国際環境法の未来は?

国連大学(UNU)出版部が新たに出版した書籍「The Future of International Environmental Law」(国際環境法の未来)は、既存の国際環境法の有効性を評価するという難題に取り組んでいる。
気候変動や生物多様性の喪失、海洋酸性化など環境危機の加速が続く現代において、世界の政策立案者たちが多国間のガバナンスをより効率的に発展・強化するためにも、国際環境法を評価していくことが重要である。

残念ながら、本書の共同編集者であるシドニー大学のデヴィッド・レアリー氏および国連環境計画のバラクリシュナ・ピスパティ氏が述べているように、今日までに「国際的な環境協定の増加にも関わらず、環境災害や新たな環境問題は拡大し続けている」のが現状だ。

改訂版となる本書では、国際環境法の欠点を指摘し、法的仕組みで世界の環境問題に対処していく方法を提案した近年のケーススタディ11例を取り上げている。例えばスーザン・シーリング氏による生物多様性条約(CBD)に関する章のように、紹介されるケーススタディは、環境に関する国際的な法体制に視点を据えており、詳細かつ啓発的な内容となっている。

しかしながら、本書の最大の功績は、様々な国際環境法が抱える課題の類似性を示していることだ。編集者を務めた両氏は、環境悪化に対する非効率的な法体制を特徴づける3つの共通事項を指摘している。それは、条約の密集、環境問題と(人権法など)国際法の相関関係の認識欠如、そして政府と非政府団体の関係や交流のあり方まで決めてしまうまるで万華鏡のように変幻自在の国際法体制の出現だ。

条約の密集

複雑な国内および国際関係によって国際環境法の効果は弱まっている。そして効果減少の一因は条約の密集にある。莫大な数の国際法律文書が1972年のストックホルム国連人間環境会議を契機に増え始め、1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミット後にさらに増加したのだ。

ジョージタウン大学法学部のエディス・ブラウン・ウェイス教授は、受賞経験を持つ環境法および環境政策の専門家である。同氏は、「個別の交渉会議や事務局、資金拠出体制、重複する条項、協定間の矛盾、そして地域コミュニティに対する交渉や会議、その他の関連活動への厳しい参加要求」が、現代の条約の密集を引き起こしていると考えている。

条約の密集は限りある政府資源を枯渇させ、さらには交渉や条約実施を担当する各国官僚に重すぎる負担を強いることになりかねない。これは、とりわけ統治の遅れた開発途上国について言えることであり、特に条約実施に必要な財源や人材に乏しい小島嶼開発途上国(SIDS)にとっては大きな負担となっている。

気候変動の問題だけでも、小島嶼開発途上国(その多くは人口10万人以下である)は多くの団体や集会との恊働を求められる。その中には、小島嶼国連合、国連気候変動枠組み条約、国連後発開発途上国・内陸開発途上国・小島嶼開発途上国担当上級代表事務所、および国連経済社会局などがある。

さらに、生物多様性条約、国連海洋法条約、アジェンダ21、世界島嶼パートナーシップ、海洋環境を陸上活動から保護するための地球行動計画(GPA)などにも参加しなければならない。潤沢な資金源を持つ国でさえ、これほどの数の会議への旅費を工面し、交渉の準備を整えるのは至難の業であるのが伺えるだろう。

条約の過密状態を解決するには、様々な団体の取り組みを連携させていく必要がある。その1例が、アン・パワー氏による第2章に記されている。同氏は、地域レベルで締結されている既存の海洋資源保護・保全協定を推進することで、GPAが地域間の協調関係を強化できる可能性を指摘する。

GPAは各政府が問題を査定する指標となり、解決策の立案と評価を導くだけでなく、小島嶼開発途上国が気候変動に適応し、被害を抑えるために必要な資金創出のための革新的な財務体制の構築を推進するのだ。

環境法と人権法の相関関係

環境難民や生態系権の問題を扱う国際体制は、人権法を含む様々な国際法と環境との相関性を十分に考慮できていない。

「気候変動は、国際的に保証されている人権の多くをすでに侵害している。とりわけ、水、食糧、健康および財産への権利、生活、文化、移住、再定住および紛争における個人の安全に関する権利の侵害は深刻だ」と第7章の著者であるマイケル・B・ジェラード氏およびディオニシア−テオドア・アブゲリンポウロウ氏は述べている。

国連人権理事会は、2008年3月28日に採択された決議7/23において、低地や小規模な島で構成される国家、低地沿岸部や乾燥・準乾燥地帯、洪水や干ばつ、砂漠化の影響を受けやすい地域を抱える国々の気候変動被害に対する脆弱性を認識した。

しかし、第6章で人権と環境に関してグドゥムンドゥル・アルフレッドソン氏が述べているように、人権法を環境問題に組み込むのは簡単なことではない。同氏は「人権問題専門の弁護士や外交官、活動家の多くが環境法に疎く、同様に環境問題専門の弁護士や外交官、活動家が人権法に明るくないというのは非常に大きな課題だ」と述べている。

しかしながら、訴訟によって気候変動問題に関連する人権規定を強化することもできる。例えば、イヌイットの人々は米州人権委員会でアメリカ政府に対する申し立てを行った。内容は、アメリカが北極圏を破壊し、温室効果ガス削減をしなかったためにイヌイットの人権を侵害したというものだ。

残念ながら、アメリカは米州人権委員会の管轄権を認めなかったが、代わりに原告団は公聴会に出席し、本件に関するアメリカの連帯責任が取り上げられた。(詳細は国際人権政策評議会が2008年に出版した書籍に記されている)

ジェラード氏とアブゲリンポウロウ氏は「気候変動問題に関連した人権訴訟は始まったばかりだが、この傾向は増えていくようだ。人権に基づいた環境問題への対応や人権を考慮した環境法を社会主流化する上で、広範な知識は必要不可欠だろう」と述べている。

変幻自在の法体制と環境ガバナンス

本書で議論されている3つ目の要素は、ブラウン・ウェイス氏が言うところの「万華鏡さながらに変化し続ける」国際法体制である。この現象は、世界情勢の形成に一役買い、地球が直面する環境課題に取り組む様々な非政府機関を巻き込んでいる。

すなわち、この万華鏡のような法体制は「政府と非政府系団体の関係および交流、権力や責任を行使して環境に関する決定を行う手続きや会議」のあり方までも細かく網羅しているのだ。

ヨーロッパでは、この万華鏡的なシステムの概念がオーフス条約に集約されている。本条約は3つの大きな柱から成り立っている。それは、市民が環境関連の情報にアクセスする権利、特定の環境問題への市民の参加義務、そして市民が環境関連の裁判に出席する権利である。

第5章では、生態学的に持続可能な開発への市民の参加について、ドナ・クレイグ氏とマイケル・ジェフェリー氏が次のように述べている。「市民の環境ガバナンスへの参加が意味を成すためには、これらの要素が必要不可欠である。市民の参加は実用的な利益だ。それは意思決定の質や環境ガバナンスの正当性を高め、地域社会の能力を育成することで、最終的には市民の生活の質を改善する」

市民の環境ガバナンスへの参加という基準は、環境と開発に関するリオ宣言の原則第10条に基づいている。しかし、ここにもリスクは存在する。多くの市民が参加すれば経費が増え、効果的な法律を制定するまでに時間がかかってしまう。さらに、本当のリスクは、市民の環境ガバナンス参加やその成果を過大評価してしまうところにある。

それでもなお、クレイグ氏とジェフェリー氏は、市民を巻き込まずに事を進めれば、長期的には市民が参加した場合よりも多くの費用がかかってしまうと強調する。両氏は、例としてインド人のM・C・メータ氏を取り上げている。メータ氏はインドを象徴する建造物であるタージマハルが産業大気汚染や放置によって劣化するのを防ぐために訴訟を起こした人物である。

メータ氏の介入により、インド最高裁は、厳しい環境汚染規制に従って600以上の有害な産業を閉鎖する決定を下した。このような例は、個人、研究機関、企業そして政治家が協力すれば、より効果的な解決策に結びつくが、その手段があくまでも法に準拠していなければならないことを証明している。

結局のところ、より適切な国際環境法こそが、私たちが自ら生み出した環境被害から、個人や社会を守る上で重要な役割を担っているのだ。

しかし、レアリー氏とピスパティ氏が強調しているように、世界の環境問題に対処するための「健全な環境ガバナンス」を構築するには、法的体制よりもさらに先を見据えなければならない。国、地域、世界規模で効果的に環境問題に立ち向かっていくためには、「すべてのレベルにおける社会コミュニティの広範な努力」が不可欠である。
国際環境法の未来は?
国連大学出版部より発売された書籍「The Future of International Environmental Law」(国際環境法の未来)は、こちらよりオンライン購入が可能です。

翻訳:森泉綾美

Creative Commons License
国際環境法の未来は? by 池田 沙栄子 and 渡部 健司 is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

ディスカッションに参加しよう

著者

池田沙栄子氏は現在電力産業に携わっており、日本大学およびストックホルム大学で国際法および国際環境法を専攻した。日本大学より法学優等生徒賞を授与されている。主に企業における環境経営、環境保護および生物多様性保護を研究のテーマとしている。

渡部健司は、インターンとして国連大学メディアスタジオの仕事に携わった経験を持つ。主な研究分野は環境法と最新環境技術に関わる知的財産法である。日本大学より法学学士号、ジョージ・ワシントン大学ロースクールより法学修士号を取得している。

ディスカッションに参加しよう

  • Tomoyuki Nakatsuka

    近年、気候変動問題が大きな話題を呼んでおり、昨年の国連気候変動枠組み条約締約国会議におけるカンクン合意は記憶に新しい。昨年は生物多様性条約に関する会議が日本で開かれ、またメキシコ湾では石油の流失事故が起こった。このようにグローバルな環境危機の加速が続き、さまざまな環境問題が叫ばれる今日において、国際環境法の整備は非常に重要である。
    国連大学出版部が出版した書籍、「The Future of International Environment Law」の共同編集者、デヴィッド・レアリー氏とバラクリシュナ・ピスパティ氏は、今日まで、国際的な環境協定の増加にも関わらず、環境災害や新たな環境問題は拡大し続けているのが現状であると述べている。両氏はこの非効率的な法体制は、条約の密集、環境問題と国際法の相関関係の欠如、つなわち、人権問題の専門家は環境問題に疎く、環境問題の専門家は人権法に疎いということ、及び万華鏡のように変化し続ける国際法体制の出現が原因であると述べている。
    しかし、たとえ国際環境法が両氏の指摘する問題を解決したとしても、最後には根本的に国際法が抱える問題に直面することとなるだろう。それは、国際法は国内法と異なり、罰則規定がない、あるいは罰則を与える機関が国際社会には存在しない点、国家の利害が衝突した場合あるいは条約に違反した場合、国際司法裁判所はあるものの国内における裁判所とは性格が異なる点、またそもそもその国が批准しなければ条約は意味をなさないという点である。
    このような性格が国際法にはあるが、環境危機はこれを考慮することはない。しかし気候変動、生物多様性の危機などは急を要する問題であり、その解決のためには、非効率的な国際環境法の法体制を整えるだけではなく、根本的に国際法の性格自体を変える必要があると私は考える。それは地球環境問題がますます逼迫し、国際法の性格自体が変わるのを待っていたのでは遅いだろう。したがって、地球環境問題の解決には、効率的な国際環境法の整備と、国際法の性格自体の変革が、同時並行的に行われることが重要なのではないだろうか。

    • 渡部健司

      Tomoyuki Nakatsukaさん、貴重なコメントを残していただきどうもありがとうございます。

      拝察されました通り、国際環境法は罰則規定を有さず、国際法と同様の非効率性の問題に直面する思われます。

      そのような国際法及び社会情勢の中で、人類に直面している環境問題に十分対応する為には、「The Future of International Environment Law」の共同編集者、デヴィッド・レアリー氏とバラクリシュナ・ピスパティ氏が結論部分に掲げている、国際環境法を超えた「健全な環境ガバナンス」が必要であると考えております。

      そのような環境ガバナンスは、国内及び国際環境法の法体制を超えて、「すべてのレベルにおける社会コミュニティの広範な努力」に基づき、柔軟により戦略的に環境問題の根本的解決に向けて実行されていくべきであると考えております。

      環境問題の根本的解決に向けて、何が本質的に必要なのか、国際社会の中で再考する必要がありかもしれません。

      コメントを残していただきどうもありがとうございました。