ステファニー・ディートリッチは国連大学メディセンターのライター兼エディターである。オーストラリア大学および大学院で国際関係学を学び、人権、開発問題、ラテンアメリカ政治に関心がある。また、メキシコの孤児に関わる仕事に携わっていた経験もある。
災害は国家にとって最悪の悪夢である。犠牲になった命、破壊された財産、そして法外な復旧コストは、経済にも国民にも同じように壊滅的な打撃を与える。2002年から2011年の間に世界で記録された災害は4130件で、少なくとも1兆1950億ドルの経済的損失をもたらし、100万人以上の命を奪った。しかも、災害の頻度と程度は増している。
しかし、すべての国が同じレベルの災害リスクに直面しているわけではない。何が各国のリスクのレベルを決める要因で、どのようにすればそのリスクを量的および質的に表し、よりよい政策と備えにつなげることができるだろうか? これこそ、世界リスク報告 (WRR) の2012年度版が答えようとしていることだ。
WRRの第1版は2011年、開発作業アライアンスにより発行され、国連大学環境・人間安全保障研究所(UNU-EHS) およびザ・ネイチャー・コンサーバンシーがそれに協力した。災害リスクの複雑な性質に焦点を合わせるWRRの目的は、より効果的な防災計画および対応戦略を策定するためのツールを提供することだ。
WRRの考え方の基本は、災害の発生頻度や範囲は自然災害(ナチュラル・ハザード)の力だけで決まるものではないということだ。
WRRの考え方の基本は、災害の発生頻度や範囲は自然災害(ナチュラル・ハザード)の力だけで決まるものではないということだ。最終的な結果は、自然災害と社会経済、政治、環境要因の間の相互作用でその都度決まる。報告書では、「災害リスクは、自然災害の遭遇度合いと災害に対する脆弱性の関数と見ることができる」と表現している。
これは必ずしも新しい考え方ではなく、この問題に関する研究は増えているが、WRRはリスクとそれに影響を及ぼす要因を定量化し、また比較可能な指標でそれを提示することによって、他では見られない明確な分析を行っている。こういったものがあると、政策立案者は問題のある箇所を迅速に特定できるとともに、より高度な災害リスク戦略が必要であることを伝えやすくなる。
各国のリスクを評価するうえで、このレポートの柱である世界リスク指標 (WRI)は4つの要素を挙げている。
1.) 地震、サイクロン、洪水、干ばつ、海面上昇などの
2.) インフラストラクチャ、栄養、住宅事情、経済の枠組みなどの状況に基づく、社会の
3.) ガバナンス、災害への備え、早期警告能力、医療サービス、社会ネットワーク、損害保険の可用性などに基づく、自然災害発生後の社会の
4.) 今後の自然災害、気候変動、その他の課題に関する
損害の受けやすさ、対処能力、適応能力を組み合わせたものが社会の脆弱性である。脆弱性の指標と自然災害への遭遇度合いの指標をかけ合わせると、最終的に総合的な災害リスク指標が得られる。
この公式を使うと、危険な自然災害に非常に遭いやすい国(日本やニュージーランドなど)でも、社会が高度に発達していて、脆弱性が低ければ、災害リスクは比較的低いことがわかる。一方、社会が非常に脆弱な国(リベリアなど)では、危険な自然災害には遭いにくくても、災害リスクはかなり高い。
最も危険な組み合わせはもちろん、危険な自然災害や気候変動の影響に遭いやすく、かつ社会の脆弱性が高い場合で、それにあてはまる国々がリストのトップに挙げられている。個々の国をこのように評価することによって、災害リスクの世界的ホットスポットを特定することもできる(オセアニア、東南アジア、南部サヘル、中米など)。
WRRでは、毎回、災害リスクの特定の要因に焦点が合わせられている。2011年のWRRでは市民社会とガバナンスが取り上げられていた。今回は環境劣化と災害に重点が置かれている。
ハリケーン、地震、洪水などの自然災害はランドスケープをひどく傷つけるため、環境に及ぼす影響はしばしば正視できないほどに強烈だ。だが一方では、環境劣化や気候変動も危険な自然災害を引き起こす主要な要因で、同時に社会の適応能力を低下させているとの認識が高まっている。
環境劣化と災害の影響の関係は、国連が2005年に発表したミレニアム生態系評価 と、2009年に発表した国連世界防災白書(UNISDRより出版) の両方ですでに強調されていた。
WRR2012の後半は専ら、環境損傷と災害の相互関係に費やされている。
環境の損傷が危険な自然災害を引き起こす原因になっているという考え方は、国際レベルではかなり広まっているが、クローバル規模でこの関係の広がりを体系的に明確化するのは困難で、この分野ではさらに研究や活動が必要である。しかし、地方や地域レベルでは、環境劣化が災害リスクを高めていることを示す数多くの研究がある。
WRR 2012が指摘するように、たとえば、アグリビジネスで土壌浸食が増加していることや、河岸のマングローブや湿地の喪失が自然の洪水防止機能の低下につながっていることはすでに証明されている。急斜面における大雨、森林伐採、耕作も地滑りのリスクを高める。
災害を原因とする環境劣化は非常にわかりやすい。たとえば2005年、米国で発生したハリケーンカトリーナは沿岸の生態系に広く悪影響を及ぼした。その結果、ルイジアナのシャンドルール諸島は表面積の85%を失い、何十万羽もの渡り鳥は営巣や採食の主要な場を奪われた。さらに、湾岸沿いでは570平方キロメートル以上の湿地帯と海岸林が失われた。
生態系は災害リスク緩和のために非常に重要であるため、各国は脆弱な自然システムを犠牲にしてまで、自国の社会経済の開発を追求してはならないことを肝に銘じておく必要がある。
しかし、災害の中には、環境への影響を評価するのに何年あるいは何十年もかかるものがある。2011年の東日本大震災は津波と原子力発電所事故を伴い、経済および社会が被った直接的な影響は広く報道されたが、1年半が過ぎた時点でも、放射能による生態系への影響の全容はまだ明らかではない。
WRR2012によると、損傷を受けていない健全な生態系は、WRIの4要素に対応する以下の4点で災害リスクを著しく減少させる。
災害リスクは自然災害への遭遇度合いだけではないことを考えると、リスクの軽減は短期的あるいは対処的なプロセスではなく、全面的な開発の進行に関わるものになる。ガバナンス、教育、医療サービス、インフラストラクチャの整備が遅れていて、環境保全が不十分な国では脆弱性が高い。したがって、貧困と格闘し、社会経済の構造および組織を改善する努力をすることが急務であり、同時に、災害への備え、早期警告システム、長期的なレジリエンス戦略を政策立案に盛り込むことに特別な留意が必要だ。
生態系は災害リスク緩和のために非常に重要であるため、各国は脆弱な自然システムを犠牲にしてまで、自国の社会経済の開発を追求してはならないことを肝に銘じておく必要がある。そして環境保全が最優先事項でなくてはらない。
社会経済開発、環境劣化、気候変動は長く世界で議論されているが、ごく最近までこれらの問題は大抵、並列的に議論され、統合的なアプローチがとられることはなかった。
幸い、最近は、世界の政策立案者も市民も、健全な生態系の重要性、それに環境劣化や気候変動に絡む危険性、開発の問題との幅広い関係を認識する方向に変わってきたようである。
然るべく、これらの問題は国際的な議論に含められつつあり、「持続可能な開発」のコンセプトは最重要課題に挙げられている。さらに、災害リスクの問題も、これらの議論で取り上げられることがますます多くなっている。
2012年6月に開催された、国連持続可能な開発会議(リオ+20)はその良い例で、災害リスク削減は7つの重要議題の1つにしっかりと位置づけられた。もっとも、多くの話し合いが行われたにもかかわらず、政治的および財政的に実体のある公約は、まだ合意には至っていない。
それでもなお、世界銀行などの国際的に主要な資金拠出機関が、先週、日本で開催された国際通貨基金・世界銀行年次総会2012の仙台会合で、災害リスク管理の重要性を強調したのは心強いことだった。会合のまとめとして発表されたレポートでは、世界銀行が災害リスク軽減戦略を資金拠出プロジェクトに含めるように継続的に努力している例が紹介された。
現在は政治の領域でも多くの機会が示されている。ミレニアム開発目標 (2015)や災害リスク軽減の分野で主要な国際的文書である兵庫行動枠組 2005-2015など、主要な国際的枠組みのいくつかが今度数年の間に終結する予定だ。さらに、リオ+20に続く形で国際会議が開催され、新たな「持続可能な開発目標」が議論されることになっているほか、2012年のダーバンプラットフォームにおける公約の一環として、気候に関する新たな合意について話し合いが行われる予定である。
2015年以降の開発について国際的な議論が行われるにあたっては、包括的な災害リスク軽減戦略が持続可能な開発目標に盛り込まれることが期待される。WRRおよびWRIを用いれば、政策立案者は世界で最もリスクの高いホットスポットと国を特定し、支援と資金を最適な形で投入することができるだろう。
WRR2012は次のように結んでいる。「今後3年間においては、自分の身内のことしか考えない閉鎖的な思考を克服し、さまざまな交渉や議論のプロセスを体系的に相互に関係させるのだという意志を繰り返し公言し、表明することが重要である。目標は、災害リスク削減を新たな開発計画に不可欠な要素として定着させることにほかならない」
翻訳:ユニカルインターナショナル
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Based on a work at http://ourworld.unu.edu/en/a-world-at-risk/.