気候治療法はどれがいい?

『The Climate Fix』は巧妙かつ見事に曖昧な題である。加えて、この魅力的な本の副題「What the scientists and politicians won’t tell you about global warming(科学者と政治家が地球温暖化に関して教えてはくれないこと)」には、何か隠し事をしているような含みがある。このようなレトリックを使ったほうが、「より効果的な解決を見出すため気候科学とそれに関わる政治を改善する方法」などといった内容に合ったより的確なタイトルより遥かに本が売れるのだろう。

私の見解では、気候科学に隠蔽工作はないが、私たちが直面する巨大なチャレンジを前に多様な利害関係を声高に叫ぶ騒音はすさまじい。そんな騒音の中、この本の著者ピールケ氏の静かな声などはかき消されてしまいがちだ。

ピールケ氏はコロラド大学ボールダー校のCenter for Science and Technology Policy Research (科学技術政策研究センター、CSTPR)の政治科学者である。私はここしばらくピールケ氏のブログを読んでいるが、そこには気候科学を政治支援運動と切り離そうとすると起こる内在的な問題に関して興味深い見解が示されている。科学の政治化について真正面から取り上げているのは『The Climate Fix』の第8章である。ここで彼は「クライムゲート」問題からの教訓について触れている。これはイースト・アングリア大学気候研究ユニットのEメールが盗難されて流出しオンライン上に載った事件だ。

この問題に関する議論は数多いため、ここで焦点を当てる気はない。それよりこの本がいかに興味深い読み物であるかをまずは強調したい。気候科学の本でこれほど引き込まれる本はそう多くない。ピールケ氏は複雑な科学的概念を平易な英語で分かりやすく説明してくれる。そしてこの本で展開される議論はとても説得力があり、よく練られている。

柔軟性のある政策が必要

ピールケ氏の気候科学と政策に対するアプローチは合理主義と常識に基づいている。彼は二酸化炭素が気象システムにおそらく取り返しのつかない影響を与えたことを受け入れた上で、たとえ私たちが空気中の二酸化炭素濃度の削減に成功したとしても「気象システムへの人間による影響という大きな課題はまだ解決したことにはならない」と説く。つまり大気への二酸化炭素排出を安定させたとしても、人間が起こすその他の影響(森林破壊、都会化、砂漠化、大気エアロゾルなど)について対策を行わなければ気候変動を止めることはできないということだ)

彼は気候科学における不確実な分野も、直視して対応すべきであると指摘する。イギリスの王立協会などの組織が、気候科学についてすでに立証されている分野とまだ不確実な面が残る分野を明確にしようと努力していることについても説明がつく。

科学が政策と結びつく過程について探りながら、ピールケ氏は私たちがすべきなのは公の見解をまとめることではなく、公の見解に沿った政策を作ることだと述べる。この文脈の中で彼は、炭素排出削減を推進する政策が、経済成長を推進する政策と対立した場合には勝つのはいつでも後者であるというのが「気候政策においての鉄則」だと指摘している。

この視点のリアリズムは尊重すべきだが、この鉄則どおりならば、世界の脱炭素化へ向けた選択肢が狭まり、私たちの思考が縛られてしまうことになり厄介だ。イギリスの著名な社会学者アンソニー・ギデンズ氏と同じように「産業文化は自らを破壊しつつあり……存在の危機に直面している……気候変動はその表れの1つに過ぎない」と考えれば、この鉄則は大問題である。

ここでピールケ氏の言う鉄則の妥当性を尊重しつつ検討すべきなのは、脱炭素化政策は「経済成長と環境の進化は両立すべきものである」という点だ。これは決して新しい論ではなく、1980年の持続可能な発展に関する議論にまで遡る「ウィンウィン」思想である(環境を保護すれば経済成長も見込める)。では、もし「経済成長」の一般的な概念が明確ではないと考えるならば(新経済財団による最近の活動を見ていただきたい)、この鉄則をどのように解釈したらよいのだろう。「経済成長」の定義をより明確にすれば、鉄則も少しは形を変え得るかもしれない。

技術的治療?

続いてピールケ氏は、脱炭素化のスピードを上げるには、政策決定の中心に技術革命を据えなければならないと説く。私はこの意見にも賛成だ。また彼はどんな技術が成功し、どんな技術が失敗するかについての予測不能性を減らすための基準も挙げているが、私はそれにも賛成だ。日本では巨大なパラレル・プロセシングを使って技術革新をさらに前進させ、人工知能の土台となる「画期的」な「5世代型」コンピュータを開発する予定だったが、すっかり無駄になった(約4億米ドル)。このような資源の無駄は避けなければならない。ただし、クリーンエネルギー技術のいくつかは成功し、いくつかは失敗することは避けられないだろうし、成功までの過程では多くの間違いも犯すだろう。よって、技術が必要不可欠な要素なのは確かだが、解決策の一部と考えた方がよい。

別の解決策は化石燃料からの別の燃料への転換に関してだ。ピールケ氏によると、現在世界では150億人が電気のない暮らしをしており(2008年)、未来の世界でははるかに多くのエネルギーが必要とされる。ところが氏はピーク・オイルに関してはやや曖昧な姿勢である。エネルギー需要は今後も増え続け、ピーク生産についての意識は低くなるとしながら、炭化水素以外の燃料へと多様化していけば、結果的に脱炭素化が進むと主張している。

この案よりデイビッド・ホームグレン氏が提示する「ブラウン・テクノロジー」のシナリオがより現実味があるということがなければよいのだが。これはクリーンエネルギーの代わりに、より「ダーティ」な選択肢(汚染の原因となる原油から、さらに破壊的なタールサンドに転換するなど)が使われるというシナリオだ。

この著作の中で最も興味深かったのは、「Obliquity, Innovation and a Pragmatic Future for Climate Policy(気候政策における不道徳、技術革新、実用的未来)」という名の最終章におけるピールケ氏の予測である。それ以前にピールケ氏は、イギリス、日本、オーストラリア、アメリカその他の気候政策を検討し、これまでの成功レベルは落胆すべきものだとしている。彼はこれら各国が野心的な目標を掲げていることに意義を唱える。なぜなら政策立案者は「公的目標の必要性は確かだと見せかけながらも、その目標には到達しないで済む方法をあれこれ探す」だろうからだ。彼らは大々的な効果のある「魔法の解決策」ばかりを探す傾向にある。

単純明快な案

前進の一環としてピールケ氏は控えめな炭素税を国内的、国際的にかけるべきだとし、それは「人々の行動を変えたり、経済活動を制限したり、他の燃料より化石燃料の値段を上げたりするためではなく、技術改革の投資収入を増やす」ために計画されるべきだと述べる。これは表面的にはNASAの科学者ジェームズ・ハンセン博士の炭素税と配当に関する案と似ているが、ハンセン氏は収入を均等に分配しようと考える点で異なっている。

ピールケ氏はこの税収入から得られた資金がカーボンニュートラルエネルギー部門に主に投資され、いずれ世界の消費の90%以上がカーボンニュートラルになるべきだと主張する。ハンセン氏の方は資金が市民に還元されるべきだとしている。どちらの解決策も単純かつ明快である。

ピールケ氏は、「エネルギーアクセス、安全性、低コストを実現し、世界経済の脱炭素化を図るという長期的目標」を達成できるかどうかに対しては懸念を表している。彼は自分の見通しには詳細さが欠けており、他の世界的なアプローチ同様失敗するかもしれない、と認める。現在の世界的アプローチは目標やタイムテーブルが重要視され、成功していないのだ。しかし、それと同時に、地球工学を第二のプランと位置づけることには明確に反対している。氏によれば「地球工学は空想の域にとどめておくのが一番だ」。

『The Climate Fix』を読み終えて私が思うに、これは国連気候変動枠組み条約の参加者全員、そして気候変動に関する政府間パネルのメンバー全員にとっての必読書となるべきだ。

とはいえ成功の可能性のある治療法に関しては、彼は環境論におけるプロメテウス学派に入るかもしれない。ジョン・ドライゼック氏の言葉を借りれば「永続的成長」の視点である。「より少ない世界で生きる」という論も取り上げてほしかったと思う。これはあちこちで解決策のひとつとして熱心に語られている論の1つだからだ。(2000ワット社会の活動、ソール・グリフィス著の『Game Plan(ゲームプラン)』、ティム・ジャクソン著の『Prosperity without Growth(成長なき繁栄)』その他)。

将来は物不足に対応しなければならないという考えは、『The Climate Fix』より悲観的な見方だが、それも十分検討に値するシナリオである。多種多様な「気候治療」の方法があるが、あらゆる問題を解決できる特効薬はない。よって、炭素税、排出削減目標、土地活用の変革、技術革命などなど、できることは全てやるべきなのかもしれない。

翻訳:石原明子

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著者

ブレンダン・バレットは1984年からイギリス原子力発電所の環境アセスメントに従事して以来、環境分野に従事してきました。環境スペシャリスト、都市設計者でもあり、コミュニケーションや教育をはじめ環境問題の研究のため、ITを駆使しています。

博士課程を終了後、1997年から国連大学に加わり、2002年に国連大学メディアスタジオを立ち上げました。

IUCN(国際自然保護連合)教育・コミュニケーション委員会のメンバーでもあり、オーストラリア環境研究ジャーナルやサービス・リサーチ・ジャーナルの国際編集顧問委員会のメンバーとして活躍。2002年から2005年には情報社会サミットで、国連大学の中心的役割を果たしました。

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