お決まりの結末を変えるチャンス

Human Dimensions(人間事象)は、国連大学地球環境変化の人間・社会的側面に関する国際研究計画(UNU-IHDP)が年2回発行している機関誌であり、各号ではテーマを設定して若手研究者を対象とした懸賞論文を実施している。以下の」「Moving Targets: Can the Sustainable Development Goals Deliver after 2015?(動く標的:2015年以降に持続可能な開発目標は機能しうるか)」と題する論文は、2013年8月号に掲載され1位を獲得した論文である。

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地球上のあらゆる資源を人類が使いつくし、a) 資源を求めて他の惑星を探査する(アバター)、b) 恐ろしい不条理な暗黒郷が出現する(ハンガー・ゲーム)、c) 人類が人類よりも優れた人工知能の餌食(動力源)となる(マトリックス)といった世界を描いた映画(あるいは本)を誰もがこれまでに見たり読んだりしたことがあるだろう。そうしたストーリーには、お決まりの結末がつきものだ。大量の炭素を燃焼することで大気に悪影響を及ぼしており、また西側諸国の消費文化が(大規模人権侵害、水質や土壌の汚染、動植物の絶滅といった)計り知れない対価を自分達以外の国々に強いている、という認識を今やほとんどの人々が持っている。だが、先進国では人々は相変わらず過剰消費や資源の無駄遣いを続けており、各国政府も相変わらずそうした行動を後押しする政策をとっている。世界全体で「健全な経済」を創出あるいは維持しようとする努力は、専ら経済の成長や生産と消費の拡大へと向かい、その結果これまで天然資源の利用増加につながってきた。私たちは悪循環に陥っており、「惰性的な」成長神話に固執し、地球システムに生じつつある問題に対処しようと懸命になるあまり、時として心ならずも有害無益な行動に走ってしまっている。製品表示の改善やエネルギー効率の向上といった「持続可能性」に資する進展も見られる一方で、富裕層と貧困層の格差は拡大を続けている。過去20年間で世界全体の資源抽出は約78パーセントも増加しているが、慢性的な栄養不足に陥っている人々は今日8億7000万人近くに達し、約12億9000万人が極度な貧困状態にある。全面的な変化が見られない現状では、誰もが恐れまた多くが予期している破滅的結末への道を、私たちは歩んでいるように見える。

どんな「解決策」にもトレードオフや妥協はつきものであり、特効薬など存在しない。

問題は、そうしたお決まりの結末をどうしたら変えることができるか、である。その答えは、企業、政策決定者、市民、研究者、メディア、金融機関など幅広い人々を動員し、英知とイノベーションを活用し、知見を社会全体の行動に変えていくことにある。それは口で言うほどたやすくはないが、そうした社会への移行は可能である。そして、そのプロセスの鍵となるのが、持続可能な開発目標について議論し、また共に目標を立てることである。

議論を変える:個別の問題からビジョンへ

個別の問題ではなく目指すべきゴールに着目することで、多くの良い効果が期待できる。第一に、希望のメッセージを発することができ、また明るい未来のメッセージは、恐怖だけを駆り立てるよりも強力に行動を促すことになる。リオ+20 地球サミットの成果文書である「The Future We Want(我々が望む未来)」は、破滅的結末をただ受け入れるのではなく、自分達の未来を自分達自身で選択する機会が今日私たちにはあるということが示されている。第二に、すべての人にとって最適な唯一の総合的解決方法など存在せず、持続可能性の問題に立ち向かうためには「独創的(型にとらわれない)」発想が必要である。どんな「解決策」にもトレードオフや妥協はつきものであり、特効薬など存在しない。個々の問題の解決に注力するのではなく、持続可能なシステムの構築に力を集結することで、持続可能性への取組がより進展することになるだろう。すなわち、問題が発生する毎に各々に対処するのではなく、包括的なの句的志向の戦略を追求すべきである。第三に、干ばつ、ハリケーン、海面上昇、飢饉、集団移住といった環境破壊の影響(とその法外な代償)への対策よりはむしろ、具体的目標値を設定することによって、戦略的投資の枠組みが整備されることになる。具体的目標値は、新旧いずれの政策にとってもベンチマークとなり、またそれによって政策の整合性向上が期待できる。こうして、左右の手が互いに引っ張り合うという状況を回避することが可能になる。

持続可能な開発目標:1つの機会

持続可能な開発目標は、私たちが望む未来について意識を高める1つの機会となるとともに、そうした未来を実現するための枠組みが示されることにもなる。そして、持続可能な開発目標を行動へと結びつけるためには、次の事柄が必要となる。

1.まず議論から

今や世界はかつてないほど繋がっている。指先だけで様々なコミュニケーション・チャンネルに接続し、インターネットを通じて友人や同僚また見知らぬ人々とさえ繋がることが可能だが、こうした状況はわずか10年前には耳にしたこともない世界である。これは、私たちが日々大量の情報に晒されていることを意味しているが、そうした情報の全てをふるいに掛けることは難しい。入手可能な情報や利用可能なコミュニケーション・チャネルは多いにもかかわらず、将来に関するオープンで分かりやすい科学的根拠に基づいた議論は、事実上いずれの国においても見られない。だがその一方で、好ましい傾向も幾つか見られ、エネルギー安全保障やエネルギー転換は多くの国々で(恐らく石油価格の高騰を受けて)主流の考え方になっている。1972年にThe Limits to Growth (成長の限界)という本がメディアの話題をさらったが、残念ながら多くがその内容を誤って解釈し、その結果としての議論もまた見当違いのものであった。いずれの場合も、社会における議論は石油という1つの資源だけに集中していた。そうした状況は、極めて残念ではあるのだが、先進国の全てが資源の高生産性を経済の柱としているといった西洋社会が直面している諸問題についての議論、また目指すべき将来についての議論が、いろいろな意味で意図的に単純化された結果なのである。

問題は、資源が不足しエネルギー価格が上昇する将来において人類は何を創造しどんなイノベーションを生み出せるかである。

私たちが議論すべきは、将来についての共同のビジョンと、そこに行き着くために何が必要か、についてである。私たちが望む未来は、現在の重要な地球システムと両立しうるものだという合意に達するのであれば、必然的に変化の必要性について意見が一致することになる。とりわけ、いずれかの時点で天然資源の抽出増加に歯止めを掛ける必要が出てくることになるだろう。問題は、どの段階でそれが必要になるか(許容可能な期限)、どのような変化(技術、行動、システムなど)が必要か、またどのようにしてそうした変化を、利益がコストを上回るような方法で(失業や生活水準の低下などが生じないように)実現させるか、ということである。

また、そうした議論がどのような形で行われるかが、恐らく最も重要なポイントとなるだろう。環境科学者達は、少なくとも40年間に亘って変化の必要性を訴えてきたが、(実際に関与するのではなく話をするだけの)「一方通行の」アプローチでは、概して「惰性的」となっていた行動に大規模な変化を生じさせる効果はなかった。何が最善かを人々に語って聞かせるのと、将来について、またいかに変化を起こすか(さらに行動を促すための効果)について双方向の議論に人々を巻き込むのとでは、大きな違いがある。そのような議論の広がりは、単なる意識向上に留まらず、スタート時点から人々が参加して共通のビジョンを描き、それに応じた目標を立てることにつながる。そうした議論は、市当局の主導によってもまたソーシャルメディアやテレビなどを通じても可能であるが、プロセス全体を通して様々な利害関係者が関与することになるため、単なるステークホルダーコンサルテーションよりも踏み込んだものとなる。

2. 需要と供給それぞれの影響のリンク

人類が「safe operating space(安全に活動できる領域)」という概念が近年、環境科学の分野でホットなテーマとして再浮上している。この言葉が本来意味するところは、(例えば水や炭素サイクルといった)重要な地球システムを取り返しの付かない程に乱すことなく自然資源を利用することが可能な、概念上の境界である。生態系という観点で見た場合は、例えば、砂漠化をもたらすことなくどれ位の規模でアマゾンの熱帯雨林を伐採できるか、ということになる。アマゾンの熱帯雨林の伐採によって深刻な影響を受けている生物多様性保護の必要性に配慮した目標値を取り決めるのであれば、森林伐採と森林伐採の遠因との間にある種のフィードバックを可能にする必要がある。すなわち、需要と供給によってもたらされる影響間のリンクである。例えば、ブラジルでは農家は大豆栽培(森林伐採の直接的ドライバー)のために森林を伐採しようとするかもしれない。大豆は、需要が高く利益が期待できるからである。そして大豆に対する需要は、バイオディーゼルとして大豆の利用拡大を目指すEUが導入する目標値や補助金によって、川下でさらに強化されることになる。需要と供給の影響の間にフィードバックが存在しなければ、より効率的に資源を利用しようとするインセンティブが生じなくなる。そうなれば、先進国の人々が樹木やイルカ保護のために寄付をする一方で、政府は無駄な過剰生産を奨励する貿易協定その他の政策を取り決め、過剰消費や更なる環境悪化につながるという状況が生じることになる。だからこそ、世界レベルでの持続可能な開発目標を有意義な方法で各国の消費トレンドとリンクさせる必要があるのだ。これは、人と自然の相互作用のための安全な活動領域ということだけに当てはまるのではなく、(飢えや貧困などの解消といった)人間の基本的要求を満たすための目標にも当てはまることである。例えば、増え続けるSUV(スポーツ用多目的車)の燃料としてトウモロコシを原料とするバイオエタノールの使用を奨励する経済システムが存在する一方で、10億人近い人々が慢性的な栄養不足状態にあるという状況は、理にかなっているとも持続可能とも言えない。

3. 有意義な期限と目標値とのリンク

持続可能な開発目標に関して需要と供給の影響をリンクさせることは、最初の一歩であるが、それだけでは変化につながる可能性は低い。すなわち、「持続可能な開発」がもともと長期的な取組であって、「変化」がより都合の良い時期に先送りされやすいからである。その本質は大規模な先延ばしであり、金融危機、失業あるいは国家安全保障の強化といった他のより緊急な課題が解決されるまで、長期的な課題がずるずると先送りにされてしまうのである。だが、短期的目標と長期的目標をそれぞれ別物として扱う必要はない。国毎の課題を、長期的なビジョンや国際レベルの持続可能な開発目標(さらに各国の持続可能性目標)と有意義な方法でリンクさせるべきなのである。

限りある資源システムにおける成長という問題について、情報に基づいた議論を先送りすることは、限りある資源システムにおいて経済成長と繁栄を維持するために必要な介入措置を、先延ばしにすることに他ならない。

管理しやすい短期的なマイルストーンも必要であり、特にイノベーションの活性化にとっては鍵となる。技術革新や開発のおかげで、通信や商取引また製造の効率化が進み、私たちの生活は総じてより便利で効率的で楽しくなり、さらに持続期間も延びている。この種のイノベーションは、豊富な資源と安いエネルギーの時代においては創造力の発揮につながるが、将来的には資本や資源またビジネス機会の減少が足枷となる可能性がある。問題は、資源が不足しエネルギー価格が上昇する将来において人類は何を創造しどんなイノベーションを生み出せるかである。より具体的には、持続可能な開発目標の達成に資するようイノベーションをいかに活用できるか、ということなのである。持続可能な開発目標に係わる議論の中でイノベーションとのリンクを明確にすることで、「いかにすべきか」という問題がより理解しやすくなる。好ましい材料として、実際のビジネスと消費に関してイノベーションの事例が増えてきており、すなわち「惰性的」を変えようとする意識が広く浸透し強まってきている。例えば、製品とサービスのシステムに関して、所有と使用から、より耐久性のある、修繕の容易な製品に対するインセンティブの創出へと考え方がシフトしてきており、(特に「開発途上」国においては)より抑えた資金と資源コストでよりシンプルでユーザーにとって使い易い製品作りを目指した時間と資金の投資という賢明なイノベーションが見られ、また地域運動を通じて生活の質を向上しようとする社会革新の動きも見られる。

限りある資源システムにおける成長という問題について、情報に基づいた議論を先送りすることは、限りある資源システムにおいて経済成長と繁栄を維持するために必要な介入措置を、先延ばしにすることに他ならない。その間、創造力とイノベーションは、誤った方向に向かうことになる。持続可能な開発目標によって、そうした議論を開始するための、また投資とイノベーションを個人の消費とモチベーションにリンクさせるための、さらに私たちが恐れる将来を甘受するのではなく自分達が望む未来を実現するための環境が整い、さらにそうした動きに弾みがつくことになる。

翻訳:日本コンベンションサービス

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著者

メーガンは、現在ドイツのカッセル大学博士課程に在籍する一方でヴッパータール気候・環境・エネルギー研究所(ドイツ)の研究員でもある。イノベーションがいかにグリーン経済への移行に寄与しうるか、またそうしたイノベーションをどのように促すことができるかを、主な研究テーマとしている。