ソフィー・チャオ氏はオックスフォード大学にて東洋学の学士号を、社会人類学の修士号を取得した。西チベットの遊牧民族の教師をしていたが、後にUNESCO(パリ)で勤務し、現在はイギリスの「森林に住む民族のためのプログラム」事務局長の助手を務める。チャオ氏の研究と支援は、先住民族の権利、国際法、土地保有、農業関連産業の拡大、法的多元主義についてであり、特に東南アジアとサハラ以南のアフリカに高い関心がある。
アブラヤシから採れるパーム油は様々な用途に使えるため、ありとあらゆる商品に利用され、世界中の多くの加工食品の基本的成分である。化粧品や家庭用洗剤として最も広く使われている油で、使用量は世界全体で劇的に増加している。しかしながら配慮を欠いたアブラヤシプランテーションは森林を破壊し、泥炭地を枯渇させ、危機に瀕した動物をさらに脅かし、空気や水路を汚染して気候変動を悪化させている。先住民は土地を奪われ、農村部の貧困層はさらなる貧困に追いやられている。それらの事実を示す証拠は数多くある。大規模なアブラヤシのプランテーション栽培による環境への影響として、生物多様性の喪失、温室ガス排出、大々的な森林伐採、土壌栄養素の枯渇、干ばつ、砂漠化、有毒廃棄物による水質汚染が挙げられる。
インドネシアではアブラヤシプランテーションのための森林伐採が森林火災を引き起こし、甚大な被害をもたらした。またタイでは2011年4月の地滑りで少なくとも40人が死亡したが、その原因はアブラヤシとゴムノキのプランテーションだとされている。サラワク州(マレーシア)、パプアニューギニア(PNG)、スマトラ島 (インドネシア)ではアブラヤシのプランテーションによる河川の水質汚染は深刻で、地元住民の健康と生活を脅かしている。
皮肉なことに、東南アジア諸国の政府は、気候変動緩和の努力の一端として再生可能エネルギー源となるアブラヤシ栽培を促進している。しかしアブラヤシ栽培には、炭素に富む森林の泥炭地を切り開く必要があり、決して生態的に健全でも持続可能でもないという証拠が次々に示されている。
さらに憂慮すべきことに、先住民や村落の住民の人権を無視した国家絡みの土地略奪を巡る対立で迫害、立ち退き、強制移転、犯罪、さらに死亡事件までが起こっている。
パーム油を生産する東南アジア諸国に共通して見られるのは、先住民族に対する「自由で事前の、十分な情報を得た上での合意(FPIC)」の軽視や誤解が常にとは言わないまでも頻繁に起こっているという傾向だ。FPICは先住民族の権利に関する国連宣言2007年のような国際的人権保護法によって守られている権利である。
アブラヤシ開発において特に問題となるのが、先住民の土地と土地活用の権利侵害だ。特にアブラヤシプランテーションが行われる場所の多くは何世代にもわたり先住民族が暮らしてきた森林地域である。森林は慣習法に従って管理され、彼らの文化、アイデンティティ、村落の存続にとって中心的役割を果たしてきた。サラワク州のような場所もそうである。
更に問題なのは東南アジアでアブラヤシ農場拡大の対象とされている土地は、国には所有者のない休閑地または荒廃地として登録されているが、実際はその多くが先住民にとっての現存の農耕地であり、地域の慣習法に守られ、生活と社会文化的アイデンティティの核となる伝統的領土である。
Forest Peoples Programme (FPP、「森林に住む民族のためのプログラム」)が2011年11月に発表した報告によると、シンガポールに拠点を置くパーム油の巨大企業ウィルマー・インターナショナルの子会社PT Asiatic Persadaは、インドネシアのジャンビ州で警察機動隊(BRIMOB)を雇い、1週間かけてアブラヤシ居留地から83家族を追い出し、家々をブルドーザーで破壊した。BRIMOBは住民に対し事前の警告を行わず、空に向けて銃を発射し、老若男女かまわず家から追い出したのだ。このような攻撃で住民は体の傷、精神的トラウマを負った上、家の所有権は奪われた。
村落の住民は調査チームにこう話した。「アブラヤシ栽培のため、私たちの森は伐採され居留地内での移動や定住も制限されてしまい、伝統的な収入、食料、自然資源が奪い取られました。川の水は浅く、泥と汚染物質でどろどろしています。住民が植えた果物の木々も切り倒されました。土地の使用権を奪われては生活手段である作物を育てることもできません。……どの村落も深い痛手を負いました」
パーム油の開発は悪いことばかりではない、という研究もある。2011年の研究によると、東南アジアの全域でアブラヤシ農園が拡大する際、農民や先住民族の土地が保護され法制度も整っている場合には、アブラヤシは小農家によって栽培されるケースが多く、生活手段という意味ではより良い結果が出るという。一方、土地所有権が保護されておらず法制度が弱い地域では、アブラヤシ農園は大規模に開拓され、先住民族とのトラブルから土地を巡る衝突、人権侵害へと進展する傾向にある。
アブラヤシのプランテーションにあった住民の家々が破壊された様子が載っているバナー。西スマトラ州、ジャンビ州。
アブラヤシ農園拡大による環境被害があるところには必ず人権侵害も絡んでいる。これは周辺地域の発展につながる健全な環境、食の確保、生活の持続可能性などを彼らから奪うことになるからだ。それらはいずれも、彼らが暮らし、占有し、使用してきた土地の自然資源に依存するものだった。
この状況はまさにエコサイドという概念を示すものだ。国際環境権利に関する弁護士ポリー・ヒギンズ氏はこれを「ある地域における人為的作用もしくは他の要因によってその住民の日常生活がひどく損なわれるほど広範囲にわたる生態系の破壊や損傷、損失」と定義した。イギリスではエコサイドを「平和に対する犯罪」として国連に認定してもらおうというキャンペーンが行われている。
農業関連産業における人権侵害問題の広がりを受け、2011年12月には歴史的なワークショップ「Human Rights and Business: Plural Legal Approaches to Conflict Resolution, Institutional Strengthening and Legal Reform(人権と企業:紛争解決、制度強化、法改正に向けた法的多元アプローチ)」が開催された。このワークショップはインドネシア国家人権委員会が招集、FPP、インドネシアの環境NGO、SawitWatchが企画、権利と資源イニシアティブ、Samdhana Institute、RECOFTC – The Center for People and Forests(人と森林に関する研修センター)が協力してバリで開催された。参加者は東南アジアの国家人権委員、国連先住民族常設フォーラムの一員で、食の権利に関する国連特別報告官オリビエ・デ・シューター氏が開会の言葉を述べた。
強制退去させられた村落の住民。「森の中へ逃げ込んで3日3晩過ごしました。私たちは川沿いの森でラタンヤシの芽や魚を食べて暮らしていました。持ち物は何一つ持ち出していません。着のみ身着のまま逃げたのです」
東南アジアの国家人権委員会が人権と企業に関する基準を議論し設定しようと一同に会したのは初めてのことである。このワークショップで得られた主な同意点は、国家が人権尊重の義務を規定していようがいまいが、企業には人権尊重の義務があるという点だ。企業は法制化の整っていない場合にそれを口実に人権を無視することが多いため、この点が非常に重要となる。
ワークショップによる大きな成果は地域レベルの人権基準が策定されたことだ。「Bali Declaration on Human Rights and Agribusiness in South East Asia(東南アジアにおける人権と農業関連産業に関するバリ宣言)」 は国際人権基準とInternational Coordinating Committee of National Institutions for the Promotion and Protection of Human Rights Edinburgh Declaration(人権促進と保護のための国際調整委員会によるエジンバラ宣言)に基づいており、企業による人権法順守監視を国家内・国際間でより拡大しようというものだ。
企業と人権に関する国連事務総長特別代表ジョン・ラギー教授による報告書「企業と人権に関する保護・尊重・救済フレームワーク」(2008年)に基づいたバリ宣言は、人権尊重のための企業の責任は、運営場所にかかわらず全ての企業に求められる国際的行動基準であることを強く訴えている。これは国家の人権義務履行の能力や意志の有無とは関係なく存在し、その義務が軽減されることはない。また、これは国家の人権保護法や規制を超越するものである。
「どの村落も深い痛手を負いました」。強制退去させられたSuku Anak Dalamの女性。スマトラ島ジャンビ州にあるアブラヤシ居留地に建てたプラスチック製簡易テントで寝泊りしている。
バリ宣言により、東南アジアの政府や議会による土地の土地保有に関する国内法や方針の改革、農地改革、土地活用計画と土地買収に関する迅速な対応が促進されるのではと期待されている。
これらの改革が行われれば、新興国は食料の権利、誰もが等しく自然の富と資源を使用する権利、生計の手段を奪われない権利などの人権義務を完全に順守することができる。地域や国際NGOはロビー活動を続けており、その過程は平坦ではないとはいえ、変革への道は整えられつつある。消費者の意識向上もパーム油の持続可能な生産を推進する方法のひとつであり、民間セクター企業は大豆、パーム油、牛肉、紙、コーヒー、ココアといった商品を持続可能に調達するためNGOと密接に連携し始めている。
パーム油は「植物性脂肪」や「植物油」と表示されることが多いため、大衆が意識的に選択して消費するのは難しい。また持続可能なパーム油のためのラウンドテーブルは世界のパーム油生産の4%近くを持続可能な方法で生産されていると認定したものの、スーパーなどパーム油購入者の需要が鈍れば持続可能の努力も弱まるかもしれない。多くの企業が持続可能なパーム油の調達に切り替えたいと願っているが、その移行に必要な明確な目標や時間枠は設定されていない。
翻訳:石原明子
公正なパーム油生産を求めるバリ宣言 by ソフィー・ チャオ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.