スザンヌ・ゴールデンバーグ氏はワシントンDCに拠点を置くガーディアン紙の米国環境特派員である。中東での記者活動により数々の賞を受けており、2003年には米国のイラク侵攻をバグダッドで取材。著書にヒラリー・クリントンの歴史的な大統領選出馬を描いた「Madam President」がある。
便器に砂が混じり、蛇口が空気交じりの噴出音を立て、ポンプは夜通し動いていているのに水が溜まっていない、というような幾つかの兆候は目にしていたのだが、35年間も暮らしてきたこの小さな町で、まさか町営井戸が干上がるとは、Beverly McGuire(ビバリー・マグガイヤー)氏は思ってもいなかった。先月の夜のことなのだが、蛇口をひねっても一滴の水も出なかったのだ。
「あの日蛇口をひねっても一滴の水も出ませんでした。その時私は、バーンハートの町全体が断水しているのだと気付きました。『神様お助け下さい』という言葉が最初に頭に浮びました」と、まばたきで涙を押し止めながらマグガイヤー氏は話してくれた。南西部全域において、バーンハートのような小さなコミュニティでは、蛇口をひねれば水が出るという当然のことがもはや当たり前ではなくなる現実に直面しているのである。
3年間続いた干ばつ、長年にわたる水の無駄遣い、そして今度は フラッキング(水圧破砕法) に膨大な水を必要とする石油産業が加わったことで、貯水池や地下帯水層は枯渇しつつあり、そこにさらに気候変動が追い打ちをかけている。
テキサス州環境質委員会によれば、テキサス 州内だけで今年中に水が枯渇する恐れのあるコミュニティはおよそ30に達する。何らかの形で給水制限が実施されている地域で暮らす人々は1,500万人近くにのぼり、自由に芝生に水まきしたりプールに水を張ることは制限されている。バーンハートについて言えば、 シェールガス採掘のためのフラッキングを目的とした水の汲み上げが、井戸枯渇の原因と考えられている。
ガソリン スタンド、コミュニティホール、タコストラックだけの町、パーミアン盆地の北端に位置するバーンハートは、テキサス州で起きているオイル・ラッシュのまっただ中にある。
数年前には廃れる一方だったバーンハートだが、今やマクガイヤー家の裏のベランダからは9基の油井が見え、町のはずれには油田で働く労働者が寝泊まりする数十台のレクリエーショナル・ビークル(RV)が停車している。
2年前にフラッキング用トラックがバーンハートで目にされるようになった直後から、マグガイヤー家の井戸は枯れ始めた。
その当時は町民の誰もがそのことに気をとめず、マクガイヤー氏も町営水道の利用に切り替えた。「皆『お気の毒に』というだけでしたが、今では皆の井戸も枯れかけています」と同氏は語った。
牧畜農家は家畜の多くを処分せざるを得ず、綿花農家は収穫の半分を失うことになった。更なる枯渇、そして干ばつという追い打ちにより、家畜に与える餌や水が調達できなくなったと語るのは、Buck Owens(バック・オーエンス)氏だ。最盛期には7,689ヘクタール(19,000エーカー)にのぼる借地で500頭の牛と8,000頭の山羊を飼育していたオーエンス氏だが、今や飼育するのは数百頭の山羊だけである。
干ばつが最大の原因であることに疑いはないが、借地に104箇所もの井戸を掘り石油会社に水を売っている業者に対しても、オーエンス氏は怒りを抱いている。同氏の井戸は34,000平方マイルの広がりを持つEdwards-Trinity-Plateau Aquifer(エドワード・トリニティ台地帯水層)に位置しており、そこから大量の水が汲み上げられていることで井戸が枯渇しかけているのである。
「業者達は、地下にある水をすべて吸い上げる勢いです。何百台ものトラックが毎日井戸から水を汲み上げているのです」とオーエンス氏は語った。
その一方で、給水制限を強いられていると住民達は不満を抱いており、「水やりできずに庭の木が枯れてしまいました。州政府は、私たちに節水を強いていますが、どうしてそういうことになるのでしょう……。1つの油井のフラッキングには、町全体が一日に必要とするよりも多くの水が使われているのですよ」と、Glenda Kuykendall(グレンダ・キューケンドール)氏は語る。
干ばつが深刻になっても水位が低下しても、お構いなしに石油産業は水を求め、水源のある土地所有者は進んで水を売ろうとしているようだ。町の西側を走る道路には、「水あります」という看板が立ち並び、化学薬品が添加されたボックスカー一杯分もの水をタンクローリーで買い付けることができる。「油田開発のためには、水が必要なのです」と、近隣のマーツオンという町から来ていた業者のLarry Baxter(ラリー・バクスター)氏は話す。彼は、石油会社に井戸水を売って一儲けしようと、今年初めに所有する土地に2基のフラッキング用タンクを設置した。
バクスター氏の見積によれば、毎日トラック20台から30台分の水を汲み出すことが可能であり、1台当たり60ドル(39.58ポンド)として、毎月36,000ドルの収入を労せずして得ることができる。「規制がなければ一日100台分の水を売れるのですが」とバクスター氏は語った。
干ばつ時の水販売に制限を課すという考えには反対だとして、バクスター氏は次のように述べた。「食料や綿花のために水を使用する人がいます。私は、水を利用して油田相手に取引しているだけです。利益を得ているは誰かということであって、どちらも同じことじゃないですか」
先月のバーンハートの断水では、使用されなくなり閉鎖されていた鉄道用井戸を町の作業員が復旧し、給水を再開するまでに5日間を要した。住民達は、これは一時的な対策に過ぎず、もう一度同じことが起こったら当てにできる自前の井戸はないという不安を抱えている。「私の家の井戸も今にも枯れそうです」と、キューケンドール氏は言う。
それでは、バーンハートのような小さな町はどうしたらよいのだろうか。フラッキングには膨大な量の水が必要となる。地下水を管理する公的機関であるGroundwater Conservation District(地下水保全地区)によれば、近隣のクロケット郡では水使用量の25パーセントをフラッキングが占めている。だが、フラッキングだけがテキサス州の水不足の原因ではなく、干ばつについても同様だと、ラボックにあるテキサス工科大学の気候科学者のKatharine Hayhoe(キャサリン・ヘイホウ)氏は主張する。近年の水道ショックは、何十年にもわたって牧畜農家や綿花農家が大量の水を使用してきた結果であり、また水を多用する都市の急速な発展によるところもある。
「複数の大都市がテキサス西部から水を吸い上げて自分達の土地で利用しているのです。もともと農業が盛んなうえに、今度は同様に大量の水を使用するフラッキングの登場です」と、ヘイホウ氏は語る。そしてさらに、気候変動が追い打ちをかける。
テキサス州西部では昔から干ばつが繰り返し発生してきたが、気候変動の影響で南西部では記録的な熱波が発生しており、それによってさらに土壌の乾燥が進み、池や貯水池の水の蒸発も加速し、地下水帯水層が再生できない状態が続いている。「気候変動が最後の一撃であり、多くの場合、最後に載せた藁がラクダの背骨を折る、という結果になっています。ラクダは既に荷を積み過ぎの状態だったのです」と、ヘイホウ氏は語った。
カラカラに乾いたテキサス州南西部のその他のコミュニティでは、水を確保するために非常手段に訴え始めている。石油産出地域に位置するロバート・リーでは、これまでもタンクローリーを使って水を運んでいたが、オースティンから40マイルに位置するリゾートタウンのスパイスウッドビーチでも、2012年始めから水をトラックで運んできてしのいでいる。
人口100,000人のサンアンジェロ市では、60マイル以上も離れた地下水源までパイプラインを通して、新たに6箇所の井戸を掘っている。
テキサス州パンハンドル地方に接するニューメキシコのラスクルーセスでは、水を確保するために1,000フィートも地面を掘り下げている。
だがそうした方法は、小さな田舎町にとっては手の届かない手段である。RV駐車場で寝泊まりしながら短期間滞在するだけの油田労働者を除けば、バーンハートの人口は200人ばかりである。
「電気代を払うのもやっとなのに、井戸掘削のために300,000ドルも工面しなければならないなんて」と、地元水道会社の役員を務めるJohn Nanny(ジョン・ナニー)氏は語った。
先週テキサス州全域に雨が降り、西部の幾つかの地点では降水量が2インチ以上に達し、一息つく結果となった。干ばつ解消につながるのではないかと、一部の牧畜農家は期待している。
だがオーエンス氏によれば、まだまだ解消とはいかない。地下帯水層の再生にはもっと多くの雨が必要であり、同氏が子供の頃に経験したほどの激しい雨ではなかったのだ。
「洪水と言えるほどの水が必要なのです。全てが潤って帯水層が回復するには、この地域までハリケーンを連れてくる必要があるのです。」とオーエンス氏は話した。「水がなくなれば、それまでです。私たちも生きてはいけないのです」
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この記事は guardian.co.uk (2013年8月11日)に発表されたものです。
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