ボトムアップで築く新しい社会

作家で、メリーランド大学の政治経済学者であり、The Democracy Collaborative(デモクラシー・コラボラティブ)の共同創立者でもあるガー・アルペロビッツ氏が、新著『What Then Must We Do?(では私たちは何をしなくてはならないのか?)』を発表した。この本は私たちの未来を脅かす大きな疑問に答えようと試みる。例えば、私たちの日常生活や仕事やコミュニティにおいて本当の民主主義を実現するにはどうしたらよいか? 私たちが直面する多くの危機を解決し、生態学的にも経済的にも持続可能で、人生をもっと充実させることもできる事業や企業をどうしたら築けるのか? 不平等と不正を克服するために、私たちには何ができるだろうか?

私はアルペロビッツ氏と話をする幸運に恵まれた。彼が考える民主的な変革に向けた短期的および長期的戦略や、民主化とボトムアップ型の経済運動の現行モデル、政府の政策、革命的な運動の構築、その他多くのことについて質問をぶつけてみた。私たちの対話に関連する背景を知りたい方は、新著に関する私の書評をお読みいただきたい。

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ウィリー・オスターワイル氏:まず、私があなたの本を読んで興味深かった疑問から始めたいと思います。書名にある「We(私たち)」とは誰を想定し、誰を対象にこの本を執筆されたのでしょうか? それは進歩主義者ですか? 連帯経済の参加者ですか? 革命家ですか? この本が語りかける「私たち」とは誰を想定していましたか?

ガー・アルペロビッツ氏:その三者全員です。自分自身を、そのどれでもないと考える人は大勢います。そして抜本的な変化にとても興味があっても普段は考えることのない、カテゴリーに当てはまらない人々はたくさんいます。運動に参加しようかどうか決めかねている人は大勢いるのです。私はこの本のブックツアーでアメリカ中を回っていますが、朗読会には大勢の人が姿を現します。彼らは今とは別の方向性を探し求めているのです。そして同じように、「ウォール街を占拠せよ」運動は多くの人々に、多くの疑問を残していきました。例えば「私たちはどこへ向かっているのか? 前進するために他の方法はあるのか?」という疑問です。

ですから広い意味で言えば、急進的な人々でさえ、ほとんどの人は新しい方向性について考えることに前向きです。しかし、自分たちがどこへ向かい、どう前進すべきかについて、完全に首尾一貫した明確なビジョンを持っていないのです。この本は、非常に広い範囲の人々を対象にしています。

あなたが全編を通して主張し、私もどちらかといえば同意している論点が、労働組合やその他の伝統的活動家、あるいは左派とリベラル派の連携が政策に影響を及ぼす時代は終わったというものです。しかしあなたは、民主主義の恩恵をさらに得るためには、政府の経済介入を変化させなければならないとも論じています。ローカルなレベルでは、あなたは「チェッカーボード戦略」が最も優れていると考えています。より深い民主主義に向かうように街や州を変え始めるには、どうしたらよいでしょうか。 また街と州の相互作用が対話をどのように変えていると思いますか?

街に関して言うと、問題は非常に複雑で、私はそれをチェッカーボード戦略で説明しようと試みました。一部の街は極右的な団体にすっかり乗っ取られていたり、街自体が非常に保守的だったりします。彼らの狙いは、街の資産を売り払い、労働者の年金基金や賃金を削ることであり、結果的に納税者の利益を最悪の状態に置くことになります。これは確実に1つの傾向です。

しかし、こうした傾向があまり当てはまらない街もあり、さまざまな運動にとって多くのチャンスが存在します。それが最も明らかになった例がクリーブランドです。この街では、非常に劣悪な経済状況が続いています。ところが、協同組合を作り、所有権を変えて土地信託を立ち上げるという異なる戦略を、街の役人が理解し、戦略の利点に関して大いに納得した途端に、彼らが利用できるありとあらゆる政策手段やプログラムを非常に創造的に利用し始めたのです。

こうした展開は、一部には政治が関係していますが、気づくこととも関係があります。私は「リアルな」非情な政治をさんざんやってきました。しかし時には、気づくことが決定的な力を持つのです。役人たちは、それまでとは違う方向で何をすることが可能なのか、ただ気づいていないのです。そういう場合、特に活動家が関係している場合には、異なる変化が生まれます。例えば、クリーブランドでの施策に似たものが10都市で誕生し始めています。中でもアトランタは最も進んでいますし、ピッツバーグとシンシナティは同一のモデルに基づいた対策を行っています。私たちのもとには110件の問い合わせが寄せられました。つまり相当な数の都市が関心を抱いているのに、既存の権限を使って何ができるのか、思いつかないのです。こうした新しいモデルで活動家たちが実際に成功にこぎ着けた例を見ていませんが、シンシナティは近いうちにそうした例になると思います。それが次のステージだと考えています。例えばニュー・エラ・ウィンドウズの事例では実現しています。この協同組合には、内部に強力な活動家の存在があり、モデルに対して外部から幅広い支援も寄せられています。時間の経過とともに、こういった事例はますます増えていくと思います。これは多くの人との会話から私が受けた現状の印象です。現状について調査などありませんし、現段階では多くの人と話すことで情報を集めるしかないですね。新聞は間違いなく記事にしませんし、学者たちも取り上げません……。

本の中で、全国的に起きているかなり大規模な転換について語っていますね。すでに連邦政府が企業の利権や金融業界にほとんど「取り込まれている」状況を考えると、私は富裕層による政府が、アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)やゼネラルモーターズ(GM)の救済措置のような単なる応急処置ではなく、民主主義的な方法で自ら進んで産業を公営化するとは思えません。あなたはこうした大がかりな変革が、さらなる危機下で起こるかもしれないと論じています。社会の力や運動が政府をそうした方向に推し進めるべきだと思われますか。あるいは、危機が起これば自然とそういった結果が生まれるのでしょうか。もし前者の場合、社会の力が必要となるわけですが、あなたのお考えでは、何がその力を構成し、どのように構築されるものでしょうか。

政府が自発的に行動を起こすとは考えていません。間違いありません。それは論点ではありません。それに、所有構造に関連するモデルや知識や政治を地域や州のレベルで一歩ずつ、事前に構築しておかなければ、国レベルでの変革を期待することはできないと思います。実際に多くの活動家の運動で強調されていることですが、モデルの導入とは、単に協同組合や労働者による企業を立ち上げることではないのです。とはいえ協同組合などの設立は非常に重要です。また、あらゆるレベルにおける所有権の民主化が重要であるというシンプルな考えを、アメリカの政治文化に取り入れることでもあります。伝統的な運動の問題の1つは、実際にシステム全体の変化につながる一連のテーマを持っていないことです。運動は主に、一部の悪を撃退したり、規制を変えさせたり、低所得層に少し多くのお金をあげようとしたりします。つまり、法人国家の領域の内側で活動しているのであり、リベラリズムがその境界辺りをできるだけきれいにしようとしているのです。

私は本当に強く感じていることで、この本で主張したことですが、私たちがより大きな目標に関する前提を形成し直さない限り、そして人々がそれをじかに体験できるように日常生活の中で目標を設定し始めない限りは、新しい政治にとって必要な概念は得られません。本の中ではっきりと書きましたが、モデルの開発だけではなく(モデルは組織の力を構築するのに役立つ権力基盤でもあるため、その開発は非常に重要ですが)、イデオロギーの変革にも長い時間が掛かります。人々が求めるものを変え、それを求める根拠を明確にするという時間です。その長い期間に、危機がもっと高いレベルで、例えば銀行や医療制度や次なるゼネラルモーターズで起これば、人々は実体験をし、なぜ所有権も変革することが重要なのかという理由付けを心の中で明確に求めるようになるでしょう。

この本は30年間に及ぶ開発について扱っています。モデルの開発だけではなく、より大きなレベルに関する思考の開発です。真剣に歴史的な視点から変革について考えるのなら、ボトムアップ的な所有権の民主化がシステム全体の変化だけでなく運動の構築にとっても重要な手段であるという発想を、いかにアメリカ文化に導入するのかが非常に重要な問題となります。この発想は、領域の境界近くでは断片化し始めていますが、システムの全体像には普及していません。

トルコとブラジルのニュースをどの程度ご存じか分からないのですが、「主流メディア」はほとんど取り上げていないようです。しかし両国では現在、まさに地域の民主的ガバナンスの問題がきっかけで、大きな暴動が起きています。トルコでは公共スペースの独裁的な開発の問題、ブラジルでは公共交通の値上げ問題です。こうした運動において何が重要だと思いますか。このような大きな社会的行動は、社会の民主化においてどんな役割を果たすとお考えですか。

どちらもポジティブな運動の高まりだと思いますが、いずれのケースの発想も非常に予備的です。1つは「公園の木を倒すな」という発想で、少なくともトルコでの暴動のきっかけとなったのは、公園の保存です。つまり、都市計画に腹を立てた運動です。1960年代や1970年代にアメリカのあちこちで、このタイプの運動が爆発的に展開されました。主に高速道路や住宅地の乱開発への反対運動でした。しかしシステムに関する議論には発展しませんでした。そうなる可能性はあったのです。運動の対象となった場所を、住民の管理下や民主化を求める組織的要求の下で公有化することも基本的には可能でした。そういった展開もあり得たのに、数例を除き、実現しませんでした。例えばボストンのダドリー・ストリートは非常に興味深い開発例で、人々が実際に開発を引き継ぎ、コミュニティの所有とするために公用徴収権を行使しました。しかし、これは非常にまれな例です。ほとんどの場合、「中止しろ。やめろ。台なしにするな。この地域の家を壊すな。ここに高速道路を通すな」という主張です。それはネガティブなエネルギーを持っていました。そして、私はブラジルの例にあまり詳しくないのですが、公共交通の問題でしたね?

はい、もともとのきっかけはバス料金の値上げでしたが、トルコの例と同様に、警察が抗議者たちに暴力的な対応をし、暴動が広がりました。

こういった例は、ある意味で予備的な小競り合いであって、システム全体に関するビジョンや要求をさらに大きく構築する結果に必ずしも結びつきません。必要な小競り合いではありますが、リベラルな政策に関する論争と同様に、人々は主にかつての状況を取り戻したいのです。トルコの公園の例では「そのままにしておけ」ということですし、ブラジルの例は私の解釈では「昔の料金のままにしろ」ということです。彼らの運動は、それ以上を成し遂げる可能性を秘めているのですが、そのためには活動家たちが次の点に関心を持たなければなりません。「次のシステムが向かうべき方向性のビジョンとは何か? そのビジョンが持つ本当の主題とは何か? そのビジョンを政治、要求、何かの構築に取り入れるにはどうしたらいいか?」こういったことが自覚され、意識されなければ、実現しませんし、それはこの本の論点でもあります。

では引き続き世界の状況に関する質問ですが、あなたはスペインのモンドラゴン協同組合企業について言及しています。しかし現在、危機が民主主義に向かって変容する状況が生じています。特にギリシャとスペインは顕著ですが世界のあちこちで生じています。この種のガバナンスを考えた時、世界のどの都市にインスピレーションを覚えますか?アメリカ以外の国で、重要だと思うモデルはありますか?

それに関連して非常に興味深い例がアルゼンチンにあります。労働者が経営する協同組合を創立するだけではないシステム全体の設計がよく分かる例です。この事例は、国にも影響を及ぼすモデルを構築し始める方法で、相当数の既存の労働者協同組合をまとめています。ある意味ではクリーブランドのモデルにとても似ています。ブエノスアイレス市が労働者協同組合のサービスの購入者として多くの例で機能しています。この点はクリーブランドの論理に非常に似ているのです。クリーブランドでは病院と大学の間で市場を安定させるために、多くの公金を使って労働者協同組合からサービスを購入しています。この全体的な設計が街や政府といった公的組織との関係につながり、異なる方向に権限を利用して労働者が経営する企業を支援することになるわけです。これはアルゼンチンの人々がまだ気づいていない興味深い進歩です。そして、単純にプロジェクトを集めるのではなくシステム全体を設計するという意味で、上記のやり方は非常に重要な手段です。

本の中でも触れている「クリーブランド・モデル」に関する詳細をお聞かせください。あなたはアンカー組織(地域で重要な役割を果たす組織)戦略がどのように自治体と機能し、街全体を変容させるのかについて語っています。クリーブランドでは、どのように始まったのでしょうか。また、民主化のさまざまな手法はどう融合していると思われますか。

まず言っておきたいのは、私たちはこういった発展の非常に初期段階にあるということです。アメリカのどこであっても、現場で起こっていることは基本的に実験的で予備的なものであり、クリーブランド・モデルも例外ではありません。クリーブランド・モデルは偶然、誕生しました。

クリーブランドでの始まりは次のようなものでした。同地にはケース・ウェスタン・リザーブ大学、クリーブランド・クリニックなどの大学や病院や、大学病院のシステムがあり、それら全ては暗黙のうちに多額の税金(メディケア、メディケイド、教育助成金)を得ていました。さらに、それらの施設は非常に貧しい地域の真ん中に位置しています。この3つの組織は、合計で年間約30億ドルの物品やサービスを購入しています。給与や全ての建設予算を除いても30億ドルです。そこで、その一部を支援システムに投入し、その地域を立て直している労働者経営の企業に供給したらどうかと考えました。

クリーブランド・モデルは、労働者経営のモデルをはるかに超えたものです。ある程度はモンドラゴンを参考にしていますが、地理的条件が特徴であり、ターゲットを近隣に絞っています。つまり非営利の組織であり、近隣に恩恵を授けることを目的としています。労働者が経営する企業は基本的にその構造とつながっており、回転資金を使って新しい企業を設立します。目標は、非常に貧しい地域を立て直すことです。失業率は約40パーセント、1世帯当たりの平均収入は1万8000ドルという、とても貧しい地域の真ん中に、上記の大きなアンカー組織が位置しています。モンドラゴンの事例から得られた最も重要な手法は、回転資金です。クリーブランドの場合、最も重要な要素は、クリーニング会社と温室栽培会社と太陽光パネル設備会社を創業し、今後も数社が創業される見通しだということです。地理的なつながりを築き、次に地域の大きな非営利組織の購買力を活用するのです。

しかしシンシナティやその他多くの街では、この設計がより多くの活動家組織の関心を集めました。シンシナティでは初めから農業協同組合を立ち上げています。うまくいけば(実はモンドラゴンの支援で)列車の車台作りに取り組むかもしれません。特定の地域に鉄道産業を広めるためです。また太陽光発電も開拓中です。しかし、こういった展開は全て、活動家を組織化する戦略から誕生したものであり、それこそ私たちがずっと望んでいたことです。

言葉を換えて説明しましょう。時として、活動の構築で重要なのはアイデアです。この点を人々は必ずしも認識していません。全く新しい概念があれば、多くのエネルギーが発散できるようになるのです。このパラダイム、つまり基本的に公的資金あるいは準公的資金を病院や大学だけでなく自治体や、利用可能な全ての組織で活用するという概念を、活動家は別の計画目的にも転用できるでしょう。とはいえ、私たちは開発のほんの初期段階にあります。素晴らしいのは、所有権を変えて民主化するという考えがこの体験の中核にあることです。そして政治や運動やシステム全体の変化と共に、今までとは違ったモデルや私たちが向かうべき方向性のビジョンの支援に、公的な力を活用するのです。

このビジョンは基本的に、ボトムアップ的に所有権を民主化しており、アメリカの政治では新しい発想です。それは制度的構造の性質そのものを変えるということです。時間の経過と共に構築され、ますます規模が拡大していくでしょう。今、私たちは銀行業についてよく話題にしますが、時間がたつにつれ、銀行は大きな変化が起こる場所になるかもしれません。その理由の1つは、銀行システムの弱さにあります。なぜなら銀行システムの内部での危機がますます多くのチャンスを生むからです。

同じことが医療制度についても言えます。政府がやりたがらないからではなく、危機が大きくなることでチャンスがやって来ます。そのチャンスに対して人々の準備が整っていて、新しい発想を頭に描いているなら(銀行を規制するのでも解体するのでもなく、公共の銀行を作ろうという発想)、そして人々がそういったコンセプトを積み上げていけば、運動は因習を超えた一連のアイデアとつながり、また異なる運動が誕生するのです。

それは挑戦的な運動になるでしょう。私がこの本の中で関心を寄せた疑問や本質とは、本当の意味で新しい種類のシステムにつながる新しいテーマや新しいアイデアを、実際の日常生活の中にどうやって取り入れ始めたらいいのかということです。それはすなわち、新しい社会を根本的に築き上げるビジョンと戦略を創造するということです。

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翻訳:髙﨑文子

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著者

ウィリー・オスターワイル氏は作家、そしてウェブマガジンのShareableとThe New Inquiryの編集者であり、ニューヨーク州ブルックリンを拠点とするパンクシンガーでもある。