街ぐるみで低エネルギー化

石油生産がピークに達した後、どれほどの勢いで生産量が減少していくのか?この疑問に対して経験的予測をする者も中にはいるが、正確な答えを出すことは誰にもできない。

楽観的な見方では、石油生産は何十年も安定した状態を保ちながら、穏やかな減少曲線を描いていくと予測される。この場合、経済を見直したり、現在の私たちの生活様式を改めたりするのに十分な時間があると考えられる。

その一方で悲観的な見方もある。石油生産は急激に減少し、昨今の経済危機や不況がさほど深刻ではなかったと思えるほど、経済が大打撃を受けるという考え方だ。

いずれにしろ私たち人類には行動計画のようなものが必要なことは明らかだ。来るべき世界に対し、先を見越して対処せねばならない。石油価格の高騰と採取量の減退が起きることで、気候変動を気にせずに二酸化炭素を気軽に排出することができない世界が必ずやってくるのだ。

リーダーに従え

今月から始まったトットネス・エネルギー消費削減行動計画(EDAP)は皆が参加すべき注目のイベントだ。人口8500人の街トットネスはイギリス初のトランジション(移行)・イニシアチブである。

この計画に引用されているアーネスト・シューマッハー氏(1973年出版の環境保護の代名詞ともなっている著書スモール イズ ビューティフルの著者)の大変興味深い言葉は、私たちの置かれた現在の苦しい立場をうまく表現している。

「”方向転換”をするための十分な人材がいて、余裕を持って現代社会を救うことができるという意見を当てにしても良いですか?という質問がよくあります。しかしこの問いに対する答えはいずれにしろ人を誤った方向へ導くことになるでしょう。肯定すれば独りよがりになり、否定すれば絶望を招きます。このような難問に悩まされているより、今すぐ行動に移すことが望ましいのです」

“この計画は今始まったものではなく、この街の先人たちの肩を借りて成り立っているわけです。『エネルギー消費削減社会への旅』というパンフレットを作るような感覚で計画を立てたわけです。”

この「さあ、行動に移す時だ」という気運は、この計画に息を吹き込んだ。2010年5月7日、有名なパーマカルチャー(環境保全型・持続農業)の講師でトットネスの住人ロブ・ホプキンズ氏のサポートの下、ジャッキ・ホジソン氏が記し編集したこの計画は、地元のマーケットで立ち上げられた。

地元のコミュニティーによる地元のコミュニティーのための計画がこのようにつくられたのは初めてのことだ。

「私たちはこの計画が手本になることを願っています」Our World 2.0のインタビューでホプキンズ氏はこう答えている。「だから私たちは細部にまで気を使いました。この計画の中には、トットネスと周辺地域が自給自足の生活を可能にする方法や再生可能なエネルギー収支についての最新の重要な調査研究もあります」

食の安全という面では、土地利用のパターンや農業用地や食糧地帯の質についての研究報告書が出された。それによると、果物と野菜については地域の総人口を支えるだけの供給が可能である一方、穀物や肉類についてはそれが難しいだろうという結果がでた。

エネルギー資源に関しては、トットネスが2030年までに”パワーダウン”(需要を50%減らす)と再生可能エネルギー(残りの50%を再生可能エネルギーで補う)を可能にできるかどうかの問題を扱っている。下のグラフがその結果である。

Totnes-plan

この計画の基盤となっている分析的な作業は非常に優れており、視覚的にも素晴らしい。

「私たちは資料やウェブサイトのデザインにも工夫を凝らしました」とホプキンズ氏は言う。「私たちは自分たちの作ったものが手本となり、これに続いてくれる人々が現れることを願っているのです」

そういった点で、彼らは成功している。この計画は分かりやすい英語で表現されており、人の興味を引きやすい。日常生活に則した言及が多く、読者の現実生活と結びついている。個性と遊び心のある計画になっているのだ。エネルギー消費削減行動計画(EDAP)と聞いて人々が連想するものとはおそらく一味違うものであろう。

行動計画の多様性

トットネスは、コミュニティーを基盤としたエネルギー消費削減行動計画を打ち立てた初めての(そして唯一の)街である。しかし、ピークオイルに関する計画を最初に立てたのはトットネスではないと聞いて驚く人もいるだろう。長い期間をかけてピークオイル、気候変動、エネルギー消費削減に対して真っ向から取り組み、ピークオイルへの準備プランを立てている将来を見据える目を持った人びとはトットネスの他にもいる。

これらの計画のそもそもの始まりは、ホプキンズ氏が、アイルランドのキンセールにある社会人学校で、パーマカルチャー(環境保全型・持続可能農業)の講師をしていた頃にさかのぼる。彼がピークオイルの概念を偶然見つけたのも、そのための解決策の考案にパーマカルチャーの原理が適用できるか学生たちと協力して考えようとしたのも、この時のことだった。

ホプキンズ氏はこう説明した。「私たちはデビッド・ホルムグレン氏の著書、中でも2002年に出版されたPermaculture: Principles and Pathways Beyond Sustainability(パーマカルチャー:持続可能性を超えた原理と方針)に大変な影響を受けました。この本の中で私はエネルギー消費削減という言葉に出会ったのです」

学生への課題はキンセールのエネルギー消費削減行動計画をつくり出すことだった。彼らは2005年にはその計画をまとめ上げた。学生の課題として発進したこの計画は急速な成長を遂げ、トランジション運動となって大成功を収めた。

それ以来、様々な都市で行動計画が立てられてきた。例えばアメリカのポートランド、サンフランシスコ、オークランド、バークリー、ブルーミントン、サン・ブエナヴェントゥラなどだ。またごく最近ではイギリスのブリストルもそのひとつである。(このレポートをご覧になるには、下のリンクを参照してください。また、もしこれ以外にご存知の計画がございましたら、ぜひご連絡をいただきたいと思います)これらの行動計画は地方公共団体を基盤としていることが多く、実際にはやや専門的だ。災害への準備だと理解されていることもある。対処するための戦略や回復への方策をとるより先に、多様なリスクと脆弱性を確認することで始まったりする。

しかしトットネスの計画はこういった一般的なものとは一線を画しており、計画のすべてが地域社会参加型のものである。その準備には1年半を要し、その間500名以上の人々がワークショップやディスカッションに加わった。

「トットネスの計画には遊び心があるのです」と、ホプキンズ氏は説明する。「私たちは地域住民の思い出話を通してトットネスの最近の歴史を調査することから始めました。ですからこの計画は今始まったものではなく、この街の先人たちの肩を借りて成り立っているわけです。『エネルギー消費削減社会への旅』というパンフレットを作るような感覚で計画を立てたわけです。過去、現在、未来におけるトットネスの写真を載せている部分を見れば、このことが良く分かっていただけると思います。目標とするのは2030年の生活をどれほど魅力的なものにできるかということを示すことです」

この先はどこへ?

こういった総合計画をつくり出すことは、それ自体が大きな成果だ。トットネスではすでに進行中の取り組みをもとに計画が進んでいる。例えばアトモスプロジェクトは、徹底した炭素排出量削減のシステムを考え、最大500人の人々に仕事、余暇、家を供給する開発計画だ。また、トットネス再生可能エネルギー供給会社の設立や、新しいエコ・スクールの整備も計画にある。

ホプキンズ氏に次のステップについての構想を伺ってみた。

「もし可能であるならば、自治体にはこの計画の中から何か方針の手引きとなるようなものを見つけて、立案、交通、住宅の政策に利用してほしいと考えています」こう彼は説明する。「地方自治の抱える問題と、それがどのようにエネルギー消費削減と関わってくるのかについて探りたいと思っています。また、私たちは社会的な起業家精神にも大変興味を持っており、トランジション・タウン・トットネスに新しい局面を築こうとしています。この活動によって人びとや企業は勇気づけられ、新しい生活について考えるようになるのです。私たちは彼らのアイディアを資本の準備が整うレベルにまで持っていく手伝いをし、多方面にわたってそれぞれが影響しあえるようなプロジェクトを立ち上げ、それをサポートしていきたいと考えています」

こう述べるホプキンズ氏が懸念していることは、もっと規模の大きい都市や街ではトットネスのアプローチの仕方が通用しないのではないかという点だ。例えばリーズのような人口50万人都市に対して、エネルギー消費削減計画をどのように適応させればよいのだろうか。おそらく近所付き合いを基盤としたアプローチが必要になってくるのであろう。あるいはバンクーバーの街に見るように、ひとつの街を昔のように細かい地区に分割することも可能であろう。また、ポートランドやサンフランシスコのような街が、独自のエネルギー消費削減計画を成功させているかどうかを述べるのは時期尚早であろう。

現在ホプキンズ氏が気にかかっていることは、トランジション・タウンが急激に増えていっている(現在トランジション・イニシアチブとして登録されている共同体が300存在し、その他130の共同体がこれを検討中である)のに対し、EDAP計画自体が増えていかないことだ。この原因はおそらく大都市や大きな街にとっては、そのプロセスが大変なのであろう。

「トランジション運動が本当に良くやっている点は、コミュニティーに深く浸透している点です。本当にその点では上手くいっています」

「トランジション運動の長所は、私たちが失敗を恐れることなくリスクを負うことができる点です。実際、どんどん失敗するべきなのです。そうやって失敗から学んでいくのですから」

“トランジション運動には不思議な力があるのです――とコメントをするオブザーバーがいます。その不思議な力によって、私たちはコミュニティーと関わりたいと願うようになるのです。行動計画は全ての人々への招待状といえるでしょう”

「思いもよらない出来事が実によく起こります。しかし私たちが直面している課題の本質が急を要することを考えてみると、その処置こそが本当に大切なことなのです。つまり私たち全員が今始めなくてはならないのは、これらの挑戦についてもっと戦略的に考え、前に進むための革新的で想像力のある方法を模索することなのです」

「トランジション運動には不思議な力があるのです――とコメントをするオブザーバーがいます。その不思議な力によって、私たちはコミュニティーと関わりたいと願うようになるのです。行動計画は全ての人々への招待状なのです」

そして彼はこう続けた。「私たちは前進しながらこれを成し遂げていかねばなりません。私たちのアプローチが一番だとは主張できません。むしろ私たちがしていることは、コミュニティーの知恵の集結なのです。そしてこの計画を通して新しい話をすることによって、人々を刺激し新たなチャンスがうまれます。こうしてエネルギー消費削減のためにできることに関する知識が集結し、さらにそれが様々に広がっていくのだと思います」

♦•♦•♦•♦

以下、入手できると考えられるピークオイル関連計画のリストです:

Building a Positive Future for Bristol After Peak Oil(ピークオイル経過後のブリストルにポジティブな将来を築く) 2009年 イギリス ブリストル

Redefining Prosperity-Energy Descent and Community Resilience(成功するエネルギー消費削減とコミュニティーのレジリアンス((変化に対する柔軟な強さ))を問い直す) 2009年12月 アメリカ ブルーミントン

Berkeley Energy Descent 2009-2010(バークリーエネルギー消費削減 2009-2010) 2009年4月 アメリカ バークリー

San Francisco Peak Oil Preparedness Task Force(サンフランシスコ ピークオイルへの準備調査特別委員会) 2009年3月 アメリカ サンフランシスコ

Oil Independent Oakland Action Plan(オークランド・石油依存からの自立行動計画) 2008年2月 アメリカ オークランド

Transforming Urban Environments for a Post-peak Oil Future: Vision Plan for the City for San Buenaventura(来るピークオイルの未来へむけて姿を変える都会の環境:サンブエナヴィスタの街のための構想計画) 2007年 アメリカ サンブエナヴィスタ

Descending the Oil Peak: Navigating the Transition from Oil and Natural Gas(急襲するピークオイル:石油と天然ガスからの移行をナビゲートする) 2007年3月 アメリカ ポートランド

Kinsale Energy Descent Action Plan(キンセール・エネルギー消費削減行動計画) 2005年 アイルランド キンセール

翻訳:伊従優子

Creative Commons License
街ぐるみで低エネルギー化 by ブレンダン・バレット is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

ディスカッションに参加しよう

著者

ブレンダン・バレットは1984年からイギリス原子力発電所の環境アセスメントに従事して以来、環境分野に従事してきました。環境スペシャリスト、都市設計者でもあり、コミュニケーションや教育をはじめ環境問題の研究のため、ITを駆使しています。

博士課程を終了後、1997年から国連大学に加わり、2002年に国連大学メディアスタジオを立ち上げました。

IUCN(国際自然保護連合)教育・コミュニケーション委員会のメンバーでもあり、オーストラリア環境研究ジャーナルやサービス・リサーチ・ジャーナルの国際編集顧問委員会のメンバーとして活躍。2002年から2005年には情報社会サミットで、国連大学の中心的役割を果たしました。

ディスカッションに参加しよう