バイオ燃料政策はすべて政治がらみ

「政治を理解するには、バイオ燃料と選挙がどれほど密接にかかわっているかを理解しなければなりません」と述べたのは、ミネソタ大学のバイオプロダクトとバイオシステム工学部の準教授であるジェイソン・ヒル博士だ。

ヒル博士は最近になって国連大学高等研究所(UNU-IAS)の研究員に自らの研究を発表し、ある種のバイオ燃料に関する政策がアメリカ政府関連機関によって承認されてきた理由を判断するのに、アメリカ中西部の政治力が重要な要因になると主張した。例えばアイオワ州は、4年ごとに行われる大統領予備選挙の皮切りを務める州として毎回注目を集めている。そしてヒル氏によれば、同州はアメリカの総人口の1パーセントにも満たない300万人の都市であるものの、そのトウモロコシ生産量はアメリカ全体の20パーセントを占め、そのうちの40パーセントはバイオ燃料に利用されているということだ。

世界エネルギー市場に変化が起きていることもあり、バイオ燃料の生産は常に注目されている。昨年以降、世界の原油価格はじわじわと上昇し、そのレートは1バレル90ドルを超えた。その背景には、経済成長と原油流出事故による石油需要の増大と、中東などの石油産出国の政治不安という2つの要因があった。

エネルギー独立性の実践に成功したブラジルに後押しされて、アメリカはエネルギー安全保障を投資すべき重要政策として掲げ、より高いレベルのバイオ燃料生産を要求している。

アメリカでは、2007年に調印されたエネルギー独立性及び安全保障(EISA)に基づいて、2010年には100億ガロンのバイオ燃料が生産された。そして2015年には150億ガロン、2022年には360億ガロンにまでその生産量を引き上げると政府は確約した。経済協力開発機構(OECD)によれば、2009年にアメリカで生産されたバイオ燃料用の穀物の総量は、もしそれが食用にされたとしたら3億3千万人分の食料に匹敵するほどの量だということだ。

トウモロコシや砂糖といったお馴染みの農作物から作られるバイオ燃料は、農業廃棄物、バイオマスや海藻と同様、ガソリンの代替燃料であるグリーン・エネルギーとして大量に普及が促進されている。EISAでの取り決めにのっとり、ガソリン燃料を使用した場合と比較して、政府は地球温暖化ガスの20パーセント削減を実現しなければならないのだ。

ライフサイクル評価

ヒル博士の使命はライフサイクル評価(LCA)を使った分析方法で、現段階でガソリンの代替エネルギーとなるバイオ燃料が、ガソリンと比べていかに環境に優しいかを認めることだ。彼の使うLCAは、経済、社会、環境に対して及ぶ影響について考え、エネルギーの独立性、地球温暖化ガスの排出量、大気の質といった要素も考慮に入れている。

一方アメリカの環境保護庁(EPA)も、独自のLCAを採用している。EPAによるLCAの定義は次の通りだ。”生産、過程、あるいはサービスと関係する環境上の側面と潜在的効果に対する評価を次のような方法で下す方法である。

―適切なエネルギーと投入する原料と環境に及ぼす影響の一覧表を作成する
―認知されている原料と環境への影響に関係する環境への潜在的効果を評価する
―これらの結果から解釈し、十分な情報を得た上での決断を下す”

バイオ燃料生産において、十分な情報を得た上での決断は、例えば農作物の栽培、加工、流通など生産におけるあらゆる段階での環境への影響のすべてが考慮された上で下されるべきである。食の循環と地域社会の中で結果的に起こっている影響力についても同様だ。

ヒル氏の研究が、以前から行われてきた研究と一致している点がある。それは、ガソリン燃料が温室効果ガス1ガロン中の25ポンドを排出する(多くは排気管から)のに対し、バイオ燃料の場合は20ポンドである(多くは生産の過程で)ということだ。たしかにバイオ燃料はガソリン燃料より好意的にとられ、アメリカのガソリンと呼ばれ、この温室効果ガスの数字に基づいてはいるが、その一方でヒル氏は直接的、間接的な影響をすべて考慮することの重要性を強調している。

アメリカのバイオ燃料政策は世界中から多くの批判を浴びてきた。なぜなら、農作物の栽培にふさわしい土地をバイオ燃料生産のために転用したことで、メキシコなどの国々でトウモロコシのような主要作物の価格が高騰したためだ。しかし、バイオ燃料がこういった作物の価格の高騰にどれだけ影響を及ぼしているのかについて意見の一致が得られない限り、食料価格の高騰が人々の生活を脅かしている度合いを測ることはできないだろう。今までの研究者同様、ヒル氏にもこの複雑な問題に明確な解答を出すことはできなかった。

さらにヒル氏は解決が急がれる問題点を指摘している。それは、排出された地球温暖化ガスが植物や土壌からいったん取り除かれた後、元の大気の状態に戻るのにどれくらいの時間を要するのかということだ。例えば、インドネシアやマレーシアといった国々のヤシから抽出したバイオ燃料によって得られた短期的な利益は、排出された温室効果ガスが元の状態に戻るのに400年余りかかることを考慮して測定されなければならないのだ。

環境保護庁が主導したものの、間違った方向へ

では「人々の健康と環境を守ること」が主な使命である環境保護庁はこの国家政策についてどのような意見を持っているのだろうか?同庁はこれまで、未来の年をいくつか選び、何種かのバイオ燃料とその生産と利用の過程で用いられる変換技術をさまざまに組み合わせることで、その年の総排気量の試算を行ってきた。最も有名なバイオ燃料の1つとして知られる”乾燥トウモロコシから作るエタノール”は、天然ガスを利用する便利な燃料に移行しているが、2012年までにガソリンと比較して33パーセントも多く温室効果ガスを排出すると予測されている。しかしヒル氏が述べるには、2022年までには厳しい技術改良があるとの想定で、エタノールは温室効果ガス排出量を17パーセント削減するだろうということだ。

しかしながらこれらの評価はすべて年ごとの試算であり、蓄積されたものではない。だから、宣言されている温室効果ガスの20パーセント削減(ガソリン燃料より低い)を実現するには、この先何年もかかるであろうし、効果的なエタノールの生産を数10年続けなければならないだろう。言い換えれば、この政策はその立場の上から見て、より気候に優しいかどうかという点からは正当化できないのである。もっと言えば、これらの目標は温室効果ガスの削減についてのみに焦点が当てられており、大気汚染の原因物質である浮遊粒子状物質などによる生態系システムや人間の健康への影響を無視している。それゆえに、ヒル博士が「昨今のこうした政策の履行は見当違いで、市民に誤った情報を与えるものである」と考えるのも当然のことなのだ。

しかしヒル博士は環境保護庁の計画を全面的に否定しているわけではない。それはバイオ燃料と環境というタイトルの草案の中で述べられている通りだ。これは3年に1度議会に提出される報告書の第一弾であり、EISAからの要請で3月に関係者の中で単独で評価されることになっている。

「環境保護庁は自分たちの立場を守るため、首尾一貫したライフサイクル評価を実行した」それはバイオ燃料が及ぼす影響をいかに測定するかという点で「大幅な改善があった」ことを表しているとヒル博士は述べている。

そしてヒル博士の知っている限りでは、アメリカは独自のバイオ燃料政策にのっとったライフサイクル評価を成文化した唯一の国であり、他の国々にとっては、これがすべきことかしてはいけないことかを知る手掛かりとなっているそうだ。

「アメリカにおけるライフサイクル評価の利用を参考にして、私たちはこれがどのように誤用される危険性があるのかという教訓を学ぶわけだ」

バイオ燃料は持続可能かもしれない

ヒル博士は、さらなるバイオ燃料の増産は費用便益テストに落第すると確証し、なぜ政策決定者がこうしたバイオ燃料の不利な点について指摘しないのかという重大な問題を提起している。この問題に対して彼は4つの理由を特定した。まず,人々に驚きを持って注目されたバイオ燃料産業が急成長したこと。そしてエネルギー会計の試算における土地利用の変化を無視していること。また、土地の転換に対しての土壌の規模とバイオマス炭素の喪失についての正しい理解が不足していること。最後に、良い政策決定にとってふさわしいとはとても思えないライフサイクル評価の一部だけが選り好みして利用されていること。燃料価格の高騰が引き金となって政治家や政策決定者が大急ぎで次々と新しい燃料を求めるようになった昨今、この4つの理由は私たちに警鐘を鳴らす役割を果たすことになるだろう。

しかし、だからといってバイオ燃料政策から得られるものはこの先何もないと言えるのだろうか?

「より持続可能なバイオ経済への移行は有利に働くでしょう。状況の改善のため、また生態系サービスにとって、そして持続不可能な方法で発達してきた産業界にとって非常に大きなチャンスになるのです」とヒル博士は考える。

それどころか、人々の強い関心が政府に圧力をかけ続けることで、政治家たちはもはや今までのライフサイクル評価に固執しない姿勢に変わるかもしれない。そうすれば、彼らもあらゆる利害関係者やさまざまな状況を考慮して、利害を総括的に見る姿勢に変わってゆくだろう。

「次世代のバイオ燃料を開発してアメリカ国内で運用することは非常に難しいことでしょう…モンサント社のような企業はみな、これまでに力を注いできた原料となる穀物を売ることに大変な興味を持っていますから」とヒル博士は締めくくった。

トウモロコシ製のバイオ燃料はアイオワ州にとって非常に重要であり、そして同州は次期大統領選に非常に重要な場所であるという現状の中、私たちはもう一度、政界が健全な政策を切り札としてくれることに期待したい。

翻訳:伊従優子

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著者

マーク・ノタラスは2009年~2012年まで国連大学メディアセンターのOur World 2.0 のライター兼編集者であり、また国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)の研究員であった。オーストラリア国立大学とオスロのPeace Research Institute (PRIO) にて国際関係学(平和紛争分野を専攻)の修士号を取得し、2013年にはバンコクのChulalpngkorn 大学にてロータリーの平和フェローシップを修了している。現在彼は東ティモールのNGOでコミュニティーで行う農業や紛争解決のプロジェクトのアドバイザーとして活躍している。