食料価格の危機?

資料:FAO

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ローマ帝国の没落から1500年を経た現代の街ローマは、私たちの時代が抱える最重要課題の1つ、すなわち世界的な飢餓問題のための国際的な政策作りの中心地だ。

なぜなら、この永遠の都には、食料安全保障を直接扱う使命を担う3つの国際連合機関が存在するからだ。その機関とは、国際連合食糧農業機関(FAO)、世界食糧計画(WFP)、国際農業開発基金(IFAD)だ。

FAOの著名な食料価格指数が最近3カ月連続で記録的なレベルに達した中、チュニジア政府の崩壊やアルジェリアなどでの暴動も相まり、メディアでは2007~2008年の食料危機(その引き金は1億人以上を貧困へ追いやった価格急騰だった)が再び起こりつつあるとの推測が飛び交っている。

同様に、最近起こった一連の自然災害、石油価格の上昇、バイオ燃料の需要、第一次産業市場の投機家たち、新興経済諸国による食肉や乳製品の需要増加は、程度の差はあるものの、いずれも食料価格を上昇させた要因である。

資料:FAO

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このような困難な時期に、現状の説明を求めて、さらに重要なのは世界中で日常的に飢餓状態にある10億人の生活条件を改善する方策を求めて、食料および農業担当の政策立案者たちの目はローマに向くはずだと期待されるだろう。WFPとIFADは各自ではほとんど問題分析をしておらず、短期的な食料援助と長期的な農業開発を別々に行っているため、世界的な議論を方向付ける役割を担っているのはFAOだ。

しかしFAOは、世界が再び食料危機を迎えていると考えているのだろうか。そして、前述のどの要因が現状を引き起こしたと見ているだろうか。

推測に関する推測

FAOの使命は「栄養水準の向上、農業生産性の向上、農村に生活する人々の生活条件の改善、世界経済成長への寄与」である。また、中央政府や非政府組織と共に行う農村地域でのプログラムの理論的な基盤を強固にするため、FAOは食料価格や食料へのアクセスを決定する社会経済的影響や政治的影響の分析も試みている。

複雑で、変化し続け、意見が分かれる問題であるため、FAOがこの問題に関して首尾一貫した論調を貫くとしたら、それは驚くべきことである。Our World 2.0では以前に、2008年の食料価格高騰は第一次産業市場の投機家たちに責任があるとした、食料への権利に関する国連の特別報告官、オリヴィエ・デシューター氏の言及に触れた。こちらの簡潔な報告書で、彼は「価格の上昇や主要産品の変動のうち、かなりの割合のものは、投機バブルの発生と見る以外に説明できない」と要約している。

興味深いことにデシューター氏はここで、ある有名な論文で提示された対照的な見解に言及している。それは油脂、穀物、コメに関する政府間グループの合同会議において、研究者のユージニオ・ボーベンリース氏とブライアン・ライト氏が発表した論文(FAOの見解を示すものではない)での見解だ。

しかし1960年代以降の穀物価格に関する彼らの経済モデルは、若干異なる解釈をしている。つまり「データからは、新たな市場体制や国際的な金融投機による予想外の影響を示す証拠は全く得られない」としているのだ。その代わりに、論文の著者たちは「2007~2008年の価格高騰は、ほとんど最低限と言えるほど少ない貯蔵量しかない状況下での農作物の不作と、バイオ燃料の需要に関連した予想外のショックによる拡大された影響を反映したものだ」と結論づけている。

このように因果関係に関するコンセンサスが得られないため、2007~2008年の危機と最近の価格上昇を10年以上にわたる価格上昇の連続性としてとらえるべきか、あるいは投機による影響から価格が急激に上昇したという新たなパラダイムとしてとらえるべきか、判断が難しいのだ。それとも、デシューター氏や食料安全保障の専門家であるジャヤティ・ゴーシュ氏や世界開発運動のような組織は、食料市場投機家たちの影響を強調しすぎているのだろうか。

ほんの一部の食料価格の歴史が繰り返している?

こうした結論の出ない議論は、最近の主要食料産品の値上がり以前から存在していたが、前述の論文やその他の論文の著者たちはその執筆当時、さらなる価格高騰を明らかに恐れていた。FAOは恐らくメディアの不安を鎮めるために、この問題に関する経済の視点を持つ理性の声として、ぜひともアブドレザ・アバシアン氏を穀物担当上級エコノミストに任命したかったように見える。彼はアルジャジーラの番組「Inside Story」での意見の分かれた討論に参加し、市場優先志向の投機家と世界開発運動のディレクターであるデボラ・ドーン氏の中間の立場から意見を述べた。

アバシアン氏はFAOのメディアページに掲載されたビデオでも、2007~2008年の危機が繰り返されるかどうか予測するのは(少なくともまだ)「可能ではない」としている。

私たちは価格の上昇と食料危機を区別しなければならないと思います。(アブドレザ・アバシアン氏― FAO穀物担当上級エコノミスト)

では、なぜ今、価格が上昇しているのか。アバシアン氏は歴史分析よりも年単位あるいは季節単位の経済分析の重要性を強調し、ロシアやカザフスタンにおける深刻な干ばつといった天候事象が原因だと明言する。FAOは世界の穀物産出量を以前に予測された1.2パーセントの増大から、天候の影響により2パーセントの減少に評価を変更している。

要するに、必需食料品の多くを輸入している、いわゆる「低所得食料不足諸国」は1年前より40~60パーセント高い金額を支払わなくてはならないということだ。(穀物ごとの価格上昇に関する詳細な説明は2010年11月の最新版「Food Outlook(世界の食料需給見通し)」でご覧いただけます)

市場のパラドックス

現在行われている議論の基盤には、市場は問題なのか、それとも解決法なのかという長年の疑問が存在する。私たちが以前に指摘したように、論派は大きく2つに分かれる。1つは商業と工業的農業の推進派であり、もう一方は地域をベースとした有機的農業による食料安全保障の支持派である。

The Broker(政策、貧困問題などの専門誌サイト)に最近掲載された2人の専門家による論戦は、市場の役割が間違いなく「物事の核心」であることを明示している。

当然のことながら、開発途上諸国には市場優先政策への不信感が残っている。1980年代以降のワシントン合意に基づく構造調整政策は、南半球諸国における農業への著しい投資不振の原因だと指摘されてきた。さらに土地収奪という昨今の現象を見れば、開発途上国の農地に投資している外国の政府や多国籍企業は、金銭的利益も食料安全保障上の利益もすべて裕福な自国に持ち帰るだろうという見方が固まるはずだ。尊敬を集めるアース・ポリシー研究所の創設者、レスター・ブラウン氏にいたっては、開発途上国における農場ベースの投資機会を「投機家にとっては金よりもよい金」だと表現するほどである。

アバシアン氏や他の人々が提案する全般的な解決策には、食料生産の増加や、農産物の取り引きで生計を立てている生産者たちへの市場の開放などがある。左寄りの活動家から右寄りの経済学者まで、特に欧州連合とアメリカ合衆国では誰もが巨額の農業助成金制度の廃止を求めている。こういった政策は、世界市場に到底かなうはずのない世界で最も貧しい農業従事者たちを犠牲にして、大規模であることの多い工業的農業の従事者たちの収入を引き上げているのだ。

それと同時に、デシューター氏とFAOの少なくとも1部門は干渉主義的な改革を求めている。それは通商による利益を公平に分割する市場の能力に対して基本的な不信感が表われた改革だ。経済社会開発局が発行した最新の「FAO Policy Brief(FAO政策報告書)」では、特定の政策に関する解決法は不十分ではあるものの、国際通貨基金(IMF)の輸出変動補償融資制度や外生ショック・ファシリティ(ショック対策融資)といった国際的な金融手段による「輸入資金の融資」あるいは「支払い猶予期間や外国為替の制約の負担を緩和するための最低条件あるいは無条件の保証」を勧奨している。さらに、恐らく政府によるセーフティーネットを撤廃した多くの国などに対し「緊急用の食料保存施設の整備など、最も弱い人々の保護策を検討し、それを強化する」ように勧めている。

世界中の10億人の飢えた人々にとって、明日も夕食が食べられないかもしれない状況は食料危機に他ならない。ローマにいる人たちには、その状況を危機と呼ぶ覚悟がないにしても。

ガーナのリベリア人難民 写真提供:国際連合

こうした最近の対策を見ると、市場のパラドックスには信憑性があるように思われる。つまり、世界貿易機関(WTO)の体制下でのグローバルな食料農業貿易や、北米自由貿易協定(NAFTA)のような地域的な貿易体制の成長は、それらが本来支援すべき人々をさらに脆弱にし、不安定にしてしまったのだ。

FAOを公正にとらえるなら、国連加盟国で構成された政府間組織として大きな制約の下で運営されている点を認識すべきだ。そのため、例えば2009年世界食料安全保障サミットでの結果のように、世界的な議論から得られる収穫はほぼ確実にあいまいなものだし、特定の国や地域を強く非難することもない。

とはいえ、「見えざる手」をどの程度見えるようにすべきかという点について、FAOはまだその核心に迫り切れていない。FAOが発信する全般的なメッセージとは、自由貿易は有効だがもっと公平でなければならないということのようだ。このメッセージは妥当だと言えよう。しかし、強い国々との関連において弱い国々の立場を相応に変化させ、強い食料生産者との関連において弱い食料生産者の立場を相応に変化させなければ、現在の世界的な分裂は解消されないままだろう。さらに、たとえ地域をベースにした解決法があらゆる文脈において意味をなさないとしても、それを求める声が増えるなら、その方が好ましい。

一部の人々にとっての危機

少なくとも過去数年間の混乱から明らかになったことがある。それは、現場の状況があまりにも速く変化するため、食料や農業の担当大臣や役人は状況を理解することも、その後協力して対処することもできないということだ。最近フランス政府は、FAOがより信頼性の高い最新の食料価格データを収集できるような大幅な改革を要請したのも当然だろう。

こうした要望を受け、FAOは最新の食料価格に関するより詳細な評価を発表することを約束しており、組織の立場を改善する前に、農産物先物市場に関する「より厳格な分析」を(「Food Outlook」11月版で)すでに要請した。

今のところ、FAOは現状を食料価格危機と表現することに消極的なままだ。しかし世界中の10億人の飢えた人々にとって、明日も夕食が食べられないかもしれない状況は食料危機に他ならない。ローマにいる人たちには、その状況を危機と呼ぶ覚悟がないにしても。

翻訳:髙﨑文子

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食料価格の危機? by マーク・ノタラス is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

マーク・ノタラスは2009年~2012年まで国連大学メディアセンターのOur World 2.0 のライター兼編集者であり、また国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)の研究員であった。オーストラリア国立大学とオスロのPeace Research Institute (PRIO) にて国際関係学(平和紛争分野を専攻)の修士号を取得し、2013年にはバンコクのChulalpngkorn 大学にてロータリーの平和フェローシップを修了している。現在彼は東ティモールのNGOでコミュニティーで行う農業や紛争解決のプロジェクトのアドバイザーとして活躍している。