生物多様性保全の「物語」が都会人を動かす

「生物多様性を保全するために、具体的にどんな行動を起こしたらよいのかわからない」と頭を悩ませる都会人は多い。クールビズやエアコンの温度設定など、暮らしの中で取り組む対策がいくつもある温暖化問題とは違って、生物多様性の場合は、損失が起きている場所が途上国や農山村など遠く離れていて、「そもそも損失をイメージしにくいし、何をすべきか思い浮かばない」という話を聞く。保全活動のために、誰もが遠路、途上国や農山村の現地まで出かけていけるわけではない。

生物多様性の問題が途上国や農村といった遠く離れた場所で起きていることと考えるのは間違いだ。

では、都会ではどんな行動の起こし方があるのだろうか。1つの方法が、買い物に気をつかうことだ。最近、企業は生物多様性の保全に着実に取り組み始めている。トヨタ、リコー、鹿島、富士通…など、生物多様性の自社ガイドラインや方針を策定する企業も増えてきた。

生物多様性への配慮をうたった製品や、第三者認証の製品、例えばFSC認証の紙や家具などの木材製品、MSC認証の魚、レインフォレストアライアンス認証のコーヒーなども市場に出回っている。買い物の際にこうした製品を積極的に選ぶことが、原材料調達の現場における生物多様性保全につながる。

しかし、企業が努力をしても、こうした認証マークを消費者は意外に知らないということが、2010年1月12日に国連大学で開かれた「生物多様性保全に関する円卓会議」で話題に上った。企業の取り組み努力が消費者に伝わっていないのでは意味がない。「単にマークを付けるだけではなく、そのマークにまつわる製品の生物多様性配慮の物語を伝えることが重要なのではないか」という意見が円卓会議では出た。

コウノトリがブランド米の物語の立役者に

「物語」を伝えることで、生物多様性に配慮した製品を認知してもらうことに成功したのが、兵庫県豊岡市の「コウノトリ米」だろう。豊岡市は1971年に絶滅寸前のコウノトリが最後に目撃された地である。兵庫県は生物多様性の象徴ともいえるこのコウノトリの復活に地域ぐるみで乗り出した。まず、ロシアからコウノトリを譲り受けて人工繁殖させ、さらに野生復帰のために地域の農法を変更するという手段に出た。

コウノトリは田んぼの生き物を餌にする。1羽が生き残るためには4haの田んぼが必要であるため、田んぼを整備する必要があった。そこで兵庫県は地元のJAと協力して、「コウノトリ育む農法」という農法を開発した。化学肥料を使わず、無農薬・減農薬でお米を育て、田んぼに水を張る時期を長くするといったものだ。コウノトリが年間を通じて餌を確保できるようにするためだ。

地域の農家は手間のかかるこの農法に当初は難色を示したものの、次第に理解を示し、苦労しながら取り組んだ結果、2005年、ついに豊岡市はコウノトリの野生復帰に成功した。それから5年。今では40羽弱のコウノトリが大空にはばたいている。

ロシアからコウノトリを譲り受けて人工繁殖させ、さらに野生復帰のために地域の農法を変更するという手段に出た。

コウノトリが餌を確保できるほど生物多様性に富んだ田んぼで栽培されたお米は、「コウノトリ育むお米」と名付けられた。コウノトリの写真をあしらったパッケージで発売されると、徐々に人気が出て、大手スーパーのイトーヨーカドーや生活協同組合も販売に乗り出した。コウノトリを復活させた歴史と農家の苦労、環境や健康に良いというお米の背景にある「物語」が消費者に伝わり、価格は同等のお米の1.5倍であるにもかかわらず、売り上げが毎年大きく伸びている。コウノトリ米は生物多様性をキーワードにしてブランド米の地位を築いたのだ。

地元はコウノトリの名前を冠した日本酒や焼酎、おかき、豆腐も製品化。コウノトリの様子をライブカメラで、コウノトリの観察日記をブログで伝えて情報発信し、兵庫県豊岡市は一躍「コウノトリの町」として有名になった。

コウノトリ米の成功を受けて、現在、トキ米やヤマネコ米など全国で似たような取り組みが広がり始めている。

都市の生態系ネットワーク構築にミツバチを

生物多様性保全の試みは地方に限った話ではない。都会では最近、建設会社や開発業者が生態系のネットワークを作る取り組みを始めている。建設会社や開発業者が設計するビルの屋上や周辺に在来種を中心とした緑を植栽し、鳥や昆虫が利用できる緑の回廊を町全体で作ろうとしている。

特に話題になっているのが、ミツバチを飼育するプロジェクトだ。例えば鹿島は、都心のビルでニホンミツバチを飼育し、周辺の植物の受粉や結実を担ってもらうことで、一帯を生物多様性の豊かな地域にし、不動産の付加価値を向上させる取り組みを始めている。

ミツバチを観察して生態系の勉強をしたり、そこからハチミツを採集することで、子供たちの環境教育にも役立てたい考えだ。ビルには採集したハチミツを利用するカフェや菓子店舗をテナントとして誘致できる可能性もある。ひょっとしたら、「ミツバチビル」や「ミツバチマンション」という名前の建物が、将来登場することになるかもしれない。

企業が取り組む生物多様性への配慮。単にエコマークを付けるだけでなく、生物多様性保全を象徴する生き物とそれにまつわる再生

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生物多様性保全の「物語」が都会人を動かす by 藤田 香 is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial 3.0 Unported License.

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著者

日経BP社にて、環境経営フォーラム/日経エコロジーを担当する生物多様性プロデューサー。

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