人間の安全保障 に及ぼす 気候変動の影響

マーシャル・B・バーク氏らによる昨秋の米国科学アカデミー紀要の記事での主張によると、もしこのまま気温が上がり続ければ、サハラ以南のアフリカでは2030年までに39万3千人の新たな紛争死者が出るということだ。

世間を騒がすこういった主張は、国家の中央政府やその情報機関から国連安全保障理事会のような国際機関に及ぶまで、安全保障の問題を扱う国家組織や国際組織の興味を誘った。

しかし、果たしてこういった主張を実証できるだろうか?

人間が地球温暖化を徐々に進行させていることや水循環の変化に関与していることは疑う余地がない。最新の航空写真によると、1993年と2003年の間に確認された海面上昇は3.1センチメートルであった。また世界中のほとんどの地域では熱帯低気圧の強さが増した。そしてヨーロッパでは猛暑が頻繁に起こるようになった。

気候変動は事実である。しかしこういった変化が実際に武力紛争を左右する影響力となるのだろうか?バーク氏の研究は別として、こういった変化が実際に紛争を増やすことになるといった証拠は今のところほとんどない。しかし私たちの幸福な暮らしに深刻な影響力を持つようになるだろうことに間違いはないのだ。

地球の南側を襲う影響

昨年のコペンハーゲンでの気候変動会議で強調されていたように、人間の行為によって起こった気候変動の影響を実際に受けているのはその原因をつくった人々ではなく、おもに極貧の人々であった。貧しいがゆえに彼らの住む地域は世界の国々の中でも弱い立場にある。産業国家が有効な方策を投じるのが遅れるのにともない、この貧しい地域における危険性は大きくなり続けている。

おもに開発途上国に見られるような、その経済活動が気候の影響を受けやすい社会では多大な影響が出るだろう。気候変動が”脅威を倍増させる装置”のように働き、現存する負荷を増加させるためである。 例えば干ばつや砂漠化といったように、気候変動の局所的な影響が原因で使用可能な資源が減っていくと、結局はこういった資源を求める競争が激化することになる。そしてダルフール地方やソマリアに見られるように、急速な人口増加や部族主義、派閥主義がこじれて事態を悪化させ、結果的に武力紛争をまねく可能性がでてくるのだ。

地球温暖化によって気象災害はより頻繁に起こるようになり、その強さを増してきているが、これと同時にすでに闘争が起こっている社会は、ますます政情不安定になり衰弱していくだろう。ハイチはその一例といえる。

コペンハーゲン合意には、気温の上昇は摂氏2度以内に抑えるという政治目標が書き込まれたが、これはギリギリの数字で、2度を超えれば突然の気候変動が起こる可能性は高い。例えばもしグリーンランドと南極大陸の氷床が割れて大陸から海へ流れれば、海面上昇により人々は引き離され、人口移動を引き起こすことになるだろう。このような「気候難民」は、人口過密で低地にある沿岸地域(例えばバングラデッシュなどがそうである)からの移住を余儀なくされるだろうし、モルディブやカートレット諸島のような小さい島ではすでにこの兆候が見られる。

“気温が上昇すると今までその地域に存在しなかったマラリアのような病気が流行する可能性も出てくる。例えば東アフリカの高地などがそうだ。”

健康と食の安全に迫る脅威

気温が上昇すると今までその地域に存在しなかったマラリアのような病気が流行する可能性も出てくる。例えば東アフリカの高地などがそうだ。また気候に関係した危険がもたらす短期的な影響も心配だ。例えば水が原因の感染症や、病原体を運ぶ蚊のような虫の新たな繁殖地が出現し、自然災害の余波の中で生命を奪うことにもなり得る。ホンジュラスが良い例で、ここでは1998年に起こったハリケーン・ミッチの影響で普段の3万人増のマラリア患者がでた。もっとも、殺虫剤処理した蚊帳を利用することが病気のリスクを減らす有効な手段であると証明されたのは幸いだった。

もし干ばつがもっと頻繁に起こり長びくなら、作物の収穫は落ち込むだろう。しかし本当の脅威は猛暑である。猛暑は農作物の収穫を減らすことになるからだ。例えば2003年のフランスではトウモロコシの収穫量が30%減、果物は25%減と落ち込んだ。

それでは何か解決策があるのだろうか?オックスフォード大学の経済学者ポール・コリア氏のように、気候が変動していく中で食糧の安全保障を実現するためには、アフリカで遺伝子組み換え作物の開発と活用を促進する必要があると主張する者がいる。ところがその一方で、これから変わりゆく農業に対する答えとして、種の多様性の保護を進めるヴァンダナ・シバ氏の考えに賛同する者もいる。

こういった解決策が及ぼす影響は計り知れないことは明確である。個々人が洪水や食糧不足といった脅威から解放されるという点で人間全体としての安全保障を危うくし、国内および世界の安全保障に影響を及ぼす可能性すらあるのだ。

例えば、自然災害への対処がおろそかだと、統治機構が弱いうえに政治的暴力や貧困といった問題を抱える社会の中に反政府勢力の不満を引き起こすことになる。気候変動を緩和させるための資金は、その資金配分に関して潜在的な対立がある。例えば、森林減少・劣化からの温室効果ガス排出削減プロジェクト(REDD)には資金が配分されている。

国際関係という点から言えば、小さな島国が海に沈んでしまった場合、国家主権喪失の問題を引き起こすことになる。例えばモルディブは国家の未来のために、外国の土地を購入するための信託基金の設置を現在計画中である。モルディブを含む多くの開発途上国にとって、環境への適応策に加え、環境保全の推進はエネルギー安全保障の推進と輸入石油からの自立を意味するのだ。

非常事態でもおびえないこと

急を要する前兆はあるものの、人騒がせな予告をする人々の考える世界滅亡のシナリオは意味のないものだ。人間にとって大きなリスクとなる気候の境界線を越えてしまわないように、炭素収支を管理するさまざまな解決策がある。

これらの手段は実現可能であり、コストも手ごろだ。例としては、再生可能なエネルギーの利用や、エネルギー効率、地球工学、環境への適応、干ばつ保険制度などがある。

地下の造岩を利用した炭素隔離は比較的リスクの低い一つの例であるが、今のところその環境が整っているのは限られた場所だけである。具体的な例としては、商業会社らとアルジェリア国営の石油会社による共同事業がある。現在行なわれているのは、インサラのガス田開発によって排出された二酸化炭素を再圧入する二酸化炭素獲得プロジェクトだ。

また、水力発電や風力発電、太陽光発電などのすでに実証済みで効力のある技術をもってすれば、気候が引き起こす突然の衝撃を低めのコストで和らげることができることも良く知られている。何も行動を起こさない方が、より高い代償を払うことになるだろう。

“原子力エネルギーの普及は、安全性や核技術の拡散、テロリズムを支持するグループへの核物質の拡散の危険性など、安全保障の面で別の影響がでる可能性を含んでいる。”

また同時に、世界中で可能な解決策なら何でもとろうなどと焦って考えないよう注意せねばならない。思わぬ結果を招くことになりかねないからだ。一部の人々が支持する原子力エネルギーの普及は、安全性や核技術の拡散、テロリズムを支持するグループへの核物質の拡散の危険性など、安全保障の面で別の影響がでる可能性を含んでいる。

原子力発電は比較的低コストであり、温室効果ガスの排出量が限りなくゼロに近く、またエネルギー供給量は相当なものであるという意見の一致があるのは事実だ。しかし初期費用は高く、調整や廃棄にもコストがかかり、核廃棄物の処理は環境や経済に対して大きな問題である。核廃棄物を長期にわたって保管するのには莫大な費用を必要とし、同時に放射能漏れの危険性を負うことになる。原子力エネルギーによって利益を得てきたイギリスのような国々が新しい原子力発電所を稼働させなかったのは、おそらくこれらの難問があったからだろう。

嵐が来る前に行動せよ

地球の気象の変化は実際のところ地球規模の課題であり、その結果として起こる現象から逃れることのできる場所はこの地球上にはどこにもない。たとえ大気中の二酸化炭素量を安定させることができたとしても、今までに蓄積されてきた二酸化炭素から逃れることはできない。環境に適応することが必要であり、多くの開発途上国にとってそれが唯一の解決策なのである。

そして社会のいかなる階層の人々もこの解決策に関与しなければならない。これには食習慣の変化や肉類の摂取を減らすこと、またエネルギー効率の良い家庭電化製品を使うなど、消費者の選択が重要である。その上、水力発電のような良く知られていて予期せぬ結果を引き起こす可能性が低い、すでに実証された技術が存在するのである。そして何よりも世界中の人々が、私たちは気候変動の原因をつくった張本人であり、またその犠牲者でもあるということをもっと理解せねばならないのだ。

もし私たちが今行動に移さなければ、気候変動がもたらす結果は、莫大な費用を必要とするだけでなく、感染症や核戦争、テロリズムといったものに加え、人間を脅かす深刻な脅威となるだろう。暗雲が立ち込めていくのをのんびりと傍観している余裕は 、私たちにはない。今すぐ行動に移さねばならないのだ。

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クリスティアン・ウェバーシック氏は新しい著書”Climate Change and Security: A Gathering Storm of Global Challenges” (「気候変動と安全保障~勢いを増す嵐に対する世界の挑戦~」)の中で、気候変動が人間の安全保障と国際安全保障にどう影響し何が起こるかについて、資源不足と自然災害の増加と人口の移動という3つの側面から分析している。

翻訳:伊従優子

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著者

クリスチャン・ウェバーシクは、JSPS -UNUポストドクトラルフェロー。地球環境及び持続可能な開発のガバナンスプログラムの一環として、地球環境変動と安全保障について探索的調査を行っています。

国連大学に加わる前は、UNDPの危機予防復興支援局(BCPR)でレポート・ライターとして勤務。それ以前は、地球科学情報ネットワークセンター(CIESIN)を受け入れ機関として、コロンビア大学地球研究所に勤務。

博士号取得後、アスマラ大学(エリトレア)で政治学の助教授として勤務。オックスフォード大学では政治学の博士号を取得し、戦争の政治経済学及びソマリア国内紛争における自然資源の役割について学びました。

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