ブレンダン・バレット
ロイヤルメルボルン工科大学ブレンダン・バレットは、東京にある国連大学サステイナビリティ高等研究所の客員研究員であり、ロイヤルメルボルン工科大学 (RMIT) の特別研究員である。民間部門、大学・研究機関、国際機関での職歴がある。ウェブと情報テクノロジーを駆使し、環境と人間安全保障の問題に関する情報伝達や講義、また研究をおこなっている。RMITに加わる前は、国連機関である国連環境計画と国連大学で、約20年にわたり勤務した。
先日起きた三重苦とも呼べる災害を受け、今後数週間にわたって毎週月曜日にお届けする連載「トランジション・ジャパン」では、気候変動やピークオイル、食料安全保障や生物多様性損失などの観点から、日本が直面する課題を取り上げる。第1回目にあたる本記事では、ブレンダン・バレット氏が、日本における津波後の対応から、ピークオイル対策に役立つ教訓を学べないか検証する。
2011年3月11日に地震や津波の直接的な被害を受けた地域を除けば、東京を含む大部分の東日本の現状は、まるでピークオイルの予行演習をしているかのようだ。もちろん、亡くなった方々や、家も生計を立てるすべも失った被災者の厳しい状況を矮小化するつもりはない。本記事の目的は、震災後の事象を振り返り、ピークオイルの最悪のシナリオで起こりうることとの比較を試みることにある。
日本に28ある製油所のうち6ヶ所が地震と津波の被害を受け、すぐに車一台につき20リットル(場合によっては5リットル)までのガソリン配給が導入された。3月14日、日本政府は石油業界に対し3日分の備蓄石油の放出を認め、3月22日にはさらに22日分の石油が放出された。
4450万人に電力を供給している東京電力(TEPCO)では、地震にともない福島第一および第二原子力発電所、そして化石燃料ベースの火力発電所8ヶ所が運転を停止したため、電力供給能力の4分の1が失われた。それを受けて2011年3月14日から、東京電力は関東地域(群馬県、栃木県、茨城県、埼玉県、東京都、千葉県、神奈川県)において計画停電の実施を余儀なくされた。
火力発電所はまもなく操業再開が可能だとしても、冷房が使われるようになる夏の時期には、全体的な電力不足を解決するのは今にも増して困難になるだろう。特に福島原発のうちの1つがすでに放射性廃棄物のかたまり同然に成り果てていることを考えれば、計画停電が今後年単位で続いても不思議ではない。
これに関連して、水道水に含まれる放射能レベルが規定値を超えたことを東京都が発表すると、ペットボトル入り飲料水はあっという間に売り切れ続出となり、測定値が下がって以降もその状態は続いている。ペットボトル入り飲料水は近所のコンビニにも再び入荷しているが、購入できるのは一人につき2リットルのペットボトル1本に限定されている。
地震直後、被災地ではない東京やその他大都市のスーパーで、インスタント食品を中心に食料品の品切れ状態が起こった。電気店でも電池や懐中電灯、携帯用ラジオが品切れになった。
誰の目にも明らかなように、今回の天災と人災により被害を受けているのは、福島が位置する東北地方および首都圏だけではない。ジャスト・イン・タイム方式によって優れた効率性を誇ってきた日本の製造業は、被災地にある部品の供給工場から必要な部品を調達できず、製造の継続が困難になっている。例えば自動車産業では、被災地から主要な部品が届かないために、大手メーカー各社が工場の操業を停止せざるを得なくなった。このように、日本の製造業が抱えるシステムの脆弱性は明らかであるが、これはピークオイル論者が繰り返し警告を重ねてきたことである。
食料やペットボトル入り飲料水の不足、停電、燃料配給、ジャスト・イン・タイム方式による製造システムの崩壊は、いずれもピークオイル論を真剣に考える者たちによって予測されていたことだ。日本のその他の地域には実質的な影響は出ていないものの、東日本はまるでピークオイルの予行演習をしているかのようだ。ピークオイル論の支持者が正しいとするなら、今後5~10年以内に、世界中が似通った経験をすることになる。だからこそ、現在の状況に対する日本の対応から、重要な教訓を得る必要があるのだ。
ピークオイルのシナリオ下では、世界規模での石油生産の継続的な減少に、一カ国だけでなく世界全体が影響を受ける。ここで重要なのが、減少率である。もし、きわめて緩やかな減少(年に2~3パーセント程度)であれば、経済、そして食料やエネルギー生産、流通システムなどは特に、適応する余地があるだろう。
こうした状況下においては、世界中で人や物資の流れが著しく減少し、そのスピードが遅くなるだけでなく、停止してしまうことも考えられる。ピークオイルのシナリオが現実化すれば、日本のように、自給率わずか40%でかなりの部分を輸入食料に依存する国に与える影響は甚大だ。
現状では、日本は輸入によって食料供給問題を緩和できている。津波によって破壊された農場の数が2,012ヶ所、港が189ヶ所、漁船が18,870隻以上に上り、農業や漁業に従事していた数千人もの人々が生計を立てる術を失ったことを考えれば、これは幸運なことと言える。さらに、福島第一原子力発電所から20~30キロ圏内の土地は、当分のあいだ食料生産に使用できない可能性があり、この地域が風評被害を覆すには、それ以上の時間が要するかもしれない。
世界規模でのピークオイルのシナリオでは、食料価格の急騰がかなり高い確率で想定されている。ある意味では、これはすでに現実となっている。例えば、不作や石油価格の高騰(1バレル105米ドル)、人口と収入の増加による食料需要の増加といった要因を背景に、2011年2月に食料価格は記録的な高値をつけた。リビア紛争により、食料と石油の価格問題はさらに深刻化すると見込まれている。実際、石油産出国における紛争や政情不安は、国家間で残る資源の獲得競争が起こると想定するピークオイルの様々なシナリオに含まれているのだ。これはまさに、強国が生き残るために他国を犠牲にしてでも優位に立とうとするという、リチャード・ハインバーグ氏による「Last one standing(最後まで勝ち残る者)」のシナリオと同じである。
現在、日本は窮地に置かれているとはいえ、他国からの支援や取引の継続(例えばエビアン社は現在、ペットボトル入りミネラルウォーターを大量に日本で販売している)のおかげで状況をいくらかは緩和できている。しかし、石油生産が急激に減少するようなピークオイルの極端なシナリオが現実となった場合には、これは期待できない。
今回の震災で多くの尊い生命が失われたことが悲劇なのは間違いなく、また感情・心理・経済的にも影響も甚大ではあるが、希望の光は見え始めている。
まず認識すべき重要な教訓として、日本の指導者たちが起こした行動の迅速さと責任感である。燃料配給がすでに2011年3月12日の時点で導入されたことは前述のとおりだが、日本は実際、世界有数の災害対策先進国であり、定期的に大規模な防災訓練を実施してきた。国民やコミュニティ、諸機関がそれぞれ困難に直面しながらも、なんとかそれを乗り越えるうえで、こうした訓練が極めて重要であることが証明されたのだ。
政府は、国民が食料の買いだめに走っていることを認識すると、ただちに必要なもののみを購入するよう公式な要請を始めた。それに続き、「今、わたしにできること」というスローガンのもとに、ACジャパンによる公共広告キャンペーンが展開された。
蓮舫消費者担当大臣は、被災地に救援物資を送る妨げになるとして、パニック買いや買い占めを控えるよう何度も国民に訴えた。同時に関東地方では、電力消費を大幅に抑えるため、一般市民や民間企業に対して計画停電に協力するよう呼びかけがなされた。そして、困難を乗り越えるためにできることをしようと、誰もが積極的にこうした要請に応えたのである。
菅直人首相も、2011年3月13日に国民へ向けたメッセージで次のように訴えた。「私たち日本人は、過去においても厳しい状況を乗り越えて、今日の平和で繁栄した社会をつくり上げてまいりました。今回のこの大地震と津波に対しても、私は必ずや国民の皆さんが力を合わせることで、この危機を乗り越えていくことができる、このように確信をいたしております」
このメッセージはメディアでも繰り返し報道され、日本国民は冷静さと忍耐、互いへの尊敬と相互支援の姿勢をもって応えた。つまり、協力や節度、分かち合いという、リチャード・ハインバーグ氏のpower down(省電力)シナリオを体現しているのである。彼らが長期間にわたってそれを継続できるかどうかは、今後注目されるところだ。
ロブ・ホプキンス氏が『Transition Handbook.(トランジション・ハンドブック)』で論じたように、世界的なトランジション・ムーブメントにおいては、ピークオイルと気候変動に対応するための「頭、心、手」のアプローチが重要とされることが少なくない。簡単に言うと、頭は、直面しつつあるエネルギー危機への意識が高まる中で、我々がより地元中心で小規模な生活をどう送れるかを探索することを指す。心は、将来に向けて前向きなヴィジョンを描き、そのヴィジョンを利用して、とてつもなく大きな課題に直面しながらも無力感を払拭することを象徴している。手は、トランジションモデルを採用して、コミュニティで具体的に実践することを表している。
東日本に住む多くのコミュニティにとって、震災の経験は食料とエネルギーの安全保障について初めて真剣に考える機会となった。 当然のことながら、大部分の人は元通りの、ふつうの生活に戻りたいと望んでいるようだ。しかし、日本の様々な論者が日本の将来あるべき姿について疑問を問いかける中で、「頭、心、手」のアプローチの兆しも見てとれる。
もし日本が、より良い国として復興するのならば、災害に強く、地元志向のコミュニティを、被災地だけでなく他の地域でも築いていくべきではないだろうか。実際、今は、これまでの日本の開発のあり方を抜本的に見直し、より強く、化石燃料にそれほど依存しない、理想的には低炭素社会を目指すチャンスなのだ。
再び菅首相の国民に向けたメッセージから、言葉を借りて締めくくることにしよう。
「どうか、お一人おひとり、そうした覚悟を持って、そしてしっかりと家族、友人、地域の絆を深めながら、この危機を乗り越え、そして、よりよい日本を改めてつくり上げようではありませんか」
翻訳:ユニカルインターナショナル
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