りんごの気持ち

昨日も今日も、野菜を食べる前に洗うのは何のためだろう?土や虫を洗い流すためだろうか。あるいは野菜についた農薬を洗い落とすためだろうか。
あなたは野菜や果物を洗いながら思うかもしれない。農薬って本当に必要なの?

農薬の必要性に疑問を呈し、世界で初めてりんごの無農薬栽培に成功した人がいる。日本では既にご存知の方も多いだろう、木村秋則氏である。

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木村氏の栽培技術を学びたいと、何千もの人が青森県弘前市にある彼のりんご園を訪れている。彼は全国で定期的に講演も行なっており、私たちもグリーンEXPOで彼の講演を聞く機会に恵まれた。(記事末尾のグリーンEXPOのビデオをご参照)

世界で使用される農薬

木村氏の無農薬・無化学肥料(以下「肥料」)栽培はなぜ重要なのか。
OECD加盟国の平均農薬使用量は1990-92年と比較して2001-2003年には5%減少しており、全体的に減少傾向にあることがうかがえる。但し、下記グラフからも分かるように国別の傾向には大きな開きがあり、ハンガリー、オランダ、ドイツ、日本では減少している一方で、南ヨーロッパやメキシコでは増加している。

農薬使用量が大きく増加した背景には、主に農作物の生産量拡大と農薬による労働力代替がある。他方、使用量が減少した要因は、農作物の生産量減少、環境意識の高まり、農薬規制の強化、少量でも劇的な効果を発揮する農薬開発など様々だ。

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しかし残念ながら、世界の農薬生産量は年々増加しているという報告もある。加えて、OECD諸国の有機農業経営の農地面積平均比率は2%以下と非常に少ない。

農林水産省の資料によれば、実際に日本で生産される有機作物が総生産量に占める比率は0.18%(2007年度)と極めて限られている。全国の農業者のうち約半数は条件が整えば有機農業に取り組みたいと考えているが、慣行栽培(従来のように農薬と肥料を使用する栽培方法)と比較して手間隙がかかることや、有機農業の技術を習得する場の欠如、資金的問題などから、簡単に転向できないのが現状であると答えている。

また、元農林水産省官僚の山下一仁氏は、農家と農協の関係を問題視している。日本の多くの農家のビジネスが農協に頼っているにも関わらず、農協が販売する農薬や肥料を購入しない農家は、農協からの援助を断たれ孤立することがあると指摘している。

ただ、最近では、農協の中でも有機栽培を真剣に検討する人達が出てきており、彼らの志が農協全体に広がることを願うばかりだ。

強い意志

りんごは特に農薬を必要とする作物と言われている。多種の品種改良が施されているため極めて病虫害に弱い。畑が真っ白になるほど農薬をふりかけるのが恒例であり、りんご栽培は農薬なくして成立せずと言われている。事実、農薬を使わなかった場合の病害虫による減収率は、水稲、小麦、大豆、ミカン、ダイコン等が20-35%に対して、りんごは90%を越す。他の作物は無農薬栽培が可能だとしても、りんごの無農薬だけは絶対不可能といわれ続けていた。その絶対不可能を覆したのが木村氏である。

彼が無農薬栽培を始めたきっかけは妻の農薬中毒だった。そして実際に無農薬に切り替えて後、木村氏は先の数字通りの(あるいはそれ以上の)減収を経験することになる。極貧の生活の果てに彼を救ったのは、山に生えるどんぐりの木との出会いだった。

そのどんぐりの木はりんごの木と見た目が似ていた。肥料と農薬を切らしたりんごの木は死に体なのに、人から何も施されないどんぐりの木はすこぶる元気だった。彼は気付く。木のまわりは草ぼうぼうながら(だからこそ)、多種多様な生命がそれぞれの役割を担い、一つの生態系を維持している。その中でこそ木は健康に育つのである。生態系の回復に注力し、彼のりんごの木々が再び花をつけたのは9年目の春だった。

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雑草がおおい繁り、様々な生物が生息する木村氏のりんご畑の土は深く掘っても温かい。山の土と同じである。りんごの木の根は気持ち良さそうに地中深く伸びている。しかし、農薬と肥料を使っていた頃の畑は10cm掘るだけで極端に温度が低くなっていた。農薬漬けの土中で微生物の働きが弱まり、さらに下草を刈り取ることで、生態系が壊れてしまっていたのだろうと彼は考える。多様な雑草が育つ土ほどバランスがとれているのだ。

社会的コスト

近代に入って農作物の生産高が飛躍的に向上した背景には、農業の機械化、作物の品種改良、農薬と肥料を大量投入する組織的な大規模農場経営、インフラと市場の整備などの技術的開発や構造的発展がある。

しかし、農薬と肥料には化学会社が費やす巨額の研究開発費などに加えて、健康や生態系への負荷といった、明確な対応がほとんどなされていない社会的コストが存在する。

例えば、2004年の国連食糧農業機関(FAO)の報告書「子供は高い農薬中毒リスクに直面している」によれば、世界で毎年100~500万人の農薬中毒の症例があり、子供を含む数千の死者を招いている。

また、化学肥料を使いすぎると土壌が疲弊し作物の生育が阻害され、農薬を使用することで益虫・害虫に関わらず一斉に殺虫してしまい、生態系に影響を与えてしまう。加えて、一定期間、一定量の同じ農薬を使っていると、害虫の農薬に対する耐性が強くなり、農薬の量を増やすか新しい農薬を使わなければならず、いたちごっこに陥る。

更に悪いことに、人体や環境への配慮から使用禁止となった大量の廃棄農薬の在庫が放置され、世界各国で被害をもたらしている。

様々な負荷をかんがみた場合、農薬と肥料の使い方次第で、長期的には農家にとっても、農家の慣行栽培を促すような購買性向を選択する私たち消費者自身も高い代償を払わされるリスクがあると考える。

木村氏のような農家が少しずつでも増えてきてくれたらと思う。
私たちは彼が敷いてくれたレールの上を歩いていけばいい。

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りんごの気持ち by 早船 里枝 is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

メディアスタジオでアシスタント兼ライターに従事。ビジネスと環境問題との接点に興味あり。国際関係学を学び、金融分野でキャリアを積む。