ひと味違うサマースクール

夏の暑さの中、旅の終点まで来ると、中国南西部の雲南省にある箐口村 がついに雲の中から姿を現わした。わらぶき屋根の家々が深い森に点在し、タペストリーのような景観を見せている。そして横に長い棚田が段を降りていくように広がっている。村は文字どおり山腹に張り付いているようである。

標高1600メートルに位置し、新街区 から6.87キロメートル離れた箐口村は、より広範囲な社会生態学的生産ランドスケープであるハニ棚田の一部を成す。ハニ棚田は現在、ユネスコ世界遺産への申請候補であり 、すでに国際連合食糧農業機関によって世界重要農業遺産システムとして認定されている。村の人口は約1000人(209世帯)で、そのうち98パーセントはハニ族である。

デリー大学植物学部の若手研究者であるトゥイセム・シムラー氏 と首都大学東京の博士号候補である阿部朋恒氏 は、やっと目的地にたどり着いて喜んだ。トゥイセムも朋恒も、アジアやその他の遠方からやって来た100人を超える参加者の1人である。彼らは夏休みを使って雲南省の人里離れた部族社会でフィールドワークを実施し、伝統的文化と変容する環境と社会的変化の交わりについて探究した。

フィールドワークは、雲南大学民族研究所と東京の国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)が共同で主催した、大学院生を対象とするサマースクールの一環だった。

ちょっと変わった夏の過ごし方

このサマースクールは、講義と実際的な実地調査の両方を統合している。参加者たちが民族文化と環境の複雑な関係に直接触れることを目指す一方で、中国南西部や国境付近の少数民族居住区における持続可能な発展のために、地域の力を高めようとしている。

3週間のプログラムを通して、参加者たちはフィールドワークで用いられる社会人類学の基礎的研究方法を学び、その方法を人間と生活環境の相互関係の分析にどのように応用すべきかを探究した。特にフィールドワークの参加者は、農業や植物学や水文学において先住民族の知識が担う役割についてだけでなく、自然資源の持続可能な管理や生物多様性の保護を促進する際に先住民族の知識が担う重要な役割についても調査した。

“フィールドワークの参加者は、農業や植物学や水文学において先住民族の知識が担う役割についてだけでなく、自然資源の持続可能な管理や生物多様性の保護を促進する際に先住民族の知識が担う重要な役割についても調査した。”

雲南省は文化的にも環境的にも、サマースクールにとって豊かな条件がそろっていた。参加者たちは、地域や現地に広く見られる多くの関連性にすぐに気づかされた。

「サマースクールのテーマである『文化と環境』は、私がインドで行っている研究領域と非常につながりが深かったのです」とトゥイセムは説明した。

「私はインド北東部の変容する伝統的農業ランドスケープについて研究していました。アルナーチャル・プラデーシュはインド北東部の遠隔地域であり、民族(部族)コミュニティーが存在します。そこで行われている自然資源の伝統的な保全方法が、私の博士課程研究の主要な枠組みの1つでした。アルナーチャル・プラデーシュの地形、気候、文化そして環境的要因は、雲南省の箐口村と非常によく似ていたのです」

文化と環境を探究する:理論と調査の土台

箐口村は同プログラムで選ばれた9つの調査地の1つだ。学生たちは最初の1週間、雲南大学昆明キャンパスで講義を受け、その後、いずれかの調査地で実地調査を2週間近く行った。講義では、中国内外の講師たちが人類学、民俗学、生態学、農地管理学、水文学、社会学、政治学、経済学、メディア研究など、フィールドワークに関する学際的視野を学生たちと共有した。

「調査を行う前にフィールドワークの手法に関して専門家から講義を受けられたことは、調査での疑問点を整理し、正しい方向にそれ(実地調査)を導くに当たって、大きな助けとなりました」とトゥイセムは言う。

1週間の講義が終わると、参加者は実地調査へ向かう。写真:顧氏/国連大学

1週間の講義が終わると、参加者は実地調査へ向かう。写真:顧氏/国連大学

地域の文化と物理的環境の間の複雑な相互作用は、UNU-ISPと国連大学高等研究所(UNU-IAS)の両機関が現在行っている研究の焦点である。

伝統的知識や地域の慣習は、科学的にも系統的にも評価されることがほとんどなかった(つまり、地域の知識や適応能力に関する非常に貴重で実用的な情報は、分析や記録、普及の対象から次から次に外れてしまうことが多い)。UNU-ISPの農業多様性プロジェクト は、コミュニティーのレジリアンス(地域社会が世界の変化に対し、どのように、なぜ伝統的システムを管理し、適応してきたのか)の理解向上を目指す。

地域の知識と世界の知識をつなげることで、同プロジェクトは民族社会の対処能力を強化し、辺縁地域における政策展開と持続可能な土地利用システムに貢献するための代替的な方法を明らかにする。例えば、サマースクールの共同オーガナイザーでUNU-ISPの梁洛輝教授 は、雲南省の哀牢山系(箐口村がある場所)に住むハニ族の人々がどのように地域の生態系産出物やサービスを利用し、何世代にも渡って暮らしを維持してきたのかを研究している。

神聖な自然地域、文化、そして環境

文化と環境に関する研究はまた、神聖な自然地域(森林、山、川など)が保護地区の最も古い形態の1つとして、いかに生物学的および文化的多様性を守る重要な役割を担っているのかを明らかにしている。サマースクールの共同オーガナイザーで、UNU-IASの顧鴻雁博士 は次のように述べた。

「地域文化と自然環境の相互関係を表す興味深い一例として、イ族 やハニ族(雲南省)などの民族グループが住む村に存在する神聖な森があります。神聖な森ではシャーマンによって儀式が執り行われ、捧げ物の食料を村人全員が分けるのです」

首都大学東京の学生である阿部朋恒氏はフィールドワークを行った時、地元の子供たちの生活の中で森が果たす多目的で「特別な」役割に感銘を受けた。森は「有益な資源」の源以上の存在だった。つまり、子供たちはベリー類や野生の果物を探したり、魚釣りをしたり、泳いだり、休息をとったりするために森を動き回る「驚くべき能力」を共有しているのだ。

“首都大学東京の学生である阿部朋恒氏は、地元の子供たちの生活の中で、森が果たす多目的で「特別な」役割に感銘を受けた。”

「ハニ族の子供たちは村の中のあらゆる小道を熟知しているだけでなく、森や棚田で誰かが歩いた跡を楽々と見つけ出すのです」と彼は言った。

「地元に住むハニ族の子たちは『自然資源』に満ちあふれた『認知地図』を持っているのだと思います。彼らはこうした地図を他の子供たちと共有していますが、大人の村人とは共有しません(そして異性の子供にさえ明かさないことも多い)。子供たちはよく何時間も山の中にいて、野生の果実を収集します。野生の果実自体に食料としての重要性はあまりないのですが、子供たちの(遊び・娯楽の)満足感にとって重要なのです」

しかし、現代的な学校教育へのアクセスを含む社会的および経済的発展が変化をもたらしつつある。

「このような方法で『自然資源』を手に入れるのは、非常に時間がかかります。村に導入されつつある教育システム(そのおかげで子供たちの時間の過ごし方が変わる)は、子供と自然の関係に影響を及ぼすかもしれません」と朋恒は述べた。

「水田と向かい合う」森を守る

サマースクールの参加者たちは、信仰に基づいた自然資源の管理システムが文化的伝統や信条、言い伝えにしばしば根づいていることを知った。

「箐口村の村人たちは森の重要性を深く認識しています。それは水田や山腹にある様々な戦略的エリア、例えば丘の頂上や小川で、彼らが草木を維持している方法に表れています」とトゥイセムは説明した。

箐口村のハニ族は、「水田と向かい合う」森を守ることをかなり重要視している。こうした慣習は「先祖が生きた時代から定着」しており、次のハニ族の言い伝えからも明らかである「森は水の源、水は棚田の源、棚田はハニ族の源」

「地域社会の水田(稲田)管理は、ただの伝統的な単作畑として見るべきではありません。むしろ、繊細な管理の下で統合された水田であり、そこでは様々な野菜も育ち、その周囲には様々な草木が育つモザイク状の森があり、魚や家きん類も入手することができます」

変化する関係性、持続可能性の課題

グローバリゼーションと急速な社会経済的変化は、雲南省やその他の地域での伝統的な土地管理システムに前例のないプレッシャーを与えている。

「中国南西部の国境付近の地域社会は、ツーリズム、農村部から都市部への移住、商業的農業といった多くの課題に直面しています。よりよい収入の見通しを確立するために、ますます多くの農民が農業以外の仕事に就いたり、街で働くために農地を離れたりするようになりました。ゴムの木のような、より収益の高い商用作物に転作された農地もあります」と顧博士は語った。

「農業生物多様性の保護には、状況に即した地域の知識と文化的慣習が必要です。どの事例にも当てはまる解決法などあり得ません」

社会的および経済的発展は、文化と環境の研究やコミュニティーのレジリアンスの強化にとって、課題をもたらしている。

“社会的および経済的変化が箐口村の農業生物多様性にもたらす様々な影響は、サマースクールの参加者たちにも明らかだった。”

「急速な社会経済的変化が進む状況下では、研究チームは地域社会の伝統的文化構造や社会構造の適応に特別な注意を払う必要があります」と顧博士は言った。

そして、社会的および経済的変化が箐口村の農業生物多様性にもたらす様々な影響は、サマースクールの参加者たちにも明らかだった。

「最近、伝統的信条は軽視されています……神聖な森の近くに住む家族の中には、農業活動のために森林地域を侵し始めた家族もいます。今ではメイズ(トウモロコシ)の畑が神聖な森の周縁部にあります。人口増加に伴う食料需要に応えなければならないというプレッシャーが、こうした状況を生んでいるのかもしれません」とトゥイセムは述べた。

トゥイセムは、一次的な労働力の急増が生物多様性と伝統的慣習の保護に及ぼす影響を懸念している。「女性の中には日雇い労働者として建築現場で働く者もいるほどです。今後、市場の状況が変化した場合、そのような若者は村に帰ってくるでしょう。そうなった場合、基本的需要を満たすために、彼らは手っ取り早く村で利用できる資源、例えば森林(から得られる収入)に頼ることになります。これは究極的には、壊れやすい生態系の劣化につながります。その結果、村人のライフラインである水田をベースとした農業は完全に崩壊するでしょう」

しかし、現在行われている自然資源の持続可能な管理を促進させようと、政府によるイニシアティブが進行中だ。さらに、エコツーリズムを促進する最近の施策は、農業生物多様性や伝統的文化慣習の保護に役立つかもしれない。

「雲南省(生物学的および文化的多様性で知られている)といった地域での文化的エコツーリズム には、地域社会に新たな生計手段を提供するだけでなく、『伝統の復活』を押し進める可能性があります……例えば箐口村では、キノコの形をした伝統的なわらぶき屋根の家が良好な状態に保たれていて、旅行者を魅了しています。さらに、政府は伝統的文化の保護に対して政策的支援を提供しています」と顧博士は説明した。

方法論的問題:現代のフィールドワークが抱える課題と変化

では、このような変化しつつある相互関連性は、文化と環境の「研究」にとって、どのような課題を呈するだろうか? 現代のフィールドワークの方法論とその手段は、どのように進化し適応できるか?

こうした疑問は複雑であり、方法論的議論のテーマである。しかし雲南省でのサマースクールは学生たちに、現代的なフィールドワークで利用できる多様な手段を紹介しただけでなく、それらを利用する際の問題や注意点を幅広く提示した。

幅広い学際的枠組みやパートナーシップが必要とされており、その点を顧博士は次のように述べている。「急速に変化し続ける文化と環境の相互関係を研究するには、異なる学問領域にまたがる枠組みを取り入れる必要があり、したがって自然科学と社会科学の両領域の研究者たちによる共同研究が望ましいのです。さらに、特定のケーススタディーでは、世界と地域の関連性に注意を向ける必要があります。あらゆる事象はつながっているからです」

広範囲に及ぶ社会的および経済的変化は、社会と文化と環境(そしてそれらの研究方法)の間の力学に影響を与えている。その一方で、トゥイセムも朋恒も述べるように、多くの実際的な問題(例えば降雨量の多さ、言語の壁、天候条件の悪さ、文献の少なさなど)も難しい課題であることが明らかになった。

「最も大きな問題は村人と言葉で意思の疎通を図るのが難しかったことです。その主な原因は、私がハニ語を話せないからです。でも、もう1つ重要な問題があると思っています。それは、村人たちが外部の人や漢民族と話す時には、北京語(ハニ語ではない)を使わなくてはならないと思っていることです。一部の村人は少しだけ北京語を話せますが、彼らが調査インタビューで質問に答えたり、自分の言いたいことを十分に伝えるのは難しいことなのです」と朋恒は言った。

地域から世界へ、橋渡しをすること

研究領域や文化や場所を超えて橋渡しすることは、こうした課題を克服し、引き続きフィールドワークの方法論を新たな方向に導く一助になるだろう。

雲南省でのサマースクールは、知識の共有を奨励し、伝統的慣習と実用的知識を「コミュニティーや地域を超えて」応用することを促進した。講義とフィールドスタディーを統合することによって、参加者たちは実地調査の手法を学ぶだけでなく、人間と生活環境の相互作用の形成における伝統的知識と文化の重要性を理解することができた。

朋恒は今後ハニ棚田の調査を行う予定で、今回のフィールドワークが信頼できる基礎固めとなったことを喜んでいる(彼は現在、雲南省でハニ語を学んでいる)。一方トゥイセムは、雲南省の伝統的な土地管理の慣習に関する彼の考察を、民族的および生物学的多様性で知られるインドのアルナーチャル・プラデーシュでのフィールドスタディーに役立てられると自負している。

「フィールドワークでの目玉は、どのように地域の村人が自然資源を利用しているのか、特にハニ棚田のランドスケープを守り続ける方法を観察できたことです。」と彼は言った。「今回の体験や、箐口村のハニ族の人々が棚田を管理し維持している方法を、私の研究フィールドで役立てたいと思っています。その一方で、私のフィールドに存在する地元の伝統的知識の中には、ハニ族の人たちにとって有益なものもあるでしょう」

サマースクールでは、多様性を保護し、雲南省やその他の地域で伝統的文化が直面している経済、社会、環境の数々の問題に対処する際に、地域の伝統的知識が重要であることを強調している。顧博士は次のように述べている「農業生物多様性の保護には、状況に即した地域の知識と文化的慣習が必要です。どの事例にも当てはまる解決法などあり得ません」

しかし、伝統的知識と文化は静的なものではない。それは時間の経過や社会経済的変化と共に進化し続ける。地域社会がそうした変化に適応しやすくするためには、他のステークホルダーたち(例えば政府、学者、民間部門)が関与し、意志決定や実施過程での地域社会の力を強化することが重要である。

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本稿への協力者

 

顧鴻雁

 

氏は国連大学高等研究所(UNU-IAS)の日本学術振興会(JSPS)博士研究員である。シドニー大学で政府・国際関係の博士号を取得。東アジアを中心に、環境史、政治学、知識社会学が交錯する分野で研究をしている。現在の研究課題は中国南西部での生物多様性における森林に関する伝統知識の役割についてである。

 

梁洛輝

 

氏は東京の国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)・地球変動とサステイナビリティ領域の学術研究官。過去に「人・土地管理・環境変化」プロジェクト(UNU/PLEC)のマネジング・コーディネーター(1998~2002年)、スコットランドのアバディーン大学名誉研究員(1995~1996年)、中国雲南省土地管理局にて土地利用計画オフィサー(1987~1998年)を務めた。梁氏の研究領域は農地における土地と生物多様性の持続可能な管理。

翻訳:髙﨑文子

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著者

ヘザー・チャイは国際連合大学のウェブサイト編集チームのライター兼編集者である。彼女はラオスで外交官を務めた経歴を持つ 。シドニー工科大学で国際関係学の修士号を修得し、ディーキン大学で国際開発学の大学院短期過程 を修了した。

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