南インドの農業モデルは 脆弱な生態系を模倣

将来の世代の需要を念頭に置いて自然資源を管理することは、持続可能な開発の基本である。南インドのケララ州にある風光明媚なワヤナド地区に住む人々は、まさにそのような管理をしながら自然環境と調和した生活を長い間送ってきた。

ワヤナドの「ホームガーデン」システムは、本記事と共に掲載されたビデオブリーフに紹介されている。このシステムはSATOYAMAイニシアティブの焦点である多目的なランドスケープの一例だ。SATOYAMAイニシアティブとは、日本の環境省と国際連合大学高等研究所(UNU-IAS)が提唱する国際的プログラムで、人間の活動に影響を受けた自然環境の価値への国際的な理解、評価、認識を推進し、その持続可能な保全を目指している。UNU-IASは活動の一環として、ワヤナドのホームガーデンを含むケーススタディーを世界中から収集している。

脆弱な生態系

ワヤナド地区は西ガーツ山脈内の標高700~2100メートルの高原にあり、断片化された森林を特徴とした非常に脆弱なランドスケープを持つ。主に農業経済に頼っており、先住民族の人口が多いという顕著な社会構造を呈する土地だ。

またワヤナドは、その全域がコンサベーション・インターナショナルの定める西ガーツ生物多様性ホットスポットに含まれている。種の固有性が高いため、著名な生態学者であるノーマン・マイヤーズ氏が提唱した最初の18地域のうちの1つに選ばれたのだ。残念ながらワヤナドの森林に生息する数種の植物や動物は、絶滅の危機にさらされている。国際自然保護連合によるレッドリストの分類では、掲載された数々の種の中でも55種は絶滅危惧ⅠA類、148種は絶滅危惧ⅠB類、129種は絶滅危惧Ⅱ類に指定されている。

“ランドスケープの大半は、すでに茶やコーヒーのプランテーションに転換されており、その結果、森林の深刻な断片化が生じている。”

さらに、現在広く栽培されている作物の野生近縁種が分布する。例えば香辛料なら黒コショウ、カルダモン、シナモン、クルクマの野生近縁種が湿潤森林で広く確認されている。

ワヤナドはその大半が低山帯にあり、3~4カ月という短期間に年間降雨量が集中する。そのため水の循環や分岐の上で重要な役割を担う土地でもある。

この地を源流とする河川は、灌漑や家庭での水消費に利用されるだけでなく、インド南部の多くの国民に影響を与えている。ワヤナドの水流はすべて、カーヴィリ川の支流であるカビニ川に流れ込む。つまり南インドの最も重要な河川システムであり、インド南部の3州に住む人々の暮らしと文化に影響を与えている。この地域の土壌の特性と水域は、州に住む多くの人々の生活を支えているのだ。

重要なモザイク

ワヤナドのランドスケープには、州政府が保護林や野生生物保護区として管理している森林帯と、それに隣接する農地がモザイク状に広がっている。このような混合ランドスケープと生産システムがもたらす有益な効果が、最近注目されている。

SATOYAMAイニシアティブなどの活動で強調されているのは、伝統的な農家は経済的、文化的、社会的に大きな価値を持つ生物多様性を守り続けてきただけではなく、選択と価値の付加を通じて生物多様性を高めてきたという事実だ。

さらにこういった伝統的な土地利用システムは、1997年の京都議定書で主要なテーマだった大気中のCO2を(土壌とバイオマスを通じて)吸収する受け皿として役立つ可能性があり、その点も関心を集めている。

地理的にワヤナドは、西ガーツ山脈と東ガーツ山脈がぶつかる地点にあるため、両山脈のシステムが持つ要素を併せ持っている。西ガーツ山脈南部の、クレニアが優勢な湿潤性森林から、北部の乾燥したフタバガキの森林への移行帯にワヤナドの森林があるため、固有性が高く、生態学的に重要である。

しかしランドスケープの大半は、すでに茶やコーヒーのプランテーションに転換されており、その結果、森林の深刻な断片化が生じている。生息地の断片化が生物多様性や生態系サービスの損失につながることは、よく知られた事実だ。この断片化によって、ワヤナドの森林を守ることは非常に困難であり、過剰な開発で状況はさらに悪化するだろうと予測されている。

ホームガーデンという避難所

豊かな生物多様性の他に、ワヤナドには多様な社会的、宗教的、言語学的グループが存在する。自然環境の状態や森林への依存度は変化したものの、先住民族の人々は今でも自然資源に完全に頼りながら生活しているため、環境の劣化は彼らの生活に著しい打撃を与える。

この地区の総作付面積は地理的面積(21万3100ヘクタール)の54.6%にあたり、作物は主に換金作物である。州の統計によると、ワヤナドの土地保有件数は155855と推測されており、そのうち83%は小規模農家や零細農家だという。主なプランテーション作物は、茶、コーヒー、コショウ、ココナツ、ゴム、ビンロウジ(アジア諸国で人気がある、かんで楽しむ嗜好品)で、作付面積の85%を占める。米の作付面積は全体の約8%だ。

ワヤナド地区を特徴づけるのは、自給用の農地と、少人数が所有するプランテーションだ。ワヤナドのホームガーデンのような伝統的なアグロフォレストリー・システムでは、農地での自生樹の構成はほとんど損なわれず、下層にある植物だけが作物に置き換えられる。

典型的なホームガーデンは、畑の作物、家畜、家禽類、魚類を、樹木と融合させる事業的な農業形態である。その基本的な目的は、消費と販売のために多種の産物を継続的に確保することにある。農家は驚くほど多様な植物を育てており、どこか熱帯常緑樹林に似た多層の樹冠構造を持つ森林のような環境を作り出している。

主にコーヒーを育てる伝統的なホームガーデン。自生樹にコショウが巻き付いている。写真:A.V. サントシュクマール

さらに、ホームガーデンは集約農業によって生じる農地の劣化を防ぎ、栄養の再循環や土壌の保護を通じて土地の生産性を維持したり高めたりする。また、ホームガーデンは農業で使う 葉堆肥などの原材料を農家に直接的あるいは間接的に提供し、人間の食糧や動物のエサも生産するため、農家を助けることができる。

このシステムでは、労働力の需要が季節を通じてより均一になるため、熱帯での農業に特徴的な労働需要の極端な増減の影響を緩和できる。自給農業の技術は単純なので、外部からの支援をほとんど必要とせず、結果的に家族の労働力の活用を促す。パートタイムとして農業を手伝う家族の労働力があれば、土地所有者は職業を変える必要がなく、オフシーズンに出稼ぎに出る必要もないのだ。また、多様な作物を栽培するということは、1種の作物が不作だったとしても家族に影響しないという保険のような役割を果たしてくれる。

つまりホームガーデンは高い生産性、安定性、持続可能性、公平性を維持しているので、機能的に優れた、将来性のある土地利用システムなのだ。

将来に豊かな生態系を残す

こういった利点があるにもかかわらず、ホームガーデンは市場性の高い余剰産物の産出量が少ないため、経済指標では非常に低いランクに置かれている。多くの農家は経済的な見返りが少ないことからホームガーデンを縮小し、空いた農地にもっと報酬の高い単一作物を植える方向に転換せざるを得ない状況だ。政府は補助金を交付することで単一栽培を促進する政策をとっているため、農家は複合的な農業から単一農法に転換するように仕向けられている。さらにホームガーデンで栽培され、医学、社会、文化において重要な意味を持っていた作物の多くは、この数十年の間にすたれてしまった。

貧しい人々の多くは、生活の糧を生態系サービスに頼っている。ワヤナドでは、生物多様性が食糧安全保障と栄養の面で貢献しており、(公式および非公式にも)健康システムの土台となる原材料を供給している。しかしながらホームガーデンの劣化がこのまま続けば、森林の産物の抽出方法や人々の依存は変化するだろう。

“この地域のホームガーデンは、極めて多種の樹木が混合していることが特徴であり、人間が自然林を模倣して創出した最高例の1つとして知られている。”

政策の変更、地理的な特異性、気候変動の影響、農業とインフラストラクチャーへの投資の不調といった多くのミクロレベルおよびマクロレベルの要因が諸問題を生み、結果的にワヤナドの農業生産量と生産性を何年にもわたって大幅に低下させた。この地域の大規模な農業危機は、農民の自殺率の高さに表われている

複数の研究(例えばこの研究)では、ホームガーデンの伝統的な特徴の損失や、換金作物への移行でホームガーデンが徐々に衰退している状況に関して、全般的な憂慮が強く主張されている。持続可能な開発の必要性を強調する現代の調査を考慮すれば、ワヤナドの部族による伝統的なホームガーデンの衰退は、広範囲に影響する可能性がある。

この複雑で、人間が優位を占めるランドスケープを保護し継続的に維持していくためには、その力学を保全し理解する計画的な取り組みが必要である。生物多様性を損なうことなく、生産性と収入を向上させるには、ホームガーデン・モデルへの投資を促進することが課題だ。政府、NGO、社会起業家を含む、多方面からのパートナーシップによるアプローチは、この農業システムを維持するために不可欠である。そのアプローチが失敗すれば、地域の脆弱な生態系だけでなく、社会のあらゆる側面に重大な波及効果を及ぼすだろう。

人間が創出した最高の自然の模倣の1つであるホームガーデンというモデルが失われることは、人類にとって痛手になるのだ。

翻訳:髙﨑文子

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南インドの農業モデルは 脆弱な生態系を模倣 by A.V. サントシュクマール and ジジ ・ジョセフ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

ジジ・ジョセフ博士はケララ農業大学園芸学科の准教授である。伝統的な作物種の収集と記録などに関心がある。また、ケララ農業大学の知的所有権分科会の会員で、農民の権利の保護のために積極的に活動している。彼女の研究は、香り米、テリチェリー産のコショウ、アレッピー産のカルダモン、Njavara薬用米といったワヤナドの植物の地理学的指標分布の調査などである。植物育種家として、ケララ農業大学から譲り受けた3種の米の栽培にも携わった。

A.V. サントシュクマール

ケララ農業大学(印)

A.V. サントシュクマール博士は、インドのケララ農業大学森林学科の准教授である。長い間、地域の農家に対する自然資源管理について、学外活動を行なってきた。森林生態学や、ランドスケープを形成する人と自然の関係などに関心があり、ケララ州の生態学的に脆弱なランドスケープであるワヤナド地区の開発問題に積極的に従事してきた。また、地域の自然や、自然資源に関する様々な政策の影響について研究している。博士論文のテーマは、ケララ州におけるJoint Forest Managementを通じた地域の森林の共同管理の影響についてである。

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