テンダイ・ブルーム氏は、バルセロナの国連大学グローバリゼーション・文化・モビリティ研究所(UNU-GCM)のリサーチフェローであり、また最近始動した国連大学の移住ネットワークのメンバーでもある。市民権を持たないことの意味を研究対象の重点に置く、法的政治理論学者である。
スイスは欧州連合(EU)の加盟国ではなく、二者間部門協定に基づいた提携を築いているため、EUとの関係は常に少し紛らわしいものだった。しかし、先週の国民投票が人の自由な往来に関するEUとの協定の見直しを求めたことで、状況はこれまで以上に紛らわしくなりそうだ。
今回の投票が実際にどんな意味を持つのかを検証するために、移住に関するスイスの国民投票の分析を下記に示した。スイスでの一般投票をより全般的に検証すると共に、最近のヨーロッパ諸国に広く見られる不満についても検証する。
今回の国民投票は、スイスで行われたその他の国民投票も広く考慮に入れて検証すべきである。下記の散布図が示すように、スイスではますます多くの一般投票が行われるようになってきている。最近行われた「大量移民反対」に関する国民投票は、2014年に入ってすでに3つ目である。その他2つの国民投票は、公共鉄道網の財源に関するものと、人工妊娠中絶への国費適用除外に関するもので、前者は可決、後者は否決となった。こうした理由から、他国で実施を提案されているヨーロッパに関する国民投票(例えばイギリスのデービッド・キャメロン現首相が提案した国民投票)とスイスの状況を同等にみなすことはできない。スイス以外の国では、一般投票を発議することが極めてまれであるためだ。
日曜日に行われた投票に参加したスイス国民はわずか55.8%だった。この数字はスイスの平均投票率よりも高いが、50.3%を占めた「賛成」票は、スイスの有権者の28%に過ぎない(とはいえ、多くの州で同様の結果が得られているため、少なくとも過半数の州を反映した結果でもある)。実際のところ、この国民投票の結果を移民に対するスイス国民全体の反感の証拠として見ることは、常に慎重に取り扱うべき問題の結論としてはかなり単純すぎる。
スイスが欧州単一市場への参加を拒否した1992年から10年後の2002年、国民投票はスイスとEU間での人の自由な往来を認める協定に賛成した。そして今からほぼ5年前の2009年、2002年の協定に関する付随書がさらなる国民投票によって可決され、ルーマニアとブルガリアを含む国にも適用を拡大することが認められた。先週の投票は、こうしたプロセスの一環として見るべきである。国民投票で問われた法案は、スイスの出入国管理体制の修正を求めている。つまり、移民に関する意志決定領域においてスイスが独立を保ち、割り当て数、すなわち移民数の「上限」を導入する必要性を強調している。この法案には、EU本部との移民に関する協定の再交渉が含まれる。
今回の投票に関するマスコミ報道で大きく強調されているのは、投票結果が特に貿易面でスイスとヨーロッパの関係に及ぼす影響である。しかし、この結果が外国人保護に及ぼしかねない影響も懸念される。実際、この法案の表現には、外国人保護の事例も含め、移民法に基づいて発行されたすべての許可証に上限(割り当て数)を適用するとする明細事項が含まれている。
近年、スイスで行われた移民に関する他の国民投票も国際的に報道されている。今回と同様にスイス国民党による提案で行われた2009年の国民投票は、モスクのミナレット(尖塔)建設を禁じた。さらに2010年の国民投票では、特定の犯罪で有罪判決を受けた非市民の自動的な国外退去が可決された。
従って、今回の投票結果は次の2つの文脈の中で考えることができるだろう。1つは英国、ドイツ、フランスのリーダーたちが2010年や2011年に表明した「多文化主義は失敗した」という論説である。もう1つは、それ以降にそれらの国が直面したEU諸国からの移民問題だ。実際のところ、この問題は、他のヨーロッパ諸国も不満を表明している状況と共に考えるべきである。例えば、フランスとイタリアが2011年、北アフリカ地域からの移住者の増加に対応するためにシェンゲン協定の改定を要求した事実を考えるべきだ。
社会的不平等という未対応の問題への懸念が、大量移民が押し寄せるかもしれないという恐怖につながっているという主張がある。そして、スイスは不平等調整済み人間開発指数で世界9位を誇る一方で、国内に手頃な価格の住宅が不足していることが移民関連の議論を引き起こす1つの要因として提示されている。
日曜日の国民投票は投票率が低い上に、投票結果は僅差だった。従って、移民数に上限を設定するという要求がスイス社会で一般的に支持された意見であると結論付けることはできない。実際、スイス経団連の海外貿易担当部長であるヤン・アッテスランダー氏は最近のインタビューで、現在の世界情勢を「人材をめぐる戦争」と表現した。この戦争においてスイスは好調であり、自国の健全な経済を推進させるべく、技術を持つ外国人を採用している。今回の投票で示された不満は、スイス国民全体が移民に反対の立場であることを示すわけではないかもしれない。しかし、対処すべきある一定の不満が存在することを明らかに示している。
スイス近隣諸国からの反応は、すでに否定的だ。今回の投票を提案したスイス国民党は党のウェブサイトで「le Conseil fédéral doit agir rapidement(スイス政府は今すぐ行動しなければならない)」と宣言した。しかし、まずは対策には実際にどのような行動が伴うのかを確定しなくてはならない。どのように移民割当制度を組織化できるのかを確定する作業が必要である。
重要なことだが、移民の自治権に関連したヨーロッパとの協定をどの程度まで犠牲にするのかについても、スイスは決断しなくてはならない。2009年、スイスの輸出品の59.7%はEU加盟諸国に送られており、輸入品の78%はEU加盟諸国から送られたものだった。またスイス経済は、EUとの協定によって可能になった貿易規制の軽減に大きな恩恵を被っている。
ミナレットの建築禁止が決定した時、スイスのイスラム教徒は次のように語った。「私たちにとって最もつらいことはミナレット禁止令ではなく、この投票結果が表す象徴です」同じように、Swiss International Chamber of Commerce(スイス国際商工会議所)は、先週の投票で問われた法案の可決は「公開市場に反対するという明らかなメッセージを送ることになり、国際的に活動し、繁栄に大きく貢献しているスイスの事業に多大な損害を与えるだろう」と述べた。
実際のところ、恐らく今回の一般投票の結果は、それがどのように導入されるかに関係なく、スイスにも、諸外国との関係にも影響を及ぼすだろう。スイスと諸外国の関係は、移民割り当て数という中心的議題や、スイス国民の世論をはるかに越えた問題である。
スイス国民は本当にEU移民政策に反対なのか? by テンダイ・ブルーム is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License.