世界環境デー:私たちが共有する実り

6月5日は世界環境デーだ。今年のテーマは「考えて、食べて、節約する」 。誰にでも理解しやすいテーマだ。「考えて」という部分は、ある問題への注意を呼びかけている。その問題は、レストランで食べきれない量の料理を注文する人や、冷蔵庫にたくさん食べ物が入っているのを忘れて腐らせてしまう人にとっては「たいしたことない」ように思えるかもしれない。しかし、廃棄される食べ物や、多くの人々が食べ物を調達するために産業化され、グローバル化された方法は、天然資源に大きな負担を掛ける上に、環境への負の影響を生む大きな原因でもある。

実際、国連環境計画(UNEP)によると、世界の食料生産地は、人が生活可能な陸地の25パーセントを占め、森林破壊の80パーセントと温室効果ガス排出の30パーセントを引き起こしている。また、生物多様性の喪失と土地利用の変化を促進する最大かつ唯一の原因でもある。さらに、1リットルの牛乳を生産するためには約1000リットルの水が必要であり、牛1頭分のエサを生産するためには約1万6000リットルの水が必要だ。驚くべき数字はそれだけではない。世界の食料生産のために、淡水消費量の70パーセントが費やされているのだ。

つまり、食べ物を捨てれば、それを生産するために使用された全ての資源とエネルギーも無駄にすることになる。今年のキャンペーンは、食料の廃棄量を減らし、お金を節約すると同時に食料生産の影響を最小限に抑えるために、私たちが行動を起こすことを目指している。重要なことだが、「考える」というテーマは、私たちが食料生産プロセスの効率性を高めるような選択をすることも提案している。

そして、そのような考え方は、食料生産に関する別の一面に対処する研究や政策にも当てはまる。UNEPによると、カナダ、ヨーロッパ、オーストラリア、アメリカといった地域で見られる「フォークに近い食料(食べる直前の食料)」 の廃棄という現象とは対照的に、開発途上諸国では廃棄された食料の約3分の2が農場の近くで失われている。後者の原因は主に、インフラストラクチャーが貧弱であることや、食料の生産、収穫、貯蔵、輸送が非能率的であることだ。多くの場合、生計の確保に苦労することが多い小規模農家やその他の地域関係者が食料の生産から輸送までを行っている。

実際、国連の新しい報告書によれば 、食料生産と天然資源の管理において大きな役割を果たせるように小規模農家を支援することは、10億以上の人々を貧困から救い、人口が増え続ける中で世界の人々に持続可能な方法で栄養を与える最も手っ取り早い方法の1つだ。

一方、今年の中心テーマの「食べる」という部分は、私たちの体の滋養となる食べ物を味わい、いい気分になることを推奨している。それは、今回の記事に取り上げる画期的な運動の参加者たちがやっていることでもある。下記に掲載するカタリーナ・フロッシュ氏 による記事は、73編の評論を集めた『The Wealth of the Commons(コモンズの富)』 に収録されている。それらの評論は、いかに多くの一般市民が団結し、森林と魚類資源を守り、地域の食料システムを改革し、生産的なオンライン・コミュニティを形成し、公共空間を利用し、環境の管理を改善し、本当の意味での「進歩」とガバナンスを再構成したのかを描いている。フロッシュ氏は経済学者で、ベルリンの地域菜園を促進するイニシアティブStadtgarten(シュタットガーテン)の共同創設者だ。彼女はMundraub の共同クリエイターでもあり、その活動について今回の記事で解説してくれている。上記2つの活動は、いずれもドイツ持続可能な開発会議 から賞を授与されている。

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日差しがまぶしい晩夏の暑さの中、旧東ドイツ領の農村地域には、フルーツが発酵する強烈な匂いが漂っている。1本の木に何百個ものみずみずしいナシが実っており、腐りかけの実が地表30センチほどの高さまで積み重なっている。その近くにはプラム、ミラベル(スモモの一種) 、ニワトコの低木があり、道沿いのところどころにリンゴの木が植わっている。有り余るほどの新鮮なフルーツ(鳥や昆虫やその他の動物が食べても余るほどだ)は、人々に忘れ去られ、放置され、利用されないままだ。

これは私たちが共有するフルーツだろうか? 自由に収穫してもいいのか?

今日、少なくともドイツでは、誰も所有していない果実の木は正式には存在しない。住宅地の外側にある果樹園は、たとえフェンスで囲まれていないとしても、ほとんどの場合、私有されている。ドイツの多くの地方、とりわけ旧東ドイツ領だった地方の特徴である1.6キロも続く果樹の並木は、国あるいは州が所有している 。公園の果樹は市の所有だ。もしリンゴの木の所有者に許可を得ずにリンゴを収穫すれば、窃盗になる。

写真:Sarah Gilbert

写真:Sarah Gilbert

公共の場には忘れ去られた果実が豊富にあるのに、所有権に関する情報がない。こうした状況を解決するには行動が必要だ。今にも果実が熟して落ちそうな、明らかに忘れ去られた果樹を見つけた場合、誰に許可を取ればいいのか?

Mundraubのウェブサイトでは、ユーザーがインタラクティブ・マップ上に放置された果樹をタグ付けし、収穫可能な実際にある果樹の場所を特定する。ドイツ語の「Mundraub」(直訳は「口の泥棒」)は、厳密な法律用語としては食用可能な物の窃盗を意味する。しかし、この表現には親しみのある、冗談めいた含みがあり、英語の「filching(くすねる)」や「pilfering(ちょろまかす)」が持つ意味に近い。とはいえ、Mundraubのサイトでは、私有財産を尊重し、木や自然環境へのダメージを防ぐための基本ルールを定めており、全般的に公正な行動を求めている。

ウェブサイトを2009年に立ち上げてから最初の2年間で、50万人以上がサイトにアクセスし、数百人が積極的に果樹マップを更新してくれた。今日、果樹マップにはヨーロッパじゅうの数千もの「発見場所」が示されている。

では、Mundraubの地図に基づく共有フルーツの再発見は、ノーベル賞を受賞したエリノア・オストロム氏が唱えたコミュニティによる共有資産の自己管理に関する仮説を裏付けるもう1つの事例ということだろうか?

悲観的な予測をする人々は、Mundraubのウェブサイトを見た浅はかで強欲な都市生活者たちが農村部に大挙して私有の果実園を荒らし、地元の農家を破滅に追い込むだろうと警告した。しかしウェブサイト開始以来、木の損害や果実の盗難が増えたという証拠は皆無だ。サイトユーザーたちは責任ある態度を直感的に取っているようだ。過剰に利用されないようにというユーザーたちからの要望に応えて、「発見場所」をマップから削除したことは2回以上あった。

“Mundraubでのクラウドソーシングとは、数多くの人々が自発的に、共有果樹に関する情報の収集と管理を共同的かつ自己組織的にmundraub.orgで行うことを意味する。”


Mundraubの活動を取り上げた150のマスコミ記事のほとんどは、「無料のフルーツ」という点に注目していた。しかし、ほとんどのユーザーは共有とクラウドソーシングという考え方に強く共感している(ここで言うクラウドソーシングとは、数多くの人々が自発的に、共有果樹に関する情報の収集と管理を共同的かつ自己組織的にmundraub.orgで行うことを意味する。同サイト運営者たちは彼らとの面識はほとんどない)。サイトユーザーたちは、何かを無料で手に入れることよりも、貢献することに大きな関心を寄せている。果樹の場所を地図上に示し、植物に関する問題や地元で採れるフルーツのレシピについて議論する。恐らく最も重要なのは、フルーツを収穫する人たちが発見場所に関する面白い逸話を話してくれることだ。

確かに、mundraub.orgで提供される無料の果樹の場所や所有権や基本的ルールに関する情報は、Mundräubers(食べ物をくすねる人たち)が豊富な実りに対して共同的に責任を引き受ける一助となっている 。情報は完全に自己組織的であり、まさにオストロム学派が言うように市場や国家を超えている。

とはいえ、私たちの道のりはまだ長い。共有果樹を長期的に保護するためには、定期的なせん定や若木の植樹が必要である。しかし私たちは共有する実りに向かって第一歩を踏み出したのだ。

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同じような活動を行うイニシアティブは多くの街で誕生しています。その一例がアメリカのオレゴン州ポートランドのThe Portland Fruit Tree Projectです。食べ物の廃棄を防ぐ活動を行うあなたの地域でのイニシアティブやあなた自身の行動について、コメントを下記にお寄せください。

翻訳:髙﨑文子

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世界環境デー:私たちが共有する実り by キャロル・スミス is licensed under a Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

キャロル・スミスは環境保護に強い関心を寄せるジャーナリストで、グローバル規模の問題に公平かつ持続可能なソリューションを探るうえでより多くの人たちに参加してもらうには、入手しやすい方法で前向きに情報を示すことがカギになると考えている。カナダ、モントリオール出身のキャロルは東京在住中の2008年に国連大学メディアセンターの一員となり、現在はカナダのバンクーバーから引き続き同センターの業務に協力している。

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