕の辞を述べたが、おそらく彼ほど、その部屋にいた人々の達成感をうまく言い表した人はいなかったであろう。

「ここに先進国と途上国がともに集い、愛知ターゲットの達成に向けて協力し、共通の目的の精神を守り通すことができたという事実を、私たちは誇りにしてよいと思います」

閉会式から数時間のうちに、残りの代表団もそれぞれ帰路についた。雨が激しく降り始め、ホテルから空港まで行くシャトルバスに乗り込んだとき、数人の子どもたちが大きな笑顔で、雨の中、びしょぬれになりながら追いかけっこをしているのが見えた。私は椅子にもたれて目を閉じ、バスは嵐に向かって走って行った。

翻訳:ユニカルインターナショナル

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COP11の反省、楽観主義、現実世界 by ロバート・ブラジアック is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

ロバート・ブラジアック氏は以前、横浜の国連大学高等研究所においてSATOYAMAイニシアチブに取り組んでいた。現在は、東京大学大学院農学生命科学研究科のリサーチ・フェローである。

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