ケニアのキスム近くの小川で足を止めた少女。足と顔を洗い、のどの渇きを潤す。写真:ピーター・ブレッグ氏

命の水:アフリカ写真展

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人類の歴史が始まって以来初めて、世界の人口の半分以上が現在、都市部に住んでいる。その数はおよそ35億人だ。さらに、都市のランドスケープは広がり続けており、増えた面積の38パーセントを拡大化したスラムが占めている。都市部の人口は、街のインフラ整備が追いつけないスピードで増え続けている。

こうした状況を受けて今年の 世界水の日のテーマは、都市人口の急速な増加、産業化、気候変動に伴う不安定な状況、都市の水システムをめぐる紛争や自然災害の影響に国際社会の目を向けることを目指している。

しかし水道施設がないという劣悪な状況は、無断居住者地域でも農村部でも同じように存在している。そのため、東アフリカの多くの地域の貧しい人々は水と衛生という共通の問題に直面しており、中でも水へのアクセスと安全に関連した問題を抱えている。

「女性や少女は平均6キロもの道のりを歩き、川や小川、適切な整備が施されていない泉から水を取ってくるのですが、そうした水源は飲み水として安全ではない場合が多いのです。また、彼女たちは飲料水とは言い難いような水を法外な価格で商人から買わされることもあります。それ以外に水を手に入れる方法がないからです!」と、カナダに本部を置く慈善団体 WaterCanは記している。WaterCanは、世界で最も貧しい人々が清潔な水や基本的な衛生施設を利用し衛生教育を受けられるように支援している。


ケニアのニャンザ州の女性たち。料理や掃除に使う水や飲み水を毎日取りにいく。写真:ピーター・ブレッグ氏

東アフリカで地元の団体と協力しながら、WaterCanはコミュニティー主導の小規模プロジェクトを支援している。それらのプロジェクトは長期的で、持続可能であり、水の供給、衛生施設の整備、衛生教育といった活動を統合するものである。その土地に合った低コストの技術を活用するWaterCanの活動は、その計画や管理をコミュニティーが行うことや自助活動であること、コミュニティーの活動への参加が特徴的であり、女性の福祉および活動への関与を目指している。


衛生面を考慮した食器棚は地元で手に入る材料で簡単に作ることができ、命を救う。写真:ピーター・ブレッグ氏

「命の水:アフリカ写真展」は受賞歴を持つ世界的に著名な写真家、 ピーター・ブレッグ氏のカメラのレンズを通して、水と衛生に関する世界的な危機を物語っている。ブレッグ氏はWaterCanの プロジェクトの現場を訪れるためにケニア、ウガンダ、エチオピアを旅行し、これらの写真を撮った。


ケニアのキスム近くの小川で足を止めた少女。足と顔を洗い、のどの渇きを潤す。写真:ピーター・ブレッグ氏

こうした力強い写真(ページ上部の写真をクリックするとスライドショーをご覧いただけます)を見ると、アフリカに限らず多くのコミュニティーでは人々がお互いを結ぶ強いきずなに頼りながら、自分自身や家族のために水を手に入れようと毎日大変な苦労をしていることが分かる。さらにブレッグ氏は、写真の裏側にある物語を扱った 短いビデオ作品のシリーズ を製作している。

今回の記事によって、世界中の10億人が置かれた窮状に関する議論を刺激できれば幸いだ。彼らは蛇口をひねるだけで清潔で安全な飲み水を手に入れられるわけではないのだ。

こうした重要な活動の詳細や支援方法については、 WaterCanのウェブサイトをご覧ください。

翻訳:髙埼文子

  • Tomoyuki Nakatsuka

    私は以前、「世界を変えるデザイン(現題:Design for the Other 90%)」(http://bit.ly/tQm1t)という本を読んで、Qドラムという筒型の容器に水を入れて、転がして水を運ぶことができるものが、ケニアやタンザニアなどで使われていること、またライフストローという個人携帯用洗浄機が、ガーナや、ウガンダで使われているということを知った。
    確かに、アフリカの国々において、水へのアクセスや衛生の問題は非常に深刻な問題であるが、Qドラムやライフストローといったものが人々の役に立っているという事実は、非常に明るいことであろう。
    私のような先進国の人々は、こういった物が存在しそして活用されていること、そして水は命を源という普遍的事実を再認識することによって、少しでもアフリカの人々に視点を向けることができるのではないだろうか。

  • sakurai

    とても単純なテーマですが、こうした写真(展)を見ると現代をよく意識させられます。
    自然との共生や企業の持続可能性、暴力の偏在(という課題)は昔から取り組まれてきたぶん、
    「今」の問題に収められていない気がします。

    現状における都市は、すでに時代遅れな産物なのかと最近は思います。
    個人の活力とかカネの使い道とか、持て余してないかな。