「平和構築」は国連システムの根本的な目標であるにもかかわらず、国連が支援する環境条約は、いまだに協定と紛争解決を結びつける努力までには至っていない。
今のところ、生物多様性条約(CBD)は、その中で各種「作業計画」が採択され、国境を越えた協力と平和構築について触れている唯一の条約といえる。
とはいえ、こういった課題は行動をともなわない口先だけのものに終わってしまうことが多い。平和構築が政治の手段と化し、逆に協定の発展を妨げるかもしれないという恐れがあるからだ。交渉担当者たちは、エコロジーと平和構築を結びつけることに対する不安を捨てるべき時期に来ているのではないだろうか。
基準を求めて
生態地域は政治的な区分とは異なる。そんな中に物理的な境界線を引こうとすれば、当然自然作用にも影響を及ぼす。アメリカとメキシコの国境のフェンスとパトロールによってリオ・グランデ渓谷の60~70%の野生生物保護地域に影響を及ぼすと推定されている。今後EUや様々な地域協力同盟などの新しい地域ガバナンスが発展すると共に、政治的境界線を越えた生態系管理もできるようになるかもしれない。
しかし、この分野での国際法には、明確な行動のガイドラインやプロトコルを示している組織だったメカニズムはない。特に国境地帯は軍事化されている場合が多く、治安部隊の委任なしで環境管理者が行えることはほとんどない。
重要なことだが、CBDの締約国会議は、境界を越えた環境保全の重要性を2つのレベルで認識している。1つは保護地域のイニシアティブとエコシステム・アプローチイニシアティブを通して、もう1つは保護地域作業計画を通してだ。残念なことに、CBD事務局は、当事国の努力について、目に見える形で評価することを行っていない。
2004年、クアラ・ルンプールで行われた第7回締約国会議(COP7)におけるCBDの決議には次のように記されている。「エコシステム・アプローチでは、保護地域の設立と管理は国の単位だけで考えるべきものではなく、対象の生態系が国境にまたがる地域では、生態系や生物域といった観点からも考慮しなければならない。この考え方は、国の管轄を越えた保護区と保護海洋区の設立に対して議論も起こすであろうし、よって複雑さも増大させるだろう」
さらに、この決議の目標第1条3節は以下を掲げている。「地域ネットワークと国境をまたぐ保護地域(TBPAs)の設立・強化、或いは国境に隣接した保護地域間の連携を目指し、次の目標を掲げる。2010年/2012年までにTBPAs、その他国境に隣接した保護地域間の連携、地域ネットワークを設立し強化すること。エコシステム・アプローチを導入し、国際協力を改善して生物多様性の保全と持続可能な使用を広めること」。
CDBにおける主要課題の提案
このような前例を考慮に入れながら、名古屋でのCBDの活動の主要課題として以下を取り挙げるべきである。
1. 危機に瀕した国境をまたぐ保全地域を特定し、特に紛争によって起こる生態系へのダメージに対し、国際的・法的保護を与えること。
2. 共同環境安全管理体制を整えること。その体制はCBD事務局を通して国際支援を受け、援助供与国からの支援も受けられる受け皿となること。
3. このような境界地域での環境指標のモニタリングを可能にすること。締約国はそれに対し継続的な支援を国際的に(特定の政権だけに依存せずに)行う。
4. 境界地域に対し自然資源へのアクセスを提供し、持続可能な生活と国境をまたぐ協力と貢献を促進すること。
さらにCBDは、環境要因が、紛争地域における平和の構築に役立つことを当事国に知らせていくという重要な役割があることを自覚しなければならない。プロジェクト導入においては、保全活動に関して歴史的に紛争が続いている地域を優先し、CBD内で境界地域保全に関するプロトコルを策定するなどすべきである。
議長国に求められるリーダーシップ
エクアドルとペルーのコンドル山脈地域で100年にもおよぶ激しい紛争の解決にあたって、生物多様性保全運動は極めて重要な役割を果たした。1998年に採択された平和協定は横浜に本部を置く国際熱帯木材機関(ITTO)などの国際組織が介入することによって強固なものとなったのだ。
COP10の議長国であり、国境をまたぐ保全地域プロジェクトの主要な援助提供国でもある日本は紛争解決の仲介役としても中心となるべきである。日本国内でも千島列島(ロシアが実効支配)などの領土問題があり、その解決にあたって地域保全を実質的に利用するのがよいだろう。
実際、千島列島に関しては少なくとも1つの協力的生物多様性プロジェクトが日露間で行われた。1991年から2002年にかけて、ワシントン大学の協力を得、科学者たちがこの列島の生態生物相調査を合同で行ったのである。
生物多様性は地球の自然資源であり、その管理にはエコリージョナル(生態地域)・アプローチを必要とする。条約締約国は領土の主権の原則も認めつつ、同時に環境は政治を超越したものであるという事実も認識しなければならない。
自然資源は戦争と平和の究極的な限定要因であり続けるだろう。だからこそ自然資源は紛争解決に重要な役割を果すべきなのである。
翻訳:石原明子