ジローム・シャプロン氏はスウェーデン農業大学の助教授。連絡先はinfo@biodiversity100.org
人類には地球を大事に扱う資格などないという広くはびこった疑惑は、私たち一般市民が世間に対してめいっぱいの怒りを示さない限り、今から1カ月足らずのうちに疑惑は確信となってしまうだろう。世界各国の政府は名古屋での会議に出席し、地球上の生物の危機的な衰退について話し合う予定だ。その結果は、昨年コペンハーゲンで開かれた気候会議の失敗と同様に、悲劇的で実効性のないものになると予測されている。
この状況は、到底受け入れられるものではない。この素晴らしい世界が、愚かな不始末と短期的収益を求める行動規範の犠牲になる状況を、私たちは黙って見過ごすわけにはいかないのだ。そこで数週間前、英国のガーディアン紙は政府に行動を促すため、生物多様性100というキャンペーンを開始した。読者や世界トップレベルの生態学者たちに呼び掛けて、政府が生物多様性の保護に真剣に取り組む気があるかどうかの指標となる、100項目の課題をリストアップしてもらうキャンペーンだ。各課題は主要20カ国・地域(G20)を対象にしており、名古屋での会議で各政府に署名を求める予定だ。
生物多様性に関する政府の危機感のなさは、今のところ、一般市民にも同様に見られる。市民は、この問題に対して食傷気味なのかもしれないし、自分以外の誰かが、どこかで問題に対処しているに違いないと考えているのかもしれない。
このまま状況が変わらなければ、政府は、野生生物やその生息地が特定の利益団体や産業ロビイストたちと戦うことを許さない判断をするはずだ。たとえ利益団体の恩恵にあずかるのがほんの一部の人々で、彼らの欲望がどれほど常軌を逸していたとしてもだ。野生生物は政党に資金提供をしないし、新聞メディアをコントロールしたり、商売をネタに相手を脅したりもしない。野生生物の命と引き替えにお金が手に入るとなれば、すぐに破壊されてしまうのだ。
生物多様性に関する政府の危機感のなさは、今のところ、一般市民にも同様に見られる。市民は、この問題に対して食傷気味なのかもしれないし、(この話題があまり取り上げられていないところを見ると)自分以外の誰かが、どこかで問題に対処しているに違いないと考えているのかもしれない。ところが、誰も対処していないのである。先週、国連事務総長の潘基文(パン・ギムン)氏は、2010年までに生物多様性の損失速度を減少させるという目標は達成されなかったと認めた。実際、今年になってサイエンス誌に掲載されたある研究で示されたように、2002年に各国政府が採択した目標は実質的な効果をまったく及ぼさなかったのだ。
政府はこの失敗から学ぶのではなく、むしろ失敗を繰り返そうとしているようだ。先週の国連総会では、実施不可能な善意の数々が議論された。結局のところ、新しい計画は2010年目標を2020年に後ろ倒しにしただけで、目標達成のためのよりよい方法は提案されていない。世界中の野生生物は、月並みな言葉に言いくるめられて消えつつあるのだ。
私たちのキャンペーンの狙いは、より効果的なアプローチを促進することだった。その反響は大きく、熱烈なものだったが、必ずしも実効性のある提案ばかりではなかった。キャンペーンの実施で最初に明らかになったことは、私たちが望むような明確で実用性のある解決策を特定するのがいかに困難かということだった。
例えば人口や過剰消費を抑制するといった多くの提案は、確かに生物多様性の損失と関連があるものの、あまりに広範すぎるため、生物多様性条約会議(CBD)で扱うことは難しい。更には、科学と政策の結びつきが弱いという問題もある。野生生物の減少を調査している科学者たちは、政府の行動についてあまり考えてこなかった。同時に、政府も科学者たちの主張に対し、しばしば驚くほど無知であるのだ。
このリストを読んだ人には、私たちが受けたのと同じ衝撃を感じてほしいと願っている。激しい怒りを感じると同時に、みずから政府に行動を迫ってほしい。
私たちはハードルを高く設定した。提案の採用条件は、科学的な証拠によって十分支持されていること、環境保護に対して強力な効果があること、そして現実的に政治を動かせることだ。さらに、私たちは量よりも質を優先することにしたので、今までのところ採用したのは26項目だけである。今後数カ月にわたってリストを作成していくので、読者の方たちには引き続き提案を送っていただきたい。
このリストを読んだ人には、私たちが受けたのと同じ衝撃を感じてほしいと願っている。つまり、避けることができたはずの愚かで破壊的な行動が今まで許されてきた事実に対し激しい怒りを感じると同時に、みずから政府に行動を迫ってほしい。下記に挙げるのは、私たちが政府に要求する行動の数例である。
私たちは英国政府および先進3カ国に対し、産業的漁業による海洋生物の激減を好転させるために新たな海洋保護区の設定を要求する。度重なる警告にもかかわらず、政治的指導者たちは海洋生態系の崩壊を避けることができず、漁業を禁止した非常に小さな海洋生物保護区を3カ所以上設定することができなかった。
インド政府とインドネシア政府に対し、海洋でサメのヒレだけをとる漁の禁止を要求する。ヒレだけをとるために、膨大な数のサメがインドやインドネシアの漁船団や海域で捕獲されている。多くの場合、ヒレはサメが生きているうちに切断され、サメはそのまま海に捨てられている。フカヒレは中国で高級食材として広く売られていて、サメの個体数に壊滅的な影響を及ぼす原因となっている。
ロシア政府に対し、トラを殺した密猟者の起訴をほぼ不可能にする、昨年可決された法律の変更を要求する。この法律により、密猟者は弾丸の入った銃を持っていない限り、訴追されないことになった。つまり密猟者が死んだトラのそばにいても、銃に弾丸が入っていなければ訴えられないのだ。世界最大の生存個体数を誇るトラを絶滅させるためにできた法律といっても過言ではないだろう。
ブラジル政府に対し、違法に伐採された森林の再植林義務を取り消す新しい法案の阻止を要求する。この法案が可決されれば、森林保全のために残すべき土地が減少してしまう。ブラジルは近年、森林破壊を食い止めるために好調な進歩を遂げてきた。しかしこの法案が可決されれば、状況は逆戻りするだろう。
オーストラリア政府に対し、ディンゴの殺処分の停止を要求する。ディンゴは「オーストラリア固有の」保護種であるにもかかわらず、現在オーストラリアの農民はディンゴを殺すように法律で義務づけられている。また、自生植物種に被害をあたえる個体数の多いネコやキツネの増加をディンゴは抑制してくれるため、ディンゴの殺処分は他の野生生物の保護にとって深刻な影響をもたらしている。ディンゴを殺さなくても、羊や牛をディンゴから守ることは可能だ。
フランス政府に対し、ピレネー山脈のブラウンベアを守る義務を遵守するように要求する。ほんの少数の羊農家からの苦情を受けて、フランス政府はブラウンベアの個体数が20頭未満になるまで状況を放置してきた。あまりに個体数が少なくなったため、生殖活動のみで増える可能性はない。ピレネー山脈にブラウンベアを再導入しなければ、絶滅は避けられないだろう。ディンゴの例と同様に、ブラウンベアから羊を守る有効な方法はある。
私たちのリストは生物多様性の危機に対する完ぺきな答えではない。このリストが世界で最も重要な、あるいは差し迫った環境保全問題の決定的な記録だと主張するつもりもない。そもそも私たちはリストの対象を生物多様性条約の締約国に絞っており、例えば米国に対する行動要求はリストに含まれていない。しかし、すべての行動要求は科学的な根拠に基づいたもので、それ自体が効果的なだけでなく、政府の決意を見極めるための重要な検証でもある。私たちは締約国の環境大臣に書面を送り、私たちが提案する行動を起こすように要求した。
生物多様性の保全とは具体的な行動であり、そうであるべきだ。あいまいな取り組みでは達成できない。イギリスの著名な生態学者、サー・ジョン・ロートン教授はこう言っている。「政治家たちは生物多様性の損失の脅威について語り続けています。それなのに何も変わらないのです。現状を憂慮する私たちが世界中の政府に圧力をかけ、彼らの矛盾した言動を何とか食い止めなければなりません。このキャンペーンは本当の変化をもたらすでしょう」
生物多様性の保全とは具体的な行動であり、そうであるべきだ。あいまいな取り組みでは達成できない。
私たちはロートン教授が正しいことを願っている。そして、環境保護における最近の成功例を見る限り、彼が間違えている証拠は見あたらない。例えばモンテネグロはダム建設計画案を延期し、ロシアは広大な国立公園を新たに設定した。また、エクアドルは熱帯雨林での新たな石油発掘を許可しないという決断を下した。
しかし、このキャンペーンを成功させるには、あなたの協力が必要だ。すなわち、議員を困らせ、環境大臣を悩ませ、政府には常とう句の裏側に逃げ込むのを許さず、具体案を議論するように要求してほしい。世界の自然の驚異を使い捨て可能な財産としてではなく、貴重な預り物として扱うように、政府に強く要求するのだ。
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生物多様性100:大陸別の具体的な100の行動リスト
翻訳:髙﨑文子
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