科学会議はその道の科学者にとっては面白いイベントだ。しかし、一般の人々や政策決定者の関心を惹くことは、程度を問わず、まれである。これらの会議の主たる目的が最新の科学知見を交換することなら、それでもいい。しかし、科学者と政策決定者が力を合わせて地球環境変化に取り組まなければならない場合、主たる目的は、科学的な結果や結論を政策決定者や一般の人々に広く知らせることである。
地球環境変化の人間社会的側面に関する国際研究計画(IHDP:事務局はボンのUNUに置かれている)、地球圏・生物圏国際共同研究計画、DIVERSITAS、世界気候研究計画によって最近、ロンドンで開催されたプラネット・アンダー・プレッシャー会議は、この点で大きな成功を収めた。この会議は科学者だけでなく、政策決定者、そして何よりも、一般市民をまきこんだ。世界中の多くのメディアを介して、この会議は科学者、政策決定者、産業関係者、若者という4つの主要なステークホルダーが対話を行うプラットフォームになった。
リオ+20に向けて大きな貢献
この会議で際立っていた特長は3つある。第1の特長は、まさに多領域にわたる会合で、気候変動や海洋酸性化に関する議論が、貧困や不平等といった問題についての討論と並行して行われ、自然分野と社会分野の両方の科学者が参加していたことだ。
第2の特長は、政策に関連する議論のレベルである。そのなかには、食料安全保障やグリーン経済から人間の福祉に及ぶ幅広い問題について、9つの政策提言がこの会議に合わせて特別に策定、発表され、いずれも現場での活発な議論につながったことも含まれる。
第3の特長は、包括的な普及促進戦略が功を奏して、メッセージが会議の壁を越え、幅広く一般の人々に伝わったことだ。220本以上の特集記事が、20ヵ国を超える国々において10ヵ国語以上で発表された。会議の主要な目的や結果は、世界の名だたる新聞や雑誌、インターネット、ラジオ、テレビなどで大々的に取り上げられ、AFP、ロイター、新華社、EFEといった通信社を通して、ネイチャーやニューサイエンティストといった有名科学誌から、BBC、ニューヨークタイムズ、ガーディアン、ドイチェヴェレなどの一流メディアまでが熱心に報道を行った。メディア報道のほとんどは、科学界とリオ+20の橋渡しおいて、この会議がカギとなる重大な貢献をしたと好意的に評していた。
プラネット・アンダー・プレッシャーからの主要な呼びかけは、多くの分野かつ全てのレベルで、グローバル規模の持続可能性に向かってどのように進んでいくのかに焦点を合わせて調査を行う必要がある、ということだった。科学と政治、科学と一般市民の間のギャップを埋めるには、相互に関わり合う思考と領域を超えた調査が必要である。したがって、グリーン経済についてのセッションは、この議論におおいに関係が深く、会議の中でも多くの参加者を集めた。
GDPを超えた豊かさの測定基準
とりわけ参加者が多かったセッションは、『Inclusive Wealth Report』(IWR: 包括的な豊かさに関する報告書)のプレリリースだった。この報告書に示されている測定の枠組みを用いれば、各国は社会全体の豊かさだけでなく、成長の持続可能性も評価することができる。IWRは2010年から、IHDPが国連環境計画と協調して策定を行ってきたものである。なお、UNUはIHDPのスポンサーを務める3機関の1つで、IHDPの事務局はUNU内に置かれている。
この枠組みにより、各国は今日、最も一般的に用いられている指標である1人あたり国内総生産(GDP)より、はるかに正確かつ包括的に全体の豊かさを把握することができる。Inclusive Wealth Index(IWI: 包括的な豊かさの指標)は各国の生産基盤の推移を計算するもので、そこでは自然資本、人的資本、産出資本、社会資本を含めて、各国が保有している総合的な資本資産対象となる。
6月の国連リオ+20サミットで最終報告が行われることになっている第1回IWRでは、世界のGDPの72%、世界人口の56%を占める20ヵ国の包括的な豊かさが、19年の期間にわたって示されることになっている。この報告書は半年ごとに各国政府に提示され、グリーン経済への移行を評価し、将来に向けて生産的で持続可能な経済基盤を構築するのに役立てられる。
会議においてIWRに対する関心がとりわけ高かったのは、この報告書が、各国にとって実際的に有益なツールになることが約束されているからだ。科学者たちは、この報告書により、各国が自然資源を持続可能な方法で利用しているか、経済発展は正しい方向に向かっているか、すなわち「適切な」資本に賢明な投資を行っているかを測定する具体的な手段を提言している。
会議で述べられたように、IWRによると、ほとんどの国は現在、持続可能な道をたどっているとはいえ、実はかろうじてそうなっているにすぎない。たとえば、ブラジルやインドでは経済成長に特に高い対価を支払っており、それにより、1990年から2008年の間で、1人あたりのGDPはブラジルで34%、インドで120%増えている。だが、同じ期間中でも、1人あたりのIWRは、森林から化石燃料、鉱石を含む自然資本について、ブラジルでは25%、インドでは31%低下している。
このように、自然資本、人的資本、製造資本を同時に検討して、より包括的な価値を算出すると、この期間において、これらの国々の包括的な豊かさは、いずれも18%程度しか伸びていないということになる。
日本も興味深いケースだ。同じ期間で見ると、そのなかには日本のいわゆる「失われた10年」も含まれているものの、それでもなお日本は、すべてのカテゴリーで上昇を示している数少ない国の1つで、包括的な豊かさは18%増えている。2これらの例をみるとIWIを用いることで、自然資本などのシステムの重大な側面も含めて、長期的な経済成長をより包括的に理解できることがわかる。
プラネット・アンダー・プレッシャーは科学者、政策決定者、民間企業、一般市民の間で対話や討論のプラットフォームを提供しただけでなく、地球規模の環境変化の時代において、将来起こりうることのモデルも示している。この会議は、世界が今日直面している緊急の問題に対処するための包括的な観点への移行の第一歩である。今後数ヶ月、数年と、この成功をもとに、豊かな成果が築かれていくことを期待したい。
翻訳:ユニカルインターナショナル