湿地外交:国境をまたぐ保全とラムサール条約

人口増加と気候変動により世界各地の水問題の深刻化が懸念される中、環境外交の新たな分野では、国家間の紛争を収め平和を構築するために水環境保全を活用する方法が模索されている。

1971年、イランのラムサールで採択された国際的に重要な湿地に関する条約は、特定の生態系のみを対象とした唯一の世界環境条約である。40年にわたり湿地保全活動を推進し、締約国数は160カ国にのぼるこの条約は、環境外交において重要な役割を果たし得る。

ラムサール条約が湿地の定義を湖、河川、沿岸水域を含む広義に定めたことから、同条約は国が湿地を効率的に管理する能力を促進するのに役立っている。このような効率的な協定は政府の正当性を高め、国民間、近隣諸国間の平和的関係を維持することに役立つ。

ラムサール条約とは

ラムサール条約は特定の生物種の保全を中心に考えるのではなく、保全への生態系アプローチを行う最初の条約となり、他の条約の模範となった。生物の多様性に関する条約(CBD)も保全を総体的なシステムとして捉える条約の1つだ。国境を越え生態的に共通している湿地はラムサール条約で「国境をまたぐ湿地」として認定されている。

現在「国際的に重要な湿地」として、複数の国をまたぐ湿地は234カ所ある。現在はそのうち14カ所が、管理形態を共有する公式な国境をまたぐ保全地域である。紛争が多発する地域間のラムサール国境協定が開始され、そこにはアフリカ初の国境をまたぐ湿地と公式に認定されたガンビアとセネガル間のニウミ・サロリム国立公園とサルーム・デルタが含まれる。また、Complexe Kokorou-Namgaと呼ばれる湿地がブルキナファソとマリの国境またいで存在している。

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ラムサール締約国会議は、湿地保全において限られた役割しか果たしていないと非難されてきた。だが各地で続く解決困難な紛争の数々を思えば、制限範囲内に焦点を絞った方が逆に効果的かもしれない。複雑な政治問題でこう着状態にある国々では、科学者たちに水源と湿地の共同管理計画を任せて互いの信頼を引き出せば、それが政治にも良い影響をもたらすだろう。

過去には環境保全が紛争の元となったこともある。例えば農場主と国立公園管理者の間でのトラブルは世界各地で発生した。その一方で国際的な環境保全は、主に締約国会議を通して地域社会を含むあらゆる利害関係者の視点を取り入れる様々なツールやリソースを手に入れて進化してきた。計画にはたいてい持続可能な経済開発が組み合わされている。そのような合理的なアプローチが長期的に成功する計画の基礎となるからだ。

バーモント大学のInstitute for Environmental Diplomacy and Security(環境外交と安全研究所)の後援のもと最近行われた調査では234の国境をまたぐ湿地(計91カ国)が世界平和指数に基づいてランク付けされた。このような比較の目的は、国境地帯における環境的平和構築を意図的に利用できる潜在性のある湿地に優先順位をつけることだ。世界平和指数とは、国内・外の戦争の数、戦争による死者数、軍事費、近隣国との関係など23の指標に基づいて平和の度合いを相関的に表したものである。

ラムサール条約に参加している一方で、(現在紛争のまっただ中というわけではないとしても)紛争の危険が高い国々は次のようになる。上位5位は(かっこ内は隣接国)、スーダン(エチオピア)、コンゴ民主共和国(アンゴラ、コンゴ共和国、ウガンダ、ルワンダ)、ロシア連邦(中国、カザフスタン、モンゴル、エストニア)、パキスタン(イラン、インド)、イスラエル(シリア、レバノン)である。これら5カ国の状況はあまりに異なっており、環境外交の中心事項もそれぞれ異なる。

国境を越えた関係

234の国境をまたぐ湿地帯をさらに詳しく分析し、国境を接する国々の関係性をカテゴリー別に分類すれば、ラムサール条約による最も効果的な仲介方法を判断することができる。

第1のカテゴリーはラムサール条約において最も厄介なもので湿地の生態系を共有する国家間で激しい紛争が起こっている場合だ。紛争中の仲介は条約の権限に含まれていない。だが平和調停がなされた時に国境の環境管理ができるよう備えておくのは対策の1つである。たとえ生態学的要因が直接的に平和を構築することはできないとしても、現存する要因がもたらした平和を維持することならできる。

平和合意において国境を越えた管理計画を明記することは非常に重要だ。別の対策としては、国際法によって戦争地域の湿地を法的に保護することが挙げられる。法案の通過や活動規則への同意を経てからそれを強制するのは難しいことではあるが、他の国際環境条約でも同様の対応ができるかもしれない。

第2のカテゴリーは領土または国境をめぐる紛争がある場合だ。湿地が国境紛争にからんでいる場合、紛争の代わりに国境を統合する共有の管理計画が策定されれば、国境は問題ではなくなるかもしれない。いわゆる平和公園を共同で建設すれば、対象の国境は両国の利益のために共同で管理されることになり、生物多様性保護、湿地保全、汚染防止または自然資源の持続可能な利用も行われるようになるかもしれない。1997年にはペルーとエクアドルはアメリカとブラジルの仲裁を得て、国境のコルディエラ・デル・コンドル地域に関する平和協定を結び、かつて紛争の元となっていた場所で共有の生態地域の管理対策に取り組んでいる。いわば平和公園の建設だ。

第3のカテゴリーは地域的貧困、近隣国間の大きな貧富差、効果的な統治能力不足(財政不足が主な原因)など経済問題が紛争の背景にある場合だ。これに対しラムサール条約はいくつかのツールを開発した。ラムサール条約は、問題をかかえる国々が効果的な環境統治に必要な技術とキャパシティを開発し、締約国間の差を改善することに役立つと考えられる。

最後に、おそらくこれが条約の最大の収穫なのだが、ラムサール条約は国境を接する国々が歴史的に互いへの信頼が欠如しているため協力を拒むような場合には、介入する権限がある。共有湿地と水源開発のための科学的根拠に注目すれば、厄介な問題はひとまず脇に置いておこうとするだろう。特に湿地の生態的、経済的重要性を考慮に入れた場合には。

例えば、湿地は、水をろ過して飲料可能にするという実用的な役割を担い、またハリケーンのような悲惨な気候事象の緩衝役にもなる。また、湿地による生態系サービスには測定可能な経済価値もある。アメリカでハリケーン・カトリーナがもたらした損害はミシシッピ川デルタ地帯の湿地帯劣化と関連があるとされて以来、様々な研究が行われ明らかになっている。

生態的・経済的被害を防ぐために生態系に関する共有知識ベースを開発する時間を十分にかければ、対象国の協力体制は強くなり、信頼感が養われる。

スーダンは世界平和指数によると最も危険度が高い。スーダン東南部のディンダー国立公園の湿地をエチオピアと共有している。両者が関わる「アフリカの角」の紛争状態は、ぜい弱な統治体制と不公平な資源の分配によって悪化している。そんな状況でも複数の国が共通の管理計画を立てて協力すれば、キャパシティと同時に互いへの信頼も増すだろう。

科学に基づいた活動

このような種類の関係性を考慮に入れて科学に基づいた共同の環境活動を行えば、政治的敵対心を超越することはできるだろうか。きっと可能だという証拠は示されている。他のことが原因で争っている場合でもだ。環境科学者たちを外交要員とすれば、対話からのデータ収集、 共有の資源に関する共通の基礎知識の確立などに向けることができるかもしれない。そのような努力にラムサールやその他の条約が持つ大量のツールやリソースを加えれば、キャパシティも構築される。

たとえばイスラエルとパレスチナの科学者たちは、政治状況が極度の緊張状態にある中、共有プロジェクトに取り組んでいる。プロジェクトはナノテクノロジーから、先天性心疾患、農薬処理に至るまで多岐にわたっている。国境を越えたこのような努力がもたらす影響力や信頼について研究が進めば、その外交的効果についても明確になるだろう。

様々な環境問題に対応する時間はあるはずだが、そこには限りがある。だからこそラムサール条約のより積極的な役割は極めて重大だ。特に水の安全性への不安、水文学保全における湿地の重要な役割などについてである。そもそも各地で水不足が紛争を引き起こすような事態にならないようにすることが最も重要な課題といえる。

ラムサール条約は40年の歴史を通し信頼を培ってきた。1971年には今日の環境問題がどのようなものかを想像することなどできなかったに違いない。市場のグローバル化と気候変動という視点で考えることなど特に難しかっただろう。ラムサール条約は時を経て進化しながら継続してきた。この条約の最大の強みは生態系ベースの保全アプローチと国境を越えた問題に対応するキャパシティである。開発と安全の間を結ぶ環境問題解決にその強みが生かされるに違いない。

本記事は、アメリカのバーモント大学Institute for Environmental Diplomacy and Securityの後援を受けた詳細な報告に基づいたものです。(画面右のDownload the paperからダウンロード可能)

翻訳:石原明子

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湿地外交:国境をまたぐ保全とラムサール条約 by パメラ・グリフィン and サリーム ・アリ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

パメラ・グリフィン氏はアメリカのバーモント大学Institute for Environmental Diplomacy and Security(環境外交とセキュリティ研究所)のリサーチフェローである。

サリーム・アリ氏はバーモント大学ルーベンシュタイン環境・天然資源学部環境学教授である。またブラウン大学の非常勤講師も務め、国際連合平和大学の客員教授の1人でもある。専門は環境紛争(鉱物部門も含め)の原因と影響、エコロジーによる平和への貢献についてである。著作も数冊あり、最新のものは『Treasures of the Earth: Need, Greed and a Sustainable Future(世界の宝:必要、強欲と持続可能な未来)』。また、高く評価される『Peace Parks: Conservation and Conflict Resolution(平和公園:環境保全と紛争解決)』の編集者の1人でもある。この本は環境科学者E.O.ウィルソン氏、ジョージ・シャラー氏、国際環境計画の事務局長アヒム・シュタイナー氏も推薦している。

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