アフリカの遺伝子組み換え農業

数多くの研究が遺伝子組み換え(GM)技術の利点(特に開発途上地域での食料安全保障を高める可能性)を証明している。しかし世界中の市民はいまだに疑われる潜在的なリスクを懸念しており、メディアが発するメッセージは往々にして一貫性に欠ける。この意見記事で、国連大学高等研究所(UNU-IAS)のアデモラ・アデンレ氏はGM作物の導入をめぐる諸問題を考察し、「トランスジェニック作物は安全なのか?」という意見の分かれる疑問に取り組む。彼は、アフリカの食料、農業、人間の安全保障の問題を解決する一助として、トランスジェニック作物にチャンスを与えるべきだと論じる。

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トランスジェニック作物(遺伝子組み換え生物GMOsの一種)をめぐる議論は、アフリカでのGM技術について人々の認識を高める必要性を強調している。世界中のGM作物を生産する国々は、作物の生産性や食料安全保障や生活の質を向上させ、恩恵を受けている。個人レベルでの主な恩恵は、資源に恵まれない農業従事者がより高い収入を得られることだ。GM技術を利用しているほとんどの国はアフリカを含む開発途上地域にあるため、この恩恵は特に重要である。しかし、進行中の議論を考慮するなら、GMOsの安全な利用について徹底的な科学的調査が必要であり、それと同時に、潜在的な恩恵とリスクについて人々を教育すべきである。

なぜGMOsはアフリカでチャンスを与えられるべきなのか?

GM作物による収穫量の増加、農業従事者の収入増加、さらに健康や環境への恩恵を記録する証拠が増えている。1996年にGM作物が初めて商用化されると、6カ国で総面積170万ヘクタールにGM作物が植えられた。2010年には、作付面積は1億4800万ヘクタールに増え、生産国は29カ国となった(そのうち19カ国は開発途上国だった)。こうして87倍に規模を拡大したGM技術は、現代の農業で最も速い成長を遂げる農業テクノロジーである。

2010年にGM作物を植えた1540万人の農業従事者のうち、90パーセント以上(1440万人)は、ブルキナファソ、南アフリカ、エジプトというアフリカの3カ国を含む開発途上国の、資源に恵まれない人々だった。2010年、ブルキナファソの約10万人の農業従事者はGM綿2を26万ヘクタールの農地に植えた(2009年から126パーセントの拡大)。GM作物はブルキナファソ経済に年間1億USドル以上を貢献していると推測されている

同様に、アフリカでGM作物に最初に着手した最大の生産国である南アフリカでは、1998年から2006年の間に農業従事者の収入がGM技術によって1億5600万USドル増加したと報告されている。南アフリカはGM作物を生産する主要な5カ国(インド、アルゼンチン、ブラジル、中国を含む)の中で唯一のアフリカ国家であり、同国でのGM作物の作付面積は2010年だけでも6300万ヘクタールに及んだ。

GM作物の利点については数多くの記録があるが、それとは対照的に、健康への潜在的な影響や経済的欠点を示す記録は少ない。市販向けのGM食品が生産された時期を通じて、GM食品が伝統的な食品よりも安全性に劣ることを示唆する研究は皆無だった。にもかかわらず、GMOsが引き起こす潜在的あるいは実際のリスクはいまだに関心を集めており、特にヨーロッパや、生産国から遠く離れた国際メディアでは顕著である。そのために、多くの人々が証明されていない情報源に基づいて公然とGMOsを非難している。しかし、GMOsが人間に健康上のリスクを呈する可能性があるとする主張は、ウェブサイトや非政府組織(NGO)によって宣伝された個人的な研究に基づく傾向があり、科学的調査の裏付けはない。

さらに、国連機関である世界保健機関と食糧農業機関は、GM技術の利用が人間の健康への実質的な影響や環境上の問題を引き起こすという科学的証拠はないと結論づけた。しかし証拠がないにもかかわらず、ほとんどのヨーロッパ諸国はGM作物を育てていない。なぜならヨーロッパの法律がGM作物を禁止する「予防原則」を採用しているからだ。

従ってアフリカの多くの政策立案者や組織は、GM技術を避けるべきものと見なしている。その原因の一部は、現代的なバイオテクノロジーの利用に関する関心と教育の欠如にあると考えられる。市民はGM作物の潜在的な経済効果に関して学ぶだけでなく、GM作物が消費された場合の健康に関連した問題について科学的証拠が全般的にないことを知る必要がある。

アフリカは飢餓から脱しなくてはならない

アフリカでは貧困や栄養不良や飢餓のレベルが高く、農業生産性は低い。その点を考慮するなら、GM技術が解決策となる可能性が高い。しかし、GM技術の利用をめぐる議論は引き続き、大規模な利用を妨げる最大の原因の1つである。

アメリカ合衆国と欧州連合(EU)の現行の規制アプローチは、特にアフリカの開発途上諸国でのGM技術の導入において重要な役割を果たす可能性がある。アメリカは標準検査に基づいてGMO製品の販売を許可できるが、EUは「予防原則」に従って、科学的不確実性だけに基づいてGMO製品の流通を止めることができる。

こうした予防原則は政治的闘争につながっている。報告によれば、アフリカなどの開発途上諸国は市場を失うことを恐れて、GM作物を導入する前にEUとの貿易関係を検討するという。その結果、アフリカの各国政府はGM技術に対して「漸進的手法」を取る傾向になる。その傾向は、アフリカの多くの国々でバイオセーフティー(遺伝子組み換え生物が生態系や生物多様性へ悪影響を及ぼさないように講じる措置)3に関連する法律の承認が遅れたり、バイオセーフティーの制度が欠如したりする状況に反映されている。こうした慎重な姿勢はアフリカ諸国だけに限らない。他の開発途上諸国も同じような運命に苦しんでいる。さらに、アメリカとEU間の紛争を仲裁する上で、世界貿易機関や生物の多様性に関する条約といった国際機関がどのような役割を果たすのか不明である4。

しかし、研究結果によれば、GM技術が開発途上諸国の農業生産性や農業従事者の生活を向上させる可能性は高い。GM技術を認め、アフリカの飢餓や貧困の緩和に役立てなければならない。

安全性が最優先

GMOsに関する世界のコンセンサスは得られていない上に、GMO製品を規制する必要性は高まっている。こうした状況を考えると、アフリカやその他の地域にとってアメリカは好例となるかもしれない。アメリカは商業ベースでGM作物を育てている数少ない先進国の1つであり(アメリカ国内の食品の70パーセント以上にGMOsが含まれている)、GMO製品の安全な利用におけるリーダーである。

アメリカでは人間の消費を目的としたGMO製品の流通に先駆けて、GMO製品を伝統的な製品と比較検査している。化学、遺伝学、生物化学、組成、栄養、環境に関わる様々な検査だけでなく、既知のアレルギー誘発物質との比較検査も行われる。アメリカ食品医薬品局(FDA)は包括的な安全性および環境検査を通して、GMOsを含むすべての製品を監視している。カナダ、オーストラリア、中国、アルゼンチンを含むその他のGM生産諸国も、GMO製品は人間が消費しても安全であることを保証するために同様の検査を実施している。

しかしアメリカのFDAと、アフリカ諸国の食品や医薬品の規制機関の多くを比較するわけにはいかない。なぜなら、アメリカには(多くのGM生産国と同様に)食品の安全性に関して見事に追跡記録できる効率的な規制システムがあるからだ。とはいえ、先進諸国からの支援があれば、アフリカで地域的な検査能力を高めることは可能なはずで、そうすればGMO製品の安全な流通を確保できる。

アフリカで「遺伝子革命」を受け入れる

アフリカは「遺伝子革命」、特にGM技術の受容が比較的遅い。それは一部には、農業従事者や科学者といった受益者がGM作物を入手することができないからだ。その原因の一部はGMOsに対する国際的影響にある。

アフリカでのGM技術の導入を成功させるには、潜在的な受益者への技術移転を確実に行うためにアフリカ諸国の政府と先進諸国の共同努力が必要である。主要な課題の1つが、知的所有権の取り扱いである。GM技術は現在、綿、トウモロコシ、大豆といった商品作物の生産に応用されつつある。この状況は、開発途上諸国が技術を利用しにくい状況を生み出す可能性がある。なぜならバイオテクノロジー企業は、アフリカにおける新技術の開発への投資を往々にして渋るからだ。(アフリカの開発途上国の多くは、強力で効果的な知的所有権の関連法を持たず、そのことはバイオテクノロジー企業がアフリカに関心を寄せない理由の一つかもしれない)

しかし希望の薄日は見えている。アフリカ農業技術基金5は資源に恵まれない農業従事者がGMを含む技術を確実に利用できるように官民パートナーシップを促進している。さらに、アフリカの農業従事者たちが恩恵を得られるようなGM作物の開発も進行中だ。

アフリカは行動を起こさなければならない

国内総生産、国際貿易、産業の発展、雇用機会の創出といった点で、農業はアフリカ諸国の経済において重要な役割を担う。農業生産を早急に改善する必要がある。伝統的な農法が今よりも効率的ではなくなった場合、GM技術は解決策の一部となり得る。

貧困と飢餓を緩和し、農業生産や健康および食料安全保障を改善するために、GM作物が潜在的に持つ利点を見過ごすわけにはいかない。しかしながらGM技術の導入は現在、いくつかの制約に直面している。すなわち、インフラストラクチャーの欠如、不十分な人的資源、貧弱な教育、バイオセーフティーに関する規制と知的所有権の問題である。

アフリカの農業従事者たちは、農業に関する問題の一部を解決できる迅速な技術を必要としている。アフリカがこの新技術から恩恵を得られるように、先進諸国の協力が整備されなければならない。またアフリカ諸国の政府も、現代的なバイオテクノロジーを導入し、市民と主要な受益者がトランスジェニック作物の理解を深めるように教育する、一貫した戦略を打ち出すために、リードしなくてはならない。

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本稿はUNU.eduに掲載されたもので、A.A.アデンレ氏の「Response to issues on GM agriculture in Africa: Are transgenic crops safe?(アフリカにおけるGM農業に関する問題への回答:トランスジェニック作物は安全か?)」(BMC Research Notes 2011 Vol.4:388)の短縮版です。

翻訳:髙﨑文子

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アフリカの遺伝子組み換え農業 by アデモラ・ アデンレ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

アデモラ・アデンレ氏は英国ノッティンガム大学から遺伝学と分子毒性学の博士号を修得した。英国のサリーで開催されたBritish Toxicology Society’s Annual Congress(英国毒性学会の年次学会)で博士課程での研究発表を行い、学生分野で最優秀プレゼンテーション賞を受賞した。アデンレ氏は日本学術振興会のフェローであり、国連大学高等研究所の持続可能な社会のための科学技術プログラムの一員である。また政策研究大学院大学の客員学者でもある。現在、開発途上諸国の持続可能な農業と気候変動の緩和策におけるバイオテクノロジーの役割について主に研究している。