イエメンで続く人道危機:崩壊寸前の医療制度

2015年に勃発したイエメンの内戦では、民間人5,000人を含む1万3,000人の命が失われたと見られているが、実際の数はこれよりはるかに多いという報告もある。国連機関などによると、イエメンの人口の半数に当たる1,400万人が「過去100年間で世界最悪の飢饉」とされる危機に直面している。

イエメン内戦の当事者には、いずれも軍事支援が行われているため、国連が仲介する和平協議は、いずれも極めて困難になっている。この人道危機は健康危機に発展した。民兵の攻撃によって既存の医療施設が破壊されたため、女性と子どもをはじめとする避難民は、コレラやその他の病気にさらされている。紛争が続く中で、巻き込まれた民間人数百万人が飢餓や病気、さらには死に至る危険性もある状況だ。

米国の微生物学者ハンス・ジンサーは、1935年に初版が刊行された「ネズミ、シラミ、文明」という著書で、衝撃的な言葉を残している。

感染症が次々と広まることが一国に及ぼす影響を、死者の数だけで測ることはできない。特に、感染症の広がりが著しい場合、その二次被害は、単なる人口の減少よりもはるかに多大な混乱をもたらすものだった。パニックは社会的、道徳的秩序の破壊につながり、農地は荒廃し、食料不足になり、飢饉の影響で避難民が発生し、革命、内戦、さらに場合によっては、深刻な宗教的・政治的変革を助長した狂信的宗教運動を引き起こしたのだ

弱体化し機能不全に陥った統治機構や社会的制度が内戦によって完全に崩壊していることから分かるように、ジンサーの言葉は的確に、多くの紛争地域の現状をよく捉えている。最近起きたパキスタンやアフガニスタン、ナイジェリアでのポリオ集団発生は、交戦地帯や、紛争が多発する脆弱な状況で、医療制度が病気や疾患の流行に対して十分に機能できていないことを証明している。

人びとが家を追われて逃げた過密状態の避難民キャンプでは、きれいな水や質のいい食料はなく、衛生環境も悪く、下水道の整備も不十分であり、そういう環境の中でコレラは広がる。世界保健機関(WHO)によれば、「水道・衛生システムの崩壊や、設備が整っていない過密なキャンプへの避難民の流入など、人道危機の状況においては、コレラ菌がすでに存在しているか、持ち込まれるだけで、感染のリスクが高まるおそれがある」。

テロ組織「ボコ・ハラム」の執拗な襲撃により甚大な影響を受けているナイジェリア北東部では、国連人口基金(UNFPA)が「大規模な避難民の発生と医療制度の崩壊により…集団感染が起こる中、多くの人びと、そして最も心配なことに、妊婦や胎児がコレラの影響を受けやすくなっている」という警告を発した。この深刻な状況は、世界中の紛争地帯でコレラの流行により生じている人道的危機をよく表している。典型的な例がイエメンだ。

WHOによると、イエメンの医療施設の50%以上が機能しておらず、1,480万人が基本的な医療サービスを受けられないでいる。

イエメンの状況は、2015年の内戦勃発以降急激に悪化した。2017年には、人道危機の規模を評価するためにイエメンを訪問した3つの国際機関の最高責任者(アンソニー・レーク国連児童基金(ユニセフ:UNICEF)事務局長、デイビッド・ビーズリー世界食糧計画(WFP)事務局長、テドロス・アダノム・ゲブレイェススWHO事務局長)が共同声明を発表し、「これは世界最大の人道危機のただ中で生じている、世界最悪のコレラの流行だ」と世界に警告したほどだ。その後も状況は改善しておらず、主要な援助機関は最近になって「間もなく巨大な飢饉がイエメンを襲う」というリスクも警告している。

イエメンの主要都市では、医療・水道施設を含む生死に関わるインフラが、戦争によって破壊された。WHOによると、イエメンの医療施設の50%以上が機能しておらず、1,480万人が基本的な医療サービスを受けられないでいる。イエメンの医療制度は崩壊寸前の状態だ。

紛争の平和的な政治解決の糸口は今のところ見えておらず、女性や子ども、お年寄りなど、紛争の影響を受けやすい人びとに対してコレラが脅威を及ぼしている状況の中、この人道危機への取り組みが急務となっている。国連も警告したとおり、「中でも妊婦や、母乳で子どもを育てている女性は、栄養失調になりやすく、コレラにも罹りやすくなることによって致命的な合併症を発症するリスクが高まる」。この人道危機に対応するため、ジェイミー・マクゴールドリック国連イエメン人道調整官は「すべての紛争当事者が国際人道法に基づく義務を果たし、支配地域において人道援助が安全に、かつ支障なく届けられるようにする」よう強く訴えた。

主権国家の政府間、または国家と国際機関との間で展開される従来の外交は進みが遅く、効果的でないことが多い。政府は通常、国家安全保障か経済的利益のいずれかを中心とする戦略的利害に突き動かされるからだ。イエメンでのコレラの流行は、安全保障面または経済面で深刻な懸念とならない限り、大国の外交政策上の優先課題とはならないであろう。

人道的外交では、従来の外交とは異なり人道的な利益が他の利害よりも優先される機会がより多くある。医療の分野では、国際保健外交が「公衆衛生、国際関係、経営、法律および経済という分野を結集」させ、「保健に関するグローバルな政策環境を生み出し、管理するための交渉」を方向転換させるという意味で、新たに注目を浴びている。保健外交を優先し、人道援助活動の効果を上げるためには、国や国際機関、市民社会とNGO、社会奉仕事業団体、慈善団体、個人など、数多くの担い手が必要だ。こうした担い手を結集し、まとまりのある計画的な行動を起こすためには、その調整が欠かせない。

イエメンにおける人道災害はあまりに複雑すぎるため、外交政策上の利益に関心を持つそれぞれの国家による、従来の気まぐれな外交に任せておくことはできない。今すぐに尊い命を救い、「誰ひとり取り残さない」ようにするためには、イエメンでコレラや飢餓、栄養失調の脅威にさらされた人びとに、現実的な人道援助活動を行うことが急務である。

 

この記事は、最初にBMJ Opinion に掲載されました。

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著者

国連大学国際グローバルヘルス研究所(クアラルンプール)の副所長であり、シニア・リサーチ・フェロー兼グローバルヘルスガバナンス部門長も務めている。

ウェイアム・アッフナイシはイエメンの医師で、マラヤ大学(UM)医学部社会・予防医学学科公衆衛生学修士課程に在籍。以前は国連大学グローバルヘルス研究所でインターンを務めていた。