ブレンダン・バレット
ロイヤルメルボルン工科大学ブレンダン・バレットは、東京にある国連大学サステイナビリティ高等研究所の客員研究員であり、ロイヤルメルボルン工科大学 (RMIT) の特別研究員である。民間部門、大学・研究機関、国際機関での職歴がある。ウェブと情報テクノロジーを駆使し、環境と人間安全保障の問題に関する情報伝達や講義、また研究をおこなっている。RMITに加わる前は、国連機関である国連環境計画と国連大学で、約20年にわたり勤務した。
あなたの直感とは異なるかもしれないが、この数週間に発表された2つの主要報告書によると、2014年の世界経済は強くなっていく見通しだ。
国連の『2014年の世界の経済状況と見通し』と題された報告書は、2.1%だった2013年の世界経済成長率は改善し、2014年は3%に上昇し、2015年には3.3%に伸びると予測している。
この明るいニュースは、今週世界銀行によって発表され、国連の報告書よりもわずかに楽観的な『世界経済見通し』と同調している。この報告書は次のように記している。
「世界の国内総生産(GDP)は、高所得経済国の持ち直しを反映した大幅な年頭の加速を伴って、2013年の2.4%から今年は3.2%に伸び、2015年と2016年はそれぞれ3.4%および3.5%で安定する見通しである」
同時に世界銀行は、2014年の開発途上国の成長率は5%を越えると予測している。中国の経済成長率は7.7%、インドは6.2%、メキシコは3.4%、ブラジルは2.4%と予測されている。
国連の報告書は患者の検査結果に非常によく似ている。この患者はかなり強い薬を飲まなくてはならなかったのだが、今でも少し顔色が悪く疲れた様子でありつつも回復の兆しを見せ始めている。
インフレーション(高血圧のようなもの)は世界中で依然として良性であると、報告書は記している。アメリカやユーロ圏ではインフレがすでに減速し、前者では2%、後者では1%に下がっている。この状況は国際通貨基金の懸念を呼んでいる。私たちはデフレの時代(過剰な低血圧)を迎えつつある可能性があり、それが世界経済の回復を阻むかもしれないという懸念だ。
国連の報告書によれば、開発途上諸国のインフレ率は「さまざまな地域に散在するわずか12カ国ほどの国では10%」を越える。この点は恐らく好ましいことだ。
インフレ率の低下は、高い失業率によって部分的には説明がつく。そして失業率は依然として深刻な問題だ。特にユーロ圏では2013年、12.2%という記録的なレベルに達し、さらにギリシャとスペインでは27%にまで達した。2014年のGDP成長率の回復は、ヨーロッパとアメリカの両方で失業率を下げると予測されており、アメリカでは7%未満に減少する見通しだ。この点についても、実現すれば非常に好ましい展開である。
しかし国連の報告書は、開発途上国や新興経済国にとっての大きな懸念を強調している。第一に、「新興市場、すなわち開発途上諸国という下位グループ」への民間資本の流入に無視できない落ち込みが生じている。第二に、新興市場での浮動性が、株式市場の急落や地域貨幣価値の低下によって激しくなっている。
明るい予測を伝える一方で、国連と世界銀行はそれぞれのプレスリリースの半分を、世界経済が直面するリスクと不確実性に割いている。
世界銀行のチーフエコノミストであるカウシィク・バス氏は、「危険が表面下に潜んでいることを見抜けるほど、人は必ずしも機敏ではありません」と示唆している。一方、国連では、経済開発事務局次長を務めるシャムシャド・アクタール氏が「非経済的な要因だけではなく、誤った政策に起因する不確実性とリスクが……経済成長を妨げるかもしれません」と主張した。彼女が言う非経済的要因とは、シリアと中東の情勢のことである。
中でも最も大きな懸念は、アメリカの連邦準備制度理事会による量的緩和プログラムの出口政策が及ぼす潜在的影響である。こうしたプログラムの目的とは、「名目支出の見直しを行うために通貨を経済へ注入する」ことだ。これは「銀行が保有していた中央銀行通貨の量を増やすだけではなく、新しい中央銀行通貨も」使って「民間から金融資産を購入すること」と関係する。
問題は、こうしたプログラムから経済を乳離れさせることには1つの危険が伴う点だ。つまり、薬そのものが世界経済にとって一種の毒になり得るのだ。連邦準備制度理事会は乳離れという言葉を使わずに「漸減」と表現しており、アメリカでの量的緩和の月額を減らし、段階的に縮小し、2014年末にプログラムを終了させるというゴールを掲げている。
しかし国連の報告書の執筆者らは、漸減策は「世界の株式市場におけるセルオフ、新興経済諸国への資本流入の急減、新興経済諸国における外部資金調達のリスクプレミアムの急騰」につながりかねないと懸念している。
世界銀行のアンドリュー・バーンズ氏は、開発途上諸国への資本流入の減少は数カ月間で最大50%まで落ち込む可能性があり、とくにブラジル、トルコ、インド、インドネシアなど、「脆弱性の高い経済国では危機を引き起こす」可能性を主張する。
一方、国連の報告書はその他のリスクに言及しており、「金融システムおよびユーロ圏の実体経済の脆弱性と、債務上限と予算に関するアメリカの政治論争の継続」を挙げている。
世界銀行も国連も、危機が不可避であると考えているのではない。しかし国際的な政策協調の強化、金融システム改革案の改定、場合によっては財政政策の引き締めの必要性を訴えているのは確かだ。
上記の報告書を読みながら、私はOur World 2.0の仕事を始めた2007年から2008年頃の状況を思い出した。私は当時、安価なエネルギーの時代が終わった世界経済の状況に関する雑音に混ざり込んだ信号に気づき、このウェブマガジンは世界が直面する主要な諸問題に焦点を合わせるべきだと考えた。そうした問題の1つが従来型の石油生産ピークだった。
そこで2007年、私たちはOur World 2.0の準備に取りかかり、2008年7月初め、無事にウェブマガジンをスタートした。それは石油価格が1バレル当たり約147USドルという最高値を記録する直前だった。同時に金融システムがほころび始めた頃で、深刻な崩壊は間近のように思えた。幸い、世界のリーダーたちは何とか問題解決のために結集し、世界が不況に陥るのを防いだ。
今、私は2007~2008年が再びやって来たような感覚を抱いており、きっと読者の方も同じように感じていると思う。特に、『アメリカが暴発する! 大恐慌か超インフレだ』の著者のピーター・シフ氏や『忍び寄る最悪危機 いますぐアメリカ発の金融大崩壊に備えよ』の著者のロバート・ウィドマー氏のような金融評論家たちが発する数々の信号に、私は衝撃を受けている。彼らは、第2の金融崩壊がアメリカを待ち受けていると警告しているのだ。
彼らは2008年の金融崩壊の前にも同様の予測を立てていた上に、投資顧問としてサービスを提供しているため、「経済崩壊の予測業界」にいる人たちであると言える。彼らの基本的なメッセージとは、困難な経済状況では自分自身とお金を守るようにすべきだということだ。彼らの著作を購入すれば、読者は何に投資すべきで、何を避けるべきかが分かるだろう。
もし国連と世界銀行による報告書が成長予測や経済回復の不安定な性質に関してあれほど慎重である事実がなかったとしたら、経済の専門家たちの意見をいとも簡単に退けられただろう。まるで報告書は、もし状況が悪化した場合には「今、直面しているリスクについて私たちは確かに警告しましたよ」と言うことができるように、選択肢を隠しているかのようである。
問題は、私たちのリーダーたちがこうしたリスクを認識しているのか、それともリスクが見えていないかだ。
偶然だが、私はジェレミー・レゲット氏の新著『The Energy of Nations: Risk Blindness and the Road to Renaissance(国家のエネルギー:リスクへの盲目性とルネサンスへの道)』を読み終えたばかりだ。レゲット氏は自身を「社会的起業家」と称しており、再生可能エネルギー企業のソーラーセンチュリー社の創業者である。彼はエネルギーと気候と金融危機の相互作用に関する記事を掲載したTriple Crunch Logというブログを運営している。
レゲット氏は2006年までさかのぼり出来事を掲載している自身のブログを利用し、著書では上記3つの要因が過去7年間に果たした役割を時系列に沿って詳細に示している。
イギリスでは、レゲット氏は政治家や国家公務員や主要エネルギー企業に、環境、気候、ピークオイル関連のコミュニティーの中では許容範囲の人物として認識されているようだ。彼自身の言葉で言えば、彼はピンストライプのスーツを着て、フィナンシャル・タイムズ紙を手にした、気候変動とピークオイルに関心を持つ資本主義者である。
著書の中でレゲット氏は、大抵は密室で行われた、イギリス政府や巨大エネルギー企業との数々の会談について記している。その中には、BBCで放送されたアーマンド・イアヌッチ氏の政治的ブラックコメディー「官僚天国!~今日もツジツマ合わせマス」のエピソードに登場しそうなやり取りもある。
一例を挙げてみよう。(レゲット氏が設立に協力した)ピークオイルとエネルギー安全保障に関する英国産業タスクフォースを代表し、問題意識を持つビジネスリーダーの一団がエネルギー・気候変動大臣と会談した。政府がタスクフォースと協働してオイルショックへの緊急対応計画を策定するという提案に、両者とも合意する。その後、ビジネスリーダーらは政府との協働を伝えるプレスリリースを発表したが、マスコミの報道は少なかった。彼らは、エネルギー・気候変動省の役人がマスコミに対し、そのような合意はなかったと伝えていたことを知る。これが実話でなかったならば、「官僚天国!~今日もツジツマ合わせマス」の笑えるエピソードになっただろう(読者にはレゲット氏の著書で顛末を確認してほしい)。
レゲット氏が政府やエネルギー部門のリーダーたちとのやり取りの記述で表現しているのは、気候やエネルギーや金融問題をめぐる「リスクへの盲目性」への傾向である。この傾向が私たちを数年後の金融崩壊に追いやるだろうと彼は示唆している。エネルギー分野については、エネルギー崩壊が2015年までに起きるという当初の予測を貫いている。
レゲット氏の指摘によれば、多くの金融評論家は第2の金融破綻が差し迫っていると信じている。「私たちが世界中に蓄積していくのを許してきた債務の重さがあまりにも重すぎて、金融システムには支えきれないということが明らかになるだろう」と彼は語る。「このままでは、見た目には小さな出来事が金融機関の大規模な機能不全の引き金になる可能性がある」
そういった出来事の一例が、前述の報告書で言及された未公開株への投資減退かもしれない。非常に明確にリスクの概要を示すという点で、私たちは国連と世界銀行が果たしている重要な役割を認めなければならず、世界のリーダーたちがリスクに対して盲目ではないことを祈るばかりだ。しかしレゲット氏は、国連と世界銀行の職員が自ら認めるよりも問題は深刻だと示唆する。
レゲット氏によれば、次なる金融崩壊の結果、「個人のお金を預けたり、発展し得る経済に金融サービスを提供させたりするほどには、現代の金融機関は全般的に信用できない」と社会が気づくようになる。さらに彼は、金融システムの「軽いタッチの規制」はもはや効果を発揮しないと主張する。次の危機を私たちが乗り切るためには、必要に応じて何度でも「多国間の救急処置室に大統領や首相が進んで集まり建設的な話し合いを行うこと」が必要だと、彼は説明する。
しかしレゲット氏は楽天家だ。危機と共にチャンスも到来する。目の前の道を進んでいけば、人々の力と地域社会の利益とクリーンエネルギーの爆発的成長に基づいたルネサンスに到達できるとレゲット氏は考えたいのだ。こうした意味で、『The Energy of Nations』は、今日の差し迫る世界的問題の相互作用に関心を持つ人にとっての必読書だ。
国連と世界銀行の報告書に示された警告が正しいとすれば、私たちは大きなリスクと不確実性の時代にいることになる。上記の金融専門家たちが正しいとすれば、経済の大惨事は目前である。ジェレミー・レゲット氏のように、リスクを認識しているビジネスリーダーたちが信頼に足る観察を行っているとすれば、私たちは「救いがたいことに、過去が導いた結果の時代にたどり着いてしまった」のである。
翻訳:髙﨑文子
2014年: 回復した経済成長か 金融崩壊か by ブレンダン・バレット is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License.