科学を味方に地球を救おう

最近、地理のクラスを取った。地理は今では専門用語で「物理科学」と呼ばれる。私の地理のクラスでは実験があった。実験? ブンセンバーナーにビーカーを乗せて何かを沸騰させるなど、高校卒業以来だ。

だが、7歳の娘のために地球を救う手助けがしたいなら、気候変動が実際、どのように起こっているのかを科学的に知った方がよい。自分の家のリビングで、近所の人たちにペットボトルの水を飲むのはやめよう(なぜなら、それらはフィジーからはるばるやってくる間に膨大な量の炭素が排出されるから)と言い続けても、科学的な裏付けがなければどんなに懇願しても無駄だ。

運良く、地理を学び始めたばかりの私たちが最初にやった実験は「潜熱」の証明だった。ビーカーに氷を放り込みながら、これはそれほどおどろおどろしいものではないと私は思った。学んだ内容は、水が氷から液体、そして水蒸気へと状態を変える間に熱を吸収するということだ。逆に、水蒸気が冷却されると潜熱(隠れている熱)が放出される。そしてこれが、暴風雨やハリケーン、竜巻を起こすエネルギーである。

同様に、増加した温室効果ガスは大気を暖め、それが次に海を暖める。暖かく湿った空気(暖かい空気はより多くの水蒸気を含む)がメキシコ湾から北に向かって米国本土に流れ込み、ロッキー山脈から南に向かって降りてきた冷たい空気に出会うと、潜熱が徐々に働き始める。水蒸気が氷になり、氷が水蒸気になるのを繰り返すうちに、暴風雨は破壊的なエネルギーを持つようになる。

“1950年代前半にさかのぼれば、年間の竜巻発生回数は200回程度だ。それが今では、平均1200回発生し、約55人が命を落としている。今年、死者数は500人に達すると予想されている。”

ダラス・タイムズ・ヘラルド紙の写真 – 1957年の竜巻で大きな被害を受けたオーク・クリフ。 写真提供:ジャスティン・コザート

ダラス・タイムズ・ヘラルド紙の写真 – 1957年の竜巻で大きな被害を受けたオーク・クリフ。写真提供:ジャスティン・コザート

そう、今年になって米国を襲った 1,500回の竜巻には、おそらく気候変動が関与している。 1950年代前半にさかのぼれば、年間の竜巻発生回数は200回程度だ。それが今では、平均1200回発生し、約55人が命を落としている。今年、死者数は500人に達すると予想されている。5月にミズーリ州のジョプリンを襲った竜巻は、時速322キロ以上の風速を記録し、この時だけで死者は125名に上った。

ノースカロライナ州アッシュビルにある米国気候データセンターの気候学者、ジェイク・クラウチ氏によると、メキシコ湾の海面水温は通常よりも1.0~1.5°C高い。彼の説明によると、この高い水温を原因とする暖かく湿った空気が「完璧な燃料」として発達するのだという。

シンプルに考えること

これでよくわかったが、水の潜熱は気候変動の複雑な気象をあおる一要因なのだ。素人の私が説明しようとしたところで、立派な科学者は一人残らず、私の結論は一面的だと言うだろう。しかし、私はシンプルにしておきたい。というのは、大多数の人は明らかに私と同じでどちらかといえば科学に疎いからだ。年初に行われた調査によると、ロシア人の3分の1は太陽が地球の周りを回っていると考えている。 ロシア人だけではない。イギリス人やアメリカ人でも同じようなものだろう。

ただし、弁解しておくが、私たちが科学に無頓着だとしても、それは愚かだからではない。進化しながら生存するのに、これまでは科学的知識に頼る必要がなかったのだ。

多くの人が、私たちは「進化のミスマッチ」に苦しんでいると言う。つまり、狩猟採集者としての脳が、現在、実際に起こっている問題、たとえば気候変動などに追いついていないというのである。私たちは目前のわかりやすい脅威、たとえばバッファローの暴走などに対応するので精一杯なのだ。スタンフォード大学の有名な生物学者、ポール・エーリッヒ教授は、Human Natures, Nature Conservation and Environmental Ethics (人間の本来の性質、自然保全、環境倫理)という論文において、私たちの神経系には知覚の限界があり、少しずつ温暖化が進む地球の真の脅威がなかなか理解できないのはそのせいだと述べている。

つまり、私たちの多くが悪い意味で「知らぬが仏」に甘んじてのんきにしていられるのは、気候変動の進み方がゆっくりだからだ。

科学に疎くても許される社会

結局のところ、私たちはもともとそういう性質なのだ。さらに、文化的には現段階において、科学に疎くても社会的に問題はない。そう言ったのは社会学者のシェルドン・アンガー博士だ。人間は本来、自分の周囲の世界について知りたいと思うものだと断言したのはアリストテレスだが、アンガー博士はそれを真っ向から否定している。アンガー博士の主張によると、人が知りたいと思うのはひたすら社会的に役立つ知識だ。

だからこそ、数千マイルもの太平洋を隔てた島から運ばれてきたペットボトルの水を飲むのはやめようと私が訴えるよりも、テレビのリアリティ番組『サバイバー』の方が説得力を持つのだ(もっとも、ゴージャスな南の島にいたとしても、破壊的な気候変動を生き抜くのに実際は何の役にも立たないのだが)。

そして、ますます厄介なことに、科学に対する私たちの無頓着ぶりを増長させているのは、人間本来の性質や問題そのものの性質だけではない。それらに加えて、文化的な問題もある。集団の注意を惹き付けつつ、自然環境の劣化から目をそらさせる超現実のポップカルチャーだけが原因ではない。私たちが科学に疎いことについては、次の3つの文化的背景が考えられる。

まず、知識を手に入れる機会が急激に増えた一方で、私たちの多くはますます専門化を迫られ、自分の専門外の分野については驚くほど何も知らないという状態に陥っている。これがいわゆる知識の有無のパラドックスを引き起こす要因だ。たとえば、コンピュータプログラマーは常に新しいプログラミング技術を知っていなければならない。そして、そういった分野のイノベーションは急速に進むので、他に知的な関心があったとしても追求している時間がない。もしかすると、日曜日にのんびり新聞を読むことすらままならないかもしれない。

次に、質の高い公教育を受けられない世界の多くの人たちの間に、科学的な情報が浸透していなくても致し方ない。教育のリソースが限られていると、一般の人々に情報が行き渡らないだけでなく、政治家やジャーナリストでさえ、あいまいな知識しか持っていないことがある。

ごく最近、私たちは大統領選挙に向けた共和党候補の指名争いで、候補者が気候変動についての科学的合意に懐疑的な見解を示すことを駆け引きの材料にするさまを目の当たりにした。こういった人々が重要な環境政策を決定し、情報を一般の人々に伝えるのだから、何とも無念である。

最後に、マイアナ・ラーセン氏のような人類学者によると、私たちはすでに確立された概念や政治が基づく科学的な「事実」に引っ張られやすい。つまり、気候変動についても、すでに知っている内容に矛盾する新事実が出てくると懐疑的になるのである。それどころか、科学的な裏付けを無視して、自分の世界観に合う事実を選ぶこともある。皮肉なことに、高い教育を受けている人ほど、自分の価値観に一致する科学的見解を容易に探し当てるものである。

2009年、クリス・ムーニー氏とシェリル・カーシェンバウム氏は「Unscientific America(非科学的なアメリカ)」という著書で痛烈な批判を展開し、宗教に基づいて科学が否定される事例が非常に多いことを嘆いていた。著者によると、46%の米国人は進化を否定していて、世界の歴史は1万年に満たないと信じている。また、米国ではケーブルニュースが5時間流れても、その中で科学について報じられる時間は1分にもならない。米国では、科学はまさに苦戦を強いられている。

だが、人々は気づいていないようだが、もし科学を味方につける時があるとすれば、それはまさしく今なのだ。

それでも科学者を信じられるのか?

残念ながら、私たちは実験室の白衣を着た人を信用しないか、あるいは恐れる傾向があるが、それはもっともだ。というのは、科学の粋を集めた発見が政治に利用されて大惨事を引き起こしたり、経済的な利益の追求に用いられて、人々の安全がないがしろにされたりしたことが過去にさんざんあったからだ。たとえば、驚異的な力を持つ核分裂は長崎と広島の恐怖を生んだ。植物の遺伝子組み替えで生まれた「フランケンフード」はヨーロッパの大部分では拒否されているが、米国のスーパーでは表示されることもなく売られている。

それに加えて、科学者自身にも不信感がある。保守的な科学者は、自分たちの仕事は科学という仕事に従事することであり、もし政治的あるいは社会的問題に少しでも踏み込んだら最後、信用を失うと思い込んでいる。

だが、これも変わりつつあるかもしれない。危機感を抱く科学者は、科学的な提言をするべき時は今だと知っている。30年前、NASAの科学者のジェームズ・ハンセン氏は米国議会で、化石燃料の燃焼と温室効果ガスの増加の間に関係があると証言した。その彼は最近、ワシントンで、例のキーストーンXLパイプライン抗議活動に参加し、アインシュタインの次の言葉を引用した。「考えるだけで行動しないのは罪だ」

Illustration David Jimenez

Illustration David Jimenez

実際、環境問題に携わる多くの科学者は、伝統的な学術界でのキャリアに背を向け、社会学者や心理学者などの行動科学者と手を組んでいる。ポール・エーリッヒ教授は、これこそが求められていることだと言う。というのは、私たちが気候変動を理解する上で、知覚能力だけでなく、遺伝子的な制約もあるからだ。言い換えれば、私たちはまだ、この問題を乗り越えて進化するのに適した遺伝子を持っていない(あるいはその時に達していない)。その分、私たちは文化的に進化しなければならないし、そこにこそ行動科学者の出番がある。一般の人々は既成概念にとらわれ、過度の負荷を背負い、猜疑心に満ちているが、行動科学者は気象学者やその他の物理学者とともに、そんな人々にメッセージを届ける方法を考え出さなければならない。

行動科学によれば、より草の根的なアプローチも強力だ。私たちはいまだに狩猟採集民族の脳を持っているゆえに、明らかに他の人たちとの会話から何よりも多くの情報を得ている。私は誰もが科学のクラスを取るべきだとは言わないが、気候変動は生きるうえで知っておくべき事柄のひとつだと信じてやまない。私たちは狩猟採集民族としての互いの結びつきを利用すべきだ。口伝えをするのである。それによって、私たちは基本的に重要な科学的情報、つまり、グローバル規模の温暖化を引き起こしているのは私たち人間だが、その影響を被るのも専ら私たちなのだということを広められる。

ところで私の隣人は、フィジーからはるばるやってきたペットボトルの水を飲むのをやめ、地元でボトル詰めした水に切り替えた。その方が安いからだ。こうして、私は科学者たちが直面している現実を知った。次は実験室の白衣を着てみることにしよう。

翻訳:ユニカルインターナショナル

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科学を味方に地球を救おう by ベリンダ・ウェイマウス is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

ベリンダ・ウェイマウス氏は環境学の学位取得を目指す社会人学生である(合間にブログを書く時間も捻出しようとしている)。ニュージーランド生まれで、現在はカリフォルニア州サンタモニカ在住。ジャーナリズムとエンターテインメント業界に身を置いた経験があるが、今は、彼女自身にとっての持続可能なキャリアを築く道は、自分の娘、そしてすべての子どもたちのために、よりグリーンでクリーンな未来に向けて尽くすことしかないと考えている。

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  • ???

    >増加した温室効果ガスは大気を暖め、それが次に海を暖める。順番が逆です。「地学」の授業で習います。大気内熱循環は気象予報士試験の範囲内でもあります。(日本では「物理科学」ではなく「地学」と呼びます。高校までレベルの「地理」授業で天候のことは出てきませんが、大学の「地理学科」で習うようです。)

  • Oguogu

    ???さんの言うとおりで、太陽光で直接暖められた陸地の地表や海は、温室効果ガスのせいで冷えるのを妨げられるのです。