エチオピアのガモ高地から学ぶ

エチオピア南西部、アフリカ大地溝帯と呼ばれる巨大渓谷をはるか下に見下ろす高地にガモはある。まわりから孤立しているが、アフリカで最も人口密度の高い農村地帯のひとつで、1万年前に始まった農業が途絶えることなく今も続いている。人口400万人のこの村は、植民地化や他国からの干渉の危機にさらされることなく、その文化や自然を守ってきた。

それは、ガモの人々の世界観の賜物である。ガモ地方で、そしてその境界線を越えて、この先もずっと資源を枯渇させることなく継続させるには、彼らの世界観が重要な役割を果たすと考えられる。ところが短編映画、A Thousand Suns (1000の太陽)(下記の動画をご覧ください)で説明されているように、彼らの世界観が今初めて、外界からの危機にさらされている。

ガモのシステム

ガモ地方には道がない。それにもかかわらず、ここはエチオピア各地が影響をうけた食糧危機や飢餓とは無縁だった。その理由は、この地方特有の伝統的な食糧システムにある。多様な種類の木、根、穀物、野菜作物が森林や家畜の生産性と深く関わっている。

ガモ高地の土地利用の特徴は、ワガスと呼ばれる複雑で伝統的な法令集に堅実に従っている点にある。ワガスは、あらゆる事柄がからみ合って微妙なバランスをとっているという考え方に由来しており、自然資源の運用システムになっている。人々の関わり合いの中で起こるあらゆる事柄が、牧草地、森林、土壌、水の保全によって成り立っているという仕組みだ。つまり、ワガスにあるそれぞれの法令はすべてつながりを持っていて、そのうちのひとつでも破られることがあれば、ワガス全体が揺らぐと考えられているのだ。ガモの長老のひとり、アベラ・オガト氏はこう説明する。

「神聖なる森林は水源を守ります。大地を覆う草は家畜のためにあるのです。家畜の糞は肥やしとなり、高地の栄養不足の土壌を豊かにします。つまり、ある土地の生産性を維持したければ、こういったことすべてのバランスを保たなければいけないのです」

ガモ高地の農業生態系の特徴は、その多様性にある。ガモ高地の自然景観は変化に富み、そこに住む人々は地理的に孤立している。彼らは独自の農業システムを通して、けた違いの遺伝的多様性を実現してきた。自給自足農業に必要なだけの自然とこの土地に適応した作物があったおかげで、農民ひとりひとりが信じ難いほど多くの種類の種子を維持し続け、エンセット、オオムギ、タロイモから、ヤムイモ、コムギ、オロモイモといったものまで何百という種類の作物の名前を挙げることができる。

ガモに迫る脅威

ガモの独自のシステムの中で、何千年も人間と自然が共生し続けている。しかしここ数年の間に福音主義のプロテスタント教会が次々と過疎地域に進出したことが原因で、これまで人間同士、また人間と自然を結びつけていた伝統的なアニミズムによる社会構造が徐々に崩れてきている。

外から人々がガモに入ってきて、資金を出し地域教会や学校を建てたのだ。彼らはガモの伝統的な価値観を軽視し、神聖な木を切り倒したり、コミュニティーの会議を邪魔したり、牧草地に作物を植えるなどして、ガモの文化に逆らった行動を始めた。その上、土着のリーダーたちを時代遅れだと非難し、悪魔だという者すらでてきた。その結果コミュニティー間の争いが起こり、事態は破滅的になってきた。

エチオピア、ニューヨーク、ケニヤで撮影された映画、A Thousand Suns (1000の太陽)は、現代社会に生きる人々の自然に対する無関心で傲慢な意識と、その意識によってどれだけガモの人々が負担を負うことになっているかを問題化した映画だ。映画のクランクアップから6カ月後、エチオピア政府は福音主義のプロテスタント宣教師の依頼により、ガモ伝統文化の維持に取り組む42組の土着グループの活動を禁止した。

「さまざまな宗教論や宇宙論を考えてみるときに私たちが挑戦すべきことは、現在の状況に何が役立つかを明確化させることだと思います。土着民たちは地球資源の限界を感じとれるのです。彼らは地球から本当に必要とする資源だけしか取りません。そしてどうすれば地球を再び資源で満たすことができるのかを知っています」 ―作家でもあるイエール大学神学校のメアリー・エヴリン・タッカー教授

ガモの人々に迫りくる脅威は他にもある。2006年にアメリカ合衆国の巨大財団であるビル&メリンダ・ゲイツ財団とロックフェラー財団がアフリカの飢餓撲滅のために手を結んだ。ナイロビに拠点を置くこの新たな試みは、アフリカ緑の改革のための同盟(AGRA)と呼ばれ、アフリカに革新的な緑の改革をもたらすため2億6200万USドルの予算が立てられた。

スローフード・ケニア&アフリカのエコ農場ネットワーク(NECOFA) のサミュエル・ムーフニュ氏と、文化・エコロジー研究所 のガトゥル・ムブル氏によると、AGRAが行おうとしていることは、家庭の食糧安全保障にのっとった農業を、外部市場ベースの農業モデルへ移行させることだという。ムーフニュ氏は個人的に、食糧安全保障のための最善の方法についての見解を次のようにはっきりと述べている。

「種子の分野全体を管理するのが、会社であろうと地元の人々であろうと外国であろうと、結局のところ同じです。みんなで協力するということに変わりはありません。しかし一方で地元の農民には伝統知識があります。コミュニティーのためには、もっと地元ベースのシードバンクの仕組みを育てなければなりません。食糧安全保障にのっとった持続農業のためには、これが一番の方法です」

AGRAによって農民たちは融資を受け、高価な遺伝子改良種や農薬、化学肥料を購入し利用するよう扇動される。豊作ならばそれで問題ないが、凶作になると農民は全財産を喪失する危機に立たされる。というのも、このやり方では収入があるないに関わらず、外界の市場システムに従わざるを得ないからだ。

AGRAに異議を唱える人々によると、このやり方は結局、多国籍企業だけに利益をもたらすメカニズムになっているという。AGRAの背後には、モンサント、シンゲンタ、デュポンといった企業が名を連ねているが、これらの企業は化学製品の生産に関わっているだけでなく、AGRAによって販売促進されている遺伝子改良種の特許の取得にも関係している。アフリカにAGRAが広がっていくことで結果的に利益を得ているのは、これらの会社なのだ。

元国連事務総長のコフィー・アナン氏はAGRAの理事長として、この発達モデルを支持している。しかし国連環境計画(UNEP)が作成した2008年のリポートによれば、アフリカの食糧安全保障のためには、農薬や化学肥料を使わない農業が最善の方法だと主張されている。(UNEPはOrganic Agriculture and Food Security in Africa((アフリカにおける有機農業と食糧安全保障))の称号を与えられている)

UNEPのアヒム・シュタイナー現事務局長はこう説明する。

「有機農業は時々、排他的な哲学だとか閉鎖的な自然科学だとか言われます。しかしアフリカの農業と農家が発展するためには、環境に優しい農業こそがよりふさわしい出発点だと確信しています。アフリカ大陸で生きていくためには、彼ら自身の宗教と考え方さえあれば十分なのです。農民に焦点をあてた、支持され、投資される介入が必要なのです。そうすれば、アフリカの農家はさらなる発展を遂げ、自分たち独自の農業システムを伸ばしていくことができるでしょう」

世界がガモに学ぶこと

人口が増加していく中でどのように自然環境を守っていくかという問題に対して、世界は悩み続けている。この問題を解決するヒントが、ガモの人々を支えているその独特な農業システムや世界観にある。

「多くの点において、このAGRAの技術をそのまま導入することは、福音主義のキリスト教信者が侵入し自分たちの意見を押し付けようとしたのと一緒です。自分たちが暮らしている景観が奪われて、別の世界に変えられていっているのです」 ― エコロジストでガモの生物多様性の専門家であるリーア・サンバーグ氏

ガモの人々は、非常に生産的な農業戦略を実行しながら、作物の遺伝的資源を保護する力をつけてきた。世界では今、主要作物の種類が2~3種に単一化している。ところがガモ地方では、オオムギが65種類以上、コムギが12種類以上、エンセットが100種類以上も栽培され、そしてキャッサバやタロイモ、ヤムイモの種類は数十種におよぶ。ガモでは、農業集約化によって生物多様性が失われるという一般的な考え方は通用しないのだ。

そのうえ、UNEPの調査員が24カ国にわったて114の有機農業プロジェクトを分析した結果、そこでは財政上の安定と生活水準が改善されただけでなく、生産高が116%アップし、通常の産業化された農業の効率をしのぐことがわかった。

ガモの人々と文化は環境システムの中にしっかりと根をはっている。徹底的に管理された環境システムの中で、多様性、安定性、回復力という点において比類ない力を発揮しているのだ。彼らは何千年もの間に生きる術を徐々に進化させ、こうしてこの世で生き延びてきたのだ。地下水面、土壌養分の循環から社会インフラに至るまですべてをうまく管理している。そしてその根底にあるのが、この世は神聖であり、命があり、すべてが相互につながり合っているという考え方なのだ。

それでは最後に、ガモの長老カポ・カンサ氏の言葉をもって締めくくるとしよう。

「私たちガモの住人は、この地球上から好き勝手に欲しいものを取ることは許されていません。限りがあるからです。自分が必要とする草だけを刈ります。他の草には手をつけてはいけません。自分が活用する木だけを伐採するのです。他の木に手をつけてはいけません。誰だって資源を次の世代に受け継いでいきたいと思っているのです」

翻訳:伊従優子

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エチオピアのガモ高地から学ぶ by アラン・ ズルチ and エマニュエル ボーガン・リー is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

アラン・ズルチ氏はGlobal Oneness Project(世界との一体感を感じるプロジェクト)の教育の発展の分野の指導者。トランスパーソナル心理学の修士号と環境維持開発に重点をおいた保全と資源の分野の理学士号をカリフォルニア大学バークレー校で取得。日本に特徴的な里山(人間社会と自然が共生している生産的景観)の保全と再生に強い興味を持つ。

エマニュエル・ボーガン・リー氏は受賞歴のあるプロデューサー、ディレクター、ミュージシャン、作曲家。2005年にGlobal Oneness Project(世界との一体感を感じるプロジェクト)を創設し、27の短編映画を監督、制作。これらはウェビー賞にノミネートされウェブ上で配信された後、PBS、Link TV、ABCオーストラリア、Current TVなどで放送された。現在、ワーナー・ブラザース社の映画The 11th Hour の続編になる長編映画Into Edenの製作責任者を務める。メディアで仕事を始める以前、ジャズのベース奏者、作曲家、レコーディングアーティストとして高く評価され、ジャズ界の有名人たちと演奏、レコーディングを共にした。